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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「ジュリアとバズーカ」 アンナ・カヴァン 作 


短編連作ながら、どれも作者自身の境遇をモデルに描いた共通した内容。テニスプレーヤーとしての少女時代であり、ヘロイン中毒患者であり、その状態のまま車を猛スピードで走らせる車好きであり、世界から疎外されながらも唯一の理解者である恋人との恋愛を語り、その結果としての破局を嘆き、幽霊までも見てしまう。それらの要素が入れ替わり立ち代わり、叫ぶようにたたきつけられ容赦がない。
平穏無事な日常にまったく安住していないところが魅力だ。


カヴァンの作品はたしかに創作なのだけれど、ただならぬ切迫感があって、今にも破滅しそうなぎりぎりの叫びがたまらなく良い。いわゆる日本の私小説は苦悩を描いてみせる作家の作為が読みどころなので、それはそれでおもしろいが、カヴァンの場合私小説に見られるような作為的な余裕がまるで感じられなくて、作者と作品に距離が無い。まさに荒れ狂っている印象だ。


表題作のバズーカというのは常に持ち歩いているヘロインの注射器のこと。だからといってヘロイン中毒自体が直接描かれているわけではなく、あくまで主題は世界に居場所を見つけられない苦しみだ。こんな狂乱を抱えた状態でもきっちりと創作されているのが持ち味というか、持って生まれた資質というものだろう。捨てがたい。捨てないけど。

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読書
「消しゴム」 ロブ=グリエ 作


1953年発表当時、ヌーヴォー・ロマンの嚆矢として世界を震撼させた作品とのこと。
未遂に終わった殺人計画、被害者はそれをいいことに自分を死んだことにして姿をくらます。派遣された主人公の特別捜査官は、真相を究明するため被害者の住んでいた屋敷を中心に街中を西へ東へ一日中歩き回るが、手がかりらしきものは何も見つからない。とは言ってもまるで散歩しているような捜査で、切迫した様子はちっとも感じられない。謎は謎のままほったらかしだし、主人公はあちこちで消しゴムを買う。ヘマをした犯人と冷徹なボス。自殺説にこだわる凡人警察署長。一つの事件がいろいろな人間の思惑で解説されるうち、犯行現場に戻った被害者と捜査官が偶然にも未遂事件を完結させてしまう。


といった推理小説仕立てでまことに面白い。語り手も時間も重なり合うように行きつ戻りつ進むので、わかりやすい単線的な時間軸はない。またさほどではないが、人間の主観を離れて客観的事物をそのまま描写する作者おなじみの「視線派」スタイルもある。そういった諸々が発表当時はたいへん新しい試みであっただろうが、現在の我々が読むと、言われなければ気付かないくらい自然だ。人間中心の実存主義に反旗を翻したとされたスタイルも、すでに多彩な表現の一種として認知されているのか、それともその意味を失ったのか。そういう文学史的な役どころに感動しなくても楽しさは充分にあります。

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読書
「赤い橋の殺人」 バルバラ
 作


150年間忘れ去られていた作家シャルル・バルバラの代表作。
貧窮にあえいでいたクレマンとロザリの夫婦。クレマンは実は無神論者なのだがそれを隠したまま、教会の世話で仕事を引き受け、以来急速に裕福になる。だが二人の精神生活はまるで落ちつきがなく、つねになにかにおびえている様子。それはかつて雇われていた証券仲買人の死が原因していた。彼の犯した犯罪とは?


ミステリー小説の嚆矢とも称される作品で、犯罪の実態が明らかになってゆくところは確かに面白いが、謎解き自体を目的とした作品ではないので、ミステリーの構造はいたって単純・ストレートである。むしろ完全犯罪をなしとげた男が、余裕綽々かと思いきや良心の叫びに打ちふるえる毎日をおくっているところがおそろしい。神を否定する無宗教の男にしてそうなのである。もとより共犯者の妻は精神が疲弊し、身体自体は健康体なのに日々衰弱していく。おまけに生まれた子供が自分達が殺した相手にそっくりであるという恐怖。男の哲学的煩悶が読み応えのある小説になっている。追われるように善行を積むが心の安寧は得られないのだ。

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読書
「月と六ペンス」 サマセット・モーム
 作


昔読んでたいへん面白く、新訳(金原瑞人)が出たので読んでみたがやはりたいへん面白かった。こんな小説が読みたかったのだ。
かのゴーギャンをモデルにして書かれた話だが、実際のゴーギャンはこの主人公ストリックランドのような人物ではなかろう。創作だからそれはそうだろう。ストリックランドもその妻も友人の画家ストルーヴェも愛妻ブランチもそれぞれ極端に違った個性で誇張されて描かれているので、愛憎劇がすこぶる面白くなっている。


しかしその点では疑問もある。
先ずストリックランドの我が儘で他を省みない野性的な性格だが、それは彼が画家を志す前の平凡な株式仲買人として穏やかな家庭を築いていたときもそうだったはずで、あまりに落差がありすぎて不自然な設定に思える。
また友人の画家ストルーヴェは、お人好しで裏心の無い愛すべき道化としての役どころで、絵は売れるが実に平凡で没個性的なものばかり。ところがこんな男が審美眼だけは秀でていて、いち早くストリックランドの天才性を見抜くのだが、実際そんな背反する能力があるだろうか。まあ、無くはないか…。
ストルーヴェの愛妻ブランチが最初直感的に絶対拒否していた野人ストリックランドに、結局は心奪われてしまって、凡人の夫ストルーヴェを捨ててしまうのは、心配していたとおり(笑)で、こういうことはあるもんだ。


つまりゴーギャンの生涯をなぞってはいるが、話として面白くする為に人物の役どころが誇張されているのでいささかムリな展開もあるのだろう。しかし実に興奮するようにできている。


語り手「かりにあなたにまったく才能がないとして、それでもすべてを捨てる価値があるんですか?ほかの仕事なら、多少出来が悪くてもかまわないでしょう。ほどほどにやっていれば、十分楽しく暮らしていけます。だけど芸術家という職業は違う」
ストリックランド「きみは大ばか者だな。おれは、描かなくてはいけない、といってるんだ。描かずにはいられないんだ。川に落ちれば、泳ぎのうまい下手は関係ない。岸に上がるか溺れるか、ふたつにひとつだ」
これこれ、これですよ!
ちなみに自分はゴーギャン大好きです。

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読書
「アレクサンドル・プーシキン/バトゥーム」

ミハイル・ブルガーコフ 作


ブルガーコフの戯曲2題。歴史的英雄に捧げられた作品で、しごくまっとうな内容であり幻想味やSF的な道具立ては無い。もっとも「バトゥーム」の英雄とはスターリンだが。


「アレクサンドル・プーシキン」:プーシキンは若くして国民的人気を勝ち取っていたが、夫人の愛人問題を理由とする決闘で命を落としてしまう。この作品にはプーシキン本人は登場せず、決闘に至るまでのいきさつと周りの人々の動揺が描かれている。
海外文学を読んでいると、夜会などでよく詩が朗読されるし、有名な詩作品が国民に愛誦されているが、こういう詩の大きな役割が実感としてよくわからない。この作品ではプーシキンの死に際して暴動まで起きている。


「バトゥーム」:バトゥームとは若きスターリンが革命家として活動を開始した土地。何故かブルガーコフはスターリンとは親交があったようで、革命後、芸術家として食っていく道をいろいろと頼み込んでいたそうだ。さすがに大革命の指導者だけあって、若い頃のスターリンはただものではない頼れる男である。といったオハナシ。

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読書
「春風夏雨」 岡 潔
 著


戦前・戦後を生きた高名な数学者はなにを語るか?
戦争が始まって、死なせるには惜しい若者が、それも良いものからどんどん死んでいく。これではいけないと思ったが、世の中言える雰囲気ではない。戦後は進駐軍の持ち込んだ3つのS(セックス・スクリーン・スポーツ)によってこれまででは考えられない学生が増えてきた。そこで著者が数学以外のよりどころにしたのが、光明主義という仏教思想である。自我を第一に尊重する世の中だけど、それは本能のままに支配される無明の状態であり、われわれは小我を乗り越えて真我の境地に至らねばならない。云々…。


だいたい仏教思想をその特有の用語で語られても、とりあえず仮に頭で理解しておくくらいが関の山で、実際修行でもしてみなければ否定も肯定もできないものだ。岡潔の熱弁も否定はしないが、読み物としてはとくに面白いものではない。


それよりやはり天才数学者の少年期や留学先のパリでの思い出、奈良女子大の教師生活、寺田寅彦の噂話などのほうが野次馬かもしれないが読んでいて愉快だ。どこかのお寺に「無明の間」を作ってそこにピカソの絵を置き、となりを不動明王の間にして、ピカソの無明を抑え込むとか、妙なこと言う。

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読書
「異本論」 外山滋比古 著


本(読書)に関する雑多なエッセイかと思って読みはじめたら、豈図らんやしっかりした論考だった。しかもテーマはたったひとつだ。


古典として現代も読み継がれている作品にしても、書かれた当初から古典として認められていたわけではない。何年もの歳月をかけて、様々な時代時代の解釈がなされ、その時代なりの改編が行われ、異本が生まれる。その異本によって作品は読み継がれるものになっていくのである。何十年、何百年と忘れ去られていても、ある時代にふと取り上げられて、読み直される。その時代の人間がその時代なりの読み方に気付いたのである。そこで新しい異本が生まれ作品は古典となるのだ。後世の人間が新しく解釈できる幅を元々その作品は持っていたのである。文学研究など原点主義にこだわるばかりに、異本全てを誤りとして取り去ってしまうと、研究成果はたいへん貧しいものになる。異本を軽んじる事勿れ。古典は時代をかけて作り上げられるものなのだ。


というようなことを12もの小論の形をとってまとめてあるのだが、中身はほとんど同じで、一つ読めば充分である。

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読書
「ポロポロ」 田中小実昌 作

作者の実家は港町の丘の中腹にある独立系の教会で、「ポロポロ」というのは「パウロパウロ」のことだ。祈祷会の参加者は皆それぞれ勝手な、言葉にならない言葉で祈りをあげていたというから、かなり珍しい子供時代体験だ。


その子供時代の話は1編だけで、短編集のほとんどは戦争末期に出征した中国大陸での話。もっとも戦争はすぐ終わり、作者は1年あまり大陸で帰国を待つ身ではあったが、なにしろアメーバ赤痢やマラリアなど病気を抱えた栄養失調の兵隊で、半分は伝染病棟での生活だ。よく生きて帰ってきたものだ。死を覚悟するような悲壮感がまるでなかったそうで、切迫した考え方をしない楽天的な性格がよかったのかもしれない。

そのせいか作品としてはコクがないというか、虚無がないというか、ひょうひょうとしすぎていて、もの足りない感じはした。俘虜記はやはり古山高麗雄がオモシロイ。
だが作者は何を語っても物語になってしまうその嘘くささが嫌だったようで、ほんとうの行軍や病棟や戦友の死が、書いたとたんに物語となり、事実から離れてしまうことにいら立ちを覚えている。ひょうひょうとしているからと言って、この潔癖さ。なんたる真面目な人間かと思った。

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読書
「同期する世界」 蔵本由紀 著

非線形科学というショルダータイトルあり。科学の世界を横断して、シンクロ現象の謎に迫る一冊。
振り子時計、メトロノーム、ロウソクの炎、コオロギのコーラス、カエルの発声、体内時計、吊り橋の揺れ、電力供給網、心拍、電気魚、酵母細胞の解糖、インスリンの分泌、ヤツメウナギの遊泳、アメーバの移動、交通信号機のネットワークなど、実にさまざまな出来事に同期する仕組みがあるのだった。


そのシステムは種々違えど、この同期現象をなるたけ具体例から離れ、抽象化された言葉で捉えることはできないか?そのためにリズムの進み方を「位相」という言葉に置換え、規則的な反復運動・周期運動を持続する「振動子」の進み方の差を「位相差」と表現する。そして一定のくり返し現象を、円周上を回転する粒子の動きとして図にしてみると、あら不思議「位相差」を持った粒子が引力・斥力の働きによりやがて安定した同期状態に。個々の「振動子」の持つミクロリズムが結合してマクロリズムを生み出すさまを抽象的に理解することができます。


というわけでいろんなシンクロ現象が解き明かされるわけだが、なんの予備知識もない者としては、「ふ~んそうなの」というばかりだ。後半が生理現象の話で、細胞膜の内と外の電位差や遺伝子発現などからも特定のリズムが生み出される云々なのだが、そこまで詳しい話は別にいいや。

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読書
「最後の恋人」 残雪 作

残雪の2004年作長編処女作。まさに全編を通して悪夢の中を連れていかれるようで、抜け道は無く息継ぐ隙も無い。夢だからこそあり得るような非合理ばかりが連続して、それでも登場人物達の運命は流れていく。
短編ならまだしも長編でこの世界に浸るのはかなりな労力が要った。この息苦しさはちょうど水泳を習っているようなもので、はじめは苦しいが呼吸に慣れてくると意外にスイスイと進むものだ。残雪の世界に慣れてしまえばスルスルと読める。この感じはルーセルの「ロクス・ソルス」を読んでいた時に感じた濃密なシュールレアリスム空間の読書体験と同じだった。


登場人物はアパレルメーカー経営者ヴィンセントとその妻リサ。優秀な営業社員ジョーと妻のマリア。ゴム農園農場主のリーガンと愛人アイダ。これらの愛し合う人々の離合集散が描かれて最後の恋人となるわけだ。なかでもジョーは読書家で、今まで自分の読んだ物語を全部繋げて、頭の中で壮大な物語地図を描こうとする男だ。


南方のゴム園、北方の牧場、東方の塔、そして賭博城。主人公達の様々な旅の中で不思議な出会いが繰り広げられていく。その幻想的な内容をひとつひとつ紹介してもキリがないのでやらないが、なんども読み返せばもしかしたら、そこから象徴主義的な寓意小説的な意図を読みとってしまうかもしれない。しかし自分はそれは読み過ぎだと思う。ただ味わえばよい。

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