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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ」
キルメン・ウリベ 作


スペインは北部バスク地方の言葉で書かれた小説。かつてバスク地方の叙事詩といったものもあまり無く、現在バスク語を話す人間はスペイン国内の3割くらいといった状況らしい。
とはいってもこれはバスクの歴史でもなんでもなく、作者がバスクの地元からニューヨークへ旅する途中で心に浮かんださまざまな出来事を徒然なるままに書き綴って、親子3代の暮らしを振り返るという内容だ。しかもストーリーはまるで無くあちこちで聞いた実話をすこしづつ繋いでいく、エピソード小説といった類いのもので、やや奥行のあるエッセイのようだ。

そもそもは地元の画家と建築家の友情深き交流の後を追って、かれらの縁者をたずねた話から始まるが、かつて出会ったいろんな人から聞いて書き留めた話へと限りなく繋がっていくので、あまり人物名を覚えていても仕方がないような気がする。作者の実家が漁師で、わざわざスコットランドの北方ロッコール島やデンマークの先っちょスケーエンまで出かけていく遠洋漁業の話がおもしろい。

その他もろもろ実話ばかりだが、この時代スペインがフランコ独裁政権下であり、バスク独立闘争があったことは基本です。

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読書
「悲しみを聴く石」 アディーク・ラヒーミー 作


戦禍のアフガニスタン。英雄として讃えられていた夫は、首に銃弾を撃ち込まれたまま植物人間と化して帰宅。妻の手によって毎日カテーテルから栄養を注ぎ込まれている。妻はコーランの教えにしたがって数珠をたぐりながら正しく祈りを捧げているが、約束の2週間を過ぎても夫はまったく目覚める気配はない。砲撃の音を近くに聞くなか、戦争は街に迫り、やがて銃を手にした男達がやってくる。

話しかけてもなんの反応もないこの極限の状態で、妻は初めて夫に愛や性や生活に関わるほんとうの思いを語りはじめる。それまでの生活がDV状態なのだから、夫が植物人間というこの設定があって初めて女性の思いを明らかにすることができるのだ。これが現代アフガン女性の人生というものなのか。
旧弊残る男性社会のなかに生きるイスラムの女達が何を考えて生きているか。あたりまえのことだがそれは世界中の人々となんら変わらない。

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読書
「断片的なものの社会学」岸 政彦 著


世の中全体とはなんだ?
著者が社会学者であることを読んでいる我々が忘れてしまうほど、市井のただなかでモノを見る。学識豊富であることが壁(限界)になっていないという希有な才能かも知れない。
例えば散歩中に見かけたビルの窓からエレベーターを待つ人を見つけたなど、まったくなにげないなんの意味もないが、なにかふと気になることを書き留めている。ここまで小さなことをわざわざ文字にすると、人間の日常感の由来のようなもの、ごく微弱な電波をセンサーに引っ掛けながら、そして自分も発信しながらこの社会ができているような感覚を再発見する。
発見されなかったヘンリーダーガーがいたかも知れない世界や、そもそもダーガーがいなかった世界。ということを知られない世界。そんなふうに視点をゼロから拡げて考えてみて初めて気付くことがある。

著者はこどものころ、道ばたに落ちている小石を拾ってきて、その色や形を飽くこと無く見つめていたという。このなんでもないものを凝視する才能がこのエッセイ集を成り立たせているようだ。
もちろんふだんのフィールドワークで、流しのギター弾きのおっちゃんやセックス産業で働く女性などのインタビューもあり、われわれがしらない世界の話をきく楽しみもあるが、もっとなにげない平凡な出来事から全て繋がっている。

さて著者と同じように世界を感じるかどうかは人による。ということは人の数だけ世の中全体があるのだ。

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読書
「天体による永遠」 オーギュスト・ブランキ 著

パリ・コミューンに至るフランス革命史をよく知らないし、稀代の革命家とされるブランキのことも全く知らないで読んだ。ブランキ晩年の獄中にて書かれた宇宙論。

この著作が書かれた1871年の時点で宇宙についてどれくらいの知識が共有されていたかわからないが、スペクトル分析の結果遥か宇宙の彼方でもその組成は同じであることはわかっていて64元素の一覧表まで添付してある。
宇宙が無限であるにもかかわらず、構成元素は100あまりで、したがって宇宙を構成する無数の恒星はほぼ同じようなものであって、そのまわりを回る惑星の距離や性質も似たようなもの。そうなると地球と同じ環境の惑星が無数にあるということになる。
ここからは無限論のはなしで、われわれとまったく同じ地球がまったく同じ運命を持って、まったく同じ個々の人生が永久にくり返されているという世界観が展開される。これがベンヤミンが震撼したペシミズム。そしてニーチェの永劫回帰が容易に思い起こされる。

ままならない人生と世の中が永遠にくり返されているのは、そうやって俯瞰すれば確かにニヒリズムでありペシミズムであるが、個々の人生にとっては一回きりとしか感じられないのだから、この今の人生がたとえ2620回目だったとしてもどうということはないはずと思う。この人は何度も投獄されていて、人生の大半を獄中で過ごしているから、この世界観にたどりついたのではないか?と浅薄なことを考えてしまう。

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読書
「雪の練習生」 多和田葉子 作

しろくま三代記。しろくま(ホッキョククマ)といっても人間と同様に暮らし、初代のクマはライターであり、サーカス時代からの自伝を書いてベストセラー作家となる。編集長はセイウチである。ソビエトから西ドイツへ亡命し、憧れのカナダ暮らしを経て東ドイツへと彼女の運命は激変する。
二代目トスカの話はサーカスの担当訓練士の女性の伝記という形をとって語られる。この第2話を読んでいる限りは人間が主人公なので、ふつうの文芸作品を読むスタンスで落ち着いて読める。
最後に三代目男の子クヌートが赤ん坊のころからだんだんと世界を理解していく様子がクマ目線で描かれる。動物園での閉鎖された暮らしがなんだか寂しい。

とにかく人語を操って人間と同様に暮らすクマ達と言う童話のような設定なので、それでありながら見せ物としてサーカスや動物園で暮らしてもいるし、人間扱いされているのやらいないのやら、たいへん不思議な読後感がある。とにかくシロクマなのでかわいらしくって仕方がない。

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読書
「ハインリヒ・ベル短篇集」
ハインリヒ・ベル 作


戦後ドイツ文学を代表するノーベル賞作家ベルの短篇集。
自身の体験をもとに戦中・戦後の人々を描く。とは言ってもいわゆる重々しい戦争文学とは違い、アイデア豊富でオー・ヘンリーのような短篇らしい短篇といった感触がある。基本的には安定して常識人が感動できる作風で、狂気や逸脱といった面白みはなかった。戦争の傷ましい描写はさすがに迫真性があり、その部分が引き締まっている。後期のユーモラスな作品がよかった。

「ローエングリーンの死」:救急患者として一人の少年が夜の病院に運び込まれた。彼は石炭を盗み出す目的で石炭輸送車に忍び込んで疾走する列車から落ちたのだった。注射でなんとか痛みはやわらいだが、家では幼い弟達が彼がごはんを持って帰るのを待っているのだ。

「ろうそくを聖母に」:戦後の混乱期。まだまだろうそくの需要は伸びるだろうと夫婦揃って製産販売に力を入れたが、あっという間に電気は回復してしまう。途方にくれた夫婦。夫はうまい買取り話を信じて郊外まで出かけたがみたが空振り。しかたなく一泊して小さな教会にたどりついた。そこには…。

「ムルケの沈黙収集」:放送局に勤める秀才青年ムルケ。マスコミ界の大先生の講演録音からある言葉の部分を別の言葉に置き換える仕事を任せられ、大先生に置き換え用の言葉を30回近く録音してもらう。そこでムルケのゆかいな大先生へのいやがらせが始まる。見えたこと聴こえたことのみを順番に描写してあって、シーンの切り替えもサクサクと進み、まるでモノクロ時代のテレビドラマを見ているような錯覚に陥る小説。

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読書
「死神とのインタビュー」ノサック 作

戦後ドイツ文学。平易で読みやすいが幼稚でも通俗的でもない、美文ではないが文章を追う快感がある。訳文なので断定できないが名文なのかもしれない。
死神が普通の職業人のように暮らしていたり、作者が自分でこしらえた登場人物に迫害を受けたり、虚実ないまぜとなった幻想味があっておもしろい。

「ドロテーア」:手持ちの時計を高く買い取ってもらうつもりで出向いた家。あいにく主人は留守だったが留守番していた女性はかつて自分が衝撃を受けた絵に描かれていた女性である。ところが彼女は絵のモデルになったことはなく、逆にあなたは戦争中に助けてくれた若い兵士の兄なのではないかと問いただす。自分にそんな弟などいない。それでもなぜかいくつかの符号が一致しているという理由のない不思議さ。種明かしはない。

「滅亡」:敗北に向かって突き進むドイツ。ハンブルグ空襲で焼け出された体験をつづったドキュメンタリー小説。空襲当日ちょうど郊外の一軒家を別に借りて田舎生活を始めていた作者夫婦。トラックに便乗して廃墟となったハンブルグへ帰ってきた瞬間、なぜか「さあやっと本当の生が始まるぞ」といった高揚感に襲われる。彼の妻も逃すことのできない最後の大きなチャンスがおとずれている気がするという。この現実と矛盾する感情はまったく個人的なものなのか。人間は謎だ。

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読書
「自由について」 金子光晴 著

実はほとんど触れたことがない金子光晴。それでも窮屈な戦前・戦後の日本社会を自由に生きた日本人の見本みたいなイメージは持っていた。確かにそうだ。
その意味で著者独自のユニークな人生観・社会観を期待したが、このエッセイ集は案外まともだし、これだけ政治社会的な発言を多くした人とは思っていなかった。

戦前に労働者運動に関係するようなことがなかったので、目を付けられなかったのか、敗戦必死の予想と戦争非協力を銃後でつらぬいているのは爽快で、そこが正統な政治批判とは違った魅力になっている。古い日本社会のただ中にいて、その悪弊に染まらないところが痛快である。とは言っても芸術家の床屋政談という風情といえばそんな感じだ。

戦争に突き進んで大敗した日本社会を見抜く目は鋭くて、たしかに間違ってはいないのだが、個人的には別のものを期待していたので、やはりこの老境随想集は脇において自由詩人としての真骨頂は他にあるだろうと予測する。

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読書
「三角帽子」
ペドロ・アントニオ・デ・アラルコン 作


「三角帽子」:ファリャのバレエ音楽としても有名な19世紀のコメディ。粉屋(水車小屋)の美人女将に恋した市長。こいつがふだんから豪華な三角帽子を被り、鼬と呼ばれる手下の邏卒を従えて街を練り歩いている。なんとか計画を立て水車小屋夫婦を欺き、美人女将を手に入れようとするが…。
我が儘でアホなエライさんとすばしっこい追従者、服装を取替えて人物が入れ替わったり、市長が女房に頭が上がらなかったり、コメディとしての古典的な設定や展開はあるが、それでも陳腐にならずおもしろい。単なるキャラクターとしての役割以上に人物の言動がリアルなのでニヤニヤしてしまう。さすがによくできている。

「モーロ人とキリスト教徒」:イスラムの民モーロ人が残した財宝の在り処を記した羊皮紙。この文書の解読のため羊皮紙を手渡された人間が次々と裏切ってそれを自分のものとし、最後にお尋ね者が手にして発見者のじいさんのところへやってくる。
だんだんと貧乏でワイルドな暮らしをしている人間に羊皮紙が渡っていくのがおもしろかった。貧しいモーロ人の夫にこき使われながらも信頼を寄せている女房が傷ましい。

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読書
「南十字星共和国」ワレリイ・ブリューソフ 作


20世紀初頭ロシア象徴主義運動の指導者ブリューソフの短編集。
幻想文学といえばそうだが、幻想的なイメージ溢れるというほどの味わいはない。耽美で詩的な言葉に酔いしれるわけでもなく、不可解で理不尽な出来事に翻弄されたりもしない。トリッキーなショートストーリーに近いところもある。
夢や鏡をテーマにした数篇は、よくある設定にもうひとひねり加えて面白く作ってあるが、作者の現実主義者の側面が悪夢的な味わいを削いでいる気がする。

表題作「南十字星共和国」は架空の共和国で撞着狂という感染症が流行り、人々は思いと真逆の行動をとるようになって国家が破滅して行く物語。「姉妹」は妻を含めて三姉妹全員と性愛関係を深めるようになった男が逃げようとして逃げ切れず、舞い戻ってきて悪夢に襲われる話。「最後の殉教者たち」は革命政府に抵抗して集まった宗教者達が殺される中でも互いに身体を求めあっている話。
いずれも面白いがなぜか一直線の構成でひねりがなく、事態がだんだんエスカレートしていって、まだまだエスカレートしますという展開。直球一本勝負のような小説だ。

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