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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「黄泥街」残雪 作


猛烈な陽射し、一転して長雨、強風。つねに蒸し蒸しとしたこの街に暮らす人々は大汗をかき、皮膚には疥癬をこしらえ、頭には虫が湧き、汚物は垂れ流し。ごみと腐臭の中にうごめく害虫・蜥蜴・蝙蝠たち。これらただひたすら不潔な世界で生きている人々の言動には理路がなく、会話はまったく成立しないまま続けられていく。

シュルレアリスムではしばしなそうだが、残雪はイメージ本位の作家で、絵画的な世界描写が延々と展開されてゆく。ストーリーの進展というものはほとんどなく、章立てられているもののさほど違いがあるわけではない。ストーリーの進展がないばかりか、会話というものが成り立っておらず、人物は各自勝手なことをしゃべっているだけで、この事態のままこの小説を読み通すのは一般的にはかなり苦行であるが、引き込まれてしまえば抜け出すことはできない仕組みになっているのだろう。
初めから終わりまで悪夢の中にいるようで、つねに息苦しい残雪作品のなかで、処女作とも言えるこの作品はまだかろうじて息はできる。少しスキがある感じだ。このスタイルを見つけた最初の作品だからかもしれない。

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読書
「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」
森達也 著


生粋の文系を自認する筆者が、主に生物学者を中心に最先端の科学者に生命の根源的な謎を問いかけたインタビュー集。福岡伸一・池谷裕二・竹内薫などおなじみの顔ぶれも。ビッグバンから始まった宇宙において、偶然であるにしてもあまりにも不思議な人間の誕生、そして自分の死。人間原理に陥ることをできるだけ回避しながらも、最新の分子生物学・脳科学・理論物理学は素人の疑問にどう応えるのか。

いくら文系の人間だからといっても、科学者に質問するのにあまり馬鹿なことは聞けず、あるていど勉強していなければならない。私など興味本位につまみ食いするだけで系統立て学習することができない人間からすると、森達也はさすがにたいへんよく勉強している。それでも全体を通して得られる感触はすごく納得出来る雰囲気で、ああやはり文系から探る理系の著作はこの範囲なんだなと思う。ここから先は各分野を専門的に研究していかなければならず、我々は周辺でうろうろするしかない。それでも少しは蒙は開かれた。

近ごろは遺伝子主体の話ばかり聞いていて、団まりなの階層生物学の話はやっと細胞本位の話がきけて快感だった。藤井直敬の社会的脳科学、身体性を超えて外部との相互作用によって意識が生まれてくることも新鮮だった。
福岡伸一や池谷裕二は相変わらずのおもしろさ。

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読書
「ナジャ」
アンドレ・ブルトン
 作

シュルレアリスム運動の渦中にあるブルトンが、魅力的で不思議な女性ナジャと過ごした忘れられない数日を語るドキュメント。
この作品自体は実話であってシュルレアリスムの名作というわけではないが、当時のブルトンや仲間たちの生活がわかって面白く読めた。ブルトンが真面目で誠実な人間であることが文章自体からも伝わって来る。美は痙攣的なもの。ナジャがしだいに正気と狂気の間を行き来するのが、まさにブルトンの理想とするシュルレアリスムの体現であるわけで、それだけに惹かれもすれ切るに切れない凄絶な体験となったのだろうか。その意味ではやはりこれはシュルレアリスムの名作なのかもしれない。

書かれてから35年も経って自身高齢でありながら、すでに親しまれている作品に綿密詳細な改定を施すとは、いかにこの作品がブルトンにとって重要か、ナジャとの体験が貴重か、わかろうというものだ。

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読書
「散文詩」ツルゲーネフ 作


「老いたる言葉」というタイトルで死の前年まで書かれたものが、改題してまとめられた晩年の小品。

ごく短いものばかりで必ずしも全てが詩文というわけでもないが、エッセイ・小話も含んで味わい豊かな作品集。みずみずしい情景描写で子供でもわかるように可愛らしいが、世の中に対する風刺や警句もあって大人を納得させる。

やはり病を得て過ごす老境というものか、全体にペシミスティックな悲しい色調がただよう。病を得て寂しい境遇のまま後は死んでいくだけ、人生とはなんと儚いものだろうか…。いくつもの長編名作を書き上げたツルゲーネフだが、個人的には幸福・円満といった人生でもなかったようで、死を前にした人間がどうしても抱く恐れ・虚しさ・孤独といったものがひたひたと流れて心に沁みこんでくる。それが落ち着いた調子となって馴染みやすい。
身辺雑記ではなくれっきとした創作で、さすがにうまい。

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読書
「誰のために法は生まれた」
木庭顕 著


近年よく見かけるようになった、中高生たちと質疑応答をくりかえして専門分野のテーマを解き明かして行く企画。「近松物語」「自転車泥棒」など映画名作、ローマ喜劇・ギリシャ悲劇の脚本、そして現代日本の判例を素材に先生(著者)が投げかける質問に生徒たちが答えながら各章が進む。けっして子ども向けではないし、子どもでも理解出来るかたちで大人の認識をより深く新たにして行く好著。

例えば映画「自転車泥棒」を見て泥棒はなぜ悪いことかを考えるときに、それを倫理の問題として突き詰めるのではなく、あくまで個人の権利(占有)が集団や組織によって脅かされるという現実に沿って考えていく。これがこの授業で法を理解して行く方法である。
この占有というのがキー概念で、単に自分のものとしている以上に物との関わり方の質が重要視されていて、日常生きる上で正当に親和的に大切にされて個人に馴染んでいる、そういった関わり方をしているほうを大切にしていない(例えば暴力的に扱っている)ほうより優位とみなす考え方だ。これがデモクラシーの基本となるべき考え方で、占有している個人はしばしば国家や利害関係のある組織・集団によって脅かされる危険にある。だからこの占有を守って行くために、集団から個人を守るために法は考えられなければならない。

このように抽象的ではなく古く紀元前のギリシャ時代から人間社会が経験してきたことを思考の中心に置くのが法について学ぶことである。なかなかこの占有ということを思い知るのには時間がかかる。一冊読んだだけでは茫漠としたままだった。

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読書
「五足の靴」五人づれ 著


明治40年(1907)、与謝野寛(鉄幹)・平野萬里・北原白秋・吉井勇・太田正雄(木下杢太郎)の5人が連れ立って、北九州・長崎・熊本を旅した連載紀行文。誰とは名乗らず「五人づれ」の筆名で交代に書いたもの。

旅行記をそんなに読む方ではないがこれは面白かった。それは参加者が鉄幹以外まだ若く元気が漲っているからだろう。大人の紀行文にありがちな落ち着きがない。なにせ学生服で歩き回っているらしく、甲板波洗う船に揺られ、日も暮れた山中で迷い、三池炭鉱のエレベーターに乗って坑道を見学。風流というより冒険譚じみた雰囲気がある。それでもさすがに情景描写は詩情溢れる美しさで味わい深く、ところどころに挟まれる詩作品もたのしい。また5人で交代に書いているので、気付かないなりにも文章に変化があって飽きさせないのだろう。

阿蘇山の噴火口を覗き見るも、当初興奮していたがすぐ慣れてしまって、現代人(明治人)の昔の人々に比べて自然に対する崇高の念の失われていることに気付くところがよかった。

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読書
「日常的隣人」吉田知子選集Ⅱ

「日常的母娘」「日常的夫婦」「日常的親友」など「日常的~」というタイトルでさまざまな人間関係を描いた短編連作集。

自分の中では、吉田知子は土着的なシュルレアリスムの作家という認識なのだが、そんな幻想性を離れてこれだけ現実世界をアイロニカルに書ける作家だとは思わなかった。世俗に強いところがあるからこそ「お供え」のように現実を揺さぶる不思議な話が書けるのかもしれない。もちろんこの連作の現実世界だってどこか奇妙なことはこっそり忍び込まれていて、突然日本語がヘネヘネ語に変わってしまったり、病気になりたがる人だらけで500メートルごとに救急病院があったりする。夫婦・母娘・親戚など世の中のめんどくさい人間関係を嫌味たっぷりに弄んでくれて痛快な猛毒小説といった印象。

これらは野生時代に連作されていたもので通俗的な読み物なのかもしれないが、充分味わいがあるし、巻末の純文学「人蕈」との違いはそんなには感じなかった。

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読書
「犬」中勘助 作

「銀の匙」からは想像もできないグロテスクな幻想譚。修行僧は山にこもって苦行に挑んでいるが、全身毒虫や蚊に食われて始終ボリボリとかいている汚らしいイメージである。それもそのはずこの男は厳しい修行の果てにおのれの肉欲に負けてしまって、少女をむりやり自分の妻として軟禁してしまうのである。しかも二人は法力によって犬の姿に変身しているのだ。
かわいそうな村の少女だが、村に攻め込んできた回教徒軍団の若い兵士にうっかり子供を孕まされられても、その精悍な青年に惚れてしまうという屈辱的なやくどころ。


この修行僧が己の性欲のため娘を強奪してまるで省みることなく、ただただ利己的な詭弁や言い訳と暴力に終始するだけで、ほんとうに不愉快な男だ。少女も脱走を試みるも失敗し、修行僧との間に生まれてしまった子供にはどうしても母性が働いてしまう。
というわけで内容的には人間社会にざらにある監禁事件で、犬の姿でなければルポ小説のようなものだ。中勘助は幻想文学の形を借りて犯罪小説が書きたかったのかな?ゾンビも出てくるよ。

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読書
「太宰治」井伏鱒二 著


井伏がさまざまなところで書いた太宰の思い出やエピソードを一冊に集めたもの。
井伏鱒二や太宰治はどれを読んでもおもしろいが、作者のふだんの暮らしぶりまではそれほど興味はない。ましてや太宰のように薬物中毒になったり、居候たちにほしいままにされたり、家出したり、自殺未遂したりいろいろ問題のある生活だと「知らんがな」という気持ちになってしまう。
ところがさすがに井伏鱒二の筆が達者で、他人の家族や親戚のだれがどうしたこうしたまで、あれよあれよと言う間に読まされてしまう。そうやって書かれた太宰とのエピソードだが、いろんなところで書かれたといってもたいがいは同じ話のくりかえしで、やはり有名作家の奇妙な日常と言っても、一般読者に語るとなるとそういくつもネタがあるわけでもなさそうだ。

それにしても太宰は、入院させよう、引越しさせよう、結婚させようと、まわりのみんなに常に手を焼かせていたが、だれもそれを嫌がったり迷惑がったりしないしない、一種聖なる人格とも言える不思議な人間だ。

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読書
「太宰治」井伏鱒二 著


井伏がさまざまなところで書いた太宰の思い出やエピソードを一冊に集めたもの。
井伏鱒二や太宰治はどれを読んでもおもしろいが、作者のふだんの暮らしぶりまではそれほど興味はない。ましてや太宰のように薬物中毒になったり、居候たちにほしいままにされたり、家出したり、自殺未遂したりいろいろ問題のある生活だと「知らんがな」という気持ちになってしまう。
ところがさすがに井伏鱒二の筆が達者で、他人の家族や親戚のだれがどうしたこうしたまで、あれよあれよと言う間に読まされてしまう。そうやって書かれた太宰とのエピソードだが、いろんなところで書かれたといってもたいがいは同じ話のくりかえしで、やはり有名作家の奇妙な日常と言っても、一般読者に語るとなるとそういくつもネタがあるわけでもなさそうだ。

それにしても太宰は、入院させよう、引越しさせよう、結婚させようと、まわりのみんなに常に手を焼かせていたが、だれもそれを嫌がったり迷惑がったりしないしない、一種聖なる人格とも言える不思議な人間だ。

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