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漫画家まどの一哉ブログ

   

「ここから世界が始まる」
カポーティ 作
(新潮文庫)

若きカポーティが残した14篇の小品を収録。まだ10代の頃の習作から始まり、やがて秀作へ結実していく様子が手に取れる。

カポーティ体験なしで読んでみたが、なんとなく大味なざっくりした感触で、話の途中で終わってみたような仕上がりは荒削りなものを感じた。若書きであることを知らずに読んでいた。

自分より社会の人間を書こうとするタイプらしく、様々な世間にうごめく人々をが登場して飽きない。100歳に届こうかという頑固者の貧しく意固地で偏屈の老婆をはじめ、孤独な女性が多く登場する。学生である女子たちも教室の中で常に孤独だ。そして黒人であったり黒人の血が混ざっていることで差別されたり、とうとう死神に出会ったりする。作者がまだ若いのに人生半ば過ぎた女たちがよく書けるなと感心する。

若くして自身やその周辺のことではなく、人間一般がこれだけ見れる、書けるということはさすがに才能であって、文庫解説にもあったが次から次へと書かずにはいられないのも仕方がない。社会を見れば材料はいくらでもあるのだ。

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「正岡子規ベースボール文集」
(岩波文庫)

まだまだ野球が珍しかった頃、その魅力にとりつかれ大いに運動した、まだ病を得る前の子規。その若く溌剌とした文章を編纂。

「今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸のうちさわぐかな」
野球自体を題に撮った句や歌はわずかだが、これがいちばんおもしろい。この時代スポーツといってもその種類はわずかで、短距離や幅跳びなど陸上競技があるばかり。子規からするとそれは単純なもので面白みに欠けるとしている。それに比べて唯一の球技であるベースボールの面白さたるや!と言う具合で元来室内的な生活を送る子規が戸外で運動しているのもやはり若いせいもあるだろう。バットはあるもののグローブはなく素手。投球は基本ワンバウンドのようだ。

野球のルールを文語にて縷々解説しているが、なかなか知らない人には伝わるまい。
「地獄に行ってもベースボール」という章にある「啼血始末」という小説(といってもセリフばかりで戯曲のようなもの)が愉快愉快。閻魔大王の前で生前の行いを確認されるわけだが、子規の弁明は脱線に次ぐ脱線でなんども鬼に注意されるありさま。やはりこの人は病苦の印象があるが、本来的には快活な明るい人だったのではなかろうか。

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「赤死病」
ジャック・ロンドン 作
(白水Uブックス・辻井栄滋 訳)

2013年恐ろしき感染症によって壊滅した人類とその文明。そしてその60年後、わずかに残された人々は新たに人類の歴史を歩み始める。

ジャック・ロンドンは静謐や内面といった要素の真逆の、世界を股にかけた動きの大きい物語を描く作家。と言う印象だが、社会的視座をもって近未来を予測したSF的なものまで書いていたとは。

語り手は病魔をくぐり抜けて残された主人公が老人となった今(2073年)、新たに育つ子供達にいかにして過去の文明と繁栄が崩壊していったかを語る。この老人が少年たちにまったく信用されてなくて、嘘つき老人として馬鹿にされている設定が悲しい。

パンデミック後の社会では崩壊した身分関係の中から少しずつ新しい部族が成長し村を作っていくが、それはまたかつてと同じように暴力や戦争を含んだ人類史を繰り返すものである。といったペシミズムと諦念。

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「無限の玄/風下の朱」
古谷田奈月 作
(ちくま文庫)

男ばかりの家族・親族で構成されたブルーグラスバンド。或る日突然死んだ父親はその後も毎日現れては何度も死んでいく。とまどう息子たちの屈折がしだいに明かされていく。

「無限の玄」:毎日蘇る死者という突飛な出来事が起きているが、表現は真面目で引き締まった風格のある文学という印象だ。幼い頃から一丸となって旅から旅へのバンド活動。しかも男ばかりという特異な設定は、まるで小説のための実験室のようであり、集中して人間を解き明かしていくことができる。なんのために父親は甦るのか。実験は始まった。
もちろんなぜ彼がこうしたか、対してなぜ相手はどう言ったかなど、その想いのひとつひとつが私に分かるわけではないが、少しずつ崩壊していく彼らの繋がりを追いかけて目が離せない。

「風下の朱」:大学の女子野球部の話でこちらは女しか出てこない。健康ということに異常に執着して、野球でありながらチームより個人の資質を優先するキャプテンのためなかなか部員が集まらない。
グラウンドや用具含めて野球をしていることの描写に臨場感があり美しい。読んでる方も汗をかく思い。キャプテンの親和性のない性格が際立っていて、対立するソフトボール部のリーダーは正反対の丸い性格。そのせいもあって、短い話だがしっかりとドラマがありクライマックスがあって興奮する。

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「親衛隊士の日」
ウラジーミル・ソローキン 作
(河出文庫)

2028年、皇帝の支配する帝国ロシアで自由気ままに活動する陛下直属親衛隊の精鋭たち。その強奪と暴力と薬物に明け暮れた日々を活写。空想的幻惑小説。

ソローキンは以前「青い脂」を途中まで読んで挫折した経験があり、今回はさほどの大長編ではないので挑戦してみた。
犬の首をぶら下げた車や銃を使わないナイフによる殺人などグロテスクなイメージ。しかし通信手段などは空中に画像が現れるなど今日的。
親衛隊の連中は皇帝陛下を守るという名目はあるものの、インテリも含めてゴロツキのような連中で残忍であり、女性には興味がないらしく性的なシーンは薬物を使用したあげくの男性同士のものである。

エンターテイメントとしてこれらの設定はあるだろうし凡庸さも感じないので、面白いかと言われれば退屈だった。社会構造や人間存在の本質に迫るような部分は無く平板なものだが、かと言って美的なものでもなく、男性性ばかりが前面に出て個人的にはつまらない。なんども投げ出そうと思ったところで、中国人の老占い師天眼女や豊満な肉体を持つ皇后などが登場してなんとか完読できた。

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「いい絵だな」
伊野孝行×南伸坊
(集英社)

現役イラストレーター2人による自由でとらわれない絵の見方。力の抜けたスタンスで面白さを再発見。

やっぱり絵を描く人の分析はおもしろいな。絵画評論というと小難しいものが多く、最近は楽しい絵の見方的な著作も増えているようだけど、ここまでフランクに解剖したものはなかったように思う。明け透けで遠慮がなく、描き手の都合や内心や好き嫌いまで及んで創作の謎を解き明かす。楽しい興奮がある。

どうしても自分との比較で語ることになるが、さすがにイラストレーターだけあって絵がめちゃくちゃ好きなんだなと思う。見ている絵の数と思い入れが違う。もしこれが伝統的な絵画界・美術界の人だったらここまで全ジャンル自由に語れないんんじゃないか。
1964年に始まった和田誠や宇野亜喜良らによるイラストレーションの革新や湯村輝彦などヘタウマ台頭などへの想いの強さを見ると、やはり成るべくしてイラストレーターに成った人だと感じた。自分も同時代を生きてきたが、さほどの関心はなかった。

マルケのゆるさの良さもわかるが、自分ではゆるい絵もしっかりした絵もどちらもOK。田中一村もOK。

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「女誡扇綺譚(じょかいせんきたん)」
佐藤春夫 作
(中公文庫)

新鋭作家佐藤春夫が日本の同化政策下の台湾を周遊。植民地政策の欺瞞を見てとるルポルタージュと幻想譚を収録。

巻頭表題作「女誡扇奇譚」これだけが純粋な空想小説で、他は巻末に「魔鳥」がある他はほぼ旅行記である。廃屋で聞いた謎の声にまつわるミステリー仕立ての佳作で、読み始めるやいなや佐藤春夫の飾り気のある文章に魅了された。やはりこの夢見心地が佐藤を味わう醍醐味であろう。

当時佐藤春夫は新鋭作家として大いに名声を得ていたようだが、この台湾旅行中もまるで国賓扱いのもてなしぶりで、支配国の詩人などというものがそんなに偉いのか不思議な気がする。
旅行記の一つに「植民地の旅」というタイトルがあるとおり、佐藤自身は友人である台湾人と対等に付き合っても、その実台湾社会は内地人(日本人)・本島人(漢民族)・蕃人(先住民)の順にれっきとした差別構造がつらぬかれていることはいやでもわかるというもの。旅行記自体はのんきなものだが、そこはリアルだった。

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「数学独習法」
冨島佑允 著
(講談社現代新書)

文系ビジネスマンのために代数学・幾何学・微積分学・統計学の4つの基礎を経済活動に寄り添って解説。

自分はビジネスマンではないが、数学が苦手な文化系人間なので手に取ってみた。良い意味で夢の無い本だ。数学の持つ神秘性やこの世界の構造に迫る不思議さといった面白さはなく、もっぱらビジネスなど社会経済活動の具体例に寄り添って解説。それだけに夢は無いものの確かにわかりやすく、まったく知らなかったことはないが、ぼんやりとした理解が薄ぼんやりまで進化したかもしれない。

代数学・幾何学・微積分学・統計学の4分野が順に解説されるが、代数学は変数や関数というものの基本的な意味がわかってよかった。2次関数や指数関数に馴染みはあっても、関数そのものが分かってなかった。

幾何学は面白そうで期待したが、なんと三角関数の話だった。なるほど三角形は基本中の基本だ。本書を通じてやはりいちばん理解できなかったのが三角関数で、「角度」と「辺の長さの比」の関係というものがイメージできなくて困る。とらえどころがない。
それに引き換え微積分学は以前からイメージしやすくてそんなに難解な印象は持っていない。なにをやっているのか謎めいたところがない印象だ。

最後の統計学は偶然性に関する本などよく読むので自分の好きな分野であり、大数と正規分布を世の中の基本と思っているので納得できる。平均値・最頻値・中央値の解説もよかった。
しかし全編通して私の勘違いかもしれない。

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「貸本屋とマンガの棚」
高野慎三 著
(ちくま文庫)

戦後1950年代から高度成長期が始まるまで、約15年の間に生まれて消えた貸本漫画。忘れられたその世界を当時の社会状況から解き明かす。

マンガの歴史やマンガ界全般に興味が無く、マンガを研究することもないので極私的な感想を持つばかりだ。
著者高野さんが常に説いているのが、作品が描かれた状況を理解することだが、やはり貸本マンガ全般よりもつげ義春や水木しげるなどの作品の背景を読み解く方が面白い。

私自身は貸本マンガの終焉期に触れているが、幼すぎるため劇画などは目に入らず、もっぱら山根赤鬼・青鬼などの愉快なものばかり読んでいた。この著書のなかでユーモアマンガとされるジャンル。その代表として語られる前谷惟光は今考えてもかなりユニークな作家ではなかろうか。子供でも笑ってしまう嫌味なギャグ。

つげ義春やつげ忠男が、時代に合わせて少女ものや忍者ものを描いていて驚くが、ほんの1ページ見るだけでもやはり魅力を感じてしまう。つげ義春のハードボイルド作品「見知らぬ人々」のコマ展開と画質が理想に近い!そして白土三平や水木しげる。自分が貸本マンガに言及するとしてもこの辺りまで。個人的な趣味としては平田弘史やさいとうたかをは男性性が勝ちすぎていて苦手な部類。かといって本書で女性的とされる小島剛夕が好きかというとまったくそんなことはない。

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「独房・党生活者」
小林多喜二 作
(岩波文庫)

工場労働者の立場から身分を隠して生きる潜伏活動家へ。非合法共産党員の困難な日常を体験を持って描いたリアリズム小説。


「党生活者」:日本労働運動史をまったく知らないわけでは無いが、やはり小説の形で読むと、ありありと身に迫って格別である。いかにして官憲の目をくぐり非合法の活動を持続するか。そのなみなみならぬ注意と工夫が、ヒリヒリと緊張感があってスリリング。しかしなにぶん実話ベースなので読んでいて楽しいといったものではない。

主人公佐々木以外にも登場する仲間の須山や伊藤らは実にタフで誠実で敬服に値する人物だ。特に伊藤ヨシは女性ながらも拷問にも怯まず、つねに積極的に活動を拡大させようとする労働運動の鏡のような人間だ。
それに反して主人公が選んだ同居人笠原は、まったくの小市民的で理念の無い女性。佐々木は住まい(隠れ家)と生活費の解決のためこの女性を利用している。せっかくの結婚生活でありながら佐々木は非合法活動にあけくれ、彼女(笠原)が疲れて仕事から帰ってきても夜はいないし、休日も散歩も語らいもないという、なんの私的な楽しみも無いあまりな生活。

文庫解説によるとこの作品が発表された当時も、この女性をもの扱いして利用する態度(マルクス主義者でありながら前近代的)に批判が及んだようだが、これは小説に対する批判としては真面目すぎるのではないか。
この作品はあくまで前編であり、佐々木と笠原の生活にこれだけ問題点が蒔かれていれば、書かれなかった後編で2人の関係が大いにテーマの一つとして事件化されるかもしれないではないか。
文庫併催作品の「独房」でも隣家の女性の下着を覗く話題などあるが、この小市民性を描いてこそ小説であり、プロレタリア芸術運動だからといって理念に傾注するほど名作としてしまっては、面白いものは残らない。

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