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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「白魔」アーサー・マッケン 作

マッケンという作家は幻想文学の作家ではあるのだが、どちらかというとファンタジーの部類と思う。この「白魔」も以前読んだものもそうだが、何か不思議な世界、神秘的な世界へだんだん入り込んでいく。それは暗い森を抜けて山を登りどんどん進んでいくと、妖精やニンフなどが現れ神々しい光に包まれた世界へ到達して法悦を得るような筋立てで、そこまでは一直線な感じである。いわば幻想に対してちょっと野放図な書き方で、現実世界との緊張感に欠ける趣がある。水木しげるの貸本伝奇ロマンシリーズようなものである。

ところが併録の「生活のかけら」という作品は、最終的には古代のロマンに傾くのだが、それまでは若い夫婦の実生活のやりくりが実に細かく書いてあって、なんだマッケンこういう作品も書けるのか、やればできるじゃんという感想だ。

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読書
「透明人間」 H.G.ウェルズ 作

ウェルズはSFと言っても怪奇幻想小説のような手触りがあるので読みやすい。ポーやスティーブンソンからの流れで楽しめる。

誰でも知ってる「透明人間」だが、透明人間の悲しみ・悲哀とでも名付けるべき話で、主人公の自業自得とはいえ、透明のまま生きていくことの辛さ、悪事を働かざるをえない境遇が悲しい。彼は特別善人でも悪人でもないが、捕まらないためには盗みや暴力に及ばざるをえないのだった。

不思議で特異な設定で話が始まるわけだが、面白くするためにストーリーを過度に膨らませないところがいいんじゃないか。リアリズムに配慮しながら進んでいくので飽きずに読めるのだと思う。

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読書
「ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯」

やはり16世紀半ばともなると作者不明の作品もあるのか。当時のスペインで爆発的な人気を博した小説。

貧しい生まれ育ちの少年ラーサロは、口減らしの為なのか盲目の説教師の手を引く役となって独り立ちする。ところがこの説教師や次に仕えた坊さんも、ものすごいケチでラーサロはなかなか満足な食事が与えられず、主人の持つ一切れのパンを手に入れるため日夜権謀術数を駆使しなくてはならない。この食料取得計画が物語のほとんどで、大人を出し抜いていくのが楽しい。何しろ最初に盲目の説教師に仕えた段階で、「悪魔よりちょっとばかり利巧でなくちゃならん」という人生の基本的な態度を覚えたのだから。その後もろくな主人に巡り合えないまでも賢く立ち回る生き様は、まさに当時のスペインのみならず人間世界に共通のもの。このリアリズムが人気の秘密だろう。

悪名高き免罪符売りに仕えて、売るためのインチキ芝居を目の当たりにするのが面白い。彼はますます一筋縄ではいかない世間の成り立ちを知ったわけだ。

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読書
「ドウエル教授の首」
アレクサンドル・ベリャーエフ 作

怪奇SFの世界。死者の首を体から分離してチューブ類につなぎ、栄養を送り込んで生かしておく技術を開発したドウエル教授。功名心にかられた弟子の教授によって殺されて自身が首だけの存在となってしまう。弟子の教授はさらに人体実験を重ね、ついには別人の胴体をつなぎ合わせた人間を作りだすが…。

読み始めるとまもなくドウエル教授の首が出現。首の登場に至るまでの恐ろしい雰囲気づくりなどはなく、アッケラカンとしていて文章も簡単。凝ったところは全くないのが意外だった。

もう少し哲学的な見解や風刺的な視点など首に語らせるか、怪奇耽美的なイメージの横溢などがほしかったが、舞台は研究室を飛び出してうら若き善男善女が追いつ追われつ肉弾戦のスペクタクルを繰り広げるなど、事件中心のストーリー展開になってしまい、昔のエンターテイメントの基本形なのかも知れないが、これではせっかくの設定がもったいない。首だけとなった男の悲哀だけでよかったのに…。

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読書
「シュルレアリスム宣言・溶ける魚」アンドレ・ブルトン 作

ブルトンという人はシュルレアリスム運動を指導した人だけに、いささか論理的で硬直したイメージを抱いていたがまるで違った。この宣言も真っ先に熱気が伝わってくるなにかヤケクソで書かれたようなものだった。
「溶ける魚」は散文詩と言ってもいいような小文集で、まさにシュルレアリスムの王道を行く言葉のつながりだが、自動筆記と言っても作者には才能があるわけで、小文の展開や落とし方などはおそらく作為しなくてもそれこそ自動的に面白くなってしまう。自動筆記も誰がやっても名作になるわけではないのがよくわかる。

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読書
「悪童日記」 アゴタ・クリストフ 作

ついに読んだぞ、人気の「悪童日記」。子供を主人公にした話がなんとなく苦手で遠ざけていたが、こいつら(双子の主人公)頭が良くて大人以上にしたたかで、子供らしいピュアなところが全くなくてよかった。劣悪な環境に放置され、良い子でいなさいという圧力もない場合、こうやって生きる知恵を育んでいくのかもしれない。周りにヤクザ(組織暴力)な人たちがいればたちどころにそのやり方を学ぶだろう。

ハンガリーの地方都市が、ナチスドイツによる支配からソビエトによる支配へと激変する状態で、大人たちが混乱と絶望の中にいるのだからただ事ではないのだ。
さればこそ、この日記で少年たちが基本としている「第三者が納得出来る客観的事実のみを書く」といった姿勢は、単に著述の形式にとどまらず、この環境で生き残っていくための世界把握の基本姿勢でもあるのだろう。

何が事実かを把握することは傷みを伴うことであり、この双子がひたすら試練に耐える練習を繰り返したのはそのためである。そうでないと大人でもすぐ騙される。

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読書
「はるかな星」ロベルト・ボラーニョ 作

アジェンデ政権の時代。とある詩の創作サークルに不思議な男がやってきた。背が高く人当たりも良く、女子学生にもてていたが目の奥底には冷たい光。この男が後のピノチェト軍政下に名前を変えて、飛行機を操って空に詩を書く人気者となって現れる。だが男は実はサイコパスで死体写真の展示会を開くだけでなく、実際に起きた殺人事件に関わっていた。

このサークルに通っていた若き詩人を語り手とし、謎の飛行詩人の後を追う。ピノチェト軍政下となって主人公も友人も祖国チリを捨てて国外に亡命。同じように多くの詩人がフランスやイタリア・スペインなどに逃げ延びた。その数名のエピソードも挟まれる。中でもスペインに移り住んだ両腕のない詩人の街頭パフォーマンスを気に入った画家マリスカルが、自身が作成したバルセロナパラリンピックのマスコット・ペトラの役を依頼する話が面白い。激変するチリ社会を捨てて詩人達はどう生きたか。

後半、スペインで暮らしていた主人公の元へ、チリの敏腕刑事だった探偵が現れるところから、話は殺人犯である飛行詩人追跡へと戻っていく。
ミステリーではないが、社会派サスペンスのようなリアリズムの骨格をしっかり持っている作風で、必要以上に感情に流れず内面的でもない描写が心地よく、緊張感を持って読めた。

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読書
「傭兵隊長」 ジョルジュ・ペレック 作

過去の有名画家に対する綿密な調査・研究のうえ贋作を製作、あたかも新たに発見された作品であるかのように装い、億単位の金を動かす贋作ビジネス。主人公ガスパールは若い頃から贋作作家として密かに成功をおさめていたが、ルネサンス期の巨匠メッシーナの「傭兵隊長」の贋作製作に失敗し、画家としての自分を束縛し続けた金主の殺害に至る。

いきなりの殺人から話は始まり、地下の作業場から壁に穴を開けて密かに脱出を図るが、そこからは脳内に巻き起こる内省や雑慮がとぎれとぎれの文体で羅列されるだけ。これがまるで単語のような短さで、読みにくいことこの上なく、これがペレックというものか、こんなに実験的な方法なのかと思っていると、後半ではガラリと変わって、主人公と友人との対話形式で殺人に至るまでの心の動きを振り返ってゆく。これはいたって読みやすい。また二人称のごく普通の地の文も対話と交代で捕捉される。

前半で脱出用の穴を掘っていたシーン以降、物語はまったく進行しない。登場人物はきちんと役割を決めて設定されているが、主人公の回想の中でしか出てこない。テーマ的なものがあるとすれば、自己を偽って贋作ばかり描いてきた人生のアイディンティティはどこにあったのかというところで、これもそこから一歩も進まない。贋作作家ゆえのアイディンティティの問題はたいへんわかりやすく、そりゃそうだろうと思うところ。ただそこに百万言費やせるのが小説家の才能なのかもしれない。またそこがこの作家の魅力なのかもしれない。

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読書
「血の熱」イレーヌ・ネミロフスキー 作


家業に精を出す夫を支え、子供達を育て、平凡な夫婦生活の中にも確かに愛があり、それこそ落ち着いたあるべき人生だが、それでも抑えきれない血の熱ともいうべき愛の形がある。母娘二代に渡って明かされる許されない愛。ある夜突然溺死した粉屋の夫の不審死から明らかになっていくそれは、最終的に語り手である独り身の叔父まで巻き込んで、まさに血の熱のなせるわざが赤裸々に語られる。

通俗的に言えば全員参加のダブル不倫小説なのだが、もちろん描かれる人物はキャラクターなどではなく、持て余すほどの情念をどうすることもできない生身の人間達。インテリが登場しないので観念に逃げる方法がない。話の中に出てきたスプーンが立つほどこってりしたスープのようなもの。事件の謎が解き明かされるに従って、禁断の愛が重ねられていく様子がエスカレートして描かれ目が離せなくなる。

それにしても登場する村の農民たちの因循姑息というか、噂話が好きで無責任で利己的な様子は万国共通なのかな。

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読書日記「モスクワ妄想倶楽部」A&B・ストルガツキイ 作


ペレストロイカ以前ブレジネフ体制末期のソビエト文壇を舞台に、作者やその周りの文士達をモデルにした愉快なギョーカイ小説。当時の現役作家全員を統括する協議会(実はソビエト作家同盟)の命令により、各作家は自分の書いたものを数点協議会に提出しなければならない。提出された作品は「文才測」と呼ばれる機械にかけられ、作家に才能があるかどうかが数値化して判定される。しかしその数値はどうやら才能ではなく、未来の売れ行きの判定らしい。しかもその機械を操っている役人は今は亡きブルガーコフかもしれない…。

文壇の世界など一般には興味がないところだが、発行部数が文化担当者の裁量による割り当てできまるなどソビエト体制下の仕組みがヘンだし、基本的に文壇の風習や人間関係などを茶化して書いてるので愉快な読み心地。しかも奇妙なことばかり起きる。
同じアパートに住む詩人が食中毒で病院に搬送されたが、友人でもない彼のために秘密の薬をわざわざ遠方の研究所へ通行証もないまま忍び込んでもらってくるハメになる。
行く先々でチェックのコートを着た男に見張られている。
レストランで困窮した男から「最後の審判のラッパ」の総楽譜を買わされるが、どうやら大変なものらしい。などなど。

映画で有名な「ストーカー」の作者だとは知らなかったが、この面白さはSF的な資質から来てるのかな?

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