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漫画家まどの一哉ブログ

   

「自由への道」3(猶予)
サルトル 
(岩波文庫 海老坂武・澤田直 訳)

いよいよ戦争が迫り、マチウをはじめ一部男性には動員が発令される。招集されて慌ただしく動く人々。登場人物がさらに増えてコラージュ的に展開される第2部「猶予」。

第1部までは主人公マチウやダニエル、マルセルなどを語り手として綴られていた文体が一気に変化する。マチウもマルセルも大勢の中の1人に退きめったに登場しない。
新たに下半身不随で障害者施設で暮らすシャルル、文字が読めず召集令状の意味もわからない出稼ぎ人グロ=ルイ、反戦主義で家を飛び出した裕福な階層の少年フィリップなど、興味深い人物たちが増えて目が離せない。夜のマルセイユに蠢くプロレタリアート。船長に身体を売る女性管弦楽団ベイビーズ。舞台はパリを離れパリを目指す人々が右往左往する。

なにより実験的なモンタージュ的・コラージュ的文体で、改行すら無視して次から次へと突然人物が変わり、慣れないうちはとまどうばかりだ。
しかし戦争へ向かう落ち着かない世の中で人々の全景を、空気自体を描き出すにはこの方法は正解かもしれない。
サルトルの人間を描く筆力が魅力に溢れていてやめられない面白さ。たいしたもんだ。

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「自由への道」2(分別ざかり)
サルトル 作
(岩波文庫 海老坂武・澤田直 訳)

作者自身をモデルにした長編小説。主人公マチウの行動がいよいよ周辺の人物にも影響して破綻へと向かう。

マチウは妊娠した恋人マルセルの堕胎が喫緊の課題なのに、教え子イヴィックの後ばかり追いかけ、進学試験に失敗したイヴィックが故郷に帰ってしまうことを嘆いている。この有様ではロクな結果にならない。

友人でありながら敵役のダニエルは何故マチウを追い詰めようとするのかわからない。また隠し事をしないはずのマルセルが何故密かにダニエルに会うのか?ダニエルのどこが救いの大天使なのか、今ひとつ納得できない。マチウを気遣って結婚はしたくないが子供は産んでみたいなら、そう言うしかない。言わない挙句の破綻は救いようがない。
このマチウとマルセルの破綻のシーンは凡庸なマチウが全否定されてやりきれない。絶望しかない。まったく辛いものだ。

事態が切迫してくるにつれ全人物の会話シーンが迫真の出来で目が離せなくなってくる。芝居っ気がなく鬼気迫るものがある。見事なものだ。
またゲイであるダニエルのモノローグシーン。カミソリで男性自身に手を加えようとするものだが、自分の手と道具に対する粘りつくような過剰な意識とその繰り返し。これもめったに見られない興奮をそそる表現だ。恐ろしいものだ。

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「小林多喜二」21世紀にどう読むか
ノーマ・フィールド 著
(岩波新書)

「蟹工船」をはじめ近年読み返される小林多喜二。その生涯を丁寧に描いて熱烈で魅力的な人間像に迫る。

多喜二はプロレタリア文学作家として作品を通して労働者の解放を願ったのであり、作品はその運動のためのプロパガンダであるから、この評伝もそこは絶対はずさない。しかしプロレタリア文学で今現在残っているものはテーマは別として小説自体が面白く、作者の才能がみずみずしく溢れているものばかりだ。私もそれがあるから読んでしまう。

また多喜二の魅力は作家としての才能だけではない。熱血漢というかバイタリティあふれる人物で、銀行員としての仕事も創作も共産党運動も全力でやる。会社でも有能で人あたりがよく職場のみんなに慕われ、左翼活動の結果やめざるをえなくなっても、泣いて別れを惜しまれたとは、全く知らなかった事実だ。近代文学のなかでこのパーソナリティはめずらしいのではないか。

真面目で有能な人間だから一途に労働運動に取り組んでいくが、そんな多喜二が獄中にあるうち、プーシキンやバルザック、ディケンズなどに触れて、小説世界の広さと可能性に目を開いていくのが当然といえばそうだが、生きてれば作家としての才能をもっともっと開いていっただろうと思うと惜しい。

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「自由への道」1(分別ざかり)
サルトル 作
(岩波文庫 海老坂武・澤田直 訳)

作者自身をモデルにした長編小説。パリの街と彼のまわりにうごめく友人・知人たち。

主人公マチウは一介の高校教師であるにしては、ふだんから知人の間でなにかしら一目置かれているようだ。だがそれがなぜかはまったく見えてこない。マチウが後のサルトル自身のようにアンガジュマンするようなシーンもなく、はっきりしない人物である。それどころか妊娠した恋人マルセルの堕胎費用を捻出する為に走り回っているありさまだ。しかし思想を抱える者とはこういう人格なのかもしれない。

比べて友人・知人たちの方が性格も行動もわかりやすく好感が持てる。なかでも対抗的な位置にいるダニエルは、マチウのように言葉を操る人間ではないが、同じ夜の街をうろつくにしても感情や態度ががはっきりしていて魅力的な人物だ。

後半登場する友人のブリュネがマチウに共産党への入党を薦めるが、ブルジョア出身の立ち位置を捨てられず、思い切りの悪いマチウ。しかし自分のことを気にかけてわざわざ励ましに来てくれた友人への感謝の思いに胸がいっぱいになる。やはり思想家も人情はある。この2人の会話シーンがいちばん面白かった。ここがサルトルの小説の大きな魅力だ。私にとっては。

この第1話の時点ではナチスの影が迫る大戦前のフランス社会はどこへやら、内容はもっぱら私生活周辺から出ない。

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「アーモンド」
ソン・ウォンピョン 作
(祥伝社・矢島暁子 訳)

脳の中のアーモンド(扁桃体)が原因の失感情症の少年。自分の感情も他人の感情もわからないまま生きてきた彼は、自分とは対照的な荒れ狂う少年と出会い、しだいに人間として成長していく。韓国ベストセラー小説。

感情をもたない主人公の少年は怪物と呼ばれて育つが、その様子を興味本位に面白く扱っているわけではなく、落ち着いた静かな調子でその不思議な生活が語られていく。しかしストーリー展開はわかりやすく派手な部分もあって、母や祖母が襲われたり、やくざ者の住処に飛び込んだり、やや通俗的な味わいも。そのせいか連載漫画を読んでいるようなわかりやすさと面白さがあって飽きさせない。

これは映画製作者でもある作者のサービス精神であり、けっして作品の品位を下げるものではない。失感情症の少年も友人となった不良たらんとする暴力的な少年も、若者たちは深い愛情をもって描かれていて、主人公に感情がないということを忘れてしまうほど感情移入してしまう。やはり彼らがまだまだ未熟で、まさに今一瞬一瞬に成長してゆくところに心が動かされる。
そしてそれは私個人が大人の目で見ているわけではなく、私の体験しなかったことを彼らに教えてもらっているのだ。

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「カブールの燕たち」
ヤスミナ・カドラ 作
(ハヤカワepiブック・プラネット 香川由里子 訳)

タリバン政権下のアフガニスタン。差別的な女性の扱いや様々な重圧にあえぐ人々。やり場のない鬱屈を抱えた2組の夫婦の崩壊までをたどる。

確かにタリバン政権の女性蔑視政策はあまりに酷く、憤りしかないのだが、作品はそれを前面に出して描かれているわけではなく、あくまでも背景に過ぎない。話のほとんどは2組の夫婦の心の移りゆきで、その動揺や困惑はよくここまで書けるなと感心するほど真に迫る。

死刑囚を扱う牢獄の看守である夫と死を前にした病身の妻。夫は病身をおしての妻の献身に逆に暴発してしまう。この屈折はどうしたことか。そして周りの人々に対する暴言や冷徹が自身の受けている重圧を少しでも解放するとは、なんと悲しいふるまいだろうか。

かたや高学歴で栄えある職業につくはずだったもう1組の夫婦。妻は屈辱的なチャドリをつけて外出するのがいやで家にとじこもり、良心的兵役拒否者であった夫は集団心理につられて死刑囚に石を投げてしまう。この夫がもっと強気な意志の固い人物であったとしても、タリバンの取り締まりには逆らえなかっただろう。それが外出した2人に悲劇をもたらした。

それにしてもこれはネタバレになるが、牢獄看守の夫の心の解放のために死刑囚の身代わりとなる妻。それを受け入れてしまう夫は間違っている。あくまで自分を支えてくれた妻に寄り添い守るべきだった。残念だ。

あまりにも苛烈なストーリーは読者である私の体験の範囲をはるかに越えている。このストーリーに負けることなく人間心理を追って行ける作者の筆力に脱帽。

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「死者と霊性」近代を問い直す
末木文美士 編
(岩波新書)

2010年代に既に近代は終わった。新たな時代に社会と死と宗教のあり方をもう一度問い直す、気鋭の研究者の座談と論考。

座談会も1部2部までは神智学周辺の人物の動きや著作を検証する内容で静かなものだが、3部以降ようやく死者にスポットが当たり始めると俄然おもしろくなってくる。
中島岳志氏の「民主」と「立憲」概念がユニークで、生きているものが主体となっているのが「民主」。対して死者のように今では動かせないものの領域を「立憲」とする。これは民主政治では多数決で決まれば実行できることでも、憲法の範囲を超えては実行できないところからきていて、柳田國男が「先祖の話」で触れている、死んできた人間といっしょに生きて行く生き方。今では動かせない累々と重なった死者との共生をもう一度思い出す必要があるんじゃないか。この「死者を含む民主主義」が新鮮だった。

また戦後日本国憲法の前文にクエーカー系のキリスト教が影響しているという考察があり、南原繁・矢内原忠雄など戦後の知的リーダーたちもクエーカー教徒であること。内村鑑三・新渡戸稲造などの無教会派に連なる信仰を持った人も宮内庁の教育者には多く、神谷美恵子も熱心な無教会教徒であったなど、これも目から鱗の新知識だ。

この無教会派の再考に続けて、入信も改宗もなく教祖も経典もない「メタ宗教」というキーワードを掲げながら、国家と宗教のあり方について、折口信夫・出口王仁三郎・南方熊楠・鈴木大拙・宮沢賢治らの立ち位置を紐解いていく展開が興奮をそそる。総じて実にダイナミックで新鮮な読書体験を得た。

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「司馬遷」
武田泰淳 著
(中公文庫)

司馬遷「史記」の多重的な構成を繙き、人物中心の史観を築き上げたその方法に迫る。若き泰淳の第一著作。

この著作が刊行された時武田泰淳は31歳だが、良い意味で筆の若さがあって、元気で活力溢れる文体が心地よい。英雄豪傑の活躍する世界に飛び込んで行く面白さがある。
もちろん「史記」は単なる英雄豪傑譚ではなく、始皇帝・項羽・劉邦など国を治める人物の怒りや悲しみ・迷いもあり、その周辺を彩る人物には文人も多く、敗れ去る者、追われる者も登場。「列伝」の中には世を捨てて隠遁する人物も描かれている。

この司馬遷の多層的な国家観・人物観を作者はあちらからもこちらからも光を当て、研究書というよりはまるで文学を読んでいるようなダイナミックな動きのある作品に仕上がっている。「史記」を読んでいないので「史記」を読むより面白いとは言えないが、心躍る事は間違いない。

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「奴婢訓」
スウィフト 作
(岩波文庫・深町弘三 訳)

18世紀、ご主人様にお仕えする執事はじめ召使の処世術を、アイロニーたっぷりにこれでもかと連ねた奇書。

さすがガリバー旅行記の作者が書きそうな風刺譚。スウィフトという人は自身も従僕を務めながら牧師を目指し、絶頂期は稀代の論客として一世を風靡した人。よって下僕の務め方を事細かく解説することもできる。

召使頭・料理人・従僕・馭者・別当・小間使・女中…その他各下僕たちが、いかに主人や奥様の目を盗んで労力を省き、自由な時間を捻出し、うまい具合に酒や料理のおこぼれにありつくかの手練手管が、果てることなく書き連ねられるが、そのあまりにしみったれた有様に感心する。読んでいてすごく楽しいかというと微苦笑くらいだ。われわれは18世紀の下僕たちの暮らしをよく知らないので、その点勉強にはなるかも。

併載の「アイルランドの貧家の子女がその両親ならびに祖国にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案」は、冗談とはいえカニバリズムなので、あまり良い気はしなかった。

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「サハマンション」
チョ・ナムジュ 作
(筑摩書房・斉藤真理子 訳)

少数の資本家が国民を支配する独立都市国家「タウン』。取り壊し寸前の「サハマンション」に暮らす国家から捨てられた人々。その果敢なる人生と絶望を描く近未来ディストピア小説。

冒頭でこの異常な独裁国家と分断された住民の設定を全部説明してしまって、さて個々の人々の話が始まると、暴力や殺人など劇的な出来事の連続である。いかにもエンターテイメントの方法を裏切らないので、ついていけるか心配したが内容はそれだけではない。

救われるのは単線的なストーリー展開になっていないところで、「サハマンション」に暮らす人々の苦難の人生が、入れ替わり立ち替わり30年の時間を行きつ戻りつしながら描かれる。
基本的人権の対象とはならず、電気や水道などの社会的インフラ、医療や教育なども自分たちでなんとかしなければならない。国家から捨てられた人々(棄民)は、実際世界中に今現在も存在するだろう。
そのありさまがしっかりと描かれていて、社会派小説として充分の読み応えがある。

ところがやはりこれは近未来ディストピアファンタジーで、最終章に近づくと思い出したように、研究室で実験対象にされる人々や、国家中枢へ侵入するクライマックスなど、SFバイオレンスに変身する。その辺りはジャンルにとらわれない異色作(?)である。

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