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漫画家まどの一哉ブログ

   
カテゴリー「読書日記」の記事一覧

読書

「三位一体の神話

大西巨人 作 

 

これだけ硬派な潤いのない文体で、なぜ迫真のミステリーたりえているのか?大西巨人は不思議な作家だ。とはいえ日本文学史上の巨星であってみれば、自分の非力な読書力がそう思わせているのかもしれない。情感に訴えるところまるでなく、ただただ論理的に細密に事実を繋ぎ合わせ、モザイク的に構成されるこの大西スタイルは、意外にも引き込まれてしまって快感なのである。

遅筆で有名な小説家Aがベッドの上で服毒死していた。実はどうしてもかなわない小説家Aの本物の才能を妬み、また作品内で自身の出自を暴露されることを恐れた小説家Bによる自殺に見せかけた完全犯罪であった。残された遺書の筆跡鑑定でも疑いはかからない。 小説家Aの死後、作品全集を編集する若き編集者Cは、発見された未発表原稿から遺書のトリックを解き明かし、犯人である小説家Bに迫るがついに第2の殺人の犠牲者となってしまう。 しかしこの第2の殺人のとき滞米を装った小説家Bのアリバイは、ある偶然から崩れていくのだった。

作品内ではたしかに創作に対する社会に開かれた作家の姿勢など、テーマを見つけて読むことも出来るが、自分はただミステリーとして充分おもしろかっただけで、それがこの文体で味わえたのだからこんな経験は他にないと思う。

 

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読書

「犬の心臓」

ブルガーコフ 作

 

ドタバタギャグという分野は自分にとっては基本である。しかもそれが世界の名作であるからたまらない。

 

飢えて凍えて市中をさまよっていた野良犬シャリクは、ある日突然裕福な医師フィリッポヴィチに拾われ、ぜいたくな毎日をおくることになった。しかしそれは恐ろしい外科実験の前ぶれだったのである。唐突に手術を施され死んだ青年の脳下垂体を移植された野良犬シャリク。想定外にも彼はしだいに犬の身を忘れ人間へと進化し始める。そしてできあがった人間シャリクは、とんでもなく下品・無作法・悪辣な男だった。この犬から出来た人間が医師の家でまきおこす数々の騒動の結末やいかに!?

 

というとんでもないSFもどきの奇想小説。模索するプロレタリアートの国、新生ソビエト社会の矛盾を風刺している面もおもしろいが、けっして単純な寓意小説ではない。浅知恵を身に着け欲望のままに行動するシャリクをはじめ、ムチャな実験手術を行った医師フィリッポヴィチや、真面目なだけの人物は登場しないところがギャグの痛快感をさそうが、これだって実はリアリズムなのかもしれないね。

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読書(mixi過去日記より)
「存在の耐えられない軽さ」
ミラン・クンデラ


プラハの春以降、ソビエトに蹂躙されたチェコスロバキア。新聞の投書記事を反共産主義とみなされ、医師の職を追われることになった主人公を中心に、その妻、友人たちとの恋愛と死までを描く。

小説と言う分野はずるいもので、言葉を使うものだから、語り部として有能な作者ならば、自身の思想や想いをそのままの形で書き述べることが出来る。
作中人物に長々と語らせてもよいが、実は彼女の愛はこうだった。彼にとって女とはこういう存在だった。この時代の政治とはどうだった。などなど作者目線で書いてしまうのは自由だ。クンデラはこの辺が自由自在で、哲学や政治思想に関する直接的な著述が、この恋愛小説には多く含まれているが、だまされたように読めてしまう。

もしその思想的な部分が作品のテーマとなっているのならば、単純な駄作であろうが、あくまで人間の存在に正解はなく、登場人物を動かすことによって、一歩ずつ確認していく作業が、芸術の醍醐味であろう。この話は大人の恋愛を描いたものだが、タイトルどおり人間の存在の問題を含んでいるので、自分でも読めた。

ロシアの監視下にあり、秘密警察の罠が渦巻くプラハでの話もスリリングだが、終章、田舎に移り住んでようやく心の平穏を得た二人の幸福の発見、かわいがっていた飼い犬の死、など実に細やかに描かれていて泣きそうになった。

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読書
「ミイラ物語」
ゴーチェ
 作

古代エジプト。大司祭の娘タホゼールは裕福に暮らしていたが、祭りの日に見初めたヘブライ人ポエリの後を追って姿をくらます。身分を偽ってポエリの経営する農園へまぎれ込んだのだ。しかしある夜ポエリの舟をつけてナイル川を泳ぎ渡ると、たどり着いたヘブライ人の部落にはポエリの愛する人がおり、タホゼールは恋に破れたことを知るのだった。
かたや世界を支配する大王ファラオは、タホゼールを我がものにするべく国中を探しまわり、ついにヘブライ人の部落からタホゼールを略奪してしまう。
一方、虐げられたヘブライの民を導くモーゼはファラオに抗ってエジプトからの脱出を目指す。ここにファラオに仕える学者たちとモーゼの魔法合戦がくりひろげられ、やがて海を割って進むヘブライ人たちを追いかけるファラオの大隊は大波にのまれて消え去ってしまうのであった。
といういきさつが発掘されたミイラに添付されていたというオハナシ。

私小説的な近代文学や身辺雑記、また最新のアンチロマンなどを読んでいると突然イヤになってくる。もっと空想の羽をひろげたものを読みたくなって、今回選んだのがこれ。現実離れしたストーリーに救われた。もちろん世の中空想的な話はゴマンとあるだろうが、なにぶん古いものが好きなもんで…。

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読書
「ワーニャおじさん」
チェーホフ
 作

戯曲はあまり読まないが、小説でも会話が多いのが好きなので、セリフばかりというのは楽しい。ドラマでも見ているような感覚で読める。

ワーニャおじさんというのは農場を経営しているが実は貴族階級出身のインテリで、農場経営の上がりを、学者に嫁いだ妹を支援するために注ぎ込んだのである。自身もその学者に入れ込んで尊敬し、生涯の大切な時期を学者の手足となって働いたのだった。ところがその学者が、嫁いだ妹亡き今、美人の後添いをつれて村に住み着いた時点で、ワーニャおじさんは彼にまったく失望している。俺の人生はこいつの学説にだまされたおかげでムダだった。それに新しいヨメさんはなんて美人なんだ。というわけ。
そんな彼と同じ屋敷に暮らす人々のさまざまを描く。
最後に拳銃騒動まであるが、そんなヤマがなくてもセリフが豊かというか、解説の言葉を借りれば人間描写の彫りが深い。だからストーリーは簡単でも実にダイナミックだ。

屋敷にたびたび訪れる医師は先進的なエコロジストで、森林が金儲けのためにどんどん伐採されていくのを嘆き、森の小屋を作って樹々の生育を研究している。チェーホフの時代(1890年代)に既に今日的環境問題が持ち上がっているとは知らなかったし、チェーホフが登場人物の言葉を借りて、持論を展開するのもやや感心した。

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読書(mixi過去日記より)
「ゲゲゲの女房」
武良布枝


昨年発売されて話題をよんだ、水木しげる夫人の回想記。
水木さんの漫画でみると、いつもヌボーッとした顔に描かれているが、写真をみるととてもチャーミングな人ではないか。

水木さんの自伝はいろいろと目にする機会が多いので、あらかたは知っていたが、奥さんの目で見るとまた格別だ。極貧の貸本漫画家時代、ほとんど食えていないのに、水木さんは漫画家を止めようとしない。常に生活のことを第一に考えている水木さんなら、もっと儲かる仕事に転職してもよさそうなものだが、やっぱり漫画家は天職だと信じていたのだろう。食えなくても描く、この根性がすごい!

いちばん感動したのは、ある夏の夜、奥さんが夕食の用意をして水木さんを呼びにいった時、無心でカリカリとペンを走らせるその後ろ姿にオーラのようなものを感じ、感動して動けなくなるところ。これほど集中してひとつのことに打ち込む人間を、それまで見たことがない。この人の努力は本物だと誇りに思うようになったという箇所。奥さんからすれば、あれだけの努力が報われないはずがない、という信念があって極貧生活を耐え抜くことができたのかな。

後年人気が出て、ある程度の収入を得るようになって、体がぼろぼろになるほど忙しくなっても仕事の量を減らさない。それは再び貧乏に追われることが恐ろしくてしょうがなかったからだそうだ。つげさんも自作のなかで「俺は貧乏の恐ろしさを、骨の髄まで知っている」というセリフを使っていたが、現代の我々には計り知れない恐ろしさなのだろう。

水木さんのころは、自己表現としての漫画はありえなかったから、漫画を描くことは絶対に漫画で飯を食うことだった。その努力は自分みたいな中途半端な立ち位置の漫画描きが、真似できることではない。自分はこれは自己表現だという逃げ道を持っている。
でも、水木作品は売れる前のほうがオモシロイけどね。

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読書
芥川龍之介を読む


今回読んだのはちくま文庫の「芥川龍之介全集5」1~4まで読んできた続きをひさしぶりに読んだわけだが、やはり面白かった。芥川というと古典に題材を取った技巧的な作品を思いうかべるが、おもいのほか私小説的な作品が多い。作者をモデルにした堀河安吉という教師を語り手として、身辺雑記的に日常世界を描き綴った作品がたくさんある。当時芥川は小説を書く傍ら海軍機関学校の英語教師として勤めていて、安給料と安原稿料に嘆いていたようだ。その職場で金を借りるいきさつや、軍人への弔辞を書かされることや、女学生の批判文を目にしたことなど、その内容が面白いかというと当然とりたてて面白いわけではない。それでも読んでしまうのは文章・文体の魅力であり、さすがに読みやすくて引き締まっているのだ。
また堀河安吉シリーズとは別に、有名な「大導寺信輔の半生」も作者の少年時の暗い葛藤や孤独感をふりかえった作品であるが、貧しい家の早熟な秀才であれば、さもありなんというところで意外なものではなかった。かように自分にとって芥川はやはり本人より作品としての虚構が楽しい作家である。例えば「馬の脚」という作品は、手違いで行ったあの世の入口で、腐りかけた脚の代わりに馬の脚を付けられてこの世に戻ってくるという荒唐無稽な話で、非常に気色が悪い。またそこまでシュールでなくとも、「一塊の土」という作品は、夫に死なれた農家の嫁がその後も男勝りに畑仕事に精を出し、子育てその他あらゆる家事をおしつけられた姑が疲弊してしまうというめずらしい着眼で書かれたもので印象に残った。

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読書
「肖像画」
ゴーゴリ
 作

いかにも自分好みの幻想文学だった。貧乏画家が安値で手に入れた不思議な肖像画。そこには恐ろしい表情でにらみつけるアジア人が描かれていて、その目はあまりに生き生きとした本物の目のような迫力、見る者を釘付けにするのだ。そんな肖像画を部屋に置いたばかりに、主人公の画家は悪夢に悩まされることになるが、ある日夢の中で手にした大金が、ほんとうに肖像画の額縁のなかに隠されていて、それから画家の運命は大きく変わっていく。
画家は売れていくにしたがってしだいに努力しなくなり、お客の肖像画を注文に応じてインスタントに仕上げる俗物に成り下がっていく。有名画家として名士の一員に名を連ねたけれども、かつての才能の萌芽はどこえやら、ある日ほんとうに素晴らしい新人の作品に出会って、激しい後悔の念に襲われたが、もはやかつての才能は失われていて凡庸な絵しか描くことができなくなっていた。
そして画家は金にものをいわせて優れた作家の絵を買いとるや、それを引き裂く行為に陥って悪夢のうちにこの世を去るのだった。

悪魔的な幻想のうちに引き込まれてしまった主人公が、やがて破滅に至るというのが自分の好きな幻想文学の典型。リアリズムの中での悪魔的な幻想がよい。この小説では主人公の破滅はまったく本人のせいだが、不思議な肖像画がそのきっかけを作っている。破滅するのは簡単なものである。
第二部ではこの恐ろしい肖像画の来歴が明かされる。岩波文庫「狂人日記」所収

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読書
「黄村先生言行禄」
太宰治
 作

太宰治は「人間失格」の流れで捉えられるのが一般だけど、お話のうまさが秀逸であり、自分は物語作家として楽しんでいる。そんななかでもこの黄村先生シリーズはとってもユーモラスな作品で気に入った。文庫本(「津軽通信」新潮文庫)解説の奥野健男はやや低く評価し、社会風刺であるところに価値を見いだしているが、ユーモラスなものを第一に評価しない人にありがちな視点だと思う。
主人公黄村先生はなんの先生なのか、「私は、失敗者だ。小説も書いた、画もかいた、政治もやった、女に惚れたこともある。けれどもみんな失敗、まあ隠者、そう思っていただきたい。」というご隠居なのだが、相手はいつも若い書生連。武道のすすめを講義したリ、我流の茶道で茶会を開いたり、珍しい山椒魚を買い付けにいったりして、たいてい大きな失敗をやらかして終わりとなる。
たしかにこれらはみな国粋主義の風潮高まる時代に、古来からの日本的なものをありがたがる精神をからかっているので風刺ではあるけれど、そこを読み取らなくても充分笑える。
太宰自身が道化となった作品も愉快だが、こんなのもいい。

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読書
「夢屑」
島尾敏雄
 作

島尾敏雄という作家は何作か読んでいるのだけれど、ものすごく面白いわけでもないのは文体のせいかな?なにか普通の報告文みたいな飾り気のなさがあって、けれん味まではいらないがもっと詩魂のようなものがほしいな。これは好みだけど。
それでもつげ義春と近しい人だけあって、夢を題材にしたものは面白く読める。内田百閒の作品が怪奇幻想を夢のテイストにのせて切れ味良く仕上げているのと違って、これはまさに夢そのままで加工が少ない。偽りなしの夢そのままなのかもしれない。ただ三人称で書かれているので、夢の中なのに三人称とは妙な気がした。
夢の話なのでやはり理不尽なことや納得できないことに振り回される。電車に乗りはぐれる、部屋の中に他人が入ってくるなどは自分もよく夢で体験するが、光のカタマリが高速度で往来をびゅんびゅん行き過ぎるのは面白かった。

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