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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「日々雑記」 武田百合子 著

昭和も終わろうとする1988 年から1991年まで雑誌「マリ・クレール」に連載された作品。作者の最期作であり、「いなくなった人たちに」という巻頭言がかなしい。
記憶に新しい時代の日記なので親近感がわく。映画や買い物に出かけ、食事して帰るといった日常。食事の内容もこまごまと書いてあってたのしい。いつもながら食堂にいるまわりの客の食べているものや、買っていったものまで観察している。公園でも映画館でもこんな人がいたという描写がそれだけで不思議と魅力的だ。
考現学的客観と言おうか、作者自身の内面にこだわらずにストレートに世界を見て感じる能力があって、読んでいて気持ちが良い。
しかしやはりもう泰淳はじめ、知り合いの作家たちが亡くなったあとの人生だからだろうか、たのしい日々を綴っていてもどことなく寂しさが漂う。

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読書
「ボディ・アーティスト」 ドン・デリーロ 作

夫婦の平凡な日常会話から始まるが、どこか微妙にかみあっていない。それでもそもそも会話とはこんな具合に少しずつズレながら行ったり来たりしているものなのかなあと気付く。それだけではやや退屈だなと思っていると、章が変わって男の方は死んでしまう。
さらに残された主人公の女性の前に、家の最上階にこっそりと隠れ住んでいた脳に損傷のある青年が現れる。この青年が基本的な時間感覚ー過去から未来へと物事が進んでいるという感覚を持っていなくて、隠れながら聴いていた夫婦の会話をそっくりの声色で再現し始めるという強烈にくらくらする設定である。再現される会話も今現在ここでの出来事と無縁の順序で出てくる。

なんとも哲学的だが観念的な描写はまったくなくて、ふだんの生活と家とその周辺の様子がありのままに描かれる。われわれがふだん分かったつもりの現実がいったん撹乱されて、また意識的に構築し直すような不思議な読書体験を得る。

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読書
「マイケル・K」 J.M.クッツェー 作

内戦の続く南アフリカ。生まれつき口唇裂で頭の回転も遅いマイケル。母親をその出身地まで手製の手押し車に乗せて移住を試みるが、途中母親は死んでしまい、その後孤独な放浪生活が始まる。

マイケルはたとえ仕事や食事を確保されても収容されることがキライで、キャンプからも脱走し、荒れ地を耕してこっそりと作物を作り鳥や昆虫も食べて生き延びるが、当然栄養失調は避けられず病院へ運ばれる。それでも与えられたものを食べようとせず、修行僧のようにやせ衰え、やがて病院からも姿を消してしまう。
あえて餓えの間近に身を置いてまで社会を離れ自由を選ぶが、主義主張があってそうしているわけではなく、大人になる過程で育まれた性格が、母親を亡くして一人となった時点で自然とそうさせたようだ。

人間は社会的動物であるが世の中にはときどき人と交わろうとせずたった一人で生きていこうとする人もいる。この作品も多くが主人公が一人で創意工夫してかぼちゃなどを育て、見つからないように密かに行動しながら生きて行く描写に費やされている。最低限身体を維持できるだけのものを食べて、季節の流れとともにゆっくりした時間で(まさに作物が成長する時間で)生きて行くのはどんな気持ちだろう。誰でも心の底には生命維持の基本的感覚があると思うが、社会と接点を持っているとそれ以外の諸々めんどうなことに心を砕かねばならない。ほんとうに一人で生きていればそれはない。読んでいるとまさにその感覚が呼び覚まされる気がした。

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読書
「私の個人主義」 夏目漱石 著


「現代日本の開化」「文芸と道徳」他、漱石の講演集。文明開化というものがいかに外から行われた無理矢理な変化であったか。それこそ高度成長期以上の急激な社会の変化だったわけだが、文明の発達とは人間活力の消耗をできるだけ防ごうとする消極的活動の結果だという見解。動きたくない、手間を省きたいということ。それもそうだ。

明治以前のように道徳・徳育といったものが忠・親・孝・悌など多分に大義名分偏重なものだったころと比べ、近年は自然主義小説的に個人の挫折や情欲を正直にさらけだしてもよいことになった。ずいぶんくだけた。これを進化と捉え、天下国家を憂える発言でなければならなかった旧道徳や浪満主義的な小説世界から人間の知識が発達したと解説する。なるほど。

だいたい朝から晩まで国家国家と考えていられるものではなく、危急のときでなければ、普段は個人の生計を立てることに邁進しているのがあたりまえである。と健全な個人主義を説く。そうそう。

漱石に対する興味本位で読んだが、社会的視点はさすがに鋭くまっとうなことを言う。

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読書
「犬が星見た」ロシア紀行
武田百合子 著

武田泰淳・百合子夫妻と友人の竹内好の3人による1969年のロシア旅行。ナホトカからイルクーツク、タシケントを経てレニングラード、モスクワからストックホルム、コペンハーゲンに及ぶ長旅。そしてこれが武田百合子の立場だからかもしれないが純粋なる観光旅行なのだ。

武田百合子はカタコトのロシア語でも平気で話しかけるし、歌も歌うし、どこへでも物怖じせずどんどん行く。裏表がない素直な人で、そんな人が煌めくような文才を持っているというのは、希有と言うか天の配剤というか。
旅行記自体は食事や空港やホテルや博物館のようすなど特別なものではないが、読んでいるとだんだん楽しい気分になってくるのも、著者の純粋な人柄があふれているからだと思う。

この旅行記が刊行されたころには武田泰淳も竹内好も亡くなっている。
「帰国の折りの飛行機は、二人(泰淳と竹内)をのせそのまま宇宙船と化して軌道に乗り、無明の宇宙を永遠に回遊している。ーーー私だけ、いつ、どこで途中下車したのだろう。」あとがきは実に美しくて悲しい名文だ。

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読書
「カンタヴィルの幽霊」オスカー・ワイルド 作


「アーサー・サヴィル卿の犯罪」
:貴族の集まるパーティーの席で、手相占い師にあなたは殺人を行うと予言された主人公。フィアンセとの結婚を間近に控えて、それまでにこの恐ろしい予言(殺人)を済ませてしまわなければ幸福な新婚生活はできないと考え、親戚相手に実行するが連続して失敗してしまう。この主人公の奇妙な思考と実践はまったく理解できないが、そこがおもしろい。

「カンタヴィルの幽霊」:幽霊が出ると恐れられている屋敷をアメリカからやってきた家族が使用人ごと買い取る。幽霊はこの家族を怖がらせようと努力するが、きわめてアメリカ気質の物質主義的な連中に逆にからかわれて手ひどい目にあわされるというユーモア小説。

これらの短編は今となってはおなじみのプロットもあって馴染んだ感じもあるが、さすがに手練の面白さがあって愉快愉快。オチはなかなかに意外。ワイルドは楽し。

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読書
「天平の甍」 井上靖 作


第9次遣唐使のうち4人の修行僧は、それぞれのキャラクター設定が明確で、これでもうお話はどんどん進むというものだ。主人公は学問ひとすじの真面目な男だが、その学友は熱血漢で書物よりも実際に高僧を日本へ連れ帰ることを目的とする。またそれすらも捨て大陸中を放浪する世捨人タイプもあり、僧侶の道を捨て俗化して妻帯してしまう者もいる。以前から唐に滞在していてただただ教典を書き写すことに精力を傾けている男などさまざま。どの道もアリだろう。

当時の仏教がカバーしている領域は広大で、おそらく学問全般を越えて人生や政治にまで及んでいたから、高僧をぜひ日本にお迎えして戒を授けてもらわなければならないらしい。この「日本では律は行われるが戒が行われないのではいけない」という状態がよくわからない。

鑑真という大和上はすごく意志の強い人間で如何なる苦難に出会ってもかたく口を結んで表情を変えずなにを考えているのかわからない。いや、必ず日本へ渡ろうと考えているのだろうが、微笑んでいるときがなくある種正体不明な感じがする。
日本を目指す一行は暴風に流れ流されてベトナム近く海南島まで漂着するのだが、熱帯気候の風土文化に出合っておどろいているところがおもしろかった。

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読書
「たそがれの人間」 佐藤春夫 作


文豪佐藤春夫の怪異小品集。
純粋な創作怪異小説以外の経験談や読書感想記などを集めたもので、そのせいか美的文体を駆使して怪異をもりあげるのではなく、ごく平易なエッセイ風の記述である。化物屋敷と言われる曰く付き物件に実際に住んだ経験や、後輩であり友人である稲垣足穂の愉快なエピソードなど。また与謝蕪村や建部綾足の怪異作品を現代文で紹介。

「道灌山」:なんどもかかってくる間違い電話。こちらを目白坂の佐藤というのはあたっているが、道灌山だと名乗る女房の姉にまったく心当たりがない。後日道灌山から引っ越した人物を探し求めて人が訪ねてくるが、これもよくわからない妙な体験談。

「歩上異象」:ある夕方、田舎道の路上に目に見えない竜巻のような物体が現れて前へ進めない。友人はキツネかタヌキのイタズラだろうと思ってしばし格闘する。どうやらそこはよく陥没の起きる土地で、古井戸の不完全に埋められた場所であったらしい。

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読書
「日本三文オペラ」 開高健 作


つげ忠男さんが最も影響を受けたと語る小説。アパッチ族については小松左京を読んでいないし、梁石日の「夜を賭けて」も途中で挫折しているが、この作品は面白く読めた。

舞台の大阪砲兵工廠跡地は自分が子供の頃まだ残っていて、親に連れられて大阪環状線で京橋辺りを通るたびに、赤煉瓦のがれきとぼうぼうと生い茂った草原を見てここはなんやろか?と不思議に思っていた。

作品前半はほぼ自由に鉄くずを盗み出すアパッチ族の見事に構築されたシステムについて解説され個々の人物像は影が薄いが、後半警察の締め付けが厳しくなり、アパッチ族の暮らしもだんだんと困窮してくるにしたがって、猛者連のひとりひとりが活躍しはじめ、「無頼平野」の世界へ近づいてゆく。
開高健のその後のルポ活動などを見ても、やはり体の頑健な人間の近づける世界で、なにより胃腸および内臓が強くないと書けない小説だと感じた。

高度成長以前の日本社会の貧困とアウトローたちをつげ忠男さんは肌で知っている。とうてい自分などの想像が追いつくものではないが、この時期のちょっと社会的な小説は趣味に合う。

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読書
「眠りなき狙撃者」 ジャン=パトリック・マンシェット 作


兵隊上がりの殺し屋。仕事として殺人を重ねていると、自身も狙われる身となってしまうのか。恋人や旧友を殺されながらも、新しい殺人を重ねねばならない。いろいろな種類の銃を分解・組立て使い、いろいろな車を乗り回し、危機一髪のアクションがくり返される。

これがハードボイルドというものか、ムダの無い乾いた文体で読みやすいが、冷静な描写のせいか、読みだしたら止まらないという感じではない。だいたい主人公になにが起きようが、ああそうなのという気持ちで、この男がどうなろうが心配する理由がない。殺し屋なんだから仕方がない。
だんだんと組織の上層や黒幕が登場して事件の本質が明らかにされるが、これもまあそういう業界だからそんなもんだろうというか、あたりまえの気がする。他人の仕事の話を聞かされているワケだから、きっつい業界やなあというのがだいたいの感想である。

ところどころ気持ちのいい文章があって、北極からやってくる冷たい風が眠る主人公の家にたどりつくラストの数行が良かった。

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