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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「恋する潜水艦」ピエール・マッコルラン 作
(国書刊行会)

海洋冒険小説3編収録。
「恋する潜水艦」:機械との婚姻が行われる世界。意思を持つ潜水艦713号艦長の航海日誌。小説というよりモダニズム散文詩のような、愉快な挿絵満載で楽しめるナンセンス文芸。「だが、時刻のくるった太陽の光でいささかしぼんだ《神われらと共にあれ》像が神殿におさまった時、あたかもとうきびの穂のように市民の手という手はすべて天をさし、町の声という声はくるったようにAZ.O2! AZ.O2!*と唱和した。(*すべての人間に理解可能な熱狂の化学式)」これだもの!

「海賊の唄」:悠々自適の独身生活を謳歌しながら海賊物語に憧れる男。その財産に目をつけた小悪党の計略にかかって、偽の地図をもとに宝物を探しにカリブ海へ出航するが…。
金に目がくらんだ男たちの正義のない冒険小説。ストーリ本位の作品でとくに味わうところもなく、読んでいて殺伐とするところはあるが、話自体はどうやって終わるのか気になった。

「金星号航海記」:海賊船金星号の冒険。大きなストーリーのあるものではなく、いろんなエピソードを次々と紹介する組立て。死体が生きている話以外は不思議なことは起きないのに、作品世界に巻き込まれてしまって陶然とする幻想文学のような味わい。もちろんカリブの海賊自体が非日常とはいえ、これも筆力というものか。夢の中にいるようだ。

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読書
「統合失調症」村井俊哉 著
(岩波新書)

帯及び告知惹句に「青年期を中心に100人に1人近くが患う」「本人は病気と認めないことがある」「幻覚や妄想が生じる」とあり、これはもしかすると自分が10代後半から20代前半に陥った病状を解明する手がかりになるのではないかと思い読んだ。

自分の場合は精神的に未発達のまま高校に入学したためのショックとパニック(いわゆる高1ギャップ?)。数年に及ぶショック状態。逃避的誇大妄想と論理的思考の破綻であるから、ここで掲げられている「自分の考えが他人に知れ渡っている」などの妄想とはちょっと趣きが違う。ただ論理的思考を失うのは同じかもしれない。
自分がもっとも興味を持ったのは「病識がない」という状態で、本人は病気だと思っていない。これは自分もそうで、それゆえ医者に行かずに数年かけた結果社会復帰したが、そのときは妄想が少し解けたり、世界に対する心の壁がやや薄くなって、「あれ?今まで少し異常だったのかな?」と気づくことの段階的繰り返しであった。

自分はこれまでいわゆる神経症というものの一種だと思っていたが、神経症という言い方は近年変わってきているらしい。分類をみると「心的外傷およびストレス因関連障害群」というのが近い気がするが、これは一般にはPTSDとして話題にされるので違うかもしれない。
社会に対して常に緊張して身構えているので、ふだんの対人交流もなく暗黒的な心の状態がベースとなっていたが、「統合失調症」の場合ベースとなる心のトーンはどうなのだろうか。この著書にはそのあたりの視点は見えなかった。

「統合失調症」について恐ろしい病気だはないかという世間の誤解を解き、社会全体でフォローしていかねばならないことがよくわかる。著者の医師としての誠実さを感じた。

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読書
「逃亡派」オルガ・トカルチュク 作
(白水社エクス・リブリス)

2018年度ノーベル文学賞受賞。
作者は旅する人であり、116もの旅にまつわる断章を集めてつくられた1作。体験談・エッセイに近いものから、本格的な中編小説まで。はじめからこういった構成を意図して書かれたもの。空港での小さなエピソードひとつとっても心のひだに染み込むような味わい深さがあり、読んでいて楽しい。

実は旅以外の題材もあり、目立っていたのは人体解剖と樹脂加工による標本保存(プラスティネーション)である。作者がなぜこれほど人体標本にこだわるのか、もちろんプラスティネーションに感銘を受けたからだろうが、中編も含めてたびたび出てくる。これだけでも特殊なことで、人体標本小説だけで一冊編んでもいいと思う。

表題作「逃亡派」は、平凡な主婦である主人公が、ある日ふと家に帰るのをやめて地下鉄と駅を使って放浪し、逃亡派とよばれる奇妙な思想団体のホームレスの女と親しくなって何日かを過ごす物語である。ほんの少しの日常からの逸脱だが、逃亡派の女が偏屈で世間と敵対しているのが面白い。こんな人は実際いるだろう。こんなひとときの放浪も旅のひとつかもしれない。

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読書
「極楽船の人びと」吉田知子 作
(中公文庫)

世を捨てて人生の終末を迎えようとする大勢の人々を乗せ、行方定めぬ極楽行きの客船が出航する。乗客は老若男女といいながらもやはりある程度歳をとった人間が多いようだ。語り手の女性は最初船内をあちこち探検してその様子を説明するが、やがて次々と乗船した客が語り手となり、いつのまにやら最初の女性は登場しなくなってしまう。閉ざされた環境設定で、さまざまな人生が描き出される。

登場する人間は実に平凡であるのに突然非日常な世界に投げ込まれて、読み出すやいなやワクワクとする。乗船しているのがまさに家族や夫婦間の問題で疲れ果てた人びとで、そこには作者得意のシュールな表現はかけらもないのだが、切々として引き込まれる。なかでも身体弱き妻に頼られながら、だんだんと認知症を発症させていく夫の話はおそろしくも悲しい。

作者はこの作品をそれこそあてのない航海のごとく、設定だけして先のことを考えずに書いたそうだが、たしかにオムニバス的にいろんな話が書けるので良い方法かもしれない。ところがこの作品は極楽船自体も荒れ狂う台風の中で被災し、だんだんとスラム化していくので二重に楽しめる仕掛けになっている。作者はかなりいろんなことができる人のようだ。

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読書
「正義とは何か」神島裕子 著
(中公新書)

「正義」というとややきれいごとめいたなニュアンスがあるが、公正(フェア)というものは、自分にとってあくまで理想としなければならない社会目的なので、気になって読んでみた。
ロールズから始まって、リベラリズム・リバタリアニズム・コミュニタリアニズム・フェミニズム・コスモポリタニズム・ナショナリズムの代表的な論考を紹介。本気で関心があれば原典にあたればよいが、そこまでの興味もない自分にはうってつけの入門書だ。

現在進行形でみるみる変わっていく世界が対象なだけに、思想が発表された時代の限界というものが感じられる。そのせいか、この本でベースとなっているロールズの言う正義がいちばんわかりにくかった。なぜそこで線を引くのか、ロールズの設定する枠組みがわからない。それに比べるとアマルティア・センの、平等であるべきは基本財ではなく「基本的ケイパビリティ(潜在能力)」であるという話の方が納得がいく。

フェミニズムのオニール、オーキン、ヌスバウムらの話はすべて素直に理解出来るものだった。自分はそんなにリバータリアンでないので、小さな政府よりもサンデルの言う福祉国家を支持する。また、コミュニタリアニズムやナショナリズムで共同体に伝統的なものやネーションを持ってくるのは疑問を感じる。本書では過激なコスモポリタニズムや、ナショナリズムと人権の位置付けなどもいろいろと紹介されるが、やはり難民問題が発生して以降いずれも大きく動いているようだった。

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読書
「夫婦善哉 正続」織田作之助 作
(岩波文庫)

2007年に発見され未発表の「夫婦善哉続編」を含めてあらたに編集された短編集。

さすがに商都大阪というわけではないが、主人公たちのほとんどが日々の経済活動に追われる様子が描かれる。とはいってもとうぜん経済小説ではないのだが、「俗臭」「子守唄」などは会社の話が多くてつまらない。「黒い顔」のように、まるで出世しない地方出身の二人が、やがて映画技師になったり三文役者になったり、夢が半分かなったようなかなわなかったような話がしみじみして良い。

どの人生も走馬灯のごとく駆け足であれよあれよという感じで進んで行く。一人の人生の何十年か分を、要所要所に会話をはさみながら語り部目線であっという間に駆け抜ける。こういう書き方をなんというか、呼び方があるかもしれない。

それとは別に阪田三吉を書いた「聴雨」。自身の思い出の地での体験を書いた「木の都」などは、ゆっくりとした現在進行形の落ち着いた書き方で味わいがあった。案外こういうものがおもしろかった。

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読書
「痴愚礼讃」エラスムス 著
(慶應義塾大学出版界)

学生の頃、中央公論社「世界の名著」でその存在に気付きながら今になってようやく読んだ。
痴愚神がいかに人間の幸福に貢献しているか、女神様自身が丁寧に解説。利口であることにより訪ずれる様々な苦悩・不安・逃れられないストレス。それに比べて馬鹿であることがいかに生活に安寧と喜びをもたらしていることか。これは様々な具体例を示されるに及ばず、われわれ凡夫が素直に得心できる内容である。語り口も平易でわかりやすく楽しんで読める。ホルバインによる挿絵多数。

読み進むにつれしだいに神学上の煩瑣で不毛な論争の風刺・批判となってくる。くわしいことはわからないが案外興味深いものがあり、神の生成には瞬間があるか?父なる神が子を嫌うというのは可能か?神が女や悪魔や驢馬やヘチマの形をとることができるであろうか?など、これが神学なら外からなぞってみてもけっこう面白いかもしれない。

終わりに近づくにつれ、イエスが愛したのは知性を持つ者ではなく、考えない者、無垢な者。まさしく迷える子羊であったことが説かれる。敬虔さとはなにか。キリスト教は愚かさと親近性を持っていて賢さとは一致しない。愚かさのみに罪の許しが与えられ、智者には与えられない。ここに至っていよいよ痴愚神の存在する意味の核心に触れる。これはたいへんだ。

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読書
「文章の話」里見弴 著
(岩波文庫)


1935年~37年、全16巻で刊行された「日本少国民文庫」。中には「君たちはどう生きるか」も含まれるが、第13巻にあたるのが本書。子供向けと言いながらその内容は里見弴ならではのかなり高度な人間解説で、中学生はもとより大人でも気づかされることが多い。

「文章の話」といいながら「言葉と思想」「自と他」「自他と意思」など前半は独自の哲学的な話題で、これがどんな文章を書く場合でもその根底にあるべきだという立場だ。大きな人類史の中で自分の存在している位置を『誕生点』を記すことによってグラフ化したり、年齢を経るにつれて下がってくる喧嘩の統計を図にして喧嘩線であらわしたりと、まことにユニーク。なかでも「自と他」は、生まれながらの自分の地の部分に、生きている間に知らず知らず他の要素が混りこんでいて、もはやきっぱり自と他を分けて考えることはできないのが人間であることを解説。なかなか面白い。

後半やっと文章の話が始まったかと思うと、これはまあ常識的でさほど驚くべきところはない。それより前半、話し言葉の例として出される「ゲーム・セット、やあい、勝った、勝った」「あんなこと言ってらあ!ちぇっ、ずるいやずるいや」「健棒だ?何が健棒だい、あんなもの」「何さ、どうしたのさ」などすべてが今では聞かれない言い回しでおもしろかった。

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読書
「蒼老たる浮雲」残雪 作
(白水Uブックス)

梶の木の下に建つ棟続きの2軒長屋。隣り合って住む二組の夫婦。二組ともあまり世間と親和的ではないが、見張るようにやってくるそれぞれの親や近隣の者が常に批判的・攻撃的で安閑としない。そのせいか一人になった妻はやがて鉄格子の中に閉じこもるようになる。

汗・虫・ネズミその他グロテスクなイメージが匂いたつ、いつもの残雪の世界。相変わらず会話は勝手に話者の思いを言い合うばかりで、相手の言ったことを受けて喋らない。これもなんだか辛いものがある。ひたすら不毛なことをくりかえす人生だ。

さて、この表題作は設定がしっかりしているので、あるていど安心して読める。やはり少しは起きていることを追っていける合理性があったほうが読みやすい。
その点併録の3短編はなにが起こっているのやら把握するのが大変で、もちろんその整合性を崩していくことに狙いがあるにしても、この混乱を味わうのは一苦労だ。これを作品の出来不出来に回収するのは違っていると思うが、個人的には程度の問題としてそこまで過激でなくても良いといった感想です。

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読書
「神戸・続神戸」西東三鬼 作
(新潮文庫)

俳人西東三鬼の実話小説。戦前から戦後にかけて、多人種がたむろする神戸のホテル住まいの思い出。そこは他に生きるすべもなく体を売って生活する女たちの住まいでもあった。

文庫本解説の森見登美彦が「まるで人の良い天狗が書いたようだ」というのがまさにうなずける作者の人柄があふれ出た話。女性に対して男権主義的にふるまうところがなく、ごく自然にフラットに接することができる人らしい。また親切で骨身を惜しまないので常に女たちが出入りしている。その付き合いに性的な視線はまるで感じられない。仲人もどきの東奔西走や頼まれて子供を産ませてやったりと、ちょっと信じられない人の良さだが、話半分に聞くとしてもこの安ホテル住まいのほとんどが女で、多勢に無勢というところもあったかもしれない。それにしてもめずらしい人だと思う。もちろん基本的に昔はみな貧乏で、助け合ってオープンに生きていたのは今の世の中とちがうところだけど…。

そんななかでもしばらく離れていた現代俳句に対する想いがしだいしだいに大きくなっていくところが、ああこの人は本気だったんだなとあらためて思う。とは言え自分は俳句に関して何も知らない。

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