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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「草の上の朝食」 保坂和志 作

著者初期作品。ほのぼのと平和で愉快な感触があって楽しい。男女数名の若いもんが同居していて、毎日近所一帯の猫にエサをやって回ったり、拾ってきたキーボードの練習をしたり、ダフ屋の手伝いをやってチケットをもらったり、主人公は土日は競馬。喫茶店で友人の神秘的予想を聞いたり、その喫茶店のバイトの娘をデートに誘ったりする。悪い奴が出てこない。

だいたい他人同士4~5人も主人公のアパートに同居していて、オフタイムにプライベートが無い状態でケンカも起きず、そんなに働いていないのに経済問題も起きていないなんてことは、リアリズムでいうとありえないから、これは一種のファンタジーで、だからこんなに面白いのか。

文章は自分が文芸基本体とでも思っている文体で、「〇〇はこんなであんなでこういう時はこうなのだが、そうは言ってもこんな時はどうだしああだしこういうことでもあるので、それならああやってこうやっているんだなあということになっていた」というリズムで繋がっていく。これが最後まで続く。よくある文体だが平凡な日常をファンタジー化するのには向いているのかも。

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読書
「ハイドラ」金原ひとみ 作

やや昔の作品だが金原ひとみも読んでみた。
ライターやカメラマンやスタイリストなど、クリエイティヴ業界の人間ばかり出てきて空々しい印象。女同士の会話も定番の絵に描いたようなセリフで、全体としてテレビドラマや漫画のようだが、これも設定をしっかり描いて徐々に話の核心へ向かうための助走だ。後半になって筆が乗ってくると活きてくる。

主人公の若い女性はモデルであり有名カメラマンと同棲しているが、性的関係と被写体としてのみ存在を許されている隷属的状態。太らないために大量の食品を噛み砕いては吐き出す行為を毎夜自分に課す。こういった病的な拒食・過食も多く小説や漫画に描かれてきているので、都合よく使われた感がないか注意が必要だ。

やがて彼女が出会い恋するミュージシャンは裏表のない善意にあふれた人間で、多方面にいくつもの顔を使い分けて傷つくことを避けているような彼女の生き方とは正反対の人物。陰湿なカメラマンとも真逆。この男を配置したことで話が俄然面白くなり読む方はドキドキとする。結局彼女はカメラマンに強要された自身のあり方を振り切ることができないが、話の展開からこうならざるを得ないだろうと納得してまう。

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読書
「迷宮」 中村文則 作

この作者のものを何か読んでおこうと思ったが、選択を間違えたか。ミステリー仕立ての短い作品であっという間に読めた。おぞましい一家殺人でしかも密室。ミステリーに詳しくはないがなかなかのトリックが用意されていて、その面では飽きない。

現代作家で文章に味わいのある人にめったに出会わないが、この作品も文自体に鑑賞するところはなく、ただただよどみなく事態が進んでいく。ほんとうは進まなくてもいいから3行読んだだけで脳が快感に満たされるようなゲージツ的な文章を読みたい。

主人公も相手の女性も幼い頃から心に闇を抱えていて、それは成長するにしたがって日常に紛れて見えなくなってしまうのだけれど、実は大人になっても自分で捉えなおさなければならない。と言ったようなテーマらしきものはある。やはりここでも顔を出す現代小説の主要なテーマである「日常」…。ただし心の闇云々は考えて仕掛けて書いても解釈のようなものが出来上がるだけで、作者から独りでに流れ出すようなものでないと面白くないと思う。

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読書
「道化と王」 ローズ・トレメイン 

作解剖医のメリヴェルは陽気で派手好き、ちょっと下品だが誰とでも親しく交わる人間だ。国王チャールズ2世の愛犬を治療したことから王のお気に入りとなり、医学を捨て道化役として宮廷に出入りすることとなる。国王の命令で王の愛人と偽装結婚し、郊外の邸宅に悠々と暮らす毎日を得た。

ただただ本能のままに快楽を追い求める男。ところが仮の妻に本気で惚れ込んでしまい、だんだんと恋の話に終始してくる。やや退屈してきたところで、ついに王の怒りをかって邸宅を追われる身となってしまった。ここからの展開が実によい。

彼の人生は極端に変わり、クェーカー教徒たちの営む精神病院で医師としての禁欲的な生活が始まる。それまでの享楽的な人生を打ち捨て心を入れ替え、ひたすら内省と患者の世話に明け暮れる毎日。私欲を去り神と他者に尽くすクェーカー教徒たちの生き様を読んでいると、はらはらと心地よい緊張感を得ることができる。

結局メリヴェルは俗を捨てきれない男で、女性患者に手を出してしまい、精神病院を去ることになるのだが、聖と俗の間で揺れ動く凡夫としての主人公がリアルだった。最後まで王様への敬慕の念を捨てきれないのが平民の悲しいところ。

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読書
「黒い時計の旅」スティーブ・エリクソン 作

ドイツが先の世界大戦を制しヒトラーが生き続けている世界。インディアンの血を引く屈強な大男で乱暴者の主人公だが意外にも筆がたち、ヒトラー1人のために小説を書き続けて報酬を得ている。しかも兄弟を殺してアメリカからウィーンに逃げているという破格の設定。

この主たる物語以外に観光地の島で連絡船を操る青年とその母親の数奇な運命など、時代を遡って遠く主人公の運命に絡み合う人々の人生もふんだんに描かれ、尚且つ主人公が創作上想像した人間も、そこにいるかのように同等に扱われたりするので、作品世界は巨視的というよりもやや茫漠と広がった印象がある。

ストーリーがそんなにないのは一向に構わないし、運命に翻弄され彷徨える人間たちの描き方も充分読み応えがあるのだが、なにか快感というところまで至らないのは、あまりに多くを描きすぎているからではないだろうか。アメリカとオーストリアのみならず、イタリアやメキシコまで行かなくてもいいじゃないか。この作品は失敗を含みながらかろうじて成立しているんじゃなかろうか。

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読書
「残酷な女たち」 ザッヘル・マゾッホ 作


かの有名なマゾッホの短編。思いのほか面白い。別に官能小説ではなくちょっと愉快な空想篇といったものだが、出てくるのが往々にして毛皮を身にまとった猛烈に強い女。それを慕う男に若者は登場せず親父や爺さんばかりで、常に私を奴隷にしてくださいと懇願してヒドい目に遭わされるといったパターン。これが可笑しい。

やや長めの「風紀委員会」 主人公女帝マリア・テレージアが国家社会の風紀紊乱を憂うるばかりに自らも夜の街に密偵に乗り出すというありえない設定で、後半問題となった美人のお針子の家へ疑惑の人物たちが偶然にも全員こっそり集まってしまうという展開は、まさに伝統的な喜劇の定番。昔の通俗小説のお手本のようだが下品なところがないので楽しく読める。

と思ったら「醜の美学」では体つきは背むしの小人だが心は明るく人気者の画家を主人公に、教養と精神的な豊かさがいかに人間的魅力を生み出すかを丁寧に描いている。こんなちゃんとした話も書けるじゃないかマゾッホ。

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読書
「貸本マンガ史研究」第2期04 特集●水木しげる


「総員玉砕せよ!」を反戦漫画の見本として知識人が評価してしまう現象を梶井純が批判している。しかし水木作品は基本的にエンターテイメントの方法で描かれており、芸術ではないのだからある種のパターンとなっているのも仕方がない。そしてたいがいの知識人は漫画に対してパターンでしか読めないから保坂正康などが評価してしまうのも仕方がないと思われる。

旭丘光志が「劇画はジャンルとしては優れているにもかかわらず、まったくおもしろくないのは、教養のない連中が描いているからだ」という水木の言葉を取り上げ、水木しげるの眼から見ると、それらの底の浅さ、美的造形の欠如などがありありと視えてしまう。と書いているが、まさしく現在市場に氾濫する漫画全般について言える的確な言葉だ。今後利用しよう。

幻想ロマンシリーズは読み返したことはないが、面白く読んだ経験があり。三宅秀典の解説が面白かった。まさか婦女子向け恋愛ロマンとして描かれていたとは思わなかった。

川勝徳重のリアリズムに関する論考。白土三平の風景描写について、森林にしても草原にしてもどれも同じような描き方と解説があるが、これは自分もそうで森林一般・草原一般といった装飾的な描写をする。自分の場合は好きでやっている。それにしてもなぜこんなに流麗で平易な文章が書けるのか。内容はもとより文を追う快感がある。


(敬称略)

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読書
「水いらず」 サルトル 作

この短編集は若輩の頃読んだことがあったが、当時この面白さはわからなかった。人物が生き生きとしていて会話も楽しいし、地の文も興をそそる飽きさせない語り口。ストーリーもちょっぴりあって退屈しないように出来ている。これだけ作品自体が面白いものを後年の実存主義の萌芽としてあれこれ関連付けて評価するなんて無意味ではないか。主義があるから小説に価値があるわけではあるまい。むしろなんであんなわけのわからん哲学に生涯を費やしたか。もったいないことだ。

たとえば表題作「水いらず」では、二人の女性の交流とダンナとの別れや復縁をあれやこれや感情に沿って書いてあって、これがいちばん面白い。平凡な人間達の平凡な人生なので妙に過剰な自意識や観念がないのが気持ちいい。こんなふつうの女達をきめ細かくかけるなんて、それこそ理論をあやつるよりよっぽどたいした才能だと思うけど。

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読書
「すばらしい新世界」
オルダス・ハクスリー
 作


ディストピア小説の古典。
表現としては単純な文体でマンガのような趣があり、最初はやや戸惑ったが読み進むにつれ気にならなくなった。ところどころ擬態語が混ざっていて、たとえば「どっかーん、どっかーん」とか「にこにこ、にこにこ」とか文中急に出てくるので、あれっ?と奇妙な感じがする。まさにマンガのようでやや脱力するが、これはこれでオモシロい。

オーウェル「1984年」、ザミャーチン「われら」など、暗黒の未来社会は徹底的に管理された完璧な全体主義社会だが、この作品はいっそう暗黒さがきわだっている。
胎生は否定され人間はみな人工授精によって壜の中で生まれ育ち、親子関係は卑猥なものとされる。生まれたときから5段階の階級に分けられていて、下層のものは教養や知識を嫌い単純労働に喜びを見出すように脳に条件づけされてしまう。また多胎児政策により同じ人間が労働用に大量製産されている。大人は麻薬ともいうべきダウナー系の薬剤を常用していて毎日は不平不満もなく多幸感のまま過ぎ行くのだ。
これでは大掛かりな叛乱は起きようがないし、物語は少数の異分子達によって進行するが、あんのじょう悲劇的な結末に至るのだった。

1932年の作品であるが、未来社会のディストピアぶりが実にこってりとよく考えられている。丁寧できめ細かい。特殊な設定を理屈っぽく説明するのではなく、人物の自然な会話や行動を通して暗黒社会さもありなんと納得させられる。物語を進行させる数人の異分子達は英雄ではなく心弱き平凡な人間で、彼等のダメさ加減と敗北がわかりやすいエンターテイメントのパターンを回避できている。そこがよかった。

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読書
「崩れゆく絆」 アチェベ 作


現代アフリカ文学の古典。
ふだん小説を読むときは、登場する人々の暮らしを読む側もある程度共有しているものだが、1900年代イギリスに植民地化される以前のナイジェリアの社会となるとちょっと想像がつかない。背景となっている村の日常風景をわからないまま読むという不思議な感覚があった。しかしあれやこれや村の出来事がくりひろげられるうちに、なあんだ我々と変わらない、自然とともに生きる古い農村の暮らしが見えるようになってきた。

主人公の父親はあまり働かず飲んで歌って毎日を過ごす男で、やはりこんな男はどの世界にもいるもんだ。その反動で主人公は克己心あふれた強気ひとすじの男性主義者で、優しい態度やこころの弱い部分を全否定して闘争的に生きていく。早晩悲劇を迎える偏った人格で、なかなかつらいものがある。

物語の最後の方でようやくイギリス人宣教師を先頭にした植民地化政策に古い村が壊されていくが、それまでは冠婚葬祭や争いごとや裁判やさまざまな精霊と迷信が支配する伝統的な村の暮らしが描かれていく。万物に神が宿る世界。最後になっていよいよ世界史が動き出す。

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