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漫画家まどの一哉ブログ

   

「世界の果てまで連れてって!…」
ブレーズ・サンドラール 作
(ちくま文庫)

第二次大戦後のパリで自由気ままで破天荒な生活を続ける老女優。そのあきれた乱脈ぶりを本人が喋って喋ってしゃべり尽くす物語。

物語の最終近くで、まぶたに刺青をされた外人部隊からの脱走兵の語るエピソードが面白かった。また前半、酒に溺れたろくでなしでありながら従軍後レジオン・ドヌール勲章をもらって帰ってくると酒場を開き、カウンター内で殺されてしまう男の話もおもしろかった。
それ以外の各章のほとんどは主人公の女優テレーズ婆ちゃんの一人語りだが、確かに常軌を逸した生活(性生活)ぶりだが、内容に興味が持てなかった。小説全体を通して絢爛豪華な饒舌体だが、この作品では邪魔な感じがした。

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「どこに転がっていくの、林檎ちゃん」
レオ・ペルッツ 作
(ちくま文庫)

捕虜時代に受けた侮辱とその屈辱をはらすため、革命さなかのロシアへ潜入したオーストリア陸軍将校青年。宿敵の収容所司令官を探して戦火をくぐり抜け、流浪する果てに得たものは?

主人公ヴィトーリンは、せっかく解放されてロシアから故郷オーストリアへ戻れたというのに、心に誓った復讐のためだけにすぐさまロシアへ舞い戻ろうとする実に酔狂な人間だ。いっしょにオーストリアへ帰国した捕虜仲間が次々と復讐の誓いから離脱し、ヴィトーリン自身も家族との語らいや恋人との逢瀬に日々を費やす中で、密かにロシア行きの手配を実行。そして恋人に計画を打ち明ける間もないままにある夜突然の出発。と、ここまでは周囲の人間との緊張関係があって面白かった。

ところが主人公ヴィトーリンが内戦中のロシアへ渡り、復讐のための冒険が始まると、エンターテイメントの設定が際立ってしまい、話への関心が薄れてしまった。という点は私の極めて個人的な感想だが、ほとんどのエンターテイメントは主人公がどうなろうと私にとって切迫性がなく、読み続ける気が起こらないのだ。

しかし最後にようやく仇敵の元収容所司令官を前にし主人公がとった行動は、人間的な、やや虚しくともこころ安らぐ思いがした。これでよかった。

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「精神と自然」
グレゴリー・ベイトソン 著
(岩波文庫)

サブタイトル「生きた世界の認識論」。我々の世界と認識そのものを多角的、網羅的に分析してシステムの本質に迫る。

私たちが世界を捉える仕組みをここまで厳密に整理・分類することができるのか。そのことに先ず驚き、著述全体を振り返ってトータルな感想を述べるだけの理解はとてもないものの、各章ごとの精密なケース解説はおもしろく読んだ。以下項目の中からピックアップ。

誰もが学校で習うこと:科学は何も証明しない・数と量とは別物である・因果関係は逆向きには働かない。
重なりとしての世界:両者の違いが違いを生むことで情報となるような”最低二つ”のものとは一体何者か。__両眼視覚・同義の異言語・うなりとモアレ等など…。
精神世界を見分ける基準:精神とは相互作用する部分(構成要素)の集まりである・精神過程は、再帰的な決定の連鎖を必要とする・変換プロセスの記述と分類は、その現象に内在する論理階型のヒエラルキーをあらわす。

大いなるストカスティックプロセス:ストカスティック(散乱選択的)とは、出来事をある程度ランダムにばらまいて、その中のいくつかが期待される結果を生むことを狙う、の意。ジェネティックな(遺伝子レベルでの)変化も、学習と呼ばれる習得プロセスも、ともにストカスティックな進行過程であるという大前提に本書は立つ。

などなど項目を羅列したが、わかる範囲で感心して読んでいるのが精一杯で、こちらからの新たな疑問などまるで覚束ない。本書全体を通してベイトソンが到達した極めてユニークな視点がなんであるのか、私の手には負えないが魅力は大いにあるのだ。

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「科学と仮説」
アンリ・ポアンカレ 著
(ちくま学芸文庫)

「わたしたちのユークリッド幾何学は、それ自体では言語の規約のようなものにすぎない」幾何学の公理・公準、物理学の仮説とは何か。科学の要諦に迫る哲学的エッセイ。


数学が苦手で数式などさっぱりわからない自分だが、内容的には非常に興味深く、文章の心地よさに惹かれてついつい読んでしまった。とは言っても後半割愛した部分もあるが…。明晰さの鏡のような著述で、正確には理解していなくても読めるというシロモノ…(こんな読み方でいいのか?)。

数学における公理というものはなぜそう言えるのか。公理はどこから来たか? 
これは常々素人考えでも疑問だったが、実験を積み重ねてもその事実が公理へと決定されることとは質的な飛躍があり、帰納的に考えることはできない。より先験的なものへ先験的なものへと繰り返し遡ってそのそもそもを見つけようとするが、どうやら公理は人間が創った規約であるらしい。
というような大雑把な読み方をしながら「空間と幾何学」「実験と幾何学」「古典力学」「エネルギーと熱力学」などという項目を追っていった。

この著作の面白さは前半ここまでにある。
巻末訳者解説で、公理は分析判断でも後見的総合判断でもなく、先験的総合判断であることを結論付け、幾何学の公理が規約である結論に導かれるが、この解説は途中で一回読みたかったくらいわかりやすかった。

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読書
「戦う操縦士」サン=テグジュペリ 作
(光文社古典新訳文庫)

ドイツ軍に占領されつつある北フランス。軍の偵察機を操り決死の低空飛行を敢行する著者。意味のない作戦を完遂した彼は、身を捧げて人々とともに生きる喜びを発見する。

フランス軍は既に機能不全でこの危険な偵察飛行になんの意味があるのか。不毛な作戦と戦争遂行のために自ら破壊される村や自然。糧もなく村を追われて逃げまどう人々が描かれ、主人公が嘆息するように戦争の馬鹿馬鹿しさ虚しさが伝わってくる。これはまぎれもない真実だろう。

しかし後半過酷な作戦をなんとか成功させて帰路に着くと語り手(著者)の思いは明らかに変わり、自分がこの部隊・この仲間・国民・国家とともにあること。その一員として身を捧げつくすことに人間存在の意味を見いだす。これも確かに真実であって、人は社会的存在であり他者とともに生きてこそ実存を得られると思う。

この前半と後半の変わりようはけして背反することではなく、共同体のために努力することも確かに生き甲斐だ。著者は戦争の最前線でからくも生き延びからこそ、この境地を得られたのだろう。
しかし侵略者から国を守ることは正義であるにせよ、大きな目で見れば戦争自体は圧倒的に虚しく不毛な行為で、我々は国家権力の判断しだいで翻弄される存在であり、支配と被支配の関係が無化されることもありえない。
著者の実体験の大きな感動がこの冷たい事実を覆い隠しているのだと思う。

実体験に離れず描かれた方法で、文章自体は平易でわかりやすいが、表現の技巧を楽しむところは少なく自分としては物足りなかった。とくに後半の人間のあり方に関する熱を帯びた著述は、もはや小説とは別のものになっている。

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読書
「死者の百科事典」ダニロ・キシュ 作
(創元ライブラリ)

旧ユーゴスラビアの作家。不思議な出来事の中に人間の愚かさをテイストして、格調高く仕上がった短編の数々。

手を変え品を変え、変幻自在な語り口で描かれた幻想譚だが、どの作品も登場人物の視点に入り込むことからは一歩退いた、基本的に冷静な客観的な叙述という感触がある。過去文献を紐解くような、なにかしら研究書のような味わいは、違うかもしれないがボルヘスのような印象がある。

表題作「死者の百科事典」は、無名の人生を生きた市井の人々の詳細な伝記集であるし、「師匠と弟子の話」も詩人で哲学者もある師匠の聖書解釈の業績を惨憺たる手縞をもって追いかける自称弟子の話。中編「王と愚者の書」は密かに進められる反キリストの運動を追った書が、そもそも誰の著作を始まりとし、いかにして長い年月を経て人々に受け入れられたかを明らかにする。
この作品など、その文献や人物をしっかり把握しながら読んでいくと、かなり面白い出来だと思うが、残念ながらいささか根が享楽的な自分には上滑りな読み方しかできなかった。

そんなわけで書をめぐる冒険集のような味わいがあり、他の短編もみんな面白いのだが、反面図書館で歌って踊ったらいけないような気の抜けなさがある。

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読書
「アンチクリストの誕生」レオ・ペルッツ 作
(ちくま文庫)

自分の息子がアンチクリストだと信じ込んだらどうするのか。幻想味溢れる豊かな着想とストーリー展開。手練れのエンターテナー、ペルッツの短編集。

「アンチクリストの誕生」:ここに登場する悪党3人組の設定の面白さ!細身の剣を持ち貴族のような出で立ちだが、頰に膏薬を貼った赤ひげの粗野な男。相方の司祭のような格好で始終うすら笑いでちょこまか動く落ち着かない小男。そして二人のボスは黒一色をまとった長身蒼白の口をきかないサーベルの達人。まるで劇画から抜け出たようなエンタメの王道をいくキャラクターではないか。
主人公の靴直し屋とその女房の過去や、アンチクリストとして生まれた赤ん坊の運命など、気が気でない展開に目が離せない。ページをめくるのが怖かった。

この表題作以外の短編も、月に呪われていると妄想する男爵「月は笑う」、降霊術で生きている人間を呼び出したらどうなるか「ボタンを押すだけで」、捕虜として療養所で暮らす何年もの間、たった1日の新聞のみを与えられたら…「一九一六年十月十二日火曜日」など、奇想ばかりでみな面白く、しかも文章は格調高く読んでいてこころ豊か。おお、これぞ不朽のエンターテイメント。

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読書
「デミアン」ヘルマン・ヘッセ 作
(新潮文庫)

ストリーウス少年を後悔と苦悩から救い人生の導き手となる友人デミアン。
やがて青春のところどころに現れるデミアンが体現する理想の生き方とはなにか。

物語の大半は精神的な考察で埋められていて、主人公ストリーウスのクリスチャンとして堕落したり立ち直ったりが描かれる。空想上の理想の女性ベアトリーチェを思うことによる落ち着きや、神的なものと悪魔的なものを結合する「アプラクサス」なる神を見つけたりする。

結局最終的に得る結論が、「自分以外のものに振り回されずに、自分自身に忠実に自分が行くべき道を行き、自分がなすべきことをやれ。」ということだが、それではあまりにあたりまえな気がする。それだけ自分以外のものを理由に生きていることが多いということだろうか。

私自身は自己流で生きるしか方法はなく、他を省みる余裕もないので、この辺りは今ひとつ胸にストンと落ちるものではない。茫漠とした印象だ。
この結論を導くデミアンの母エヴァ夫人の家に集まっている連中も、修行者や占星術師や菜食主義者や道を探求する人々ばかりで、言い方は悪いがカルトのような、道に迷った未熟な人間の巣窟ではないか(偏見)。これではシンクレールに「話していることが古本くさい」と言い放たれた宗教家志望の友人ピストーリウスとどう違うのか。多角的に文献を渉猟しているピストーリウスのほうがまだ好感が持てる。カインのしるしを持つものという条件はイメージ以外になにをさしているのか、読み込めなかった。

このエヴァ夫人とデミアン、シンクレールのラストあたりのやりとりは既に神秘的な領域に入っていて、彼らの生き方のバックボーンが信用できない。また戦争は自然現象ではなく人間の愚行だということに至っていない。

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読書
「ロボットと人間」人とは何か
石黒 浩 著
(岩波新書)

人間そっくりのアンドロイド開発の最先端をいく著者が、ロボットと人間の様々な交流・実験を通じて、人とは何かの輪郭に迫る。

会話中の細やかな表情の変化や手の動きまで表現できるアンドロイド。しかも自立して判断して会話に応えており、人間と相対しているのとほとんど違和感がない。面白いのは会話の成立・継続というものをかなり幅広く余裕を持って捉えていて、必ずしも一つのテーマをお互いの応答で掘り下げていることに限定しない。軽く相槌を打って形式的にでも会話が進行すればよく、実際質問の意味をわかっていなくても良しと見なす。いわれてみれば普段の人間の会話もそんなものかもしれない。

個人的には人間そっくりのアンドロイドでなくても、玩具的なかわいらしいマスコットロボットでも別にいいと思うのだが、アンドロイドであることによって、まさに人の成り立つ条件がわかってくる。

人は遠隔操作でロボットを操っていても、あたかも自分の体を動かしている感覚になってしまうようで、技術の延長・拡大により見えない場所、行けないところも自在に体験できる。しかも直接脳波でそれを実行できるとなると人間の体験に革命が起きる。

あらかじめ決められた動作を行っているだけでも、人はロボットに心を感じる。また、ロボットと話しているときのほうが心置きなく話しやすいなど、納得できる話である。

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読書
「詩とは何か」吉増剛造 著
(講談社現代新書)

過去の鍵となる詩人の作品から詩の姿を見つけるとともに、著者自身の詩作をふりかえって、詩の生れ出る瞬間に肉薄する、迫真の口述筆記。

詩魂もなく著者の作品にも不案内な私だが、めずらしい読書体験を得た。
前半では詩の「様々な姿について」、ディラン・トマスやエミリー・ディキンソン、パウル・ツェラン、吉本隆明、石牟礼道子、啄木、透谷など。知らなかった作家も含めて魅力的に紹介され楽しい。

ところが後半「詩の持つ力とは何か」になると、著者独自の詩作過程、いかにして詩が立ち上がってくるかが語られ、それが音でもあり画像でもあり、はっきりとした形をとる以前のイメージそのものが明らかにされ驚いてしまう。

詩人はみんなそうではないだろうが、墨筆や鏨で紙に物理的痕跡を作って原稿用紙とするところから始まり、極めて微妙ななにもないところから芽生える原初の感覚を見つける。その類まれな創作術が理解できるかといえばそうではないが、なんとなくわかる。いや、やっぱりわからない。
これは多分に口述筆記だからこそ語り得た世界で、整理しすぎない文章だからこその著述だ。自分には歯が立たない。

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