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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「科学と宗教と死」加賀乙彦 著
(集英社新書)

人生最終コーナーを回って自身の死について考えないものはいない。思わぬ形で突然死んでしまうことは、身の回りを見てもざらにあることである。
著者は少年時に戦争を体験し、東京拘置所医務技官として死刑囚にも接し、長年のキリスト教研究の上で洗礼も受けている。死についての言葉にはさすがに重みがあるが、ここでは読みやすくサラリと書かれている。原爆や原発、仏教とキリスト教に関する話題も、そう目新しいことが書かれているわけではない。その点やや不満は残るが、真実というものは言葉にすると平易であり、多くの人によって語られてきたように感じるのだろう。

やはり直接の体験記が胸を打つ。奥さんを突然のくも膜下出血により亡くすくだりはさすがに切迫感がある。つらい話だが老父婦にはまったく他人事ではない。自分のまわりでもこういうことはあるが、子供がいるといないでは残された人生の感覚が違うかもしれない。さてどうなるやら…。

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読書
「お気に召すまま」シェイクスピア 作
(新潮文庫)

福田恒存訳の新潮文庫のシリーズが楽しいので少しづつ読んでいる。まもなく悲劇へと重心を移すシェイクスピアの最後から2番目の喜劇。もちろんコメディではないがややドタバタとした印象を受ける。

登場人物のほぼ全員が城下を捨ててアーバンの森で隠れ住むという設定。
城を追放された公爵や追放したその弟。また、亡き父親の家督を独り占めにしようとする長男と家を追われる善人の三男。これらの対立が物語の太い柱となっていくのかと思いきや、その進展はほとんどなくそれどころか後半いとも簡単に悪人は改心してしまう。このあたりの話の比重の置き方が変だ。もっともこれは恋の話であり悲劇ではないのだからこれでいいのかもしれない。ヒロインのロザリンドが男性に変装することによって、いくつもの恋が試されたりする仕掛けだが、それがそんなに面白いか?という気はする。しかし退屈はしない。

解説によるとこの作品も下敷きとなる種本はあったということだが、シェイクスピアオリジナルの登場人物が皮肉屋の道化師や悲観主義者の騎士だったり、やはり感情の高ぶっている事件の当事者だけでなく、ちょっと冷めた第三者は欠かせない。

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読書
「ヴァニナ・ヴァニニ」スタンダール 作
(岩波文庫)

文豪スタンダールの短編集。
表題作と巻末中編「ミーナ・ド・ヴァンゲル」は純粋な創作物語だが、その他の「チェンチ一族」「パリアノ公爵夫人」「サン・フランチェスコ-ア-リパ」は歴史上の実話に題をとったドキュメント小説である。スタンダールは16世紀にイタリアで起きた事件簿の古写本を入手しており、貴族社会で実際に起きたスキャンダラスな恋愛事件や殺人事件など、興味深いネタには事欠かないようだ。

たとえば「チェンチ一族」では先ずスタンダールなりのドン・ジュアン論。その発生がキリスト教以降の産物であることを説いてからおもむろに本編へ入るなど演出も心憎い。また「読者はこのように長い物語に倦かれただろうと思う」という終わり方も素敵だ。これらの歴史小説は歴史その儘に森鴎外が書いたと言われても、また誰か現代作家がよく調べて書いたと言われても、つい本気にしてしまうほどの古さびたところのないキレのある出来栄え。

それは純粋な創作短編のほうにも言えることで、話はサクサクと進んで快感がある。「ミーナ・ド・ヴァンゲル」の主人公ミーナは男気のある、こせこせした女性社交界の集いには馴染まない、ストレートに自分の意思を通す女性で、こういう強い女性がよく書けているなと思う。それだけに恋の話と言ってもただごとではないドラマティックなおもしろさだった。

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読書
「語るボルヘス」J・L・ボルヘス 著
(岩波文庫)

ボルヘスについては、その虚構の文献を作るような作風がどうも馴染めずもどかしさを感じていた。語っているボルヘス本人が透けて見えて、ロマンあふれる世界へ連れて行ってくれないのだ。
その点でこの講演記録はまさにボルヘスが語っているので、違和感なく楽しむことができた。取り上げられている5つのテーマはどれもわかりやすく、とっぴな解釈もなくて凡人でも楽しめる。

「書物」:古代では書物は崇拝されておらず、口頭に比べて死んだ言葉という扱いだった。これは目ウロコ。モンテーニュは書物は喜びを得るものと捉えていて、難解晦渋なものは投げ出すことにしている。これは自分も大いに同意。
「不死性」:「われわれ一人は、何らかの形でこれまで死んでいったすべての人間なのです」ボルヘスの信じている不死とは個人のそれではなく。宇宙的な広がりを持つ広大無辺のもの。死んでからもボルヘスであることは勘弁してくれという。
「エマヌエル・スヴェーデンボリ」:他界を自由に往き来したスヴェーデンボリ。彼の記録は幻想に侵されて正気を失ったようなものではなく、至極冷静に記録された旅行記のようなもの。あくまで知的営みであるところが面白い。
「探偵小説」:ポーは自身はアル中で神経症だが、書かれた怪奇幻想の世界は全く知性の産物であり迷妄状態が反映されたものではない。これは自分も常々思っていたところ。よって探偵小説とも自然なつながりがある。
「時間」:過去・現在・未来。時間を川の流れに例える伝統的な考え方。そして永遠の繁栄としての時間。時系列はひとつではないかもしれない…。結論はないけどいろいろと思いは巡る。

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読書
「かくれんぼ・毒の園」ソログープ 作
(岩波文庫)

ソログープは19世紀末から20世紀初頭において花開いたロシア象徴主義の前期を代表する作家。神秘的・幻想的な作風だが、この短編集は子供が主となる作品が多くファンタジーのような風味がある。しかしペシミスティックな世界観のせいか冷たいお伽噺といった感触である。どの子供も悲しい運命を背負って生き死にする。

個人的には子供の話が苦手なので、子供が登場しない「毒の園」と戯曲「死の勝利」がよかった。
毒の園」:毒のある植物で育てられた息から毒を吐く女の悲劇。この設定はなんとなく既視感があるが、この作品が嚆矢なのかわからない。
「死の勝利」:魔女のたくらみにより、王妃と魔女がまんまと入れ替わってしまうが、よく考えたら変装はあっても、さしたる魔法を使っているわけでもない。正体がばれて刑死してから蘇って執念深くも王を誘うところはなるほど魔女である。ただし彼女はほんとうに王様を愛してしまったというこれも悲劇である。このように典型的な設定としての古き王室限定の舞台は、読むほうもあまりリアリズムを気にせず記号的に楽しめて便利だ。ただし作中、アウトモビル(自動車)とか、暗いから電気をつけるとかちょっとしたおフザケあり。

この文庫本は1937年の岩波文庫初版に1952年の創元文庫版を付け加えたもので、なるほどちょっと古風な訳文があるが、これも楽しみであります。

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読書
「イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話」
ゴーゴリ 作
(岩波文庫)

19世紀前半、ロシア地方都市の小地主やお役所の毎日はまことに呑気なものである。ここに登場する二人の仲良き小地主がふとしたことから諍いを起こし、長年にわたって決裂する。両者の訴訟騒ぎの間で翻弄される裁判官や警察官ののんびりした仕事ぶりや、二人を仲直りさせようとする住人たちの画策などを描いたユーモア小説。訴状を咥えて遁走する豚も登場。

悪人はひとりも出てこない。おかしなくらい譲り合ってようやくお茶を一杯いただいたり、履くと必ず犬に噛まれるズボンなど、愉快な小ネタをたくさん交えながら話は進行。それでいて地方都市のリアリズムはしっかり手放さないので、現代の我々が読んでも十分に楽しめる。ユーモア小説なので、なんとなく最後はあっと驚かせて仲直りというオチかと予想していたら、さすがにゴーゴリ、社会派写実小説の巨人だけあって、なんともやるせない寂しい現実が待っていた。

とは言っても自分は「ヴィー」などの怪奇短編の方が好きだが、怪奇とコメディは隣り合ったものだからな。この文庫の1刷り目は1928年である。

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読書
「破れた繭」耳の物語1 開高健 作
(岩波文庫)

開高健の自伝小説前編。幼い頃から戦中・戦後の貧困生活、学生の身でありながら結婚するまでを語る。

私にとって開高健はあまり親しんでいる作家ではなく、「日本三文オペラ」のように面白いものもあるが途中で投げ出したものもある。描かれていることの多くがもっぱらの現実で、逃れられない現実がこれでもかと連続する印象だ。私のように自身と現実の間に多くの妄想が挟まっている人間にとってこれはつらい。たいていの青春体験小説を読んでも「ああそうなの」くらいの感想しか持てないのがふつうだ。ところがこの作品は何気なくふと読んでみた数行で脳内にじんわりと快感が走り、連続する言葉の魅力に掴まった。

基本的に開高はあらゆる現実に対応出来る気力・体力の持ち主で、困窮する中でも好奇心旺盛に学校の勉強もするし、さまざまなバイトも次々と経験する。へなちょこなところがない。妄想では生きていけない戦後の現実があるとはいえ、体験型のタフな作風というタイプを感じる。
とは言ってもこの自伝小説がほんとうに面白くなるのは、フランス語の私塾のようなところで谷沢永一と出会うころからであって、その後の谷沢主催の同人誌の集まりで向井敏や牧羊子が登場するといよいよ加速。牧羊子の計略?により妊娠・結婚へとなだれ込むあたりは爆笑級の面白さ。自分は大阪出身で土地勘もあるので楽しく読めた。そういえばサントリー文化というものがあったなと思い出したが、後編で触れられるかもしれない。

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読書
「ポンス・ピラト」ほか R・カイヨワ 作
(景文館書店)


ローマ皇帝支配下ユダヤ人地区の総督ポンス・ピラトは、イエス・キリスト逮捕の報告を受けて悩む。はたして簡単に無実のイエスを処刑してしまっていいものだろうか。イエスが刑死されずに生き延びた場合、今日に続くキリスト教は生まれなかったかもしれない。歴史のもしを再現する小説。

ピラトは官吏としては平凡な男で、文人であり、優柔不断ではあるがまっとうな正義感を持っている。ただ、事なかれ主義者としても今回の件は判断がむずかしい。

ひとつはメネニウスの進言。囚人のうち一人が恩赦を受ける祭日にあたり、民衆はイエス以外のほうを選んだ。よってやむなくイエスを処刑するというもの。責任を免れるとともに、一般受刑者と同時に処刑を行いイエスの聖性を除去する。手を洗う儀式も行って穢れも除去。いかにも政治的な方法。

また預言者マルドゥクは未来を知っていてイエスの処刑を示唆する。処刑によりローマの権力を超えてはるかに強力な教えが誕生すること。これはやむをえない未来。十字軍の運命やそれを描いたドラクロアやボードレールの文章まで予言するからおもしろい。

そしてユダ。ピラトに言いよる裏切り者のユダは、じつはキリスト教の誕生を画策する男であって、イエスが十字架に架けられて殉教することによって初めて神の子・救い主となる。無実の罪で犠牲となることで、人間の贖いが成立する。ユダとピラトの汚名によって人間は救われると、ピラトに処刑を求める。このユダの真意には驚いた。他にもユダをこう描いた作品はあったかもしれないが自分にとっては新鮮だった。

訳文なのでほんとうのところはなんとも言えないが、文章のリズムが良くて思わず読み進んでしまう。カイヨワが小説を書く人とは知らなかった。表題作ほか短編。

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読書
「モロイ」サミュエル・ベケット 作
集英社

ベケットをして不条理文学と紹介されるのはけっして間違いではないのだが、カフカやカミュのそれとは著しく違った感触がある。不条理と言われた場合、素直に考えればわれわれが置かれているこの世界の道理のなさ、運命の気ままさに翻弄される様を思うが、ベケットの場合この世界自体は穏やかである。反対に主人公本人がまったく非合理で無計画で、なにをやっているのか何故そんなことをするのか皆目説明がつかない。大概は足が不自由でそのハンディは仕方がないにしても、お金もなく、思考も緩慢、欲もなく希望も絶望もない。かと言って悟っているわけでもない。常に不潔でのろのろとしていて、現代資本主義世界では生産性のなさを非難されてしまいそうだが、本人は楽しげである。
通常の意味での人間存在のあり方が無化されている。しかし虚無主義といったものとはちょっと違う。ただただナンセンスであり、精密に描かれたバカボンの親父のようなものだ。

さて第1部で主人公モロイの無軌道ぶりが描かれたあと、第2部に変わると意外にも主人公は刑事ジャック・モランに変わり、なにかしらモロイが事件になっているようだ。これはベケットにしては珍しい展開でわくわくとしたが、始まってみるとこのモランという男がモロイに勝るとも劣らぬ脱落者で、なんのことはないいつものベケットだった。家庭内では行動に脈絡のない小人物。だいたい捜査に行くのになぜ長男を連れて行く?遠くなのになぜ歩いていくのか?結局この男も生活者一般から落ちこぼれてしてしまう。最終的にはやはり足を患い、なぜか庭で暮らす困窮生活。併録の短編作品「追放された者」「終焉」の人物もみな同じだ。作中過去作の主人公(自分の読んだ中ではワットやマーフィ)の行く末が案じられているのが面白かった。

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読書
「魔法使いの弟子」ジョルジュ・バタイユ 著
(景文館書店)

たしかに激しい恋愛は人生において最も魅惑的な時間であり、偶然と運命に身を任せた、打算と計算を排除した本来的な喜びである。バタイユは次々と燃えるような恋愛をくり返した人だそうだが、たいがいの人はそうもいくまい。あっても一生に一度、わるくすれば一度も燃えるような恋愛を体験せずに生涯を終える人も多いと考える。そして人生の多くの時間は恋愛以外の、意図された生産に使われて終わるのも仕方のないことである。愛しあう二人が初期の燃え上がる心を、燠火のごとく静かに燃やし続けながら寄り添いあっていければ幸せであろう。

それにしてもこの原理を一体性という手がかりを元に社会全体へと敷衍していくのはどうだろうか。確かに原始共同体の宗教的な儀式における一体感と恍惚といったものはそれだろうが、硬直沈滞した社会が見失っていたものを突きつける意味はあるのかもしれない。

いずれにせよ人生は生きがいなどであがなえるものではないのは確かだ。

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