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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「地下鉄道」コルソン・ホワイトヘッド 作
(ハヤカワepi文庫)

奴隷制度真っ只中の19世紀南部アメリカ。秘密の地下鉄道に乗って北部へと逃亡を続ける少女の逃走劇。

解説によるともともと「地下鉄道」というのは逃亡奴隷のための救援ネットワークを示す隠語である。作者はそれを意図して実際の鉄道と読み替えて物語の骨格としたわけだが、この設定が空想的でおもしろく、ただの社会派小説が幻想小説風味をプラスされて脹らみのあるものとなっている。
しかし奴隷制度下の黒人の扱いはあまりに非人道的でひどいもので、やはりそのリアリズムが空想的鉄道の設定を超えて作品を圧倒している。地下鉄道と言っても既に終わりかけの切れ切れのもので逃走は容易ではない。
州を跨ぐだけで黒人への制度はまるで違っているところが極端だが、事実はどうだったんだろうか。

二転三転・波乱万丈のストーリーなので、つられて読み進むことはできるが、文章自体は平凡で鑑賞できるものは感じなかった。2~3行読んだだけで脳内に電流が走るといったところがなく、ほとんど興奮せずに読んでしまった。

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読書
「ロサンゼルスへの道」ジョン・ファンテ 作
(未知谷)

自身をモデルに書かれた若き作家志望の青年の独白。過剰な自意識を圧倒的な饒舌体で描く。作者死後発見されたシリーズ第1弾。

安アパートに母・妹と暮らす青年バンディーニ。下町暮らしでただひとり読書家でインテリ。職を転々としたあげく魚の缶詰工場で悪臭にまみれながらいやいや働いている。

あまりにも高すぎるプライド。休むことなく繰り出される大量の減らず口。これがまさに真正減らず口というほどにひどいもので実に不毛の極み。長編ながら本文のほとんどが、過大な妄想と空回りする膨大な雑念で埋め尽くされる。世界文学多しといえどこんな登場人物にはなかなか出会えない。

主人公は自分のような天才がこんな下町に埋もれていることへの怨念と屈折があるが、寡黙に文学への研鑽を積むというのではなく、脳内の鬱屈はすべてまわりへ発散。考えることはなんの現実味もなく、成功した未来の空想と身の回りの瑣末なこだわりばかり。思考の無駄を積み重ねる毎日だ。
これでは人生はまったく前へ進まないが、しかしその妄想エネルギーはすさまじく、これがもっと有意な方向に注がれればしだいに人生は開けるであろう。なす術はなく思いばかりが重なっていく。これが青春だ。

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読書
「髪結いの芸術家」レスコフ作品集2
(群像社)

19世紀後半に活躍したロシアの物語作家レスコフの短編集。

はっきりとストーリーがあり、その行方にハラハラする組み立て。短編らしいオチのある作品もあるが、なかなかどんでん返しやハッピーエンドに持っていかないところがリアリズムか。誰それから伝え聞いたほんとうの話。作者になり代わってその誰それ本人が語る実話。という体裁をとるのも読者の気をひくひとつの手法である。

「哨兵」:人道的には溺れ掛けている人間を救うのが当たり前だが、持ち場を離れてはいけない哨兵の立場。法を犯して人命を救助したために罰を受けることが、キリスト教的にも是とされるという現実を突きつけて終わってしまう。心の問題として満足するしかないという悲しい限界は、作者の問題定義なのだろうか。
「ジャンリス夫人の霊魂」:実在した人物を登場させるのも演出的効果なのかもしれない。ただし霊体となっている。この霊魂の勧めるままに朗読した文章がヤマで、そのあと急転直下で話は終わる。盲目の女性が触って勘違いしたのは下ネタなのかな?
「髪結いの芸術家」:天才メークアップアーチストと舞台女優の悲恋。雇い主の伯爵の品の無さと暴力性が生む悲劇。最後は物語の外へ出て、その悲しい思い出を語る元女優の現在が描写される。こういう二重構造もよくあるが、作品を落ち着いたものにしてくれる。

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読書
「現代の英雄」レールモントフ 作
(光文社古典新訳文庫)

26歳で決闘死した熱血の英雄レールモントフ。カフカスを行く若き軍人ペチョーリンを主人公に短編5作で構成された著者の代表作。

長いものも短いものも惜しげなくドラマがあり、クセのある人物が多く登場。喜怒哀楽も盛んに、しっかり山場もあるおもしろさ。情景や人物の描写も一歩突っ込んだ情熱がある。
主人公ペチョーリンは社交界をはじめとして世のすべてに虚無を感じ、学問にも戦争にも幻滅し、そんな自分を不幸な人間と思っている男。才は立つが誠実さに欠けるところ大いにある印象だ。

「ベラ」:ロシア人は基本的にカフカス人を馬鹿にしているので、土地の女ベラを愛人としたペチョーリンの本心は遊びだと思う。比類なき名馬を乗りこなす荒くれ者や馬欲しさに姉を売る弟など、問題人物多数登場。
「公爵令嬢メリー」:作品の中核をなす中編。ペチョーリンは社交界の中心となり公爵令嬢の気をひくが、本気で令嬢を愛しているわけではない。またかつての妻だった女性とも情を深めるという、要するに二股である。やはり誠実さ感じないが、けっきょく周囲の人間に引きずられているのではないか。もっと誠実に朴訥に人を愛し、我が道を行けば良いではないか。
「タマーニ」:貧しい浜辺の家に宿を借り、盲目の少年や謎の小娘そして船でやってくる小悪党の悪事にまきこまれる。短いながらも人物が個性的で非日常を味わえる。
「運命論者」:ロシアンルーレットでたまたま不発だったことが、運命の存在を証明するという理屈が、一読して理解できない。

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読書
「三島由紀夫 悲劇への欲動」佐藤秀明 著
(岩波新書)

「前意味論的欲動」をキー概念として、三島に生得的に存在する破滅的衝動を追う。平和な家庭人にたどりついた果ての自決はなぜなされたのか?

私にとって日本三大気色悪い作家である谷崎・川端・三島。今回著者が設定した「前意味論的欲動」とは言葉以前に生まれ持つ感覚で、三島の場合「身を挺することによって自身が悲劇的なものとなる」衝動に支配されている。そしてこの欲動を抑えながらなんとか社会と折り合っていく人生となる。
しかしこういった欲動は三島に限らず、作家・芸術家にはなにかしらあるものではないだろうか。言葉以前のものなのではっきり特定できないだろうが、なにか得体の知れないものが作品中に現れているときは、この欲動の仕業かもしれない。それがアブノーマルでなければ本人でも気付かないことに…。

それにしても著者が順に作品を追っていくように、三島は欲動をコントロールして、ボディビルにも励み、だんだん社会人・家庭人として一般性のある作品を完成させてきたのに、あげくの果てにあの衝撃的な自死を選ばねばならなかったところが恐ろしい。

そして以前からぼんやりとは感じていたが、三島にとっての天皇とは政治的なものではなくまた現実の天皇個人でもなくひたすら美学的な存在で、彼の自己都合でこしらえられた架空の象徴のような気がする。本文にもあるとおり忠誠行為があることが忠義の対象を規定する閉じた構造なので、まさしくこれは「前意味論的欲動」でしか近寄れない話なのかもしれない。

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読書
「サンソン回想録」オノレ・ド・バルザック 作
(国書刊行会)

代々死刑執行人を務めるサンソン一族の誠意と苦闘の歴史を、歴史資料をもとにバルザックならではの筆致でドラマティックに綴った一冊。

サンソン家のみならず他国の死刑執行人のエピソードも含めて、一人称のルポルタージュ小説から老若男女入り乱れるドラマまで、バラエティい豊かな構成。
作品の背景には、現代に先んじて少しも劣らないバルザックの死刑廃止論があり、また死刑執行人に対する差別意識を告発する問題意識も。主人公サンソンではなくバルザック本人の語りかと勘違いしたくらい熱を帯びる。それだけに最初の数章は真面目な社会派小説といったやや堅苦しい印象を受けた。
しかしいろんな物語が混じった作品であるので、いかにもバルザック人間喜劇の面白さそのものといったドラマもある。

「アンリ・サンソンの手稿」:若きアンリがいよいよ父親の仕事を継いで受刑者への拷問・処刑に臨むエピソード。同じく執行人の家に生まれながら反死刑を貫こうとする恋人マーガレットとの確執・苦悶、両家両親の期待などドラマ立て要素たっぷりで遠慮なく劇的なこの話がいちばん面白い。
「山の女王ビビアーナ」:イタリアの死刑執行人ジェルマノのエピソード。人々の恨みと復讐をかう死刑執行人をあえて強気でやりとおすジェルマノだが、山中の行路でさらわれ山の女王ビビアーナの拷問を受ける。市民社会を離れ、まるで劇画のような派手な設定とアクションが展開されて娯楽性たっぷり。

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読書
「突囲表演」残雪 作
(河出文庫)

謎の女「X女子」をめぐる人々の常軌を逸した動向を追う長編小説。はたして彼女はそれまでの伝統的な習俗を破壊する進んだ女性なのか?「Q男子」との不倫関係はほんとうにあったのか?

悪夢の中をさまよって出られない他の残雪作品と比べると読みやすい。息がつげる。これならついていけるとスルスル読み進むが、なんだか極端な人間ばかり登場して、どこへ行くのやらわからないし何処へも行かない。

文庫本にして500ページ(改行なし)の長編ながら、謎の女「X女子」とその周辺の男子や女子の性生活をめぐって、いろんな噂や調査が入り乱れるといった内容から一歩も出ないスケールの小ささ。

多くの女性が自分の女としての魅力に自信を持っている一方で、腑抜けのように「X女子」に付き従う男たち。秩序を紊乱する異端分子として現れた彼女だが、最終的には進歩派として街を代表する人間にされてしまう。このカリカチュア的な展開も実は社会風刺として読むべきなのだろうか?大いなるナンセンス小説といえばそうだが、単純に風刺小説と捉えてしまっては面白くない。言葉の無駄遣いこそが芸術の醍醐味である。さすが残雪、意味のある散文で不毛さの構築に容赦がない。

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読書
「寝台特急 黄色い矢」
ヴィクトル・ペレーヴィン
 作
(群像社)
ロシアの人気作家ペレーヴィンの90年代に書かれた短編を収録。ソビエト崩壊後の混迷するロシア社会が生んだ傑作集。

以前読んだ「宇宙飛行士オモン・ラー」がたいへん面白かったので購入。短い中にも出来事の進展がはっきりあって退屈しない。しかし全てすっきり理解できるほど単純なものではない。

「水晶の世界」:ボリシェヴィキ蜂起時のペテルブルグ。馬に乗って夜の市中を警戒に当たる二人の前にいろんな問題ある人物が現れる。構成としてはいちばんわかりやすい作品。二人の心の慰めは使用する薬物である。
「ミドルネーム」:夜の街を彷徨する娼婦たちと不思議な殺人事件。カルト組織のバスに乗せられて危機一髪のスリリングな展開があるが、実は彼女たちのほんとうの性別の問題を含む。内容が溢れすぎている。
「黄色い矢」:けっして止まらない長蛇の特急列車のなかで生活する人々。列車はまるでひとつの街のようだが、やはりロシアそのものなのだろうか。

どの短編も綺想あふれる作品でけっこうオチがあるが、だからといってすんなり納得できるところがないので、作者に引っぱられたまま帰れないで終わる感覚。

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読書
「オルノーコ・美しい浮気女」
アフラ・ベイン 作
(岩波文庫)

17世紀。イギリス初の女性職業作家によって書かれたドキュメンタリー小説2編。

謎の作家アフラ・ベイン。まさか1600年代に書かれた作品だとは。すでにイギリス文学というものは確立していたのか、読んだかぎりでは充分よくできた普通の小説である。実録小説という体裁で、作者がじっさい見聞きした様子を作者自身も登場して書かれているが、実際はこれも面白くするための企画だったようだ。

「美しい浮気女」:主人公の尼僧は全くのエゴイストでひどい人間だが、彼女の夫である大公は、殺されかけても愛を失わないある意味依存的な一途さが健気だ。
「オルノーコ」:知力・体力・勇気ともに常人をはるかに上回るコロニーの黒人オルノーコ。スリリングなストーリー展開は引き込まれて読んでしまうが、一転平和なエピソード紹介になってみたり、かと思えば激烈な死に様など、二転三転する作品だが後味は悪くない。

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読書
「白い病」カレル・チャペック 作
(岩波文庫)

大戦を目前に広がるパンデミック。唯一の治療法を武器に、戦争へ突入しようとする軍人・武器商人と対決するひとりの医師。彼は貧しい者の味方だった。チャペック晩年の名作戯曲。

社会に対する風刺や批判などの明確な意図を持って構成された作品は、どうしても熟れない生硬な印象になりがちで、チャペック作品もそれを感じないことはないのだが、そこをわかっていてもさすがに面白い。戦争をあおって儲けようとする社会の上級階級はいかにもな立場でわかりやすいが、実際の姿だから納得ができる。戯画化されているわけではないのだ。

登場する正義感あふれる医師の理想主義は、われわれの時代の平和運動の皮切りである。各国が武器を捨てて歩み寄る夢は未だ実現しない。チャペックが取り上げたこの時代に始まるやいなや平和運動は限界に達していた。このあと何年かかるか長い長い幾世代もの平和への戦いがこの作品で始まった。

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