漫画家まどの一哉ブログ
「灯台へ」 ヴァージニア・ウルフ
「灯台へ」
ヴァージニア・ウルフ 作
(岩波文庫・神輿哲也 訳)
スコットランドの島に暮らす哲学者とその妻、8人の子供たち。そして島の人々。10年の歳月が流れ人生との別れがあり、島を離れまた再び島に戻る。変わらぬ自然の中で人間の営みが静かに続いてゆく。
人物の心情と移りゆく自然の情景が、あまりにも細やかな美しい描写で織り合わされた稀有の文体。たしかに散文であり抽象的なものではないが、予測不可能な表現に息を呑む。日常を描きながらその具体性のみに埋没しない、神が見るような視線で、自然と人間の生き死にを描く。
哲学者である夫が人の気持ちを慮らない頑固者であり、彼を愛する妻は家族や周囲の人々に心を寄せる、気配り過多の世話好きでオールマイティな中心的存在。子供たちは皆父親が嫌い。そして物語の始めから終わりまで登場する、油彩画を描くことに終身する独身女性。彼女がもうひとりの主人公である。
大きな事件はないのだけれど、10年の間に数人が亡くなってしまう。大家族だった家も住む人がいなくなって朽ちようとするが、後半かつて関わった人たちが戻ってくる。そして父親と2人の子供たちは沖の灯台を目指して船を出すのだ。
物語全体の色調は暗くはないが、生きることの儚さと寂しさをを下地とした静かな、覚悟のある作品だった。
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