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漫画家まどの一哉ブログ

   

「細胞の中の分子生物学」
森 和俊 著
(講談社ブルーバックス)

遺伝子と細胞の基本的な仕組みをひとつひとつ丁寧に解説。そして著者が最前線を走る「小胞体ストレス対応」について研究秘話を含めてスリリングに語る。

DNAの働きその他遺伝子のメカニズムについて、ぼんやりとは解っているつもりでもいまひとつ知らない。特にRNAの働きが知りたくて購入。耳馴染みのあるヌクレオチドの構造から始まって、塩基配列、DNA複製の仕組み、2本のDNA鎖の向きが逆になること、そして染色体からDNA二重らせんまでつながったゲノム全体の構造など、当然だが知らないことが多すぎる。
そしてこれもよく聞くメッセンジャーRNAの働きによってタンパク質が合成されていくわけだが、これまでのシステム解説でも必要最低限の内容だと思うが、確実に理解して追っていくには本気の学習態度が求められる。たいへんだ。斜め読みした。

第4章から核を超えて細胞全体の話に入り興味深い。当方はミトコンドリアってなんだっけ?という有様。それも含めてかなり詳しい内容だ。1本のひもであったタンパク質は折り畳まれて立体的な形をとるが、この形が崩れていると狂牛病などが発生する話。二重三重に用意された不具合のあるタンパク質を分解除去するしくみなどが面白かった。その流れで著者のライフワークである「小胞体ストレス対応」のしのぎを削る研究史が物語られる。

総じてシステム解説部分はどうしても平板な文章になってしまい、文を追う楽しさはない。これはこちらが素人であるせいで、当然だが仕方のないこと。

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「量子で読み解く生命・宇宙・時間」
吉田伸夫 著
(幻冬舎新書)

不確定性原理や二重スリットなど、量子にまつわる不思議なイメージを一掃してほぼ常識的な解釈へと至る手引き書。

私のような素人が素粒子まわりを紹介した科学読み物に触れると、必ずといっていいほど、量子は波であると同時に粒子であり、粒子は二重スリットのどちらかを通ったはずなのに干渉縞を作る。あるいは観測者が位置を特定しようとすると運動量が決められない。観測という行為が量子に影響を及ぼすなどの話になり、なんて量子の世界は不思議なんだという結論で煙に巻かれる感覚だった。

本書では量子が波であるという結論から出発し、まず振動の際の定在波と節の生成を説明してくれるので、何が粒子の役割をはたしているのか理解できる。波ならば二重スリットもなんの問題もない。人間が観測することで物理的原理に影響を与えることがあるわけがない。生きている猫と死んでいる猫が並立しているわけがなく、ベータ崩壊が起きた場合と起きなかった場合で他世界がどんどん生まれているわけではない。超ひも理論の行き詰まりも含めて、全て過剰に数式に依存した論理展開を追いかけた結果であって、今日のより精密な観測に従えば常識的な感覚でもって否定して良い事例であり、ようやく安心して物理の話が素人でも聞けるようになった。

追記:この種の本は分かってなくても分かったつもりで、エイヤッと読んでしまうのが良い。

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「すべての月、すべての年」
ルシア・ベルリン 作
(講談社・岸本佐知子 訳)

自由奔放に生きた作者の自伝的短編集第2弾。アルコール依存症をかかえ、看護師として勤務。そして様々な孤独な人たち。

前短編集「掃除婦のための手引き書」と同じく苛烈な人生を直球で語る迫力は変わらない。
内省的な書き方ではなく具体的な行為がたっぷりと描かれる。メキシコやチリの人々が例に挙げられているように、人々との触れ合いが濃く距離が近い。情が深いというかつねに感情が人間を支配しているところを外さない感覚。要するに人間臭くて愛や欲望に遠慮がない。
奔放に生きていて恋も熱烈。へんな印象だがセックスが近い。またセックスかと思う。しかし別れるのも簡単だ。こう書くとかなり通俗的な内容に聞こえるが、体験が豊富で嘘がないこと、体感での人間把握の深さ、なにより大胆だが雑でない小説の技術の確かさによって名作を生み出している。しかしこんな感想は推測に過ぎない。

とはいっても私は愛に生きる奔放な姿より、アルコール中毒の苦しみや、底辺社会の診療所での看護師としての務め。そこにうごめく人々の救われない日常を描いた作品の方が迫るものがあってよかった。

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「死は存在しない」
田坂広志 著
(光文社新書)

この宇宙で起きた全ての出来事が記録されている量子真空のゼロ・ポイント・フィールド。科学と宗教の違いを超えて意識と死の真相に迫る究極の一冊。

この世界の目に見える物質も目に見えない意識も全て素粒子で構成されており、実は「エネルギーの振動」に他ならない。何もないと思われている真空も莫大なエネルギーを含んでおり、この量子真空の中のゼロポイント・フィールドに、我々の意識を含めて全宇宙で起きたことが全て記録(記憶)されている。

私たちが日常体験する不思議な出来事を解き明かし、世界の宗教が到達した真理の正体に迫るゼロ・ポイント・フィールド仮説。私が科学の素人のせいかもしれないが新鮮で面白く、この仮説だけでまとめてほしかった。

ところが後半はおおいなる宇宙意識への死後の個別意識の昇華の話で、正にスピリチュアルそのものの内容となっていく。その読後感はやはり似非科学に基づいた半宗教的な、PHP的なフナイ研究所的な感触で、物理学の「波動」という言葉が怪しい水を売るのに活用されているのと同じような気がする。
水を売っていないにしてもそのあたりは微妙なところで、著者の履歴・著作から推し量るしかないが、この新書の編集者は好意的に理解しているということだろう。

ところで死後、意識が個別的なエゴを離れしだいに平和な集合意識全体と融合していくなら、なにゆえ我々は苦労して生きているのかわからない。

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「ティンカーズ」
ポール・ハーディング 作
(白水社EXLIBRIS 小竹由美子 訳)

リビングに設えられたベッドに横たわり、老いて今にも死を迎えようとする時計修理人の男。そしてラバの曳く荷台に日用雑貨品を詰めた棚を積んで売り歩いた父親。交互するふたつの人生に行き交う思いと悲しみ。

息子ジョージと父親ハワード。二人の人生がなんども代わる代わるに語られる。ハワードの日用雑貨品の行商という仕事がそんなに大儲けできるわけもなく、長男ジョージを筆頭に4人の子供達を従えて、この結婚が失敗だったと思っている妻。ハワードは病気やケガがあったり、ふと森へでかけて帰らなかったり。彼らの人生は平凡なものだろうが、多くの思考や懊悩といったものはなくてただなんとなく続いていく気持ちというものが、ていねいに描かれるとこんなにも面白く、こころに沁み入るものなのかと感心する。

そして老いた息子ジョージは死の何時間前からカウントダウンされていく形で描かれ、ああ人が死ぬとはこんなものかという有様がリアルだ。

作者は書きたいシーンを好きに書いて、後で順序を考えて編集したという方法で仕上げたらしいが、これが良かったかも。

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「白光」
富岡多恵子 作
(新潮社・1988年)

血の繋がらないもの同士でつくる家族。壮年女性と若き男性たちで山間にひっそりと暮らす。女や男の役割から自由に生きる試みの行方は…。

語り手である島子と主催者のタマキは40代女性。そして同居する山比古とヒロシは二十歳そこそこの青年。タマキと山比古は他人だが親子というより恋人のような関係だ。
タマキはなにより説明が嫌いで、理屈立てるより直感で理解することをよしとする。このなにも説明しないという設定により、タマキがどういう信条でこの家を続けようとしているのかが曖昧になる。もしタマキの思想が言葉ではっきりと書かれていれば、その後の展開はこの思想を中心に、わかりやすい矛盾や反対が巻き起こるところだが、それではつまらないかもしれない。

この4人の共同生活は性的な営みも含むもので、その辺りはもっぱら女性側(島子)の視点で書かれているが、若き男性たちがどう思っているのかはわからない。なにより二十歳そこそこの青年男子が街へも出ずに、中年女性と付き合っている理由が判然としない。
タマキや島子のあらゆる役割的な人間の生き方、とくに女性としての役割を拒否する自由な生き方。これはさっぱりしていて気持ちのよいものだ。同年代の男性は理解がないが、若者なら付き合ってくれるというのは作品上の都合という気がする。


この暮らしも当然矛盾を含んで揺れ動くわけだが、理屈っぽくなく説明的でもなく書かれていて、この具体性がおもしろさの醍醐味だ。

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「墓の話」
高橋たか子 作
(講談社)

フランス各地で鄙びた墓所を訪ね歩いた、墓にまつわるドキュメントと創作5編。

作者はたびたびフランスを訪れ、パリを拠点にかなり遠くまで古い教会や修道院を回っているので、本書もルポルタージュ作品かと思うと、5編中3編ははれっきとした創作である。
日本人の手によるフランスを舞台としたフランス人しか出てこない小説というのはなかなか珍しいのではないか。

その感触のせいかこれらがいかにも高橋たか子作品かといわれればよくわからない。ただ本来自身の経験に寄らなくても架空の物語がいくらでも書ける人なので、こういったものもあって当然だろう。

第三話「ある小説」地方の小さな墓地を守る男が読ませてくれたある死者の自伝。第四話「自殺者のメモ帖」ある古書店で見つけた小さな冊子。2作ともここに登場する人物は、実はそれぞれ墓守の男や古書店主本人なのではないか?という終わり方。だからどうだというわけでもないが…。

第三話「ある小説」:故意ではないにせよ新婚の妻が事故死するきっかけをつくった男への、元夫の好意を装った粘着的な復讐劇。恐ろしい。
第四話「自殺者のメモ帖」:ごくたまに文通するだけの彼女は精神を病んでいて入院してしまうのだが、終始明るく溌剌としているので好感を持ってしまう。しかし現実からは遊離している。

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「湖の南」
富岡多恵子 作
(新潮社)

明治24年(1891)巡査津田三蔵がロシア皇太子に切りつけた大津事件。津田三蔵とはどんな人間だったのか。時代に翻弄された一庶民のはかない生涯を追う。

話は京阪電鉄浜大津駅となりの三井寺から始まる。琵琶湖疏水沿いのなだらかな坂道を登って三井寺へたどりつき、その境内から大津市街と琵琶湖を眺める絶景は実は、私も経験したことがあり大変良かった思い出がある。津田三蔵はここで警備にあたっていた。

その津田三蔵。出身は三重県伊賀上野で父親は藩医の身分。何を隠そう(隠すこともないが)私の父方の一族は代々伊賀上野市で暮らし、津田家と同じ藤堂家の家臣身分。(その動機で長編漫画「カゲマル伝」を描いた)津田家が味わった幕藩体制終了後の変転は、おそらく我が父方も同じようなものだったのではないかと想像して読んだ。

どうやら津田三蔵は思想犯でもなんでもなく、無口で細かいことを気にする堅物だったようで、笑って過ごせる心の余裕などはあまりなく、気持ちの行き場がないと突然狂人のようなふるまいに及ぶ。これが大津事件の正体だったようだ。

面白いのは作品の本筋である事件の話は3分の2ほどでほとんど終了し、残りは大津に暮らす作者の元へなんども届く昔近所の電気屋だった男からの妙な手紙の話題。この人生をあけすけに語る不気味な手紙をなぜ送ってくるのかわからない。
また津田三蔵に切りつけられたロシア皇太子ニコライのその後の人生にも筆は及んで、自由自在・融通無碍な書きっぷりがたいへん気持ち良く、後半は読み出したらやめられなかった。

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「わがままなやつら」
エイミー・ベンダー 作
(角川書店・管啓次郎 訳 2008年)

奇想であり荒唐無稽な出来事といかにも人間臭い女や男たち。稀有の作風で描かれる15の短編。

異形の者が多い。たとえば頭がアイロンである子供や、9つの指が鍵になっている少年。ペットショップで売られる小さな人間たち。などありえない設定ながらSFショートストーリーでもなく、静かに人間の内実が語られていくような落ちついた感触。いかにも不思議。話が不思議というのではなく、なぜこんな作品が成立するのかが不思議でならない。

シュールな感覚を面白がるより、描かれる人間たちが魅力的で目が離せない。現実的な話もある。例えば次々に狙った子持ち女性をモノにするマザーファッカーなど、嘘でありながらこんな奴がいても不思議ではない。またダサくてうざくて虐められる同級生の女子も登場。なるほど確かに男も女も人間存在の本質に迫るというほどの深刻さはないが、市井の人間風俗がよく描けていて面白い。そしてこの筆力をベースにジャガイモが人間の子供に育っていく奇妙な話を語られるのだからたまらない。

果実の名前を固体・液体・気体で造形して法外な値段をつけているフルーツショップの話が面白かった。

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「ここから世界が始まる」
カポーティ 作
(新潮文庫)

若きカポーティが残した14篇の小品を収録。まだ10代の頃の習作から始まり、やがて秀作へ結実していく様子が手に取れる。

カポーティ体験なしで読んでみたが、なんとなく大味なざっくりした感触で、話の途中で終わってみたような仕上がりは荒削りなものを感じた。若書きであることを知らずに読んでいた。

自分より社会の人間を書こうとするタイプらしく、様々な世間にうごめく人々をが登場して飽きない。100歳に届こうかという頑固者の貧しく意固地で偏屈の老婆をはじめ、孤独な女性が多く登場する。学生である女子たちも教室の中で常に孤独だ。そして黒人であったり黒人の血が混ざっていることで差別されたり、とうとう死神に出会ったりする。作者がまだ若いのに人生半ば過ぎた女たちがよく書けるなと感心する。

若くして自身やその周辺のことではなく、人間一般がこれだけ見れる、書けるということはさすがに才能であって、文庫解説にもあったが次から次へと書かずにはいられないのも仕方がない。社会を見れば材料はいくらでもあるのだ。

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