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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「白の闇」ジョゼ・サラマーゴ 作
(河出文庫)

ある日突然視界が真っ白になり視力を失う恐怖の感染症。ほぼ全国民が罹患し都市が機能を失った中で、なおも生き残ろうとする人々の格闘を描くパンデミック小説。

サラマーゴ独特の区切りのない会話・地の文連続体は、このようなスリリングなパニック小説に際してはスピード感があってぴったりだ。ストーリー性のある作品でパニック映画を見ているようだ(実際に映画化された)。例えば感染して隔離された住民との接触を、まるでゾンビに会ったかのごとく恐怖していきなり発砲する軍人。また、使われなくなった精神病院に隔離された常態で、患者たちを支配しようとする悪党グループとの戦いなど、娯楽性に寄った内容となっている。

白い闇に閉ざされた人間の自己や、人間存在の意味・社会のあり方に対する直接的な問いかけはないが、老若男女の人生、危機に際してのつながり、夫婦の絆などのドラマはたっぷりとある。
こういった通俗性が万人受けしたのだろうか。暗澹とした世界ばかりで、読んでいてけして楽しいものではないが、これもどうしても現在のコロナウイルス危機と重ねてしまうせいかもしれない。

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読書
「俺の歯の話」バレリア・ルイセリ 作
(白水社)


世界一の競売人を名乗る男が、曰く付きの歯をオークションで売り出す。全てがイカサマ。無くなった俺の歯をめぐるエピソードを手を替え品を替えモザイク的に演出した奇妙な味わいの小説。

まともに一読できるふつうの方法で書いても充分おもしろい内容だが、各章で手法を変え二重三重に構成されていて、それはそれでおもしろい。主人公もとんだ食わせ者だが息子もロクでもない奴で、これらの実話を書き留めているのが作家志望のフリーターだったという倒叙法で書かれている。オークションにかけられた歯をめぐる小話も、競売予定のガラクタコレクションに付けられた小話も楽しい。このでっち上げた競売品エピソードと、離れて暮らす息子が仕掛ける事件、作家志望の青年との競売企画が大きな物語として進行し、最後に作者の解説と、出来事の年表まで付いている。
もともと美術展とのコラボレーションから始まった物語らしく、なにやら一冊の展示カタログを読んでいるような趣だった。

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読書
「科学者はなぜ神を信じるのか」三田一郎 著
(講談社ブルーバックス)


自身もカトリック教徒であり理論物理学者である著者が、物理学史を通してかねてよりの疑問を解説。しだいに狭まってくる神の領域だが果たして…。

本書の大半はコペルニクスから始まる宇宙観および物理学の発達史であり、科学史に興味のある青少年や数学が苦手な文系人間にとって解りやすい科学読み物となっていて、そうそう信仰の話がでてくるわけではない。ガリレオやニュートンの頃は全て造物主のなせるわざであるのは当然なので、何を発見しても科学者でありながら敬虔なキリスト教徒であることに何の矛盾もない。しかし彼らの発見によって神の領域はだんだんと狭められていく。

アインシュタインはあくまで絶対者を信じていたから、この宇宙は美しく整合性のあるものとして理解しようとする。この態度とその後の不確定な世界を発見した量子力学者ボーアやハイゼンベルクらとの論争は、神の存在自体が問題とされているようなものだが、シュレーディンガーやパウリら個々の物理学者がどういう信仰をもっていたかまでは書かれていない。

ペンローズやホーキングが登場するにしたがって、いよいよ神の領域はなくなってしまうが、著者の告白にもあるとおりこの宇宙が始まりも終わりもなく存在しているにせよ、矛盾なき科学法則や大統一理論は偶然にはありえない。そこにはどうしても超越者の意思を感じてしまう。というところに解答があるようだ。

私自身はドーキンスの「神は妄想である」を以前に読んで満足している。

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読書
「出来事」吉村萬壱 作
(鳥影社)

いつのまにか世界はニセモノにすり替えられている。果たしてそれは脳内の齟齬なのか現実なのか?しだいに壊れていく日常が痛々しい暗黒小説。

先に読んだ「回遊人」とほぼ同じ設定なので、ひょっとしてこちらのほうが更に作者のやりたかった仕上がりになっているのではと思って読んだ。冒頭から3章は前作と同じような人物が出てくるが、男はこの世界がニセモノだと感じている病的な設定。しかし妻は色情狂だし実弟は野人のような体の人間で、3者の言い分が食い違うところはなにがほんとうの現実かわからず幻想文学のような味わい。

ところが人物が隣人の主婦とその娘家族に移って行くとその味わいは変わってしまう。なにやら感染症のために閉鎖された地区があるらしく、感染症をめぐってドラマは尻上がりに緊迫し社会はパニック状態になっていく。これで正常な主人公が危機を脱出するべく頑張っているとSFエンタメのごとく安心して読めるのだがそうはならない。まともな大人はいないのである。

全編不気味なまま進行し気持ちの抜けるところがなく、人間のいやな部分が数珠つなぎとなった印象。執拗で異常なセックスや残酷で痛々しい暴力などが容赦なく描かれ、なかなかに読み進むのがキツかった。
この世界がニセモノであるという感覚は感染症に罹患したからだとはっきりと書かれていないところが良い。本当の世界の残酷さに人は耐えられず、頭の中で世界を作り上げることで成り立っているというのは重要なテーマだが、そんなテーマ小説として読む必要はない。小説は味わうものだから、ただ日常に侵略してくる暗黒を味わえばよいのだった。

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読書
「きりぎりす」太宰治 作
(新潮文庫)

私小説から女性告白体まで、著者中期の多彩な方法で書かれた傑作短編を収録。

これこれ。私がかなり以前に読んで、その面白さにセリフまで覚えた新潮文庫の短編集。
太宰といえば一般的には苦悩に満ちた私小説作家で、その自身を追い詰めるような赤裸々な表現が愛されまた嫌われている印象があるが、私はあまりそういう読後感を持たない。といっても新潮文庫で有名なものを5~6冊読んだくらいであるが、私小説と言ってもきちんと推敲され意図的に書かれているし、しっかり演出・構成されたものなので十分に楽しむことができる。自分を卑下し大げさに嘆き苦しむとしても腕がいる。客(読者)に出すわけだから、採れたてそのままのように見えても料理人の技術がなければ成り立たない。

このストーリーテラー・語り部としての才能はこの短編集にも存分に生かされていて、私小説スタイルのものはユーモラスな身辺雑記・旅行記などであり、自身を離れた設定のものは見事な物語で極上の味わいがある。「皮膚と心」「水仙」「きりぎりす」など名品と思う。

「皮膚と心」:女性告白体の逸品。「こんなところに、グリグリができてえ」というセリフが好き。作中登場する図案工は資生堂のマークなどを手がけた山名文夫をモデルとしているようだが、なぜこんな下町のアンチャンみたいな口調なのだろう?

「水仙」「きりぎりす」:どちらも絵描き設定で天才と凡人の問題を極端な例を作って表現。ヒヤリとするものがある。売れて堕落するか、売れないで破滅するか…。

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読書
「草枕」夏目漱石 作
(新潮文庫)

「猫」と同じく若き漱石の初期作品。
人里離れた山あいの誰も客の来ない温泉宿に投宿した画家。画題を求めて散策するも一向に絵を描く気配はない。それより宿に暮らす謎の女性が気になるところだ。

旅館の出戻り娘の性格が不思議で、この時代の女性にしては珍しく堂々として主体性があり、世間体を気にしない。青年画家をのんでかかるような態度であり、この女性を描いたことで単なる青年画家の若気のエッセイを超えて作品の幅が生まれている。こんな女が相手では虚無を気取って見せるわけにもいくまい。しかし漱石がなぜこの人物を造形したのかはわからない。

青年画家は始終世の中や人生について嘆息しているが、これを作者の分身と考えても齢相応な現象だと思う。ところで漱石ならずともこの時代の文人は基本的に漢籍の素養があり、この作品にもやたら漢詩からの引用がある。注釈抜きで読んでわかるものではないが、素人目線でいうと同じようなことを様々に言い換えていてどうしても大仰な印象だ。その後の漱石の理想が「則天去私」であるので、どうしてもそこへ向かって言葉が揃ってくるのかもしれない。

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読書
「トキワ荘の時代」梶井純 著
(ちくま文庫)

少年漫画を革新した伝説のトキワ荘グループ。そのリーダー的存在でありながらひっそりと姿を消した寺田ヒロオに焦点を当てた評伝。1993年刊を文庫化。

評伝の舞台となった1960年代、少年漫画隆盛期にちょうど私も幼いながら彼らの作品に親しんでいる。手塚を筆頭に石森・藤子・赤塚らの作品に興奮する中で、たしかに寺田ヒロオの作品はどちらかというとおとなしい、学年誌向きの表現だった。まだ劇画の時代ではないが、激しい戦闘やブラックなギャグが横溢する新進少年漫画と比べると寺田の資質の違いは歴然である。可愛らしくほのぼのとした絵柄にテラさんの人柄が偲ばれるというものだ。自分はスポーツ漫画に興味がなかったので「スポーツマン金太郎」や「暗闇五段」などをちゃんと読んだ記憶はないが、友人たちの間では話題になっていた。

漫画史にさほど関心がないので、トキワ荘グループの活躍を評価するも神格化するほど思い入れはない。いくら当時の少年漫画が面白かったと言っても、今となっては資料的な意味では重要だが、大人が読んで不朽の名作であるとは思わない。辰巳ヨシヒロらの「劇画工房」の流れも同じである。
本書に登場するつげ義春や棚下照生ら厳しい境遇に置かれた者と、トキワ荘グループとの資質の違いが興味深い。やはり背負っているものの多い少ないが作品の明るさに影響するのだろうか。

文庫解説で吉備氏が掲げている「少年サンデー1963年11月3日号」は持っていた。掲載されていた白土三平の読切「スガルの死」が怖くて怖くて、母親に切り取ってもらった記憶がある。

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読書
「回遊人」吉村萬壱 作
(徳間文庫)

もし人生を10年ごとに過去へ戻ってやり直せたら果たして幸福だろうか?
少しずつ歯車が狂っていく不気味だが現実的な世界。

パラレルワールドを描いた作品は数多あれど、この作品は読んでいてSF小説を楽しむような余裕はまるでなくて、ただただ暗澹たる泥沼の世界に堕ちてゆくばかりだ。他人事でない。それというのも主人公の男(小説家)が至って小人物であり、女の体のことばかり考えているけっして正義漢でもない平凡な人間だからだ。

話の導入はぶすぶすとくすぶる夫婦間のよくある感情のすれちがいで、ここまではまだ日常であるが、舞台が女郎街やドヤ街がある底辺地区に移行するや俄然おもしろくなってくる。いよいよ日常を離れて過去へと戻り10年前からやり直すのだが、元妻とは別の女性と暮らすことになっても、未来から盗作した作品がベストセラーになっても、未来を知った上でのやり直した行為というものはしょせん心の晴れがましさはないのではないか。少しずつ行き詰まって行く出来事も、結局はすべて本人の人格が招いた結果なのだ。

人間の執着はどうしても悪い方へ悪い方へと人を導く。この執着自体が間違っているのだろうか。まあそうなんだろうけど、必ずしもそんなテーマがあるわけではなく、ストーリーで読ませる話でありながら専らリアリズムが顔を出す、そんな悲しい小説なのかもしれない…。

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読書
「離人小説集」鈴木創士 作
(幻戯書房)

芥川と百閒、ランボー、足穂、ペソア、アルトーら文人の周辺あるいは本人に憑依して彼らの人生の一瞬を生き直す。絢爛たる言葉のつながりで魅了する短編小説集。

「芥川龍之介の家は高台にある大きな屋敷であったが、屋敷全体を取り巻く空気はどこかしらもやもやとしていた。」この冒頭の一文を読んだだけで猛烈に読みたくなってしまった。詩魂乏しい私なのでイメージ豊かにめくるめく繰り出される言葉の連鎖に、はたしてついていけたかどうか自信はないが、それでも読んでいて脳内に快感が走る文章だった。

ランボーの鬱屈やアルトーの焦燥、ペソアかと思えばロートレアモン。いかにも龍之介、いかにも足穂、いかにもランボーなのだが、実はみな作者本人なのではないか。謎の作家原一馬や平安時代の小野篁を取り上げた作品にそれを感じる。
作者について全く知らなかったが、訳書でアルトーやヴィアンなど数冊読んでいた。

p131 リンボンの街では(○ リスボンの街では)?

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読書
「黒いダイヤモンド」ジュール・ヴェルヌ 作
(文遊社)

私は小学3~4年のころ「空飛ぶ戦艦」「地底探検」「海底2万マイル」などシリーズで出ていたヴェルヌの作品を楽しんでいた。それ以来のヴェルヌ。

舞台がかつて炭鉱で栄えた街であったとしても、炭鉱生活への想いが断ち切れず深い深い穴の奥に小屋を建てて一生をそこで暮らしている家族という設定はあんまりではなかろうか。そんな人間がいるだろうか。
新しい炭層の発見を目論む主人公たちと、それを邪魔しようとする謎の住人のサスペンスが始まったと思いきや話は中断し、新炭層開発後発展した地下都市の様子が語られ、その後やっと謎の解明は再開される。この展開はやや奇妙で、なぜ一気にスペクタクルへと向かわないのか。やはり地底深くで生まれ育ちまだ一度も外の世界を知らない少女が育っていくところを書いておきたかったのか。またその少女とともにスコットランド湖水地方の風光明媚を延々と紹介するシーンもどうしてもいれておきたいという心積りだったか。
結局最後に謎の悪人の正体は判明し、死を迎えて物語は終わる。エンターテインメントの定石どおりに話は進むが、私にとってエンターテインメントがつまらないのはその辺の人畜無害さ加減なので、やや退屈な面もあった。しかし地下世界が好きなのでなんとか通読することができた。

設備もランプから電灯へと移り変わってゆく。石炭をエネルギーの主力として産業が発展していった時代を感じる。

誤植

p187 彼は一国も無駄にしなかった。(○ 一刻も)
p191 おれから15分のちに(○ それから15分)

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