漫画家まどの一哉ブログ
「蟹の横歩き」 ギュンター・グラス
読書
「蟹の横歩き」 ギュンター・グラス 作
「蟹の横歩き」 ギュンター・グラス 作
日本版サブタイトルに「ヴィルヘルム・グストロフ号事件」とあるとおり、1945年に起きた豪華客船沈没事件を題材としている。作品の構成は複雑で、そもそもこの客船が「グストロフ号」と名付けられるに至った経緯。これはユダヤ人ダヴィト・フランクフルターによってナチス党員ヴィルヘルム・グストロフが暗殺された事件がそもそもで、この殺されたナチス党員の名前が豪華客船に命名されたわけである。
次に当時東プロシアから海路脱出を図った大勢のドイツ人を乗せたグストロフ号が、ソビエト潜水艇からの水雷によって沈没。主人公をお腹に孕んだ若き母親が幸運にも救出され、護衛艦の上で出産するまでの物語。
そして現在主人公の息子がインターネットの世界でネオナチの論客となり、果てはユダヤ人を名乗る論敵の青年を射殺してしまうという悲劇が描かれる。
これだけ盛りだくさんの社会的現実を用意されれば、文学的評価はわからないが退屈することはない。フィクションとノンフィクションの両方を行き来するから、ちょっとした戸惑いはある。語り手の主人公のジャーナリストは凡庸などっちつかずのスタンスをとっていて、むしろ母親のとんがった性格がこの作品をいきいきとさせている。と言っても彼女に政治的スタンスはないのだ。
主人公の息子の都合の良い歴史の美化と他民族蔑視やネオナチの野蛮な連中を見れば、現在我が国で起きている事態と瓜二つで、残念ながら人間のやることは変わらない。戦争から時代が遠く離れてしまうとこんなことになるのか。という現在進行形のまま作品は終わる。
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