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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「春風夏雨」 岡 潔
 著


戦前・戦後を生きた高名な数学者はなにを語るか?
戦争が始まって、死なせるには惜しい若者が、それも良いものからどんどん死んでいく。これではいけないと思ったが、世の中言える雰囲気ではない。戦後は進駐軍の持ち込んだ3つのS(セックス・スクリーン・スポーツ)によってこれまででは考えられない学生が増えてきた。そこで著者が数学以外のよりどころにしたのが、光明主義という仏教思想である。自我を第一に尊重する世の中だけど、それは本能のままに支配される無明の状態であり、われわれは小我を乗り越えて真我の境地に至らねばならない。云々…。


だいたい仏教思想をその特有の用語で語られても、とりあえず仮に頭で理解しておくくらいが関の山で、実際修行でもしてみなければ否定も肯定もできないものだ。岡潔の熱弁も否定はしないが、読み物としてはとくに面白いものではない。


それよりやはり天才数学者の少年期や留学先のパリでの思い出、奈良女子大の教師生活、寺田寅彦の噂話などのほうが野次馬かもしれないが読んでいて愉快だ。どこかのお寺に「無明の間」を作ってそこにピカソの絵を置き、となりを不動明王の間にして、ピカソの無明を抑え込むとか、妙なこと言う。

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読書
「異本論」 外山滋比古 著


本(読書)に関する雑多なエッセイかと思って読みはじめたら、豈図らんやしっかりした論考だった。しかもテーマはたったひとつだ。


古典として現代も読み継がれている作品にしても、書かれた当初から古典として認められていたわけではない。何年もの歳月をかけて、様々な時代時代の解釈がなされ、その時代なりの改編が行われ、異本が生まれる。その異本によって作品は読み継がれるものになっていくのである。何十年、何百年と忘れ去られていても、ある時代にふと取り上げられて、読み直される。その時代の人間がその時代なりの読み方に気付いたのである。そこで新しい異本が生まれ作品は古典となるのだ。後世の人間が新しく解釈できる幅を元々その作品は持っていたのである。文学研究など原点主義にこだわるばかりに、異本全てを誤りとして取り去ってしまうと、研究成果はたいへん貧しいものになる。異本を軽んじる事勿れ。古典は時代をかけて作り上げられるものなのだ。


というようなことを12もの小論の形をとってまとめてあるのだが、中身はほとんど同じで、一つ読めば充分である。

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読書
「ポロポロ」 田中小実昌 作

作者の実家は港町の丘の中腹にある独立系の教会で、「ポロポロ」というのは「パウロパウロ」のことだ。祈祷会の参加者は皆それぞれ勝手な、言葉にならない言葉で祈りをあげていたというから、かなり珍しい子供時代体験だ。


その子供時代の話は1編だけで、短編集のほとんどは戦争末期に出征した中国大陸での話。もっとも戦争はすぐ終わり、作者は1年あまり大陸で帰国を待つ身ではあったが、なにしろアメーバ赤痢やマラリアなど病気を抱えた栄養失調の兵隊で、半分は伝染病棟での生活だ。よく生きて帰ってきたものだ。死を覚悟するような悲壮感がまるでなかったそうで、切迫した考え方をしない楽天的な性格がよかったのかもしれない。

そのせいか作品としてはコクがないというか、虚無がないというか、ひょうひょうとしすぎていて、もの足りない感じはした。俘虜記はやはり古山高麗雄がオモシロイ。
だが作者は何を語っても物語になってしまうその嘘くささが嫌だったようで、ほんとうの行軍や病棟や戦友の死が、書いたとたんに物語となり、事実から離れてしまうことにいら立ちを覚えている。ひょうひょうとしているからと言って、この潔癖さ。なんたる真面目な人間かと思った。

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読書
「同期する世界」 蔵本由紀 著

非線形科学というショルダータイトルあり。科学の世界を横断して、シンクロ現象の謎に迫る一冊。
振り子時計、メトロノーム、ロウソクの炎、コオロギのコーラス、カエルの発声、体内時計、吊り橋の揺れ、電力供給網、心拍、電気魚、酵母細胞の解糖、インスリンの分泌、ヤツメウナギの遊泳、アメーバの移動、交通信号機のネットワークなど、実にさまざまな出来事に同期する仕組みがあるのだった。


そのシステムは種々違えど、この同期現象をなるたけ具体例から離れ、抽象化された言葉で捉えることはできないか?そのためにリズムの進み方を「位相」という言葉に置換え、規則的な反復運動・周期運動を持続する「振動子」の進み方の差を「位相差」と表現する。そして一定のくり返し現象を、円周上を回転する粒子の動きとして図にしてみると、あら不思議「位相差」を持った粒子が引力・斥力の働きによりやがて安定した同期状態に。個々の「振動子」の持つミクロリズムが結合してマクロリズムを生み出すさまを抽象的に理解することができます。


というわけでいろんなシンクロ現象が解き明かされるわけだが、なんの予備知識もない者としては、「ふ~んそうなの」というばかりだ。後半が生理現象の話で、細胞膜の内と外の電位差や遺伝子発現などからも特定のリズムが生み出される云々なのだが、そこまで詳しい話は別にいいや。

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読書
「最後の恋人」 残雪 作

残雪の2004年作長編処女作。まさに全編を通して悪夢の中を連れていかれるようで、抜け道は無く息継ぐ隙も無い。夢だからこそあり得るような非合理ばかりが連続して、それでも登場人物達の運命は流れていく。
短編ならまだしも長編でこの世界に浸るのはかなりな労力が要った。この息苦しさはちょうど水泳を習っているようなもので、はじめは苦しいが呼吸に慣れてくると意外にスイスイと進むものだ。残雪の世界に慣れてしまえばスルスルと読める。この感じはルーセルの「ロクス・ソルス」を読んでいた時に感じた濃密なシュールレアリスム空間の読書体験と同じだった。


登場人物はアパレルメーカー経営者ヴィンセントとその妻リサ。優秀な営業社員ジョーと妻のマリア。ゴム農園農場主のリーガンと愛人アイダ。これらの愛し合う人々の離合集散が描かれて最後の恋人となるわけだ。なかでもジョーは読書家で、今まで自分の読んだ物語を全部繋げて、頭の中で壮大な物語地図を描こうとする男だ。


南方のゴム園、北方の牧場、東方の塔、そして賭博城。主人公達の様々な旅の中で不思議な出会いが繰り広げられていく。その幻想的な内容をひとつひとつ紹介してもキリがないのでやらないが、なんども読み返せばもしかしたら、そこから象徴主義的な寓意小説的な意図を読みとってしまうかもしれない。しかし自分はそれは読み過ぎだと思う。ただ味わえばよい。

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読書
「集合知とは何か」西垣 通 著


そういえばあったよなー、第5世代コンピューター。80年代に産官学共同で推進された大掛かりなプロジェクト。並列推論マシンを作る夢の企画は当時テレビで見て自分も覚えている。この企てが失敗したところに人間の知というものに対する根本的な誤解があったらしい。


コンピューターの世界は開かれた知の世界で、見る者にとって全てが明晰であり、同じ事を全員で共有することができる。対して人間の知というものはあくまで閉鎖されたものであり、他者から窺い知ることができない。生物として生き残る為に世界を認識するところから始まる、かのクオリアを出発点とした、個々の人間の脳内で完結したものなのである。これをコンピューターの知の世界のように開放されたものと混同するところから間違いが起るのである。
この話は目ウロコだった。

そして人間の共有知は、閉鎖された個々の人間どうしの相手のキャリア(経験)に信頼をおくところからスタートしていて、それが集団に置けるリーダーの存在に発展していくらしい。簡単に言えば共有知といっても限られた片目をつぶっているような状態で、それがかえって社会の存続の為には有効であり、これがコンピューターのように開放された誰にとっても均質な世界となってしまうと、社会は全体主義や独裁国家のようなものに転落してしまう。
例として企業内でのコミュニケーションシステム等あげられているが、自分は会社の話などどうでもいいので、ネット集合知をそんなことに使わないでほしい(笑)。

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読書
「エピクロスの肋骨」

澁澤龍彦 作


著者若き日の初期作品小説。「撲滅の賦」「エピクロスの肋骨」「錬金術的コント」の3作プラス巌谷國士の解説が収められた短編集。「撲滅の賦」は埴谷雄高の「意識」という作品を下敷きにしたオマージュのようなものであり、「錬金術的コント」はフランスの作家の作品のアレンジであるそうだ。ようするに立派な二次創作であって、やはり二次創作は若い頃にありがちな創作の楽しみなのだろうか。


どの作品もモダニズム文学趣味を絵に描いたような文体で、こういうのもコツを掴めば案外簡単に書けるのかもしれないが、さすがにおもしろく格好よく出来ている。キザなところはまるで無くユーモラス。巌谷國士の言うように足穂や石川淳を思い出す。澁澤ならではのオリジナリティがどの辺りにあるかは、これ以外の小説作品を読んでいないのでなんとも解らないが、後の「高丘親王航海記」を引き合いに出さなくても充分愉しい。解説は1/5くらいでよい。

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読書
「ゴーレム」

グスタフ・マイリンク 作


呪文によって土塊から作られる怪人ゴーレム。その伝説が息づくプラハのユダヤ人ゲットーを舞台に、不思議な運命に操られる宝石細工師の物語。


さぞやゴーレムの謎を巡ってお話が進むかと思いきや、ゴーレムらしきやつは最初にチラッと登場して無言である本を手渡すのみである。悪役であるところの古物商の悪だくみに立ち向かう主人公とその友人達の数奇な人生が描かれる。


さすがドイツ幻想文学の旗頭マイリンクだけあって、現実と幻想がないまぜとなった語り口は頭がとろけるような心地よさ。主人公は青年時の記憶を失った人間であり、しばしば白日夢を見るので、読む側にとっては何が事実だったのか解らない。それでもアパートに連なる地下道を通って出入り口のない秘密の部屋にたどりついたり、殺人犯に仕立て上げられて未決囚としての日々をおくったり、冒険小説としてのおもしろさがふんだんにある。


小説全体は登場するラビの説くように、精神的なものに重きを置き、大いなる魂の存在へ憧れる人々の物語となっているのだが、確かにそういう向きはあるにせよ、全体の構成はあらかじめ考えられていたとは思われず、作者は筆の趣くままにゴーレムそっちのけで面白い事を書いたのだと思う。なにせラストは大掛かりな夢落ちだから。

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読書
「安部公房とわたし」 山口果林 著

女優山口果林が作家安部公房との秘められた20年の愛の奇跡を綴ったルポルタージュ。安部公房ファンの自分としては作家の日常や創作の秘密が描かれた貴重な資料。山口果林ファンは安部公房のことはよく解らずに山口果林の人生を知るだろう。自分は「ヒントでピント」くらいしか知らない。


確かに不倫は良くない事なのだが、家庭を築いた後で自分にとってこの人こそといった人に出会う事もあるだろうし、そのまま恋に落ちたとしても仕方がない。男と女だもの。そんなこともあるでしょう。
それにしても20年を越える年月、お互いの家を行き来しながら二人の関係が隠されていたことには驚いてしまう。安部公房の死に至るまで山口果林を許さず、憎悪の炎を燃やしていた本妻安部真知はなぜ世間に訴えなかったのだろう。安部公房は調布の自宅を離れ箱根の別荘で暮らし、自由になるお金も少なかったようだ。


映画・演劇には疎いが、山口果林の桐朋学園演劇科から俳優座というコースはかなりエリートのように見える。学生の頃から安部公房に師事し、周りには一流の演劇人がいっぱい。そしてその頃から23才の歳の差を越えて二人の愛が育まれていくようすが、世間から隠れながらだとはいえ、楽しそうで心暖まるものがある。これは赦されない愛だからこそ訪れる時間なのかもしれない。その貴重な時間を大切に過ごす二人のようすがほほえましい。そして死を前にした安部公房の病室に入る事もかなわない山口果林の不安や悲しみが切ない。


安部公房も山口果林も才能を惜しみなく使いまくって生きてきた。それは幸福なことだ。



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読書
「庶民烈伝」 深沢七郎 作


いかに庶民がすさまじいものであるかを描いた短編集。
小説家と言っても深沢七郎はギターを弾いたり、ラブミー農場を開いたり、今川焼を売ったり、まったくインテリ臭のする人ではないのだが、その深沢七郎から見ても庶民というのはびっくりするくらいすさまじいことをするものらしい。作家の常識が通用しない。


たとえば「お燈明の姉妹」の4姉妹は美人ぞろいだが、みな父親が違うというおおらかな性風俗で、好きなように生きている。「べえべえぶし」の善兵衛さんは、ヘリコプターで散布された消毒薬に疑いを持ち、わざわざ自分の田んぼでヘリコプターの真下に立って消毒液を吸い込んで確認し、それがためにあの世に行ってしまう。「サロメの十字架」だけが農村ではなく都会のホステス達の話で、かわいそうにママはオーナーによって首になってしまうのだが、どんな世界を書いても品があって楽しい文章。作者の人間を見る目の優しさが滲み出るよ。


巻頭序章に作者と近隣友人との、庶民とはいかようなものであるかについて茶話があるが、キリのない庶民比べのような内容で愉快愉快。

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