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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「地獄変相奏鳴曲」大西巨人 作

第一楽章から第三楽章まではずいぶん前に書かれたものである。戦後日本人民党の細胞として、鏡山県の一地方で部落差別問題や再軍備反対の学園闘争に地道かつ誠実に取り組む主人公の姿を描く。しごく真面目でまっとうな内容であり、たとえば党中央と末端の細胞との齟齬や矛盾を取り上げるようなところはない。

第四楽章は近年(1988年)書かれたもので、作者をモデルとする夫婦が故郷鏡山県まで死ぬために出かける道行きの物語である。家を出てバスや電車を乗り継いで東京駅から新幹線に乗り組むまでの時刻表から進行状況まで綿密に書かれ、また列車が目的地に到着するまでに主人公が読書したり思い出したりした文献の内容が次々と紹介される。これが日本古典から漱石やジンメルまで多岐にわたり、めまぐるしく脳が刺激されて楽しい。

大西巨人の必要以上に堅苦しく精密で粘着質の文章は、美しい文体などとは無縁の実に奇天烈なもので、小説としてはルール違反であり邪道ではないかと思うが、大げさななりふりの割に大変わかりやすく楽しいので、やはりこれは小説なのだなあと思う。以上素人意見。

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読書
「夜と霧の隅で」北杜夫 作

「夜と霧の隅で」:第二次大戦下、敗北間近のナチスドイツ。回復不能な患者たちをガス室へ送り込む政策に翻弄される精神病院が舞台。少しでも抵抗しようと無謀な回復治療に走る医師やユダヤ女性を妻に持つ日本人患者の悲劇。
実に恐ろしい世界。味わいはあまりない文章だが、かえって冷酷な恐怖が身に迫る。唯一の日本人患者が次第に精神が混乱していき、妄想と現実の間を段階的に行きつ戻りつしているのがリアルでやりきれない。

「霊媒のいる町」:とある町で行われる心霊実験に参加できることになった二人の研究者。実験は納得できない奇妙なもの。その後先に町をうろうろして無為な時間を過ごす。
この短編集の中ではこれが一番面白かった。心霊実験にもこの町にもさして積極的な興味を示すわけでもない二人の男の、ややアンニュイな会話が絶妙。実験自体のシーンは少なく、そのシーンを挟んで町をふらついたり開店前の酒場で無理やり酒を飲んだりする、どうでも良さが心地よい。

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読書
「貧乏サヴァラン」森茉莉 著

食べることと料理が大好きな森茉莉の食に関するエッセイ。
久しぶりに森茉莉を読んだが、やはりハズレのない面白さ。ごくふつうの食材も絢爛豪華なご馳走に思えてしまう饒舌な文体。これがまたユーモラスで間違ってもグルメを気取ったところへ行かないのが楽しい。基本的に貧乏なのが理由だろうけど、貧乏な中でもこだわるだけこだわって食通を貫き通すのだ。愉快愉快。

すごく平たく言えば、本当にあった愉快な話のようなギャグエッセイのスタンスなのかもしれない。しかし文章が才気に溢れていて、とても読み捨てにできるようなものではなく、それでいてちっとも難しくない。これこそ絶品と呼ばれるべきものではありませんか。

夜は楽しくて眠れないけど、何が楽しいのか一向に不明と言ってるのがおかしい。

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読書
「サイコパス」中野信子 著


興味本位で人を殺してみて何とも思わない学生の事件など、ああサイコパスかな…と思っていたので、興味本位で購入。
「殺人や詐欺を犯して平然としている。人の悲しみや苦しみに対する共感性がない。平気で嘘をついて、それがバレても何とも思わない。言うことが平気でコロコロ変わる。外交的で派手で魅力的で人をたらしこむ。」こういう典型的なサイコパスに出会ったことはないが、嘘つきなら誰でも何人か体験しているかもしれない。

著者は脳科学者。扁桃体の活動が低い・扁桃体と前頭前皮質の結びつきが弱いなど、脳科学の発達によりサイコパスの原因の一端が見えてきた。もちろん環境その他社会的要因もある。それより自分が若い頃に比べて精神分析や心理学の位置が低下し、脳科学に席を譲っている実感が、やっぱりそうなんかなあと再確認できる。

人類の歴史の中で常に数パーセントの割合で残ってきたサイコパス。その戦争や過酷な生存競争を戦い抜く役割がなんとも皮肉なものだ。

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読書
「シベリヤの旅」チェーホフ 作

サハリンへ旅を続けるチェーホフが途中経験したシベリヤ横断の記録。ただし旅程前半。もちろんシベリヤ鉄道敷設以前の馬車の旅で、全編ただただ悪路悪路の連続である。ちょっとやそっとの悪天候ならものともしない行軍だが、柔らかいベッドで休息が取れるわけでもないのだ。これが何日も続くのだから、文学者もタフなものだ。

その他この時期に書かれた短編が面白く、この地方の過酷な大自然と何もない暮らしぶり。たくましく生きていくと言えばそうだが、その実大いなる虚無が人々の心の奥底に流れているのではないか。何を望んでもかなうものはないので何も望まない。ただ黙々と生きて死ぬだけのことだ。あまりに自然が大きく手強く、虚無に支配されて生涯は終わってしまうのだから。

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読書
「大和路・信濃路」堀辰雄 作

以前「風立ちぬ」を読んで、そのあまりの美しさに世界文学だ!と思ったもので、このエッセイ集にも期待したが、やはり小説作品のような磨き抜かれた文体ではなく、普通の文章だった。普通というのもなんだが、作者の実体験がたちどころに伝わる文章だった。芥川龍之介や室生犀星に私淑するところを読むと、作者の世代的ポジションがわかって面白い。いずれも好きな作家の周辺なので、好みというものかもしれない。

軽井沢をうろうろ、大和路をうろうろ、信濃路をうろうろとするが、これもいたって普通の観察日記であるが、読んでいるこちら側に知識がない。もちろん構想中の作品について並行してぼんやりと考えている。また更級日記・伊勢物語など古典に親しみながら、これも構想中の作品について考えている。創作の秘密公開のような内容である。そして読んでいるこちら側に古典の知識がないのである。

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読書
「ことばの食卓」武田百合子 作


1981から83年にかけて書かれたエッセイ。食べ物の思い出について書かれたものが中心だが、それ以外にいつもどおりサーカスやお花見などあちこち出かけた見聞記も楽しい。まずいオムレツ専門店の話が愉快。自分などは高度成長期以前の暮らしをうっすら覚えている世代だが、少し上の世代の作家の思い出など読むとよりよくわかる。生活の中の細かい品々は女性作家の方がよく記録していると思う。

巻頭の枇杷の話のみ亡くなった武田泰淳が登場するが哀切が漂う。
「向かい合って食べていた人は、見ることも聴くことも触ることもできない「物」となって消え失せ、私だけ残って食べ続けているのですが__納得がいかず、ふと、あたりを見回してしまう。」
さみしいねえ…。

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読書
「ジゴロとジゴレット」モーム 作


サマセット・モームの短編集。「月と六ペンス」の面白さから比べると、短編はやや物足りないのは、やはりうまくまとまりすぎているからであろう。愛を描き良心を描き、多彩な人生ドラマなのだが、どうしても心憎いばかりの展開・演出というものが目立ってしまって、生々しさに届かないのが不満だ。うまくなくていいから、もっと本気で人間性の断面を切り取ってほしい。幾つかの作品は、裕福な階層の女たちが社交界やリゾート地で繰り広げる心の変転など、ユーモラスに描いたものだが、関心がないのでちっとも面白くない。

「マウントドラーゴ卿」:政界にあって飛ぶ鳥をおとす勢いの外務大臣だが、就寝中の悪夢に悩まされ、有名な精神科医の元を訪れる。自分でも無自覚な魔術的な癒しの技術を持つこの精神科医が、人を見下して生きる高慢な政治家を改心させて悩みを解決するのかかと思うとまるでそうではない破滅的な結末。しかも理由がわからないという、短編には珍しいなりゆき。こういうのが逆に面白い。

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読書
「黄色い雨」フリオ・リャマサーレス 作

フランス国境に近いスペイン山村。寂れ行く村に一人残り、一匹の雌犬と亡くなった妻や母親の亡霊とともに暮らす男の物語。

心を病んで自死した妻を埋葬したあと、雌犬を連れて村や山を歩き回る。家々は残っているがすでに空き家であり、風雪にさらされ朽ちてゆく様が痛ましい。一人暮らしを綴った小説はいろいろあろうが、見捨てられた寒冷地ということもあって、実に寂しく絶望的な印象。読むのも辛いのだが、雪に埋もれる山村の描写は凛として美しく身にしみるようだ。そんな話も季節が変わり夏になるといささか読むのが楽になるが、それはこちらが彼の一人暮らしに慣れてくるせいかもしれない。

先祖伝来の土地とはいえ、妻を亡くして一人になっても山暮らしを捨てて人々と交わろうとしなかったところに、この主人公の頑なな性格があり、それゆえにこの話が成り立っている。容易に人と交わらない。
併録の小編「遮断機のない踏切」も鉄道路線が廃止されたのちも、勝手に遮断機を操作することをやめない踏切番の話で、やはりそれまでの自分に頑なである。変化する状況に弄ばれても、生き方は変わらないのだ。

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読書
「やし酒飲み」エイモス・チュツオーラ 作


以前に挑戦してすぐお手上げ状態だった本作。文庫本を入手して再挑戦した。
全編現実離れしたおとぎ話のような、神話のような民話のような内容で、主人公とその妻が「死者の国」を目指して深い森の中を進み、いろんな妖怪じみた不思議な生物に襲われ、不思議な町や村で過ごし、ついには「死者の国」から故郷に帰ってくるまでの冒険物語。とは言っても描写はほとんどその恐怖と対策に費やされている。

ここまでやりたい放題だと現代文学という感触がなく、説得力や迫真性というものを感じなかった。全体がまるごと虚構すぎて幻想性も感じることができない。不思議な出来事も面白くなくはないが、それほどでもなかった。文化人類学的なあるいは現代アフリカ史的な読み方もあるだろうが、研究者的にはそうだとしても、予備知識なしで物語を楽しもうとしている段階では余計なことだ。ただ常に夫婦の結束が強くて、二人が力を合わせて苦難を乗り越えるところは微笑ましかった。

これを漫画化するならぜったい水木しげるの他はない。水木漫画の表現を思い浮かべながら読んでも違和感はないのだ。

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