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漫画家まどの一哉ブログ

   

旧約聖書「創世記」
(岩波文庫・関根正雄 訳)
旧約「モーセの6書」のうち、その巻頭を飾る天地創造とカナン(パレスチナ)を巡る族長の物語。

有名なアダムとイブやカインとアベル、バベルの塔などの逸話はごく簡単にさらりと描いてあるだけ。神(ヤハウェ)に選ばれし者ノアの箱舟のくだりがやや詳しく語られ、同じく神に選ばれしアブラハムが登場し、ソドムの滅亡へとストーリーが膨らんでゆく。いよいよ族長の物語が始まるのだ。

そうなるとイサク、ヤコブ、ヨハネと代を追ってゆくに従って人間臭い、権謀も術数もある物語となる。ヨセフなどはなかなか強かな人間だし、女たちも誰の子を産むか未来への計算もある。また一人エジプトで生き延びたヨハネの涙など、感情に訴える演劇的な演出もあって読み物としておもしろい。

それにしてもやはりキリスト教の神(ヤハウェ)とは恐ろしいものだ。常に人間を見張り時には厳罰を与えるが、それは地域ごと全生物抹殺という容赦のないもの。同じ宗教と言っても仏教の全ての人間を慈愛と安心で包む阿弥陀仏や、老荘の無の思想などとはまるで違う。神への絶対の愛が常に試されている厳しさ。そして神に選ばれていることは無批判に前提となっている。

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「初恋」
トゥルゲーネフ 作
(光文社古典新訳文庫・沼野恭子 訳)

少年が初めて恋に落ちた侯爵令嬢。思いを寄せる数人の男性が常に集まる中、彼女が選んだ意外な人物とは…。

16歳の少年にとって21歳の女性はかなり年上の大人に見えるかもしれない。実際彼女との間にほんとうの恋愛があったわけではなく、それだけならほのかな初恋話として微笑ましく終わったであろう。ところがおとなしい少年に対して彼女は男性陣を相手に臆するところのない元気で溌剌とした女性。加えてダンディな彼の父親、下品な彼女の母親などクセのある人物の登場で俄然劇的な物語となっている。

予想どおりトゥルゲーネフはドラマ作りの名手で、小説というジャンルを超えてこれぞ迫真のドラマだという読後感がある。話がおおいに動く。妙な言い方だが、エンターテイメントのツボをはずさない純文学といったところか。19世紀の西欧文学など皆そうかもしれないが、トゥルゲーネフの場合ストーリーを引っ張るキャラクターが自分の気に入るだけかもしれない。

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「種の起源(上)」
ダーウィン 著
(光文社古典新訳文庫・渡辺政隆 訳)

進化論を切り開いた科学史上に燦然と輝く画期的名著。

この著作は学術書ではなく、誰にでも読める一般書として刊行されたものなので、確かに読みやすかった。ダーウィンが実際に栽培・観察した具体例が膨大なもので、事実に基づいた説明は丁寧で淡々としたもの。その全ては根幹となる「自然淘汰説」へ収斂していくので静かな感動がある。

それでもダーウィンの解説は押しつけがまさがなく、反論への用心のためか、かなり遠慮深い語り口だ。疑問点は疑問点のまま正直におそらくこうだろうという書き方。遺伝子が発見されていない時代の考察なのがかえって面白かった気がする。多くの生物間で影響を及ぼしあって環境が維持され、自然淘汰が行われる仕組みがよく解る。(下巻は後日)

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「十二月の十日」
ジョージ・ソーンダース 作
(河出文庫・岸本佐知子 訳)

奇矯な設定と饒舌なる一人称で圧倒する、ディストピア感満載の現代アメリカ文学短編集。

以前「短くて恐ろしいフィルの時代」を読んだときにはここまで妙な設定にしなくてもいいのに。と思ったが、この作家は奇想を強引にまとめ上げてしまう力量がある。それは非常にくだけたリアルで猥雑な語り口にあるのかもしれない。

「スパイダーヘッドからの逃走」:感情を自在にコントロールできる様々な薬の実験台とされている人間たち。すでに体に薬がセットされていて、リモコンで投入されるのだからたまらない。極端な喜びも悲しみも一瞬の薬のせいであることを自身が露骨に認識している虚しさ。ディストピア小説の佳作。

「センプリカ・ガール日記」:家計は苦しくとも子どもたちにできるだけのことをしてやりたい。そんな思いの日々の浮き沈みがそのままの言葉で綴られ、うれし悲しき人生のありさまだ。ところがやがて登場する「センプリカ・ガール」という人間装飾が恐ろしいもので一気にディストピアだ。愕然とする。未来の人々に日記で残そうとしていたのはこんな恐ろしい世界であったとは。

上記2作で人間扱いされていない目に遭っているのは、いずれも不幸な境遇から犯罪者となってしまった人間で、これも悲劇だ。
訳者解説にもあったとおり、巻末表題作「十二月の十日」になるとやっと救いがあって、凍った湖に落ちた子供も助けようとした青年も無事でよかった。読んでいてほっとした。

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「悪い時」
ガブリエル・ガルシア・マルケス 作
(光文社古典新訳文庫・寺尾隆吉 訳)

誰が書いたか連続して現れる政治的ビラ。街を不安と緊張に陥れるビラをめぐって揺れ動く1940年代のコロンビアの姿。

中編小説の割には多くの人物が登場し、事件が起きそうな不穏な空気感ばかりが溢れるが、なにが起きようとしているのかはもう一つはっきりしない。茫漠とした印象だ。周辺をなぞるだけで踏み込みが甘いのかもしれない。この辺りは文庫解説にあるとおり、発表された当時でも欠点とされている。

もともと物語の時代のコロンビアは内戦が終わって仮初めの平和のもと、ややもすれば暴力が再び目を覚ましかねない一触即発の緊張状態。その中での謎の反体制ビラだから、突然誰かが撃ち殺されても不思議ではない。舞台となるのはそんな街だ。

町長(警部補)・神父・判事・成金・未亡人などが、朝起きた・飯食った・出かけた・酒飲んだなどをそれぞれ繰り返してウロウロする。それだけのことでも油断ならない。一癖も二癖もある人間たちの匂い立つような魅力が、おそらくマルケスならではの持ち味で、なにも事件が起きなくてもまんまと最後まで読まされてしまう。もう目が離せないのだ。

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「寛容論」
ヴォルテール 著
(光文社古典新訳文庫・斉藤悦則 訳)

カトリックからプロテスタントへの数々の不毛なる迫害。博識を駆使して理性と寛容を説く、ヴォルテールの現代へ連なる名著。

カトリック教徒からのあまりにひどいでっちあげで冤罪のまま刑死してしまったプロテスタントの父親ジャン・カラス。ヴォルテールがこの著作を書くきっかけとなった「カラス事件」だが、あっという間にデマが人を殺す、いつの世も変わらない悲惨な話だ。

ヴォルテールはさすがに膨大な知識をもってして、様々な国家で多様な宗教が平和に共存していたことや、過去にカトリック、プロテスタント両者が寛容な精神を持って併存していた例を列挙する。しかしかつて「ナントの勅令」がユグノー(プロテスタント)を救い平和と繁栄をもたらしていたにもかかわらず、暗愚な支配者(ルイ14世)が登場するとあっという間に差別的な旧体制へ戻ってしまう。人間とはいつの世もまことに情けない生物である。

ヴォルテールは世界中に多くの宗教がある中で、実はキリスト教が最も不寛容な宗教で、多くの異教徒を殺戮してきたのではないだろうかとの見解を示す。なるほどキリスト教がそれまでの素朴で民族的な宗教に比べてはるかに厳しい教えで、世界宗教たるべくの特徴を持つのであればそうならざるを得ないのかもしれない。現代でも原理主義に至って容易に世俗化されない一面を持つ。無宗教の私などから見れば恐ろしいものである。

ヴォルテールの近代的な理性に基づいた解釈は、キリスト教の数々の伝説を否定して科学的で常識的な対応を求める。この時代におけるオピニオンリーダーとしての活躍はさすがだ。また文章には文学者ならではの躍動する面白さがあり、内容とはおよそ無縁な現代日本人の私が読んでも興奮する出来栄えであります。

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「ニーベルンゲン」
ヘッベル 作
(岩波文庫・香田芳樹 訳)

中世ドイツ叙事詩を19世紀の劇作家ヘッベルが波乱万丈の戯曲に再構成。広大なスケールで繰り広げられる一大スペクタクル。

舞台は5世紀、ニーベルンゲン族の住むブルグント国。
第1部、第2部までは愛の物語でイーゼンラント(アイスランド)の女王ブリュンヒルトという屈強な女神が登場し、他に名剣バルムングを持つネーデルランドの不死身の王子ジークフリート、美貌の姫クリエムヒルト、凡庸な若き王グンターなど、この4人の間で恋焦がれる相手を我が者とする策略が進行する。しかしこれにはもちろん国家的政策的背景がある。ブリュンヒルトが女性でありながら人間離れした強さで、叙事詩といえども半分は神話のような趣がある。

ところが第3部になると恋の策略に敗れたブリュンヒルトは登場せず、美貌の姫クリエムヒルトは殺された夫ジークフリートの復讐に燃えるばかり。北欧の王や最強勢力フン族のアッチラ大王まで現れて、謀臣ハーゲン率いるニーベルンゲン族との戦いとなり、このスペクタクルが物語の最大の見どころとされている。
しかし戦争へと進んでいく過程でそれぞれの人物の心中に意外性はなく、死へ向かって悲劇が完結するばかり。物語としては納得できる組み立てではあるけれど、この大戦争の種をまくかたちの第2部までのほうが神話的で現実離れしていて面白かった。

すべて含めてドラマチックで感情豊か。いかにも劇場向けのエンターテイメントで大ヒットも頷ける作品だ。

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「マッカラーズ短篇集」
カーソン・マッカラーズ 
(ちくま文庫・ハーン小路恭子 編訳/西田実 訳)

少し変わった(クィア)クセのある人々の人生を躍動する筆致で描く。1900年代半ばのアメリカ文学。

文庫本で約半分を占める巻頭「悲しき酒場の唄」が圧倒的におもしろい。主人公アメリアは身長188cmの男気たっぷりの逞しき女性だが、あからさまに現在使われている意味でのクィアということをテーマにしているわけではない。たしかにいわゆる女性的な一面は全く無く、かといってレズビアンというわけでもない。極めて有能な酒場経営者だ。

もう一人背骨の曲がった小男ライマンが、これもちょっと珍しい人格で、肉体的には貧相ながらもアメリアの愛人となって酒場を支配し、全方位にアンテナを張り巡らしている。なぜ男性としてはヘナヘナの小男ライマンに逞しいアメリアが惚れるのかわからない。
そしてもう一人徹底したヤクザ者のマーヴィン・メイシーは、一時的にアメリアと結婚したものの肉体関係は許されずあっという間に追い出された経験を持つ。このワルのマーヴィン・メイシーに小男ライマンが夢中になってアメリアをほったらかしてついていくのがなぜなのか、これもさっぱりわからない。

一種のキャラクター小説のようなもので、これだけ奇妙な人物が揃えば(作者の腕によって)それだけで話は面白くなる。内面の解説や観念的な描写もなく、起きたことを次々と書き飛ばしてゆくのでワクワクとするまぎれもない傑作だ。
他に小品「騎手」なども、個性的な人物たちのほんの一瞬を切り取って投げ出した面白さ。巻末「そういうことなら」は少女の一人称で書かれているが、それ故の理屈抜き感がよかった。とにかく教養ある者が登場しない作品が面白い。

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「文学入門」
伊藤 整 著
(講談社文芸文庫)

日本近代文学を中心に海外文学まで含めて、移り変わる社会を背景に文学の変遷を解説。文学芸術の本質に迫る名著。

あくまで社会的視野を失わず、舞台となる社会の変化があってこその文学の発達であって、良い意味で教科書的といっても間違いない。
明治維新以降、近代化したといってもその実旧来の封建的秩序に縛られ、人間的自由を奪われたまま産業が発達するにつれてますます追い詰められていく。そんな生き難い人間をすくい取るように作品が生まれた。どうしても社会を捨てて破滅してゆかざるを得ない芸術至上主義や私小説の発達など。この解説が理路整然としてスルスルと脳に染み込んでくる。
尾形紅葉「金色夜叉」の有名な熱海のシーン。お宮を蹴り飛ばす貫一のセリフがいわゆる芝居口調ではなく、驚くほど真に迫った口語体で感激した。

バルザックやドストエフスキーなど王道を行く近代文学にも、作家が知識階級であるための限界があって、例えば人間のエゴイズムを書いても「オデュッセイア」や「新曲」「ファウスト」などの近代以前の作品の方が、人間の残酷な行為も遠慮なく書けているのではないか。というハックスレーの文芸論は目から鱗が落ちるような思い。その点日本の私小説は気取ることなく自身の恥をさらして成立しているという視点も新鮮だった。

志賀直哉「城の崎にて」を筆頭に島木健作「赤蛙」堀辰雄「風立ちぬ」梶井基次郎「ある崖上の感情」など死を前にした自分の見た、無を前提とした世界観が、西欧のキリスト教的世界観とは全く違ったものであるという解説もおもしろい。

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「19世紀ロシア奇譚集」
(光文社古典新訳文庫・高橋知之 編・訳)
怪異・幻想文学の知られざる佳作小品を9編収録。

アレクセイ・トルストイは以前「吸血鬼」を面白く読んで、この吸血鬼とは実は感染症のことではないか?と思った記憶がある。今回の作品はいささかふざけすぎている。ソロヴィヨフ「どこから?」、アンフィテアトロフ「乗り合わせた男」この2編の幽霊譚は短いながらもでゾッとするもの。レスコフ、ツルゲーネフはさすがに面白かった。

レスコフ「白鷲ー幻想的な物語」:県知事の職権濫用を調査に向かった平凡な役人イリイチ。現地でヒーロー的な人気の若手役人ペトロヴィーチの補佐を受ける。この若手が突然死してイリイチのせいにされるが、それが邪眼によって睨んだためとのこと。この邪眼という行為がどんなものか一切説明されない。そして幽霊譚となるのだ。レスコフ作品は話が派手でも語り口は落ち着いていて安心する。

ツルゲーネフ「クララ・ミーリチ 死後」:中編小説。読者の感情を掴んで放さない動的な文体の面白さ。ドラマティックで大いに興奮した。クララという女性が類を見ない人格であり、恐ろしいまでの情念で青年アラートフを見初め、あげく彼を非難して死んでしまう。何を考えているのかさっぱりわからない。ツルゲーネフの独創的な人物造形だろうか、読んでいるほうが魔法にかけられたようだ。この女性にかかっては(しかも霊体)初心な青年アラートフの悲劇は免れない。

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