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漫画家まどの一哉ブログ

   

「ここまでわかった甲賀忍者」
甲賀流忍者調査団・畑中英二 著
(滋賀県甲賀市・サンライズ出版)

近年進んだ新たな研究成果を踏まえて監修された小冊子。甲賀忍者のユニークな実像を多くの画像とともに楽しく紹介。

甲賀という土地は近江国に属しながらも六角氏の支配下になく、伊賀のように守護大名を頂いている訳でもない、「甲賀郡中惣」という自治組織であったところが意外でおもしろい。戦国の世も仕事次第でどちら側にも付いて行き抜き、しかもゲリラ活動だから敵か味方かわからない。寝返りもする。自主独立の気風強く、仕事の都合上、敵・味方に分かれてもどこかの大名や重臣の家来となることは固く拒む。政治的敗者も甲賀に逃げ込んでしまえば追手が及ばなかったようだ。

有名な忍術書「万川集海」以外にも多くの文献・資料を駆使して甲賀忍者の動向、忍法、城館・城塁が解説され、たとえば島原の乱では反乱軍の城内に忍び込み、あわや命からがらで逃げ帰ったエピソード。赤穂藩改易事件(忠臣蔵)の情報収集。得意の毒薬や火術に関する秘伝の数々。など図版と共に解説されていて楽しい。甲賀の里を文献と共にめぐる観光案内も。

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「ペレアスとメリザンド」
メーテルランク 作
(岩波文庫・杉本秀太郎 訳)

王子ゴローが森で出会った不思議な女性メリザンド。妻となった彼女は城内でゴローの弟ペレアスと心を寄せ合うようになるが…。「青い鳥」のメーテルランクの戯曲作品。

読み始めると夢の中にいるような妙な味わいがあって、引き込まれてしまった。森の中の川のそばで泣いていたメリザンドという女性が、どこから来た何者なのか?肝心な謎が最後までいっこう解明されない。
また彼女は城内の泉に軽率に指輪を落としてしまうし、そのいきさつについても嘘をつく。ヒロインとしては欠陥のある人間だが、あくまで美しく魅力的な女性として描かれる。

ゴローとは歳の離れた弟ペレアスとメリザンドは、まだまだ子供扱いされているが密かに逢瀬を重ねている。はっきり言って赦されない恋なのだがメリザンドがふわふわした実体感のない人間なので、リアルな悲劇感がまるでない。これは作者メーテルランクがそもそもリアリズムとはかけ離れた童話的な作風を得意とするからなのか。文庫解説ではメリザンドは水の精だということだが、作中ではなにも解説されない。

当然のごとく悲惨な結末となるが、ヒロインが人間離れしているので、おとぎ話を聞かされたような味わいだった。よく知らなかったがメーテルランク(メーテルリンク)はユイスマンスやリラダン繋がる象徴主義作家らしいので、自分の守備範囲といえるかもしれない。

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「オペラ座の怪人」
ガストン・ルルー 作
(新潮文庫・村松潔 訳)

パリ・オペラ座に頻出する奇怪な事件。地下に潜むと噂される不思議な怪人の存在。若き子爵と歌姫のままならない恋愛をめぐって、怪人の暗躍が解き明かされてゆく。

物語半ばまでは誰もいない場所から声が聞こえたり、人間が急に消えたりあり得ない出来事が連続し、怪人はどう考えても悪霊的存在で、怪奇小説として読まざるを得ない。
ところが半ばを過ぎるにつれ一つまた一つとトリックが解明されて、怪人もその姿を現わし、しだいに謎解きを含む推理冒険小説の形をとってくる。まさに怪奇・推理小説の先駆的名作とよばれる所以である。

全体の構成もやや変わっていて、まず前文「はじめに」で作者が怪人の存在を確信したいきさつに触れ、本編後半クライマックス部分は終盤に登場するペルシャ人の手記によって進行する。この謎のペルシャ人が物語を推理冒険ドラマへと導く重要人物なのだが終盤近くになってようやく登場するのだ。なにせ主人公の若き青年子爵では感情的すぎて謎解きは不可能である。

ドラマの大半は子爵と歌姫の恋が果たして成就するのか、その苦難の道行が描かれ、やはりどうしても若き恋愛物語になってしまうのかとも思った。個人的には怪人の存在を全否定する支配人たちの混乱ぶりがおもしろく、その周辺の人々を巻き込んだオペラ界全体にスポットが当たっているシーンの方が好みだ。

推理小説というジャンルが固定化される前のこうした古典的エンターテイメントには、お約束にしばられない面白さがあるのかもしれない。

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「ムシェ 小さな英雄の物語」
キルメン・ウリベ 作
(白水社エクスリブリス・金子奈美 訳)

スペイン内戦下、戦火を逃れてベルギーへ疎開した少女を引き取ったムシェ。その後反ナチス運動へ身を投じた彼の過酷な運命をたどる、丹念な取材をもとに書かれた実話小説。

スペイン・バスク地方から来た少女を引き取ったことから始まって、やがて少女はバスクへ帰り、ムシェ自身は結婚して女の子が生まれる。その後ナチスに抵抗するマルクス主義者として地下活動へ入り、逮捕されて過酷な収容所生活へ。
この運命の変転を時系列に従って単線的に書けば、ストーリーの起伏に胸躍らせて読むことができよう。

しかし作者はその方法は取らず、ルポルタージュ的に行きつ戻りつしながら淡々と出来事の推移を書き留めてゆく。非常に静かな落ち着いた筆致で、事実はより深く我々読者の心奥に届く印象だ。
オートリアリズムと呼ばれる方法のようだが、作者ウリベの第1作「ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ」を私は2016年に読んでいて、その時もバスク地方出身の自身を丁寧に追って、深みのあるエッセイのような読後感を得たものだった。

主人公ムシェは特別な存在ではなく、疎開してきた子供たちを引き取った人々は他にもいて、みな小さな英雄である。とりわけムシェは真面目で誠実な人柄で、ナチスと戦う過程で妻子と離れ悲惨な運命に身を任すこととなってしまった。

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「ジャンプ」
ナディン・ゴーディマ 作
(岩波文庫・柳沢由美子 訳)

アパルトヘイトが廃止されマンデラ政権が誕生しようとする南アフリカ。大きく動く社会の中で戸惑いながら生き抜く人々を描く短編集。

作者は南アフリカ国内から徹底してアパルトヘイトを批判し続けたノーベル賞女性作家。本格的なリアリズム小説で幻想性や私小説性など余計なものはなく、作者ならではの個性的な表現も直接的には感じられない。正当な社会派小説という印象だ。

南アフリカの歴史や人種構成をよく知らないので、単純に白人対黒人で考えていてもわからない。カラードも単なる混血というものでもない。白人も裕福なブルジョアから貧しい移民までいる。ムスリムやユダヤ人もいる。また黒人の反アパルトヘイト運動のみならず逆に白人の反アパルトヘイト反対運動もあり、作品には爆弾を使って行われるテロリズムも登場する。

アパルトヘイトから抜け出そうとする新しい社会が舞台で、登場人物がどの立場の人間か、説明されているわけではないから私のように無知な日本人にはなかなかわからなかった。しかし作品は全く観念的ではなく、平易で読みやすかった。

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「オセロー」
シェイクスピア 作
(新潮文庫)

優秀なる武官であるオセロー。部下の捏造による妻の不倫を信じ、妻を殺害するとともに自死に至る。あまりに悲惨な四大悲劇のひとつ。

久しぶりのシェイクスピア。共感性羞恥のためオセローが騙されているのに耐えられず中断していたが頑張って読了した。

かなりドラマティックで、強い夫婦愛が悪巧みによって崩れていく展開はまるで昼ドラ(よく知らないけど)のようだ。悪人はいかにも悪人で通俗的でわかりやすい。またいつも通りセリフも大仰で、嘆きのシーンなどは詩的修飾をともなって滔々と続き、これも古風な舞台劇ならではの楽しさであろう。

人事を恨んだ部下イアーゴーの捏造と雑言を信じ最愛の妻を殺してしまうオセロー。思うにオセローは人事の妙に欠けるところがあり、部下の配剤を間違ってしまう。真実忠誠を誓っているように見えても人間には裏があることに思い至らないのは、まだまだ人間を知らないのか。軍人としては優秀でも政治家ではないのだろう。

オセローを騙すイアーゴーのあの手この手もよく考えるものだ(シェイクスピアが)。ハンカチのトリックなどは今から見るとやはり古典的だがこれが嚆矢かもしれない。ラストは次々と人が刺されたり死んだりして進展激しく、オセローの自殺で終わるがあまりに悲劇的。それもあっという間の出来事。

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「木曜日だった男」
チェスタトン 作
(光文社古典新訳文庫・南條竹則 訳)

社会の破壊を企む無政府主義者の秘密組織。身分を隠して潜入した刑事が出会った七曜のコードネームを持つ奇人たちの正体は? ブラウン神父シリーズ以前のチェスタトン傑作長編。

徹底して荒唐無稽・奇妙奇天烈なお話。無政府主義者組織の面々がそれぞれかなり個性的な曲者で、ボスは「日曜日」と呼ばれる巨漢。メンバーの教授や博士、侯爵や書紀は「土曜日」や「月曜日」などのコードネームを持っている。
主人公の青年は次々とこれらの奇人たちと渡り合う展開になるのだが、いわゆるキャラが立ったエンターテイメント設定で飽きさせない。

これらの人物とだんだん膨れ上がる追いつ追われつの一大スペクタクルは、かなり現実離れしているので、ある種の幻想文学的風味と言えるかもしれない。言ってみれば漫画のような話だが文学的な味わいはあるので、ボルヘスの好みに沿うところかもしれない。

騒動がエスカレートしてゆくしかないストーリーををどうやって終わらせるのか?チェスタトンはそこまで考えていたのだろうか?という終わり方をする。

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「沈黙」
遠藤周作 作
(新潮文庫)

1638年江戸期。キリスト教禁制により国交も途絶えたポルトガルより日本に潜入した宣教師ロドリゴ。彼が見た拷問と背教の真実とは…。残された書簡も交えて構成されたキリスト教文学の名作。

登場人物の中でユダの役割を演じるキチジローの存在が秀逸である。何度も裏切って司祭(パードレ)を罠に嵌めながら、自身の弱さを嘆き告解を願い司祭につきまとう。なにを考えているのかわからない。意志弱き人間だが、老獪な奉行イノウエや通辞に加えて彼がいることが大切だ。社会は単なる善対悪の対決ではない。

私は以前より踏み絵というものの迫真性がわからないが、司祭であるロドリゴ自身もキリストの姿を若き頃より敬愛し、潜伏キリシタンの村民も踏み絵を踏むことができない。このように神の姿・偶像への崇拝が非常に強いのはキリストの最後の過酷な姿が影響しているのかもしれない。

キリスト教は間違いなく普遍性を持った世界宗教であり、どの国に生まれようと人間であれば信仰することができる。全ての人間の悩み苦しみを救うことができる。しかしその正否は別で、ドーキンスの「神は妄想である」を結論とする自分からすれば信仰とは永遠の謎だ。
人間をはるかに超えた異質の超越的存在である神の絶対命令。死ねと言われれば死に殺せと言われれば殺す。この超越者の存在を確信する基準がわからない。やはり日常意識に先んじて体感する当然の存在なのだろうか。

ロドリゴが最後に得た結論。人間の苦難を前に沈黙を守り姿を現さない神。踏み絵を踏んでその神を裏切ったからといって、神は万人のものではなくあくまで個人のもの。カトリック教会全体が自分を非難しようと、踏むことを許した神が自分にとっての唯一の神であるとの結論は、なにか本質に近づいたような、少し目の開けた思いがした。

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「ノートル=ダム・ド・パリ(下)」
ユゴー
(岩波文庫 辻 昶・松下和則 訳)

魔女として追われる身となった無実のエスメラルダ。彼女を救い出したカジモド。ノートルダム大聖堂を舞台とした騒乱の行方は!?

司教補佐クロード・フロロは聖職者でありながらエスメラルダに一方的な愛を寄せるが、彼女が嫌がって強く拒絶しているのにもかかわらず、相手の心情を全く顧みない。自分の苦悩と絶望を滔々と語り憐れみを要求するなんともエゴイスティックなものである。しかも彼女の容姿ばかりに惚れ込んでいて人格全体を愛そうとしているわけでは無論ないのだ。しかしこんな男はざらにいることを作者は意図して書いている。

カジモドがエスメラルダをかくまい、大聖堂へ宿なし組の大群が押し寄せる決戦の大舞台となったとろで、章立ては突然バスチーユ城砦奥の間でのルイ11世の決算報告書裁定の場面となり、これが不必要に長い。要は宿なし組の討伐を決定するのが目的だが物語のバランスで言うとここまでルイ11世を描かねばならないのか疑問だ。

しかし実はこれもユゴーが現代流のエンターテイメント作家ではないことの現れかもしれない。いよいよエスメラルダが縛り首にされようとし、カジモドが大聖堂からそれを発見する時点で、ふつうに読者サービスするならば危機一髪の劇的クライマックスを期待するところ。しかしユゴーはあくまでリアリズムを貫きご都合主義的な快感を追わない。それまで運命的な母と子の別れと出会いまで演出しておきながら、このラストの非情なさりげなさはなんだろうか。しかしこれは我々が現代劇のお約束に慣れ過ぎているだけで、ほんとうはこれでいいのかもしれない。

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「ノートル=ダム・ド・パリ(上)」
ユゴー
(岩波文庫 辻 昶・松下和則 訳)

15世紀パリ。ノートルダム大聖堂の鐘番であるせむし男をめぐる数奇な運命の物語。

「ノートルダムのせむし男」として知られる傑作長編。文庫本上巻の半分までは詩人にして劇作家のグランゴワールを中心に話が進む。彼の創作による聖史劇が上演される裁判所大広間にさまざまな人物がなだれ込み、群衆を巻き込んでの大騒動になるのだが、かなりのドタバタ劇で楽しい。
いっかな見てもらえないまま聖史劇は終わり、主要人物せむし男のカシモドやジプシーの踊り子エスメラルダなども登場するが、貧乏詩人グランゴワールの悪運とその夜の放浪が描かれて物語の4分の1は終わる。

そのあと幕間の息抜きのためかノートルダム大聖堂の歴史や15世紀のパリの様子、印刷術の発明により文化の担い手が建築から印刷物へとシフトすることなど蘊蓄が披露される。面白く読めるがかなりの長さだ。

さていよいよ主人公カシモドの話。身障者として生まれた彼だが、子供のうちから動物や悪魔の子呼ばわりされ容赦のない差別を受ける。そして情に熱く美しい若き踊り子エスメラルダ。彼女もジプシーゆえの蔑視経験は言うまでもない。だがこの2人、実は幼き頃より運命の糸で結ばれていた?!

ロマン主義文学の魅力満載の面白さ!以下下巻へ!

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