漫画家まどの一哉ブログ
カテゴリー「読書日記」の記事一覧
- 2020.05.19 「永遠の歴史」 J.L.ボルヘス
- 2020.05.15 「ソヴィエト旅行記」 ジッド
- 2020.05.13 「夫婦の一日」 遠藤周作
- 2020.05.13 「夫婦の一日」 遠藤周作
- 2020.05.13 「夫婦の一日」 遠藤周作
- 2020.05.11 「戦後史入門」 成田龍一
- 2020.05.08 「すべては消えゆく」 マンディアルグ
- 2020.05.04 「シーシュポスの神話」 カミュ
- 2020.04.30 「博士の愛した数式」 小川洋子
- 2020.04.27 「汚辱の世界史」 J.L.ボルヘス
読書
「永遠の歴史」J.L.ボルヘス 著
(ちくま学芸文庫)
永遠とは?また時間の循環とは?隠喩とは?「千夜一夜物語」はどのように訳されて来たか?小説作品と相通じるボルヘス珠玉のエッセイ集。
今さら自分が言うことでもないが、ボルヘスのあまりの博覧強記にとてもついていけなくて、様々な文献をめぐりながら彼はこう言ったどう言ったと言われても、ああそんな人もいたんですか…との感想で終わってしまう自分が情けない。
ところが例えば永遠についてこれだけ古今東西の文献の中からいろんな見解を思うまま並べて、盛りだくさんなのだからもっとワクワクしてもいいだろうと思うが、なにか乗っていけないところがある。
これはボルヘスの短編小説についても自分が感じていることで前にも書いたが、書いているボルヘス自身が見えてしまって小説世界に引き込まれるない。同じことがエッセイにもあるのかもしれない。俯瞰できすぎているというか、大図書室の中で全ての本を同列に扱っている気配がなんとなくもどかしいのかもしれない。これは読むこちらの脳の容量が小さくすぐ限界になるせいかと思われる。
「千夜一夜物語」はいろんな人がかなり好き勝手に訳しているようだ。
「永遠の歴史」J.L.ボルヘス 著
(ちくま学芸文庫)
永遠とは?また時間の循環とは?隠喩とは?「千夜一夜物語」はどのように訳されて来たか?小説作品と相通じるボルヘス珠玉のエッセイ集。
今さら自分が言うことでもないが、ボルヘスのあまりの博覧強記にとてもついていけなくて、様々な文献をめぐりながら彼はこう言ったどう言ったと言われても、ああそんな人もいたんですか…との感想で終わってしまう自分が情けない。
ところが例えば永遠についてこれだけ古今東西の文献の中からいろんな見解を思うまま並べて、盛りだくさんなのだからもっとワクワクしてもいいだろうと思うが、なにか乗っていけないところがある。
これはボルヘスの短編小説についても自分が感じていることで前にも書いたが、書いているボルヘス自身が見えてしまって小説世界に引き込まれるない。同じことがエッセイにもあるのかもしれない。俯瞰できすぎているというか、大図書室の中で全ての本を同列に扱っている気配がなんとなくもどかしいのかもしれない。これは読むこちらの脳の容量が小さくすぐ限界になるせいかと思われる。
「千夜一夜物語」はいろんな人がかなり好き勝手に訳しているようだ。
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読書
「ソヴィエト旅行記」ジッド 著
(光文社古典新訳文庫)
共産主義の夢と理想を求めてソヴィエトを訪れた作家ジッド。だが彼が目の当たりにしたのは、既にスターリンの独裁体制となり果てた悲惨な国家の姿だった。
「ソヴィエト旅行記」と、その批判に対して回答した「ソヴィエト旅行記修正」。
ジッドの読者でなくても、彼が社会派の作家でなくマルクス主義にも詳しそうではないことは想像がつく。そんなジッドの作家性が幸いしてこのルポは論理を操ることなく、実際に見て感じたままを綴った読みやすくわかり易い出来栄えとなっている。加えてジッドという人の誠実さ真面目さが窺えて気持ちが良い。あくまで市民・労働者に寄り添い、不法な搾取や不平等をゆるさない正義感をもっていればこそこのルポは書けた。
あっという間に完成しつつあるスターリンの暗黒体制。物価高・低賃金にあえぐ労働者を打ち捨て、自分たちの荘厳な宮殿を作ろうとする政府。皮肉にも今の日本の実情から押し計れてしまうのが悲しい。それにもまして圧倒的な自由のなさと監視体制の恐ろしさ。これも今日見本となる社会には事欠かない。
それにしてもジッドの的確な指摘・批判があっても、なかなか知識人の社会主義への夢は打ち砕かれることなく、ロマン・ロランはじめ、解説によると宮本百合子でさえもジッドの告発する現実を受け入れることはできなかった。それこそが悲しい現実だ。
「ソヴィエト旅行記」ジッド 著
(光文社古典新訳文庫)
共産主義の夢と理想を求めてソヴィエトを訪れた作家ジッド。だが彼が目の当たりにしたのは、既にスターリンの独裁体制となり果てた悲惨な国家の姿だった。
「ソヴィエト旅行記」と、その批判に対して回答した「ソヴィエト旅行記修正」。
ジッドの読者でなくても、彼が社会派の作家でなくマルクス主義にも詳しそうではないことは想像がつく。そんなジッドの作家性が幸いしてこのルポは論理を操ることなく、実際に見て感じたままを綴った読みやすくわかり易い出来栄えとなっている。加えてジッドという人の誠実さ真面目さが窺えて気持ちが良い。あくまで市民・労働者に寄り添い、不法な搾取や不平等をゆるさない正義感をもっていればこそこのルポは書けた。
あっという間に完成しつつあるスターリンの暗黒体制。物価高・低賃金にあえぐ労働者を打ち捨て、自分たちの荘厳な宮殿を作ろうとする政府。皮肉にも今の日本の実情から押し計れてしまうのが悲しい。それにもまして圧倒的な自由のなさと監視体制の恐ろしさ。これも今日見本となる社会には事欠かない。
それにしてもジッドの的確な指摘・批判があっても、なかなか知識人の社会主義への夢は打ち砕かれることなく、ロマン・ロランはじめ、解説によると宮本百合子でさえもジッドの告発する現実を受け入れることはできなかった。それこそが悲しい現実だ。
読書
「夫婦の一日」遠藤周作 作
(新潮文庫)
50代後半から60代。人生の円熟期を迎えてなお、自身の利己的な欲望を見つめるクリスチャンとしての日々を描いた短編集。
これらの短編が書かれたのは1980~83年。
「六十歳の男」:60歳を迎えた自分がいかにも死を前にした晩年のごとく描かれている。しかし作品中触れられるJRのフルムーンパスキャンペーンが82年で、その条件が夫婦合わせて年齢が88歳以上であること。それらも含めて今から40年前の60代がいかに老人だったか驚くべきものがある。60歳になって街で知り合った女子高生を凌辱する妄想を離れがたい自分を追い詰めているが、読後感は気持ちの悪いものである。
「授賞式の夜」「ある通夜」:作者は50代半ばだが、道ならぬ性的な衝動や残酷な本心を省みる内容。これも50代半ばにもなって人生も終わりに向かっているのにという設定が、現代の50代の感覚と随分違うなという気がする。これらの反道徳的な衝動は多くの人間にあるだろうが、カトリックであるからこそより倫理的な悩みとなるのか。
「日本の聖女」:これだけが異質の時代劇で、細川ガラシャを題材に、日本人のキリスト教信仰における仏教的逃避をみたもの。テーマに沿ってしっかりと構成された好短編だが、私小説風の作品を読んだ後ではやや堅苦しい印象になってしまった。
全編なかなか悩ましい内容だが、表題作含めて文章には日常の時間がゆっくりと流れていて心落ち着く。
読書
「夫婦の一日」遠藤周作 作
(新潮文庫)
50代後半から60代。人生の円熟期を迎えてなお、自身の利己的な欲望を見つめるクリスチャンとしての日々を描いた短編集。
これらの短編が書かれたのは1980~83年。
「六十歳の男」:60歳を迎えた自分がいかにも死を前にした晩年のごとく描かれている。しかし作品中触れられるJRのフルムーンパスキャンペーンが82年で、その条件が夫婦合わせて年齢が88歳以上であること。それらも含めて今から40年前の60代がいかに老人だったか驚くべきものがある。60歳になって街で知り合った女子高生を凌辱する妄想を離れがたい自分を追い詰めているが、読後感は気持ちの悪いものである。
「授賞式の夜」「ある通夜」:作者は50代半ばだが、道ならぬ性的な衝動や残酷な本心を省みる内容。これも50代半ばにもなって人生も終わりに向かっているのにという設定が、現代の50代の感覚と随分違うなという気がする。これらの反道徳的な衝動は多くの人間にあるだろうが、カトリックであるからこそより倫理的な悩みとなるのか。
「日本の聖女」:これだけが異質の時代劇で、細川ガラシャを題材に、日本人のキリスト教信仰における仏教的逃避をみたもの。テーマに沿ってしっかりと構成された好短編だが、私小説風の作品を読んだ後ではやや堅苦しい印象になってしまった。
全編なかなか悩ましい内容だが、表題作含めて文章には日常の時間がゆっくりと流れていて心落ち着く。
「夫婦の一日」遠藤周作 作
(新潮文庫)
50代後半から60代。人生の円熟期を迎えてなお、自身の利己的な欲望を見つめるクリスチャンとしての日々を描いた短編集。
これらの短編が書かれたのは1980~83年。
「六十歳の男」:60歳を迎えた自分がいかにも死を前にした晩年のごとく描かれている。しかし作品中触れられるJRのフルムーンパスキャンペーンが82年で、その条件が夫婦合わせて年齢が88歳以上であること。それらも含めて今から40年前の60代がいかに老人だったか驚くべきものがある。60歳になって街で知り合った女子高生を凌辱する妄想を離れがたい自分を追い詰めているが、読後感は気持ちの悪いものである。
「授賞式の夜」「ある通夜」:作者は50代半ばだが、道ならぬ性的な衝動や残酷な本心を省みる内容。これも50代半ばにもなって人生も終わりに向かっているのにという設定が、現代の50代の感覚と随分違うなという気がする。これらの反道徳的な衝動は多くの人間にあるだろうが、カトリックであるからこそより倫理的な悩みとなるのか。
「日本の聖女」:これだけが異質の時代劇で、細川ガラシャを題材に、日本人のキリスト教信仰における仏教的逃避をみたもの。テーマに沿ってしっかりと構成された好短編だが、私小説風の作品を読んだ後ではやや堅苦しい印象になってしまった。
全編なかなか悩ましい内容だが、表題作含めて文章には日常の時間がゆっくりと流れていて心落ち着く。
読書
「夫婦の一日」遠藤周作 作
(新潮文庫)
50代後半から60代。人生の円熟期を迎えてなお、自身の利己的な欲望を見つめるクリスチャンとしての日々を描いた短編集。
これらの短編が書かれたのは1980~83年。
「六十歳の男」:60歳を迎えた自分がいかにも死を前にした晩年のごとく描かれている。しかし作品中触れられるJRのフルムーンパスキャンペーンが82年で、その条件が夫婦合わせて年齢が88歳以上であること。それらも含めて今から40年前の60代がいかに老人だったか驚くべきものがある。60歳になって街で知り合った女子高生を凌辱する妄想を離れがたい自分を追い詰めているが、読後感は気持ちの悪いものである。
「授賞式の夜」「ある通夜」:作者は50代半ばだが、道ならぬ性的な衝動や残酷な本心を省みる内容。これも50代半ばにもなって人生も終わりに向かっているのにという設定が、現代の50代の感覚と随分違うなという気がする。これらの反道徳的な衝動は多くの人間にあるだろうが、カトリックであるからこそより倫理的な悩みとなるのか。
「日本の聖女」:これだけが異質の時代劇で、細川ガラシャを題材に、日本人のキリスト教信仰における仏教的逃避をみたもの。テーマに沿ってしっかりと構成された好短編だが、私小説風の作品を読んだ後ではやや堅苦しい印象になってしまった。
全編なかなか悩ましい内容だが、表題作含めて文章には日常の時間がゆっくりと流れていて心落ち着く。
「夫婦の一日」遠藤周作 作
(新潮文庫)
50代後半から60代。人生の円熟期を迎えてなお、自身の利己的な欲望を見つめるクリスチャンとしての日々を描いた短編集。
これらの短編が書かれたのは1980~83年。
「六十歳の男」:60歳を迎えた自分がいかにも死を前にした晩年のごとく描かれている。しかし作品中触れられるJRのフルムーンパスキャンペーンが82年で、その条件が夫婦合わせて年齢が88歳以上であること。それらも含めて今から40年前の60代がいかに老人だったか驚くべきものがある。60歳になって街で知り合った女子高生を凌辱する妄想を離れがたい自分を追い詰めているが、読後感は気持ちの悪いものである。
「授賞式の夜」「ある通夜」:作者は50代半ばだが、道ならぬ性的な衝動や残酷な本心を省みる内容。これも50代半ばにもなって人生も終わりに向かっているのにという設定が、現代の50代の感覚と随分違うなという気がする。これらの反道徳的な衝動は多くの人間にあるだろうが、カトリックであるからこそより倫理的な悩みとなるのか。
「日本の聖女」:これだけが異質の時代劇で、細川ガラシャを題材に、日本人のキリスト教信仰における仏教的逃避をみたもの。テーマに沿ってしっかりと構成された好短編だが、私小説風の作品を読んだ後ではやや堅苦しい印象になってしまった。
全編なかなか悩ましい内容だが、表題作含めて文章には日常の時間がゆっくりと流れていて心落ち着く。
読書
「戦後史入門」成田龍一 著
(河出文庫)
信頼できる歴史家成田龍一による青少年を対象にした戦後史ガイド。単なるガイドというより歴史を学ぶとはどういうことか、その基礎から解説。
長い長い戦後史のトピックを順番に追っていったところで、若い読者にとっては全くリアリティを得られないまま暗記項目となって終わってしまう。この本も少年向けらしく、事実の記述自体は簡単すぎてつまらない。しかし著者の眼目はそこにはない。
歴史とは単に起こったことの羅列ではなくて、書かれたものであり、そこには何を書くかの選択と解釈がある。なぜその解釈がなされたかによって歴史は何通りもある。この歴史のあり方を理解することができれば、青少年に取っても幸いだが、なかなか社会科的センスのあるなしもあるから難しいかもしれない。
今や好景気を体験したことのない若者にとっては、高度成長期とバブルの混同もみられる時代。その明確な時期と本質的な違いが解る。右肩上がりと言っても高度成長期にも景気循環があり、全体の印象として成長率が高かったこと。また好景気やバブルといっても全員が体感したわけではなく、都市部と農村での違いや業種や階層によっては素通りされただけで実感もなかったことは、まさに触れてほしかったことだ。立場によって歴史は異なる。もとより沖縄や在日コリアン、女性、公害被害者などのマイノリティーから見た歴史の存在も解説。
今が失われた20年であるからこそ高度成長期が輝いて見えるが如く、歴史は移りゆく今を基準にして振り返るものなので、今がどういう今なのかによってしだいに遠ざかる過去がどういう過去なのか見えてくる。日本が未だ戦後を終わることができない理由もよくわかる。
「戦後史入門」成田龍一 著
(河出文庫)
信頼できる歴史家成田龍一による青少年を対象にした戦後史ガイド。単なるガイドというより歴史を学ぶとはどういうことか、その基礎から解説。
長い長い戦後史のトピックを順番に追っていったところで、若い読者にとっては全くリアリティを得られないまま暗記項目となって終わってしまう。この本も少年向けらしく、事実の記述自体は簡単すぎてつまらない。しかし著者の眼目はそこにはない。
歴史とは単に起こったことの羅列ではなくて、書かれたものであり、そこには何を書くかの選択と解釈がある。なぜその解釈がなされたかによって歴史は何通りもある。この歴史のあり方を理解することができれば、青少年に取っても幸いだが、なかなか社会科的センスのあるなしもあるから難しいかもしれない。
今や好景気を体験したことのない若者にとっては、高度成長期とバブルの混同もみられる時代。その明確な時期と本質的な違いが解る。右肩上がりと言っても高度成長期にも景気循環があり、全体の印象として成長率が高かったこと。また好景気やバブルといっても全員が体感したわけではなく、都市部と農村での違いや業種や階層によっては素通りされただけで実感もなかったことは、まさに触れてほしかったことだ。立場によって歴史は異なる。もとより沖縄や在日コリアン、女性、公害被害者などのマイノリティーから見た歴史の存在も解説。
今が失われた20年であるからこそ高度成長期が輝いて見えるが如く、歴史は移りゆく今を基準にして振り返るものなので、今がどういう今なのかによってしだいに遠ざかる過去がどういう過去なのか見えてくる。日本が未だ戦後を終わることができない理由もよくわかる。
読書
「すべては消えゆく」マンディアルグ 作
(光文社古典新訳文庫)
ある日地下鉄で知り合った謎の女。女優であり娼婦でもある彼女と演劇についての薀蓄を語り合ううち、秘密の娼館に誘われるが…。恐怖と破滅へ至る幻想文学。
シュルレアリスム文学は歓迎するも、小説の中のセックス描写がどうも好きになれず、さらに血と薔薇的な痛々しいものとなるとなおさらだ。以前「閉ざされた城の中で語るイギリス人」を読んで辟易していたので、もうマンディアルグはごめんだと思っていたのに、なぜか試しに買ってしまう。
ふたを開けてみると、この作品は幻想耽美的な雰囲気はまるでなく、ただ現実世界で話が進行するばかりだ。しかも地下鉄内で出会った主人公の男と謎の女はいつまでも駅ホームのベンチで話し込んでいて、いっかな駅を出ようともしない。おまけにリアリスティックな会話とは程遠い、芝居掛かった美学・薀蓄の掛け合いをとうとうと重ねるなりゆき。文庫解説でわかったが、この作品は劇論でもあるので、この擬古文的な台詞回しは意図的であるそうな。
そのあとは教会でまた長々としゃべり、いよいよ女の紹介する秘密の娼館へと導かれ、ようやく話は耽美幻想エロチシズムの世界へと移り行くが、驚いたことに性の遊戯は突然打ち切られ、男は身体中に生傷を負って白昼のパリ市街へと追い出されるのである。このあたりのストーリー展開が耽美を脇に置いておもしろく飽きさせない。ちょっと冗長だなと感じてくると事件が進むところが心憎い。
「すべては消えゆく」マンディアルグ 作
(光文社古典新訳文庫)
ある日地下鉄で知り合った謎の女。女優であり娼婦でもある彼女と演劇についての薀蓄を語り合ううち、秘密の娼館に誘われるが…。恐怖と破滅へ至る幻想文学。
シュルレアリスム文学は歓迎するも、小説の中のセックス描写がどうも好きになれず、さらに血と薔薇的な痛々しいものとなるとなおさらだ。以前「閉ざされた城の中で語るイギリス人」を読んで辟易していたので、もうマンディアルグはごめんだと思っていたのに、なぜか試しに買ってしまう。
ふたを開けてみると、この作品は幻想耽美的な雰囲気はまるでなく、ただ現実世界で話が進行するばかりだ。しかも地下鉄内で出会った主人公の男と謎の女はいつまでも駅ホームのベンチで話し込んでいて、いっかな駅を出ようともしない。おまけにリアリスティックな会話とは程遠い、芝居掛かった美学・薀蓄の掛け合いをとうとうと重ねるなりゆき。文庫解説でわかったが、この作品は劇論でもあるので、この擬古文的な台詞回しは意図的であるそうな。
そのあとは教会でまた長々としゃべり、いよいよ女の紹介する秘密の娼館へと導かれ、ようやく話は耽美幻想エロチシズムの世界へと移り行くが、驚いたことに性の遊戯は突然打ち切られ、男は身体中に生傷を負って白昼のパリ市街へと追い出されるのである。このあたりのストーリー展開が耽美を脇に置いておもしろく飽きさせない。ちょっと冗長だなと感じてくると事件が進むところが心憎い。
読書
「シーシュポスの神話」カミュ 著
(新潮文庫)
不条理を前にひるまず、敢然と受け止める若きカミュの論考。
ここで言う不条理とは具体的には死のことだが、それは論考の冒頭ふれられるだけなので、あとはそれを心において読まなければならない。実存主義哲学の面々、キルケゴールの神やヤスパースの超越者など最後の最後に思考自体を停止してしまうありかたを「哲学上の自殺」とよぶ。形而上学が自己放棄に歩み寄ることをしりぞけ、カミュは不屈不撓の反抗をつらぬこうとする。不条理(死)を直視して生きて行く哲学者ならぬ芸術家の方法とはどんなものか。
芸術とは不条理な世界に生きる経験を二度生きること。唯一の出口が死という不可避のものである事実を見据えて、自分の限界と間もない終末とを確信させたまま打ち捨てておくこと。個人の生は本質的には無用なものとの自覚を持ってこそ作品は輝く。
なるほどカミュは哲学者であるより、しごくまっとうで熱血果敢な小説家。現実社会を生きる具体的な人間である。
「シーシュポスの神話」カミュ 著
(新潮文庫)
不条理を前にひるまず、敢然と受け止める若きカミュの論考。
ここで言う不条理とは具体的には死のことだが、それは論考の冒頭ふれられるだけなので、あとはそれを心において読まなければならない。実存主義哲学の面々、キルケゴールの神やヤスパースの超越者など最後の最後に思考自体を停止してしまうありかたを「哲学上の自殺」とよぶ。形而上学が自己放棄に歩み寄ることをしりぞけ、カミュは不屈不撓の反抗をつらぬこうとする。不条理(死)を直視して生きて行く哲学者ならぬ芸術家の方法とはどんなものか。
芸術とは不条理な世界に生きる経験を二度生きること。唯一の出口が死という不可避のものである事実を見据えて、自分の限界と間もない終末とを確信させたまま打ち捨てておくこと。個人の生は本質的には無用なものとの自覚を持ってこそ作品は輝く。
なるほどカミュは哲学者であるより、しごくまっとうで熱血果敢な小説家。現実社会を生きる具体的な人間である。
読書
「博士の愛した数式」小川洋子 作
(新潮文庫)
記憶が80分しか持たない老数学博士。家政婦として通う私はやがて10歳の息子ともども友人としてかけがえのない時間を過ごす。数学の不思議と人生の悲しみと喜びを描いたベストセラー。
身近な出来事や体験をもとに書かれたリアリズム小説ではなく、あえてこしらえた設定の、一種の奇想小説と思う。
記憶がないため毎日が初対面となってしまうことの寂しさ。それでも1日がスタートすれば、数学にしか興味のない博士の人間愛にあふれた純粋な性格に心温まる。数学、おもに素数の不思議なふるまいを読み物として取り入れながら、違和感なく登場人物といっしょになって謎を追う楽しさ。またプロ野球阪神タイガースの当時の試合と往年のヒーロー江夏の物語もふんだんに出てくるのも作品を彩り豊かにしておもしろい。
博士と家政婦の私とその息子の3人だけのあったかい世界と、理解なき周囲の冷たい人々の対比も効果的。文庫本オビには泣きましたとあるが、そんなことはないハッピーエンドに思える。オイラーの公式がなぜ母屋に住む未亡人を納得させたかわからなかった。
「博士の愛した数式」小川洋子 作
(新潮文庫)
記憶が80分しか持たない老数学博士。家政婦として通う私はやがて10歳の息子ともども友人としてかけがえのない時間を過ごす。数学の不思議と人生の悲しみと喜びを描いたベストセラー。
身近な出来事や体験をもとに書かれたリアリズム小説ではなく、あえてこしらえた設定の、一種の奇想小説と思う。
記憶がないため毎日が初対面となってしまうことの寂しさ。それでも1日がスタートすれば、数学にしか興味のない博士の人間愛にあふれた純粋な性格に心温まる。数学、おもに素数の不思議なふるまいを読み物として取り入れながら、違和感なく登場人物といっしょになって謎を追う楽しさ。またプロ野球阪神タイガースの当時の試合と往年のヒーロー江夏の物語もふんだんに出てくるのも作品を彩り豊かにしておもしろい。
博士と家政婦の私とその息子の3人だけのあったかい世界と、理解なき周囲の冷たい人々の対比も効果的。文庫本オビには泣きましたとあるが、そんなことはないハッピーエンドに思える。オイラーの公式がなぜ母屋に住む未亡人を納得させたかわからなかった。
読書
「汚辱の世界史」J.L.ボルヘス 作
(岩波文庫)
史実を元に仕立て上げた古今東西7人の悪人列伝。その他「千夜一夜物語」などから組み立てた掌編集「エトセトラ」、ナイフと銃のせめぎあう短編「薔薇色の街角の男」等初期ボルヘス。
資料文献をなぞっただけと思うなかれ。客観的な筆致ながられっきとしたボルヘスの脳内ドラマである。
「ビル・ハリガン」:ビリー・ザ・キッドのこと。10代にして理由なく人を撃ち殺す恐ろしさ。ためらいがない。悪事がストレートで裏がないからボルヘスの筆も軽快だ。これがいちばんおもしろい。
「吉良上野介」:よく日本人と武家社会の異常なメンタルを理解しているものだ。切腹が基本になっている社会。たとえ吉良が悪役だったとしても、大石の正義と顛末ついては納得できるのだろうか。
「薔薇色の街角の男」:別名で発表するほど、ボルヘスはこんな場末の殺し合いを恥ずかしく思っていたみたいだが、なんのストーリーはさておいても語りがおもしろい。
「汚辱の世界史」J.L.ボルヘス 作
(岩波文庫)
史実を元に仕立て上げた古今東西7人の悪人列伝。その他「千夜一夜物語」などから組み立てた掌編集「エトセトラ」、ナイフと銃のせめぎあう短編「薔薇色の街角の男」等初期ボルヘス。
資料文献をなぞっただけと思うなかれ。客観的な筆致ながられっきとしたボルヘスの脳内ドラマである。
「ビル・ハリガン」:ビリー・ザ・キッドのこと。10代にして理由なく人を撃ち殺す恐ろしさ。ためらいがない。悪事がストレートで裏がないからボルヘスの筆も軽快だ。これがいちばんおもしろい。
「吉良上野介」:よく日本人と武家社会の異常なメンタルを理解しているものだ。切腹が基本になっている社会。たとえ吉良が悪役だったとしても、大石の正義と顛末ついては納得できるのだろうか。
「薔薇色の街角の男」:別名で発表するほど、ボルヘスはこんな場末の殺し合いを恥ずかしく思っていたみたいだが、なんのストーリーはさておいても語りがおもしろい。