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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「ろまん燈籠」太宰治 作
(新潮文庫)

1941~44年にかけて書かれた短編作品を収録。平和に暮らす作家の身辺にもしだいに戦時下の緊張が高まる中、いよいよ筆が冴えてくる。

私小説の伝統がある日本文学では、エッセイのごとく身の回りのことを書いてそのまま小説であると言っても許されるようだが、さすがに太宰は身辺を描いたどの短編をとってもどうしたってれっきとした小説である。基本的には道化で韜晦であるのだが、読み物としての分をわきまえているので気持ち良く読める。公の場所での服装のTPOを失敗する話題が多く、身なりはかなり気にしていたようだ。

私にとって太宰は心地よく読める名人であって、「人間失格」その他主要な作品も少しは読んだが、巷間評価される過度の自虐や嘆き節、その他「太宰の気持ちがわかるのは自分だけ」と言ったような読後感を持ったことはない。作家自身を貶めたり持ち上げたりしても、これくらいなら普通じゃないかという印象だ。

太宰は戦後無頼派として認識していたが、すでに戦中に佳作短編を安定して発表していた。作品の傾向もだんだんお国のための晴れがましい気持ちが描かれてくるようになり、これも時勢というものだろうか。

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読書
「ダイヤモンド広場」
マルセー・ルドゥレダ
 作
(岩波文庫)

バルセロナに暮らす一人の平凡な女性の半生。結婚し子供を産み、夫が飼い始めた大量の鳩を育て、お屋敷に出かけては家政婦として働く。やがて内戦となり夫は戦場へ。戦後の新しい人生を迷いながらも歩んでいく。

旦那は結婚前から昔ながらの男性優位主義っぽいところがあって、なんでも自分が決めるが仕事以外は全部彼女に任せっきり。まあ、そんなもんだろう。
話の半分までは大事件も起こらず、生活のひとつひとつが細やかに優しい文体で描かれていて、気持ち良く落ち着いて読める。そんな彼女たちの暮らしを追っているだけではわからなかったが、いつのまにか内戦の世の中となっていて、やがて夫は民兵となって勇んで戦場へ。ふだん通りの暮らしが変わらない間は内戦なんて感じられない。それがだんだんと仕事が途絶え、食べるものにも不足するようになってきてまさに戦争なんだとわかる。これは作品だからこその描写か、現実にそんなものなのか。彼女の人生は大きく変わった。

戦後新しい連れ合いと新しい人生が始まり、子供たちも青年に。そこまで進んでもかつての夫との生活の亡霊のようなものに苛まれる屈折した心情が痛々しく、日々無為に迷い歩くところが出色の出来だ。これはなかなか書けないと思う。そんな彼女が少しずつ過去を乗り越えて心の安定に向かうようすが、読んでいてほっとする。

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読書
「資本主義に出口はあるか」
荒谷大輔 著
(講談社現代新書)

社会の構造を「ロックvsルソー」の切り口で捉え直し、その歴史的変遷を明らかにする。はたして現代社会のあとにどんな社会を作ればいいのか?

かつて先頭を切って発達した名誉革命後のイギリス産業社会。ジョン・ロックの唱えた自由とジャン・ジャック・ルソーの掲げた平等の間を行き来してきた西欧近代社会が良く見える。そしてスミス、オウエン、マルクスまで「ロックvsルソー」の間で揺れ動く世界経済。といってもそれは学習である。まるでかつて民族的理想状態があったかのごとく、それを意識的に取り戻そうとするロマン主義の発達が個人的に興味深かった。

話題が現代社会に近づき、アメリカのリベラル対保守の話からネオリベラリズム、金融工学とリーマンショック、日銀の買支えとアベノミクスにまで進むと、理解も学習から離れ新聞記事を読むかのごとく活き活きと進む。はたしてわれわれの社会はこの後どんな出口へ向かうか?

ところが終章に入るとそれまでの経済的リアリズムの話とはうって変わって、デカルトの我を疑う哲学的な話になってしまう。映画「マトリックス」を例に、われわれが自明のごとく共有している枠組みを離れ、新たな社会のゼロ地点へいったん帰るべきだとの着地は、いつのまにか違う教室へ移動していたかのような終わりかただった。

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読書
「郵便局と蛇」A・E・コッパード 作
(ちくま文庫)

寓話・ファンタジーから怪奇編まで、独特の味わいを持つ幻想短編集。

文庫本巻末の小伝によると、作者コッパードは仕立屋職人の家に生まれ、様々な職業を転々としながら成長するにしたがって小説を書き始めた人。ろくに学校に行っていないし、文化的な素養のある人々との交流も人生後半になってからである。投稿と落選をくり返すうち執念が実って世にでることとなるが、それが上質の幻想文学だからたいしたものだ。実に階層と才能は無関係だ。巧拙がよくわからない晦渋な修辞ということだが、情景描写などなかなかに凝っていて味わい深い。

「ポリー・モーガン」:ふと犯した間違いが負い目となって、やがて幽霊を見ることになる女性。幽霊自体はかそけき風が窓を揺らすくらいだが、それが彼女にとっては幽霊となる。人間心理の複雑で悲しい作用を描いた傑作。幽霊譚として一級品の出来。

「シオンへの行進」:放浪する修道士と世界の王に会うために旅を続ける男ミカエル。この修道士が曲者で、悪人を簡単に殺すし倫理観がない。やがて同行する流浪のクリスチャン女性がまったく浮世離れしていて彼らはついていけない。キリスト教と付かず離れずにいた作者のポジションが垣間見える。

「幼子は迷いけり」:両親に溺愛されながらも、幼い頃から積極的になにかに興味を持つことのない少年。主体的になにもしようとしないまま、成人すると酒浸りなっていくが、それだけでなんの解決もない。

「王女と太鼓」:鳥獲りの老人に育てられた孤児の少年は、ついに決意して巣立ちする。旅先で巨人に出会い、幽閉された王女を見張るようにと鍵を渡されるが、王女は取り巻きの悪意で女王になることが出来ず、やたら太鼓をたたいて日々を過ごすのだった。少年の巣立ちは失敗する。

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読書
「深夜の酒宴/美しい女」
椎名麟三 作
(講談社文芸文庫)

「美しい女」:電車の車掌であり運転士でもある男。彼の人生には次々と常軌を逸した狂気に近い女性が現れる。しかし男は常に心の奥底に理想とする「美しい女」の幻想を抱き続け、けして凡人の道を踏み外さない。

ユーモア小説という解説もあるが、とんでもない暗黒小説。
登場する女性たちが平穏な人間性を捨て去っている。最初に登場する娼婦として生きる女性はかなり自暴自棄だが、それがなぜかはわからぬうちに気が違ってしまう。妻となる女性は常に頑なな態度で言動が強く、ひとときもくつろがない。最後に心を寄せてくる女性もふわふわと主体性がなく不可解な行動をとり不気味だ。
かたや主人公の男は電車の仕事を愛する自分から一歩も出ようとはせず、崩れゆく家庭や混乱する労働の現場をどうしようとも思わない。耐えるというのでもない。ただ幻想の「美しい女」の面影を心に抱くばかりだ。

したがってこの作品に登場する人物には普通の意味での共感出来る人生や生活というものがなく、奇態な人生が進行するばかりで、まさに地獄を行くような、読んでいてまったく快活としない暗澹たる思いに苛まれる。どういう意図があって作者はこれらの人物を設定したのか?

これはもしかしたらキリスト教思想の仮想実験であるかもしれず、そうだとすればいよいよわからない。
梅崎の「幻化」や藤枝の「空気頭」など得体の知れない傑作はあるが、この作品もその仲間かもしれない。とりあえず稀に見る奇作だと思う。

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読書
「もうダメかも」死ぬ確率の統計学
マイケル・ブラストランド、デイヴィッド・シュピーゲルハルター 著
(みすず書房)

長き人生に巻き起こる様々なリスクは、果たして統計学的に見るとどれくらいの死ぬ確率になるのか?出産・乳児期から老後のお金まで、独自の単位で楽しく検証したエッセイ。

偶然や確率・統計学をめぐるオモシロ読本のたぐいは今までも何冊かついつい読んでしまったが、これはその中でも大部の部類。書題はおおげさだが筆致はかなり冷静なもので、読んでいて全く興奮しない。

事故や病気などで死ぬ目にあう人が一定数いてこんなに危険ということは話題にのぼるにしても、そんな目に遭わずに無事過ごす人々の方がはるかに多い。しかしそちらは話題にはならない。いくら確率の問題としてそのリスクの低さや平均値が提示されても、人はやはり感覚的にたどり着く危険な未来の印象に引きずられてしまう。

そんな不合理なリスク認識の蒙を開く仕掛けだが、個人的にはそんなにも意外な気がしなかった。危機意識自体がないのかもしれない。とくに後半はしだいに手術・検診・失業など数字で見る生活指南書みたいになってきてサラサラと読めた。面白いのはやはりギャンブルや偶然の一致など、ちょっと浮世を離れる話題。

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読書
「ヘンテコノミクス」
佐藤雅彦・菅俊一・高橋秀明 作
(マガジンハウス)

人は必ずしも経済合理主義的に行動するものではない。身近な暮らしの中の消費を題材に、行動経済学の面白さを愉快な漫画で解説。2017年初刊。

学習漫画といえばなんとなく粗製乱造的な面白くないものが多い印象があるが、これは漫画としてちゃんと面白く出来ている。とても初めて描いたとは思えない。もっとも佐藤雅彦の企画だから、経済学をお茶の間にわかりやすく届けるなんてことはおなじみの仕事かもしれない。
絵柄もオーソドックスなタッチを活かしてややレトロな雰囲気でよかった。世の中にはミニコミ含めてときどきこういった仕事があるから、学習漫画の世界も侮れない。なんでもやり尽くされたということはないのだ。

アンダーマイニング効果・極端回避性・プライミング効果などといっても、実は誰にでも思い当たる体験があり、それを描けるわけだから漫画化するには最適の素材。これを読めば行動経済学がバッチリ判った気になれるヨ。

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読書
「ヘンテコノミクス」
佐藤雅彦・菅俊一・高橋秀明 作
(マガジンハウス)

人は必ずしも経済合理主義的に行動するものではない。身近な暮らしの中の消費を題材に、行動経済学の面白さを愉快な漫画で解説。2017年初刊。

学習漫画といえばなんとなく粗製乱造的な面白くないものが多い印象があるが、これは漫画としてちゃんと面白く出来ている。とても初めて描いたとは思えない。もっとも佐藤雅彦の企画だから、経済学をお茶の間にわかりやすく届けるなんてことはおなじみの仕事かもしれない。
絵柄もオーソドックスなタッチを活かしてややレトロな雰囲気でよかった。世の中にはミニコミ含めてときどきこういった仕事があるから、学習漫画の世界も侮れない。なんでもやり尽くされたということはないのだ。

アンダーマイニング効果・極端回避性・プライミング効果などといっても、実は誰にでも思い当たる体験があり、それを描けるわけだから漫画化するには最適の素材。これを読めば行動経済学がバッチリ判った気になれるヨ。

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読書
「白土三平伝」カムイ伝の真実
毛利甚八 著
(小学館文庫)

漫画・劇画史に巨大な足跡を残しながら、その人物が謎につつまれた白土三平。プロレタリア画家のもとに生まれた少年時代から、房総の海で自然と共に生きる老境までをトータルに追う。

プロレタリア画家岡本唐貴の長男として生まれた白土三平。この評伝は弾圧を受けながら各地を転々として暮らす一家の様子と少年時代。紙芝居作家としての独立とその流れでの漫画家デビュー。「ガロ」創刊と「カムイ伝」開始。その後の「神話シリーズ」と「カムイ伝第2部」。房総の海での自然生活。と、生涯を平均して書いてあるので、少年誌でヒットを飛ばしている最も忙しかった頃のことをもう少し知りたかったが分量としてはわずかである。

自分の中では白土三平は「ワタリ」「風魔」などの少年漫画家であり、「カムイ伝」などの大作はさほどの興味をもってはいない。また「神話シリーズ」やナチュラリストとしてのビーパルな暮らしにも関心はない。赤目プロの歴史の中で小島剛夕は大きな存在であるが、個人的にはあの絵柄に馴染めず、「ワタリ」などの少年漫画タッチがいちばんカッコイイと思っている。
赤目プロはファミリービジネスでマルキシストでもあるせいか、白土三平は他の作家たちとグループを作っていない。そのため漫画史の中でエピソードをあまり聞かない。やはり長井さんと知り合って「ガロ」を創刊する頃のいきさつや赤目プロの動向など、ある程度知ってはいるがもう少し書いて欲しかった。

水木さんが紙芝居からスタートしたのは有名な話だが、白土三平も加太こうじと知り合って紙芝居を描いていたとは知らなかった。

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読書
「チョンキンマンションのボスは知っている」
小川さやか 著
(春秋社)

遥かアフリカから単身香港へ渡航して稼ぐタンザニアブローカー達。その融通無碍なコミュニティと独特な経済システムを追いかけた人類学的ルポ。

香港のチョンキンマンションは店舗と格安ホテルが合体したカオス的な場所として有名なようだ。多人種が入り乱れて生活する中、近年アフリカからの出稼ぎも多く、ここに集うタンザニア人達は皆ブローカーで、香港から故郷へ中古車やケータイなどを売って稼ぐ。長年タンザニアでの研究を続けている著者が体験したマンションのボス的人物との交流記録。

彼らは組合的な互助組織を持っていて、例えば仮に不幸にして仲間が亡くなっても遺体は確実に故郷タンザニアへ送り届けられる。困窮して倒れても「自己責任」で済まされることはない。これは彼らの身分が非常に不安定で法的にはグレーな者も多く、いつ零落して病死してもおかしくない運命ゆえであろう。明日はわが身であることがひしひしと感じられるからこそ、助け合いもあるのだろう。

彼らどうしの取引は確固たる資本主義経済でも贈与交換経済でもない不思議なもの。
安定して香港にとどまっている者が少なく、いつ誰がどこへ動くかわからないという条件があるため、厳密な貸し借りの経済がなく、コミュニティの中で自分が与えた分は誰かに返して貰えば良いという考えだ。あまり個人の事情を詮索しないゆるい繋がりだが確実に繋がっているというコミュニティで、ここには最低でも安心があり、ある種うらやましい社会かもしれない。

仕事の交流の中心にSNSがあるが、別に商売の話ではない日常的な話題が常にあり、商売に特化したシステムに発展しないところがおもしろい。遊んでいるような働いているような全人的な営みを崩さないのがよい。

大きくみればこれらの特徴は多くの移民社会で同じようにあったことかもしれないが、開拓者として根付くのではなく、個人ブローカーとして漂っているところが特殊だ。

なにより著者が研究者で経済人類学的目線で書かれているのがこのエッセイのおもしろさ。一般ルポライターではこうは書かないだろう。

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