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漫画家まどの一哉ブログ

   
カテゴリー「読書日記」の記事一覧

読書

「コンラッド・ハーストの正体」 ケヴィン・ウィグノール 作

プロの殺し屋コンラッド・ハーストは、この仕事から足を洗おうと決心した。その為には自分の素性を知る4人の関係者を抹殺しておかなければならない。ところが一人殺した時点で、コンラッドは意外な真実を知る。自分に仕事を振っていたボスは実は偽物。後の二人は既にコンラッドの動きを恐れて行方をくらましている。しかも自分はCIAに監視されていて、次々と近づいてくる女たちもじつはスパイかもしれない。果たしてコンラッドは自分を利用していたCIAの男に会い、復讐を遂げることができるだろうか?

 

やはりときには動きの大きい痛快なエンターテイメント作品も読みたい。ところがいざ接してみると多くはすぐ投げ出してしまうのは、ひとつには文章が汚かったり、文体が馬鹿げていたり、また設定にリアリティが感じられなかったりするためだ。ときには半分まで読み進めたものでも、主人公の行く末に関心が持てなくて止めてしまったりする。

だから自分に合う痛快なエンターテイメントにめぐりあうのが一苦労だ。この作品は書店でパラパラ見て直感で買ったが正解だった。不快なセックスシーンも無いし、銃を使うシーンもじつにあっさりしていて助かった。主人公が失った純愛を大切にしているPTSDの青年というところも良かったのだろう。

 

エンターテイメントなので、主人公の殺人者としての迷いや葛藤をそれほど描いているわけではない。いとも簡単に人を殺してしまう。まだ相手との対峙と緊張がピークに達するまえに簡単に銃を撃つので、読んでいてびっくりするが、そこが作者のテクニックなのだった。とは言えこの種のものを読み馴れているわけではないので、自分にとってはいろいろと意外性の連続が感じられたのかもしれない。

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読書

「ヤング・アダム」 アレグザンダー・トロッキ 作

 

イギリスにも水上生活はある。スコットランド地方グラスゴーの運河を無煙炭などを積んで行き来する舟の暮らし。レスリー一家の船(家)でジョーも働いていた。ある日半裸の女の水死体を引き上げたところから話は始まる。とは言ってもそのあとは主人公のジョーが、だんだんとレスリーの妻エラに思いを寄せ、遂には肉体関係を繰り返すに至るまでの心理が克明に描かれるだけだ。身体だけが興味の対象なのだ。その行為までの過程は読んでいても特別の興奮をそそられるわけではない。

 

ところが実は引き上げた水死体はジョーの元カノのキャシーで、前夜会った時の思わぬ事故により彼女は川に落ちたのだった。ジョーはとりあえず自分が疑われるような証拠は消しているが、内心落ちつきはしない。そこへ見知らぬ男が犯人として捕まってしまった。どうやら死んだ彼女の直前の恋人らしい。しかも裁判は無実の被告に状況悪く進んで行き、このままでは死刑が適用されてしまう。

 

その後ジョーは船を降りて陸上のアパートに間借りしているが、裁判の行方が気が気で無い。かといって当然自分が名乗り出るわけではない。密会を重ねたレスリーの妻エラのことも、その後は関心が薄れてしまって、興味はエラの妹グウェンドリンに向けられたようだ。すべてに中途半端ではっきりしないまま、女に対する純粋な欲求のみがつのる。

 

話の半分以上は女の身体に対する関心で、エラやキャシーとの関係を綴りながら、さりとてエロティックでもなく、ジョーの茫漠としたつかみ所の無いおそらくリアルな心理が描かれているところが読みどころだ。この漠然とした感じがいいと言えばいい。

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読書

「マンハッタンの怪人」  フレデリック・フォーサイス 作

初めて読んだフォーサイス。これは短いものだが充分楽しめた。 かの有名な「オペラ座の怪人」の後日談という設定。

怪人はパリ市内で多くの人々に差別され追われる身となるも、こころある一婦人の手によって密かにニューヨークへ亡命を果たす。そこで極悪人の若き相棒と手を組み、歓楽街コニーアイランドを拠点に自身はマスク(仮面)の男として身を隠したまま、ついに巨万の富を築く事に成功する。 いっぽう怪人をかくまって逃がしてくれたパリの婦人が病魔におそわれる。遺言として、いくばくかの預貯金をかのマスクの怪人に渡すよう、密命を帯びて遠路フランスから一弁護士がマンハッタンへやって来た。 

と、ここまでの展開だけでわくわくするが、弁護士はあっさりと目的を果たし、協力者の新聞記者が語り手となる。大恩ある婦人からの遺言状を読むや、怪人はオペラ界への復讐に目覚め、大金を注ぎ込んでマンハッタンにオペラハウスを築き、パリから一流のオペラ歌手を招いたが、それは自分がかつてオペラ座の地下で愛した美しきプリマドンナであった。

「オペラ座の怪人」がそもそも悲しい恋の物語であるように、マンハッタンの怪人も美しきプリマドンナとの愛を再び手に入れようとして敗れ去るのだ。彼女のつれている少年のほんとうの父親が自分であるのを知りながら。 最後は極悪人の相棒の暗躍もあって、悲しい銃撃戦に終わるのだが、怪人はその後マスクを外して心正しく生きていくのだった。こんなエンターテイメントストーリが嫌みなく読めるのは、ムダを省いてしかもしっかり書き込んだ文体によるのだろうか。フォーサイスの文章はみんなこのような緊張感のある締まったものなのだろうか。それとも訳文がいいのだろうか。他のも読んでみよう。

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「脱獄計画」 アドルフォ・ビオイ・カサレス 作

この作家、ブエノスアイレスで若くしてかのボルヘスの薫陶を受けたとなれば、当然眼も眩むような幻想性が期待されるところだ。

フランス領のとある大西洋上の島。そこは島全体が監獄で3つの島に別れており、1つはそこで働く住人の島、ひとつは囚人が自由に動き回っている島、もうひとつ悪魔島と呼ばれる小さな島に責任者である総督が政治犯3人とともに住んでいた。主人公は役人としてこの総督の元に赴任するが、悪魔島へ立ち入る事は禁止されている。この設定だけで既に浮世離れしているが、クライマックスまでは静かに静かに、謎が膨らむ形で進行する。もっとも主人公の恋人や赴任命令を下した一族の長との葛藤等も描かれているから、現実に生きる人間を描く側面も忘れられてはいない。 しかしうわさによると悪魔島では総督が岩肌や家の壁を迷彩色に塗り分け、部屋の中まで迷彩に塗ってあるというではないか。これはどういう意味なのだろう。はたして総督は既に狂気の人なのだろうか? 

主人公が何度か密かに悪魔島への侵入をくりかえすうち、ついに物語は急転する。悪魔島ただひとつの住居には天井のない5つの部屋に割り振られた監獄があり、その壁は赤や青や黄色に塗り分けられている。そして反対側の壁は一面の鏡。その5部屋の中央の部屋に脳手術をほどこされて、もはや正常な感覚を失った総督がいた。この島ではドクターモローの島の如く、まさに悪魔的な脳手術がおこなわれていたのだ。施術により5感が共通の感覚となってしまった囚人たちにとって、迷彩による視覚は果てのない遠景を現すのだった。視覚以外にも全ての感覚が混然となり遠方へ去ってしまった囚人たち。やがて彼らは幽かに触れるような謎の手によって次々と絞殺されてしまう。はたしてどうなるのでしょう。なんと不思議であることでしょう。

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「カロカイン」 カリン・ボイエ 作

1940年に書かれた近未来小説。核戦争後、徹底した監視と密告による管理体制をもって築き上げられた全体主義国家その名も「世界国家」。人々は個人としての幸福を放棄し、すべて国家の繁栄に身を捧げる事で人生をまっとうする。こどもたちも早くに親の手から取り上げられ、児童キャンプ・青年キャンプで国家の為の兵隊として教育されるのだ。

化学者である主人公は効果抜群の自白剤「カロカイン」を完成させ、公安警察に喜んで採用される事となった。自発的犠牲奉仕団の成員が告発によって「カロカイン」の実験台となり、内心の不平不満や迷い・困惑をだらだらと話しだす。法は改正され、国民は堕落した事を考えただけで処罰される事となり、こうして健全な国民のみによる完璧な国家体制ができあがった。

しかし「カロカイン」の作用は、主人公や人々に自己の本心を目覚めさせるという予想外の効果を生んだ。物語のクライマックスで主人公の妻は語る。我々の育てた子どもたちは明らかに我々の性格を併せ持った我々のもので、国家のものではない。同時に子どもたちはだれのものでもない本人自身の個性を持って生きている。我々は国家によらないほんとうの共同体(ゲマインシャフト)を実は求めているのではないか。

最後は他国による侵略によって主人公は捉えられてしまい、「カロカイン」政策の行方とゲマインシャフトの獲得はわからないままだ。ただし最終ページに添付された検察官の意見書によると、主人公はこの小説を書いたことによって国家の監視下におかれ、この手記(小説)自体は危険文書として管理されているというオチがついていた。

ナチスもスターリンも実際に見た作者カリン・ボイエ。これも初期SF作品というか古典的ディストピア小説だが、基本的には構成自体に初めからネタバレを含まざるを得ないので、このわざとらしさが気になるようでは完読はむりであろう。神意の如く国家を信じる主人公と内心に隠された迷いという設定で、読者はどうしても作為を感じてしまう。そこは作者の腕のみせどころで、単純な寓意に終わらない人間の描写あってこそ、近未来設定が生きてくるというものだ。むつかしいところだ。 (カリン・ボイエ:スウェーデンを代表する国民的女流詩人。1900〜1941)

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読書

「白衛軍」 ブルガーコフ

ブルガーコフと言えば、自分の中では奇想天外な幻想文学の作家としてとらえられているが、これはリアルでマジメなギャグの無い小説だった。しかし面白かった。

ロシア全土においてだんだんとボルシェヴィキの制圧地が増えてくる時代、舞台はロシア内ウクライナ地方の要都キエフである。1917年から1920年頃にかけてこの街を実質支配する勢力はネコの眼のように変わった。敗走を続ける皇帝の軍隊白軍と、勢力を増しつつある赤軍ボルシェヴィキ。その間にウクライナ地方の独立を図る民族主義者。それを傀儡としたいドイツ軍など。こんな場合街に暮らす民衆は誰の指令を受け入れて難を逃れるか、なかなかに容易ではない。

物語はこの街で医師として暮らす長男、その妹、学生である次男という三人のトゥルビン家の人々の戦いを描いたもの。長男アレクセイは軍医として、そして次男ニコルカは学徒兵として、ともに伝統ある皇軍の兵士となりキエフの街を守るために参戦する。しかしこの時点で既にソビエト革命は成立しているらしく、トゥルビン家の兄弟が出陣したその時、白軍の上層部は白旗を揚げて街から脱出してしまう。あわれアレクセイやニコルカは後ろ盾なきまま取り残されたのだ。このときキエフの街を制圧したのはボルシェヴィキではなく、ドイツ軍より権限を委譲されたウクライナ民族独立派のペトリューラ軍だった。キエフ市街でペトリューラ軍に包囲されるなか最も最後に包囲網を脱出し、我が家へたどりつくまでの兄弟それぞれの苦難の道が興奮するところだ。

さて作者ブルガーコフは既にソビエト政権が確立した後で、この白軍の人々に心を寄せた物語を書いており、この内容でソビエトで作家として食っていくのはまさに綱渡り的な離れ業であったらしい。その後スターリンと一時和解できたが、多くの時間を作家としては仕事を失ったまま過ごしたのだから。

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「ミクロメガス」 ヴォルテール 作

フランスの啓蒙思想家らしいという知識しか持っていなかったヴォルテールが、こんな面白い小説をたくさん書いていたとは知らなかった。いずれも風刺と諧謔の楽しさにあふれた主知的な道楽のような作品で、自分の趣味には合う。

「メムノン」:メムノンはある日、これからは過度の欲求を禁じ、心静かに暮らす事が人間に幸福をよぶことに気付きさっそく実行する事にした。おりから往来で悲しむ女性に出会い同情し、その女性の家までついて行って身を寄せるほどにして慰めていると女性の夫が現れ、殺されるかカネを出せとすごまれるのだった。その夜は友人に誘われ、ほどほどにしておくならば良かろうと思いながら、べろんべろんに成る程酔っぱらってしまい、おまけにちょっとだけのつもりの博打で一人大負けし、ケンカで片目を失うといった悲惨な目に。博打の負けを支払うため翌日銀行にかけつけると偽装倒産していて街中大騒ぎ。あわてて君主に請願状を出すものの担当者は銀行家の味方でしかなかった。あわれメムノン。 そこへ6枚の羽を持ち、光り輝く頭も足もない守護霊が現れるのだが、そいつは常に見守っているだけで何の役にもたたないのだった。

「慰められた二人」:わが身の不幸を延々嘆き続ける貴婦人。哲学者は過去のもっと不幸な女王や貴婦人たちの例を話して慰めようとするが、いっこう泣き止まない。翌日哲学者はあわれにも自分の一人息子を失って気も狂わんばかりに嘆いていると、昨日の貴婦人が現れ、自分の息子を失った国王たちの一覧表を見せるのだった。

「ミクロメガス」:シリウス系星人のミクロメガスは土星の住人と連れ立って、小さな惑星地球へ旅してみると、その星はあまりに小さく、36時間で一周してしまった。足元の水たまりになにか蠢くものがいるとすくいあげてみると鯨だった。顕微鏡で覗いてみてはじめて人類らしきものを発見するが、まさかこんな小さなダニみたいな連中に魂や知性があるとは思いはしなかった。ところがその小さな生物がなにやら言葉を喋っているのに気付く…。

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「逃げてゆく鏡」 ジョヴァンニ・パピーニ 作

やはり自分は人生や青春を描いたものより、ふとした怪奇や奇想・幻想を使って世界を切り取ったようなものが好きだ。しかし書店や図書館の棚ではけっしてメインではない。謎に答えのあるミステリーではないからだろう。1992年にボルヘスの選で発行された懐かしの「バベルの図書館シリーズ」よりパピーニ(1881〜1956・イタリア)の短編を読んだ。

「泉水のなかの二つの顔」:廃れた庭園のなかの死んだ泉水。7年ぶりにそこを訪れたわたしは、覗き込んだ水面に、もうひとり若き日の自分が顔をならべているのを見た。以来7歳若い自分自身と行動を共にする。傲岸不遜にも時代遅れの理論をとうとうと並べ立てて陶酔しているこの鼻持ちならない男こそ、若き日の自分自身なのだ。ついに我慢できなくなったわたしは、その若き日のわたしを水中へと沈めてしまう。

「完全に馬鹿げた物語」:ある日突然やってきた見知らぬ男は、自分の創った空想物語をぜひ聞いてほしいと朗読を始めるが、それは不思議にも寸分違わず私自身の半生記だった。困惑と狼狽の極に達した私は、その創作作品を全否定するとともにその男を追い返すが、男はあっというまに川へ身を投げてしまう。

「きみは誰なのか?」:読者や関係者から届く手紙を毎日心待ちにしていた作者。ある日ぱたりと一通の手紙も届かなくなったと思うと、その日から街中のなじみの人々が誰一人彼のことを知らなくなっていた。絶望の日々のさなか、ある夜彼はついに気付いた。「わたしは自分にとって他人が存在しない人間なのだ」その答えを発見した時から彼の日常は回復する。

このような摩訶不思議な小品を読むと、実は作者は自分が存在していることに根本的な不安があるのではないか?と疑わざるを得ない。この不安は自分も根底に抱いているのかもしれない。

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「僕はどうやってバカになったか」 マルタン・パージュ 作

愉快愉快。つねづね多様な学問研究に頭を使い、もっぱら思索にふけって毎日を過ごしてきた主人公は、ある日気付く。知性に縛られて生きるより、バカであるほうがはるかに楽しい。

先ず手始めにアル中になることを目指し、酔っぱらいの指南も受けたが、ビール半分で病院に担ぎ込まれる始末。その次に自殺講座の受講生となったが、自殺方法を学習するや嫌気がさしてしまう。やがて彼は精神分析医に相談に行き、ウーロザックという安定剤の処方を受け、結果人格改造に成功。 大学講師の仕事に辞表を出し、精神を刺激する大量の本を処分。アジアの労働力を搾取する多国籍企業の商品を買わないことやエコロジストであろうとする事を放棄し、初めてマクドナルドを使い、ナイキやアディダスを身に着け、ゲームセンターへ浸るのだった。知り合いの伝手でブローカー会社の社員となった彼は、キーボードにコーヒーをこぼす失敗の結果、とほうもない大儲けの取引に成功し、一躍大金を入手。免許もないのに外車を買い、スポーツジムで肉体を鍛え上げ、とうとうかなりひどいバカになることに成功したが…。

ここで主人公が行っていることは、あらゆる凡人にとってフツーの、いや憧れのライフスタイルだが、少しでも知性や精神性とよばれる怪しげなものを抱えている人間には、身に覚えのあるいささか恥ずかしいおかしさがある。知性ひとすじも確かにバカだが、はたしてこの人格改造は幸福なのか?我々は所詮二股かけて歩いている。

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「ジョゼと虎と魚たち」 田辺聖子 作

文庫本に収録されている短編はどれも三十代なかばくらいの働く女が、相手の男ととの微妙な心の距離感をつぶやいたもので、それなりにおもしろい。たとえば昔の恋人である男や、これから別れようとする男、親戚にあたる十代の若い恋人。みんな侠気を前面に押し出す暑苦しい男ではなくて、どことなくぼんやりしたような、いい意味でスキがある、こちら(女)の気持ちもつい緩んでしまうような男ばかりが出てくる。 熱愛ではなく、これから付き合うのかどうするのか、中途半端な気持ちのままいわゆるまっとうな結婚・子育てから一歩身を引いた女たちの生き方に、そんなんもありかと納得してしまう。

そんな短編群とちょっと違う表題作「ジョゼと虎と魚たち」が、やはりひときわ面白かった。 主人公のジョゼは子供の頃脳性麻痺と診断された脚の不自由な25歳の女。ばあちゃんと暮らしていたが、ある日坂道をジョゼを乗せた車椅子が転がり下りだしたとき、坂の下で車椅子を止めて救ってくれたのが大学生の恒夫だった。 外出が少なく実際の経験もテレビで見た経験もごちゃまぜになってしまうジョゼ。サガンの小説に憧れて自分の名前をクミからジョゼに変えたのだった。 やがてばあちゃんも亡くなり、ひとりぼっちになったジョゼだが、そのころからジョゼと恒夫はほんとうの恋人になった。

身障者であるからなのか、ジョゼが恒夫に下手に出ていないのがよくって、「こら管理人」とか「アホ、死ね!」とか強気に喋るが、恒夫は心のおおらかないいヤツでぜんぜん怒らないばかりか、ジョゼの気持ちを全部肯定してあげるんやな。屈折したジョゼにぴったり寄添っていけるいいやつなんよ。そんなやりとりが面白くて、ジョゼは恒夫が大好きなのに、ふだんは不機嫌な命令口調。恒夫は「なんでこないボロクソに言われなあかんねん」とぼやきながらのドライブや動物園や水族館でのデートが、読んでいてとても心温まる。このふたりの心のつながりが伝わってくる。 同棲している小さなアパートでふたりで寄添って寝ているとき、ジョゼの感じる「アタイたちはお魚や「死んだモン」になっている」という完全無欠な瞬間の幸福観にこころ打たれた。

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