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漫画家まどの一哉ブログ

   
カテゴリー「日記」の記事一覧

3年ぶりの「架空」


斎藤潤一郎作品は常に、社会の底辺に潜むルサンチマンを社会的視点を抜きにして畸形化したようなもので、方法がストーリー説明的ではないのが確かにつげ以降の表現を受け継いでいる。会話とコマ運びも独特のリズムがあって心地が良い。坂道を上がってくる描写がおもしろい。


川勝徳重作品は愉快なタヌキの漫画。いちばん面白かったコマは「このタヌキやけに固いぞ!!」というところ。同じ川勝徳重による赤瀬川原平論。桜画報の寓話性についてはたしかにそのとおりで、赤瀬川先生は宮武外骨を通過して漫画に接近した人だから、やはり風刺漫画のフォルムを使うのが面白かったのではないか。自分もアックスの特集で書いたとおり、「烏口」のころの絵がいちばん美しいと思う。


勝見華子作品は安部慎一へのオマージュである。背景を省略してトーンで処理することにより読みやすくなっている。惜しむらくはやっぱり最後にどーんと大コマで阿佐ケ谷の風景があって終わるのが、アベシン流の王道ではなかろうか。


新人の作品は泥臭くてシュールっぽくて、まるで60年代のガロを見ているようだ。なぜだろうか。ひとつの趣味だろうか。


私は短いものですが、かつてQJ用に描いた未発表作を掲載しています。


通販希望の方は川勝氏へDMなされよ。
今のところタコシェ・模索舍などにあるよ。

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大学で教鞭をとるようなインテリの人が、ごくたわいもない漫画を名作だと喜んでいるのは何故なのか?かねてより不思議だったが。漫画を読む才能というものがあって、これは歌がうまいのが生まれつきなのと同じようなもんだ。知力は関係がない。ただ本人が気付いてないだけ。


漫画の多くは子どもでも読めるように分かりやすく記号化して描いてあるので、読む能力のないインテリでも簡単に読めて感動して評価してしまう。ところがそんな人はどれだけ知力があっても林静一やつげ忠男を見て理解することができない。これがゲージツセンスの問題なのだ。


教養がなくても安部慎一を読んで涙することは出来る。ところが安部慎一作品は記号やデフォルメを一切使ってないし、予定調和の世界でもないので、読めない人は教養があっても読めない。この漫画を読む能力が頭の良い悪いとは別の能力であるという点。画質の問題もあるけど。


追加:漫画は簡単に読めてしまうので教養ある方なら誰が大いに語っても良いが、つげ義春以降の作品群がまるで読めない人もいるし、つげ義春以降の作品群しか読めない人もいる。実際ありがたいのは何でも読める人である。

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ようやく我々も「グランフロント大阪」に行ってきたぜ。けっきょくファッショナブルなものは何も買わなかった。自分は最新のビルや大型施設などがけっこう好きなのだが、このようなモダーンでインテリジェントなシティは、残念ながら私の学習した水木・つげ・辰巳ラインには描写方法がなく、もし今後エスタブリッシュな世界を設定したとすれば、ツルツルピカピカの質感を古くさい画法でどう描けばよいのか、おおいに苦闘するであろう(笑)。




変わりゆく大阪駅と梅田界隈。




グランフロント大阪。このファッションビルの北館は


ナレッジキャピタルという知的エンターテイメント空間なのだ。好きにしろ。


梅田スカイビルはまだ昇ったことない。




植物化計画中のマルビル。ここの地下にあるタワーレコードによく行く。




自分へのおみやげ。ヤナーチェク、ルトスワフスキ、高橋悠治など。

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東京ビッグサイトで開催された「コミティア105」に行ってきました。


車で早めに着いてベンチで休んでいると、開場と同時に外で並んでいた人達がぞろぞろと15分くらいかかって入場するのであった。妻はおおやちき先生の手作り小冊子をゲット。俺はジオラマに行って「ユースカ」を買うのを忘れました。

 会場の様子。


「アックス」や「電脳マヴォ」で活躍の関根美有さんにお会いしました。




おなじみ香山哲青年と平山青年。手作りバッジ




旧友永山薫先生。「マンガ論争9」をみなさんよろしくです。




作家の瀬川深さんも参加。新刊「ゲノムの国の恋人」よろしくです。




「電脳マヴォ」を編集するホップ・ロウのツルシさんと竹熊先生。




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青林工藝舎オフィス地下で開催されたフリーマーケット「アックスガレージセール」に行ってまいりました。

 会場の様子

 本さんとワタクシ

 
田中六大画伯&後ろは、お東陽先生

 田中六大画伯描くところのワタクシとヨメ

 筒井ヒロミさん

 
甘茶ブランドの数々。「ノーブラセーター」いやらしくて良い。

 
ブルーがまぶしい鈴木翁二絵はがきセット

 菅野さんの私家版。煙草臭あり。

 中野シズカさん直筆の妖怪画

 
前から気なっていたが、最近の後藤友香さんの活動は、やはりエーリッヒ・ブラウアー(アリク・ブラウアー)にインスパイアされていた。俺も大好きブラウアー!

その他、藤枝奈己絵さんの「西成日記」や
斎藤裕之介さんの「リバーサイド」も入手。

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いわゆる「ガロ系」の漫画は、狭いサークルの中にとどまっているようなところがあって、とくに自分のような作風だとなかなか他誌ともからめないようである。

もちろん好きでそうしているのではなく、世間の反応がそうだと言うハナシである。

ネット社会の広がりを利用して、大いに自作や友人の作品を盛り上げていきたいところだが、ネットのつながりというヤツが実際には知り合いばかりで、告知するにしても評価するにしても、なかなかほんとうの第三者に繋がっていかない。コップの中で終わっている。良い悪いより先に、まずその存在を多くの人に知ってもらいたいのだが、世の中の膨大な漫画の出版量と広告にとてもたちうちできないのが正直なところ。

もちろん作風からして一般に受け入れられない面はあるかもしれないね。

自分も今まで単行本を3冊出して、「洞窟ゲーム」のような作品集なら新たに出せるだけの作品数は既にたまっているのだが、はたしてコップの外の世界に届くのだろうか?

また、つげ義春以降の表現を追求するのはあくまで正しい試みであるが、ここ30~40年の成果を省みてもコップの中にセクトが1、2個出来たようなものではないか。傑作は生まれているにしても、あまりにも世間の認知がなく、近年つげ忠男や菅野修の作品集が出ても世間はおろか、出版界・漫画界にもまったく無視されているような状況。このままでいくとあと50年くらい経っても同じような認知度でとどまっているであろう。よく知らないまま言うが、現代音楽や現代詩のようなポジションかもしれない。これはすべて世の中に責任があると考えて省みないつもりですが(笑)、さみしいはなしだ。なんといっても作品数が少ないのも一因だ。

と、ぼやいたところで…さて、ちょっと不思議でシュールな短編というヤツは既にいろいろ描いてみたので、少し手を変えてギャグベースで連作できるものを試みております。今後「電脳マヴォ」や「アックス」で展開されるでしょう。少しでもコップの外の世界のドアをノックできるといいのですが…。

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はじまりはじまり。コマノンブルに気をつけて読んでね。
 
ハーキュリーとは、当時(1964年頃)放送されていたアメリカアニメ「マイティハーキュリー」のこと。かげまるとは「伊賀の影丸」であります。

コマノンブル順に読むと進行がわかります。

またも登場「魔法のランプ」

今度は姫を城へ返す事を依頼してオシマイ。

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つげ忠男の描く夜の街。この突き放したような殺風景な情緒を見よ。1960~70年代に「ガロ」で名作「無頼の街」などを連載していたころから、本質的にはまったく変わっていない。この裏寂れた下層の情景がたまらない。今回の作品「変転」にはエリート層らしき銀行マンが登場するが、エスタブリッシュな階層がまるで感じられず、ジーパン屋の亭主にしか見えない(笑)。

変わらないと言えば菅野修の描く帽子の男。初期作品からこの顔の大きい左向きの悲しげな表情の男が主人公として登場するのが一貫している。やはり作者の分身というか本質なのだ。菅野さんも長い間描いてきて結局原点は揺らがないのだ。これしかない。

でもそんなことをいえば、うらたさんの描く少女も変わらないし、やはり描くべきものを持って描いているからなのだなと思う。そこがなかったら漫画なんて描かないよね。

甲野酉さんの「眩ます」は、主人公が街中を移動することを、ゆっくりコマ数を使って描いてあって、実はこのコマ時間がこの作品の味わいであります。

それにしても斎藤さんの4コマはおもしろいな。使い勝手のいいキャラクターがいっぱいいるんですよ。でもこれも作者の分身だと思われる。

ガラリと作風が変わってしまう漫画家もたまにはいますが、変わらない人のほうが多い気がする。「幻燈」の作家は作風も変わらないが、何年経ってもちっとも有名になっていないという点でも相変わらずだ。そしていよいよ老境だ。

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タイトルもないが、話の意味が分からない。


  

花屋の前で交通事故が頻繁に起こり、救急車や新聞記者が出動する。
その後取材内容が調べられているらしい。
変わって病院では3段ベッドに寝かされて療養している。
1964年頃のはず。

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これもおそらく自分が6~7歳の頃に書いたものと思われます。

最初の見開きはほぼサイレントで、非常に怖い内容の本に悩まされる様子が描かれます。

ところが次の見開きになると、一転して饒舌になり、アホダラ経のようなリズムでもって、この怖い本の由来が語られるといった趣向になっています。当時なんの影響を受けてこんな表現をしたのか、今となってはわかりません。未完です。

   
  

2見開き目から

10「キャー」

11「うわーん、やってきました。と、とうとうこの一瞬のこの怖さ。やった、見た見た。見た見たよ。こんな怖い本を誰が書いた。か、書いた。」

12「はいはいそれは私です。とうとう来ましたこの時が。そのほか来た見たこの本を。「ミイラの世界」に「骸骨市民」、「怪物ニラン」に「地球の最後」。見た聞いた、この話。ハイハイ」

13「バカ野郎、カバ野郎。耳の骨から足の爪。ツーンときたよ、この怖さ。おかげで今夜は眠れない」

14「まあ、おやなんと、なんとなん。私の書いたこの本にケチを付ける気、マントヒヒ。10年9年2年かかって完成したのよこの本は。」

15「早よ行ってこい、バカ野郎。ウチに入ると汚れるわい。この本もやぶいて燃しちまう」

 「ひゃあ神様、ほとけ様」

16「夜中自分の心に話す声。悪魔とはこれだ、これですよ」


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