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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「世界イディッシュ短篇選」
西成彦 編訳


やはりポーランドやウクライナ、ベラルーシ出身の作家が多い。ロシア革命やホロコーストをくぐり抜けたユダヤ人の体験が、直接ではなくても登場人物の背後に見え隠れする形で語られる。そうやって物語が成り立つ所以を実感することは日本人には不可能だが、短編自体は面白く読める。

「つがい」ショレム・アレイヘム作:アレイヘムは以前「牛乳屋テヴィエ(屋根の上のバイオリン弾き)」を楽しく読んだ。つがいといっても夫婦ではない七面鳥のオスとメス。これを七面鳥目線で描いて愉快。祝祭日のために用意された身の上なのに、いつか解放されると信じているのだ。

「塀のそばで(レヴュー)」デル・ニステル作:神学者として地位も名誉もある男性が、サーカスの曲芸氏の女に惚れ込み、職を捨ててサーカス団に入団するという話のベースはあるのだが、部屋の片隅から埃人間なる茫漠とした案内人が登場したころから時空は入り交じって本格的な幻想文学に。具体的な輪郭がはっきりしないままなのに、起伏のあるストーリーが止まることなく進行するのは見事。

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読書
「プラトーノフ作品集」
プラトーノフ

ソビエト黎明期に一時的に話題になるも、その後反革命的作家として文学史から追放されたプラトーノフ。その貴重な中・短編を収録。

「ジャン」:党中央委員会の命令を受け、中央アジアを放浪する滅びかけた遊牧民ジャン族を救うべく赴いたジャン族出身の青年チャガターエフ。残された数名の老人たちを連れて、元々の自分たちの土地サル・カムシュへ帰るべくよたよたと歩き始めるが、道を見失い砂漠の中を食料も無くさまようこととなる。湿った砂を口に入れて水分を摂取し、草を食べ、鳥を殺しては生肉を分けあって進むが、生きていること自体がありえないと思われる過酷な設定で、あまりに日常世界と離れており、ある種幻想的な非現実感がある作品。
アム・ダリヤ川やウスチ・ユルト台地。カラカルパック人やバルチスタン人など、ふだん馴染みのない地域なのでなおさらだ。

「帰還」:兵役を終えて我が家に帰還した夫だったが、留守中に妻が下心ある他の男たちの世話になっていたことが許せない。長男は子供のくせに小舅のごとく口うるさく家を切り盛りする人間に育っている。妻の夫に対する愛は変わらないのだが夫は理解しない。この夫婦の心情をしっかり緻密に描いた正当派家族劇。これがこの作家の本来的な仕事だろう。

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読書
「母アンナの子連れ従軍記」
ブレヒト 作

2005年に上演された台本を文庫用に再訳。それを機に「肝っ玉おっ母とその子どもたち」として知られるタイトルを変更。

17世紀の宗教戦争下、娘や息子たちとともに幌車を引き、部隊に連れ添いながら兵隊たちに日用品を売って生きて行くアンナ。「度胸アンナ」と呼ばれるたくましい母親だが、両軍の間で立場を揺さぶられ、戦争なしでは生きていけない生業から離れられないうちに、一人また一人と子どもたちを失い、それでもくたびれた幌車を引いて生きていかねばならなかった。

ブレヒトや舞台芸術の世界をまるで知らないので、ブレヒト特有の社会観や表現があるのかもしれないがわからない。誰でもわかる客観世界だけで成り立っていて、素直にアンナの心情に心をよせて楽しめる。戦争の行方に翻弄される平凡な人間しか出てこないので、わかりやすいが物足らないところもある。しかしそれが大衆に喜ばれる社会派か。いろいろな社会的問題に関心を寄せ研究して書いても、説教くさくならないのはさすがにあたりまえかもしれない。

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読書
「出身国」
ドミトリィ・バーキン
 作

1964年生まれの謎のロシア人作家短編集。デモーニッシュなイメージが横溢する文体。暴走する詩的観念。言葉の魔力にゾクゾクとする。

「荒廃は石にさえ浸透して壁に宿ったのだが、その壁にこそ極限の孤独と残酷な時間の流れによって孵化した妻の愛が、音もなく赤々と燃えているのだった。」
「ついに倒れこんだ男の唇が無慈悲で無関心な大地に触れると、脳に黒い花が咲いた。」
「ペトラーギンをいついかなるときも支配していたのは、息をひそめ、混濁した歳月の奔流から一歩離れていたいという思いとーーその時間の奔流に飲まれた人々は、泥濘、折れた枝、擦りきれた服、ひん曲がった銃、水に洗われて角がとれた骨といった物体に遮られながらも、理想を追い求めてひたすらに疾走していくのだーー産声をあげた瞬間から頭に落ちてくる法の影を欺いて、息をひそめ一歩離れて立ち、人々に助言を与えてやりたいという思いだった。」
「ペトラーギンがボイラー室に入ってきたとき、大きな鼻と万力のように閉められた唇と、草を咀嚼する雄牛のように突きでた力強い顎をした男の顔は、炭と煤の粉が固まってできた外皮が、額や頬や唇の筋肉神経を鍛接してしまったかのように微動だにしなかった。」

などなど…もとよりどこから来たとも知れぬ風来が村に住み着いて働き始める設定が幻想文学の雰囲気を醸し出していて、現実から遊離したもうひとつの現実を十分に味わうことができる。とはいっても、そこまでイメージ中心の作品ばかりではなく、素直に物語が進んで行くものもあるが、いずれも幸福とは程遠い底辺をのたうちまわるような話だ。主人公の男たちは流れ者だったり、一兵卒だったり、頑固親父だったりするのだが、自己中心的で他者とは容易に相容れぬ性格でありながら日々忠実に働いている。そしてこの作者もふだんはトラック運転手として忙しく、小説など書くヒマがないそうだ。

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読書
「黒いピエロ」
ロジェ・グルニエ 作

フランス青春小説。主人公の青年はクリーニング工場のせがれで、軽トラでホテルなどを回りリネンを回収している。また眼鏡屋のバイトも重ねて家計を助ける毎日だ。彼の交流関係には子供の頃からの友人で、太った金持ちの男がいて広大な屋敷に住んでいる。周りに集まる女たちもある程度裕福な階層に属する人間だ。
そんな中で主人公の彼だけが、この田舎町を出ようともせず、積極的に女性をものにしようともせず、ただ流れのままの生活にあけくれている。
やがて戦争となり街にはドイツ軍が進駐。それも過ぎて戦後、彼を含めて様々な男と女の出来事が静かに終わり、たどりついた儚い日常が今日も続いていく。といった次第。

なんとも静かで流れるように進む。派手な盛り上がりはなく、やや哀調を含み人生のやるせなさを味わうような語り口が心地よい小説だった。

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読書
「オデッサ物語」
イサーク・バーベリ 作

ソビエト連邦黎明期。黒海に面するウクライナの地方都市オデッサに育った作者が、当時のユダヤ人社会を舞台に語る短編物語集。伝説のギャング「ベーニャ・クリク」を主人公にした数編と、作者自身の少年時代をふりかえる自伝的小説などで構成される。この自伝的小説がおもしろかった。

多人種社会であるオデッサで結束固く生きるユダヤ人ゲットーの様子。彼らはひっそりと暮らし、めったに他地域を出歩かないので、物語は大自然とは無縁の薄暗い室内的な印象で推移する。なりわい一筋の頑固で誇り高い男たちの中で秀才として育ち、上位の学校教育を受けようとする少年時代の作者。ユダヤ人社会が差別的テロリズムの犠牲となって死者が出るといった過酷な現実の中で、常に大きな空想を抱いたまま大人になっていく。おお、これぞ芸術家。

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読書
「城壁/星」
小島信夫 作


小島信夫の戦争小説集。戦争体験を描くといってもいろいろな局面があるだろうが、小島信夫の場合なにかしら夢の中のような、切迫感のない不思議なものとなっている。敗色濃厚、もしくはすでに敗戦そして引き上げという時期のものが多いせいか、戦闘のリアリズムが過ぎ去った後の茫漠とした落ち着かない時間が流れている。

表題作「城塞」などは、あるはずの城塞が一夜のうちに忽然と姿を消しているという直球のシュールレアリズムであるが、そうでなくてもどことなく超現実的なあじわいがあって、整合性のない出来事がふとした拍子にまぎれこんでいて、素知らぬ顔をしているような作品がある。自分は「大地」にそれを感じた。この絶妙とも言える感触がどこまで意図されているのか掴めないところが小島信夫の魅力だ。

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読書
「ピンフォールドの試練」
イーヴリン・ウォー 作

小説家ピンフォールドは転地療養のため海路セイロンへ旅立ったが、客船に乗り込むやいなや自身の船室から奇怪な会話が聞こえるのだった。それは自分への誹謗中傷でありさらには危害を加えようとするもの。これは部屋の配管からのノイズがそう聞こえるのか、あるいはどこかの放送が電波の漏れによって響いているのか。船室の中で自分に関する大騒ぎを聞いて、思い切って廊下へ出ると誰もいない静かな夜だったりする。だんだんエスカレートする悪人達との脳内会話は船を降りた後でも続くのだった。

おそらく薬の過剰摂取による幻聴であろうと思いながら読んでいても、脳内の悪人と戦うという異常でスリリングな展開なので引き込まれる。人間存在の深層をえぐったわけでも人生の悲哀を綴ったわけでもないのだが、かと言って簡単な娯楽としてできているわけではない。文章のうまさ、上品さによるものだと思うが訳文を読んでいるだけなのではっきり断定はできない。軽々とした名作文学といった感触のウォーの世界。

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読書
「國語元年」
井上ひさし 作

明治7年の東京。学務局官吏南郷清之輔は全国話し言葉の統一案を作成するよう命じられる。清之輔邸に暮らす家族や使用人達の使う方言は様々。長州弁・鹿児島弁、江戸山ノ手言葉や下町言葉、南部遠野弁、羽州米沢弁、会津弁に大阪河内弁、名古屋弁に京都弁が入り乱れるなか繰り広げられるドタバタコメディー。

戯曲を読むと目の前で役者の演技を見ているわけではないので、どうしても潤いの部分がなく、骨組みだけを読む硬い印象を持ってしまう。とはいうもののこの話はコメディーのせいか、仕掛けが分かりやすく出来ており、どちらかといえば骨組みだけで進行している気もする。実際舞台を観れば笑ってしまうだろう。

ところが登場する大阪出身の女が使う河内弁が、男でも使わない乱暴で下品なもので、大阪北河内郡出身の自分としては読んでいて非常に不愉快だった。井上ひさしは山形出身なので東北地方の言葉は遠野弁・米沢弁・会津弁など、自分なんかには区別がつかないほどこだわる一方、大阪河内弁などのリアリティは気にならないのかもしれない。これは残念だった。

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読書
「ヴォルテール、ただいま参上!」
ハンス=ヨアヒム・シェートリヒ 作

18世紀の啓蒙思想家ヴォルテールとプロイセンの国王フリードリヒ二世の長年に渡る交流と反発を事実に基づいて順に構成した史書的創作。17歳年長のヴォルテールを崇拝する若きフリードリヒの手紙から始まって、ヴォルテールと才媛エミリー・ド・シャトレとの生活、プロイセンでのヴォルテールの数々の困難とフリードリヒとの決裂までを資料そのままに再現。

本の帯には爆笑の連続とあるが、まったくそんなことはない。ヴォルテールを偉大な啓蒙思想家ゆえに学者然とした紳士的な人物と思っていれば、その実際の行動の落差に大笑いするかもしれないが、ヴォルテールが嫌味で辛辣な批評家で金に執着する一筋縄ではいかない曲者であることを知っていれば、この作品で描かれているのはいつものヴォルテールそのままである。

フリードリヒのほうは文化芸術を愛する青年で、最初は王位継承を嫌がっていたが、国王となって権力を手にするやいなや戦争による領土拡張と大量殺人をくりかえすのは人の性(さが)のようなもので、これくらいの文武両道は珍しくはなかろう。

フリードリヒに尊敬されて人の下にも置かない扱いをされているヴォルテールを、「虎の前足で撫でられているようなもの」とした表現がおもしろかった。

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