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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「第四の手」(上・下)
ジョン・アーヴィング 作
(新潮文庫)

主人公パトリックはゴシップTV局のレポーター。サーカス取材中にライオンに左手を食いちぎられ、その様子が全米に生中継されてしまう。屈指の技術を持つ変人外科医によって左手の移植手術を受けるが、移植された左手の元の持ち主の妻ドリスが、夫の左手を慕ってあらたに子供を作ろうとやってくる…。この設定で繰り広げられるコメディかなと思っていると、左手は再び切り離されて物語の前半が終わってしまう。

後半はプレイボーイの主人公の本気の愛と、迷いながらも少しずつ愛を受け入れようとする未亡人の心の動きを丁寧に描いて、最終的には心暖まる大人の恋愛物語だった。日本での取材シーンもあって面白かった。

しかし前半の奇矯な設定は後半になると何処へやら。あれだけ量を割いた外科医の人生も出てこない。未亡人ドリスも夫との思い出と子供への愛に生きる誠実な女性として描かれているが、そもそも移植された左手を亡き夫そのものと見なして、パトリックとの間に子供を作ろうとすることが異常な行動だ。せっかくの移植された手というおもしろそうな設定を途中で捨てて、純粋なるラブロマンスに収斂していくが、やはりほんとうは愛が書きたかったのだろうか。

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読書
「生きている兵隊」石川達三 作
(中公文庫)

自分が青少年のころ書店には必ず並んでいた石川達三の文庫本。それもすっかり見なくなって、もう忘れられた作家になってしまったのかもしれない。そんな思いを持って初めて読んだが、見事な社会文学の傑作だった。

戦記文学はいろいろと読んだが、私小説ではないにせよ梅崎春生にしろ島尾敏雄にしろ自身の体験をもとに主人公が内心を語る形で描かれているものが多い印象だ。それらももちろん面白いが、この作品はそれとは違っていて第三者的な目線で登場人物たちの動向を追い、当時の軍隊自体を客観的に明らかにする書き方。文庫本惹句にはルポルタージュ文学とあるが、そうではなく取材を元にしっかり創作された作品である。

物語は日中戦争時、上海から南京へ向けて作戦を遂行していくある部隊の激戦と戦闘時以外で繰り返される殺戮・強奪・強姦などがあからさまに描かれる。相手をゴミ屑・虫けらのごとく扱っているうちに、自分たちも同じゴミ屑・虫けらと思うようになり、人間として尊重されることを見失っていくさま。そんな葛藤に野鄙で野蛮な精神を学ぶことにより蓋をして、一人前の軍人として仕上がっていくさま。そしていったん戦争の空白が生まれるといきなりまた精神のバランスを失ってしまう。そんな戦時における人間をていねいに描く。

驚いたのはこれが書かれたのが、昭和十三年(1938年)の日本が軍国主義一色に染まっていく最中であったことだ。発表即発売禁止にされたが。この文庫本では発行当時伏字にされていた部分がわかるようになっている。

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読書
「ロミオとジュリエット」
シェイクスピア 作
(新潮文庫)

福田恆存の訳で新潮文庫のシリーズを読んできたが、今回は中野好夫訳だった。これまた古風な味わいがあるが、古き昭和の東京下町言葉の面影を感じる。

もともとセリフが大げさなのは仕方がないが、ほとんど無駄口と思われるほど冗談や駄洒落・下ネタが多く、壮絶な悲劇として抱いていた印象とまるで違う。これは登場人物マキューシオの冗談好きの減らず口という性格設定のためもあるが、こんなにジョークが必要だろうか。
解説でわかったのだが、シェイクスピアの時代の舞台には背景の書割といったものがなく、情景描写はひたすら登場人物のセリフによってなされるという事情があるのも、セリフが長大な所以らしい。

恋にトチ狂った若者の導き役として登場する僧ロレンスが物語を落ち着かせる役割をしていて、話がまとまっていく気がする。まともな大人はこの人くらいで、モンタギュー、キャピュレット両家の両親は明らかに頑迷な人物だがこれは役どころだから仕方がない。ジュリエットの乳母は味方なのか敵なのか、ころころ態度を変えるまことに人間味あふれるキャラクターだった。

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読書
「タテ社会の人間関係」中根千枝 著
(講談社現代新書)

刊行から50年のベストセラー。実はこの本は母親のお気に入りで、ずっと実家の棚にあったのだが、今回初めて買って読んだ。

きわめて理路整然とわかりやすく日本社会の基礎構造を解き明かして納得の行く内容。「職種よりも会社名」「嫁の立場そっくりの従業員」「ヨソ者意識が生む非社交性」「序列意識には能力主義もたじたじ」「もともと契約精神が不在」「論理よりも感情が優先」などなど…どれもこれも今までさんざん言われてきたことだが、思い当たることばかり。
近年では終身雇用制の崩壊、非正規ブラック労働の蔓延、少子高齢化による弊害など変化してきている面もあるが、基本的なものは変わっていないと思う。(たとえば日本型リーダーが下位の者の意見調整型のトップであるのはそうだろうが、失われた20年の間ではトップが老害化して技術革新や働き方改革の波に乗り遅れている)

ではなぜ日本のみが世界でも珍しいタテ社会になっているのかが、通読中の疑問であったが、巻末近くに社会の「単一性」があげられていて、やはりそうだなと思う。「圧倒的多数の同一民族によって占められ、基本的な文化を共有してきた」「本書は『日本人の特質』ではなく、あくまで『単一社会の理論』とよぶべきものである」。
そうであれば今後少しずつ多人種社会に近づいていくことによって200年後には日本も変わっているかもしれない。

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読書
「富士日記を読む」中央公論新社 編
(中公文庫)

武田百合子「富士日記」に関する感想・書評・帯文・解説などと、百合子・泰淳のエッセイを集めて構成した一冊。小川洋子、川上未映子、島尾敏雄ら作家や担当編集だった安原顯、村松友視の文章も。百合子・泰淳の山荘での写真が多数掲載されているので購入。

小川洋子の富士日記に寄せる文「宇宙のはじまりの渦を覘く」が秀逸で、これにつきるのではないだろうか。以下抜粋。
「普通、装飾をはぎ取り、物事の本質を見通そうとする時、抽象的なものに集約されがちだ。例えば、友情や人生や無常といった、誤魔化しのきく便利な言葉に。けれど百合子さんはそんな言葉に頼ったりしない。友情よりも、紫色の牛肉の方がずっと魅惑的だと、『富士日記』を読めば誰にでもすぐ分かる。」
「百合子さんの綴る言葉たちは、背負っている辞書の意味を一旦下ろし、日記の中でのびやかに振る舞う。意味を与えられる以前の、原始の姿を取り戻しているかのように思える。それらは頭で組み立てる意味よりももっと大事な、本当なら言葉にできないはずの響きをまとっている。」
「『富士日記』を読むことは、平凡な日常生活の中にともる光に導かれ、思いがけないはるかな旅をするのに等しい。自分の生きている世界はこんなにも豊かに奥深いのかと、今初めて知ったかのような驚きに心打たれる。」

ちなみにわたしは『富士日記』文庫本上巻の前半を読んだだけで、あとはいつでも読めるからと後回しにして「犬が星見た」「日日雑記」など他のエッセイを読んだきりという体たらくであります。

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読書
「呪われた詩人たち」
ポール・ヴェルレーヌ 著
(幻戯書房ルリユール叢書)

ランボー、マラルメ、コルビエールなど、ヴェルレーヌ自身を含む同時代の見捨てられた詩人たちの紹介。

ヴェルレーヌはこんなプロデューサー的な仕事する人だったんだと思ったが、どうやら時代に認められた詩人たちへのルサンチマンと、自身の失地回復のために立ち上げた企画だったらしい。どうりで詩人たちの紹介はやたらの絶賛と詩篇引用だけで終わっており、読んだからといって特別どうだという印象はない。本書は巻末に訳者による長文の解題が掲載されており、ここを読んでこそこのヴェルレーヌの仕事がなんであったか、当時のフランス出版界の様子がわかって楽しめる。確かにヴァルモールやリラダンまで入ってくると違和感は拭いえない。

妻子を捨ててランボーと同棲したり、暴れて母親をなぐったりと数々のスキャンダルで文壇から抹殺されていたヴェルレーヌだが、すべて本人の自業自得。ところがいかにも性格破綻者のようでありながら、その後教職に就いたり、丁寧な手紙でマラルメやリラダンに連絡を取って編集を進めたりと、社会性(社交性)はあるほうだったのは意外だ。やがて若手詩人たちにも認められ、「呪われた詩人たち」はヴェルレーヌ復活のきっかけとなった書として文学史にも連なるようになるのだから、なんでもやってみるもんだ。

ちなみに自分はリラダン愛好家で齋藤磯雄訳の全集も持っています。

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読書
「時間は存在しない」カルロ・ロヴェッリ 著
(NHK出版)

数式を使わず一般向けに書かれた科学エッセイなどはよく読んだが、これほど驚いた本はない。まさに目からウロコの一冊。しかし素直に言って自分が理解できているとはとても思わない。

4光年離れた天体と今ここにいる自分との間で、同時とか現在とかいうものが成立しないことはなんとなく気づいていたが、同時に流れる時間というのはある範囲内で成り立つものらしい。運動している物体と静止している物体で流れる時間の早さが違うように、時間は個々の出来事ごとにある。すべては様々な出来事の連なりであって、全宇宙の背後に流れるひとつの時間というものはないらしい。

われわれが把握できる世界が非常にぼんやりとした限界のあるもので、部分的にのみ世界と相互作用している状態であるから、その範囲ではたしかにエントロピーは増大していて時間変化を感じてしまうが、ミクロの状態から見ればなにも変わっていない。
例えば赤と黒に分かれたカードがシャッフル後に混ざってしまって、我々から見ればたしかにエントロピーは増大しているのだが、ミクロな粒子のレベルを見れば増大していない。おそらくこの理解は間違っているだろうが、カードの例えがそうだとしても、これがなぜ熱力学第二法則にまで敷衍できるのかわからない。ここで使われている「ぼやけ」という認識のあり方がいまひとつわからない。
量子論の世界に入ると数式が使われてなくてもイメージがつかめなくて、さすがにはっきりと理解するのは難しい。

変わって我々の内的な仕組みはすんなりと理解できる。世界はつねに今現在しかないが、我々には記憶というものがあり、その脳内に残る物事の痕跡と今現在の様子をくらべて、物事の経過を知ることができる。これが時間を感じる所以である。時間はわれわれの精神が作り出すものである。

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読書
「ドクター・マリゴールド」朗読小説傑作選
チャールズ・ディケンズ 作
(幻戯書房ルリユール叢書)

自作を朗読用に短く編集し、晩年に至るまで公開朗読公演を続けたディケンズ。朗読と言っても2時間以上一人でしゃべり続けるのだからたいへんだ。彼のようにもともと役者志望で人前に出るのが好きなタイプでないとやってられないだろう。

「クリスマス・キャロル」:メリハリがあって分かりやすい話なので、朗読にはぴったりの作品だ。
「デイヴィッド・コパフィールド」:夫思いのミコーバー夫人が才能ある夫をどうやって実業界で失地回復させるか、いろいろと策を挙げては自身で否定してゆくところが面白い。じつはすでに破産しているのだ。

「ドクター・マリゴールド」:妻と娘を伴った荷馬車生活をおくる叩き売り屋(雑貨の店頭販売のようなもの)の主人公。癇癪持ちの妻が娘を虐待するが、娘が病死してしまうとふさぎ込むようになり、ある日よその子供が母親に強く打たれている場面を目撃した後、川に身を投げて死んでしまう。この時代に虐待する親の心理にまで踏み込んで描写。また一人残された男の絶望的な孤独感にまでも及ぶなど、人間心理の把握が深く真実がある。
その後養女とした聾唖の娘に本をたくさん与え、聾唖学校へ入れて是非とも教養をつけさせようとするところも、生きていくために大切なものがなにか読者に伝えたかったのかもしれない。

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読書
「消えた国 追われた人々」ー東プロシアの旅
池内紀 著
(ちくま文庫)

2014/11/21の読書日記に書いたギュンター・グラス「蟹の横歩き」。東プロシアからの避難民を乗せた客船グストロフ号が、ソ連潜水艦の魚雷を受けて沈没する実話をもとにした小説だが、著者(池内)はこの作品を訳するに際し現地を見聞。ポーランド・ドイツ・ソビエト・リトアニアの間を揺れ動いた今は無き東プロシア。現代史に翻弄されたこの地を歩く。

当時の首都ケーニヒスベルクは現代のカリーニングラードで、このあたりがロシアの飛び地になっていることも知らなかった。ケーニヒスベルクといえば一筆書きの問題「ケーニヒスベルクの橋」が有名だがこの書では触れられていなかった。
カントの暮らした街であり、ホフマンの出身地。また旧東プロシアの街々をめぐるうちにトーマス・マン、ショパン、コペルニクスも登場するが、やはり紀行文なのであくまで旅の体験から離れることはなく、彼らに深く切り込むというよりは、思いを馳せるといった書き方になっている。

そのへんは少し物足りないのだが、自分が普段あまり旅行をしないし、紀行文を読むことはめったにないので、やはり他人事のような「ふ~ん、そうなの」といった感想をもってしまう。テレビを見ているような感覚だった。

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読書
「文豪の女遍歴」小谷野敦 著
(幻冬舎文庫)

文士の姦通に関する本を読んだので、続けてこちらも読んでみた。62名もの近・現代作家の醜聞を憶測も含めて紹介。下世話な趣味をあえて選んで編まれたデータベース的な一冊。

62名も登場するので、一作家あたり2~3ページのごく短い内容となり表面的な記述に終わってしまう作家もある。もう少し作家数を減らしてそのぶん作家論的な視野もあってもよかったような気がする。ただ覗き見趣味がけして良い印象ではないので、読後げんなりしてしまうかもしれない。

太宰治が実は片思いや道化役などしないプライドの高い男だったという見立てはなるほどと思った。また島尾敏雄「死の棘」に対する吉本隆明の評論を例にあげて、「解釈装置に当てはめないと文学を読めない文藝評論家の脆弱性」との批判は直球で正解だ。

ところでそもそも作者の道ならぬ男女関係が作品に書かれていること自体がなんだかつまらない。作品自体は良いものがあるにしても、実体験がなければ書けないとなるとそこが寂しい。たとえ短編でも自身の人生とは無関係に話や人物を作り上げる妄想過多な作品が好きだ。ただし読んでいる分には由来まではわからないが…。

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