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漫画家まどの一哉ブログ

   

「樹影譚」
丸谷才一 作
(文春文庫)

手を替え品を替え書かれた短編3作。風味馥郁たる名品を味わう楽しさ。

「樹影譚」:樹自体ではなく壁に映った樹の影の美しさにひかれるのは何故か?その感覚の由来をめぐる。作者はそれを短編小説に仕立て上げようと目論むが、ナボコフの同様の作品に思い当たり、調べてみるが判然としない。その過程を面白く読んだところで、さて仕立て上げた短編小説が始まる。
主人公はやはり小説家であり、その短編小説の中でも壁に映った樹の影に魅せられる由来をあれこれ思い巡らすという二重構造で、箱の中に箱があるようなカラクリだ。
最後には愛読者である老婆が登場し、幼き作者が樹の影にとりつかれた所以を明かすが、これも狂人のたわごとという実に手の込んだ傑作。

「夢を買います」:夜の店で働いているらしい女性が友人へ語りかける態で書かれた、最初から最後まで彼女の口調で終始する短編。客である宗教学者のしつこさがおかしい。砕けた口調でこの面白さはやはり手練れならでは。

「鈍感な青年」:図書館で知り合った初心な二人が佃島を散歩したのち、初めての体験に至る様子。会話がどれも最小限の短さで、軽快なリズムで読める仕上がり。

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「遮光」
中村文則 作
(新潮文庫)

恋人の死を周囲に隠しながら生きる、言動のすべてが他者の目を意識した虚言で占められる青年。病的な日常を描いた恐ろしい小説。

幼き頃に両親を亡くし、以後周囲の人間に嫌われないよう他人の顔色ばかり見て生きてきた男。自分の言動がすべてそれらしい演技であることを、常に自分でも意識している。しかし確固とした主体的意識が内奥にあるわけではなく、心の中心は空洞でほんとうの自分というものは終ぞ無い。

読みだすとわかるがこの青年の人格は明らかに病的で、それが一人称で書かれているため、他人事で無い空恐ろしさがひしひしと伝わる。虚言癖とはそんなものかもしれないが、罪の無い虚言を超えた暴力や奇行が連続して、読んでいて心苦しい。選んだのを後悔したがそれも遅く、短いものなので読んでしまったが、これも文学の力だ。

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「海」
小川洋子 作
(新潮文庫)

どこか幻想的で奇妙な風味溢れる短編集。

日常からの離れ方がさりげなくて、意図的にこしらえた設定であってもわざとらしくなく、独特の香りを楽しみながら読める。

「バタフライ和文タイプ事務所」:医学部の院生が書いた論文を5人のタイピストがひたすら打ち込んでいる不思議な事務所。タイトルである事務所名が既に秀逸である。印字に欠けが発生する漢字が糜爛(びらん)の糜や、睾丸(こうがん)の睾など、官能文学に寄り添って書かれたおかしさと幻想味がないまぜとなった傑作。もし私が現代幻想文学短編集の編者なら間違いなく入れる!

「ひよこトラック」:ケバい獄彩色に塗られた縁日で売られるひよこを満載したトラックが、定期的に通り過ぎていく。という情景そのものが夢の中にいるようだが、それを見ているのがホテルのドアマンと、彼の下宿先の絶対しゃべらない少女。彼女が蒐集しているのが昆虫や動物の抜け殻という、白日夢の中にいるような小品。

「海」:結婚の挨拶に訪れた彼女の実家で、義理の弟の部屋で寝ることになる。この弟が自作したメイキンリンという楽器は果たしてどんな音色を奏でるのか。落ち着かなさと、はっきりしない妙な具合が味わえる。

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「ホモ・エコノミクス」ー利己的人間の思想史
重田園枝 著
(ちくま新書)

科学たるべく経済学が中心に据えた概念ホモ・エコノミクス。新自由主義に侵された昨今、ホモ・エコノミクスが経済学を超えて我々の日常を侵食するまでを広範な社会思想史から分析する。

世の中知らないうちにあらゆる局面で資本の(商業の)言葉が大手を振って歩き、なにもかもが金(カネ)の話になっていくことを、なんとなく憂いていてこの書を手に取った。
著者は政治思想史の専門家(著者のちくま新書過去2作は読了済)であるから、経済学がホモ・エコノミクスを採用・発展させていくまでを多くの経済学の先人の歩みをたどって紹介してくれるが、素人としてはその辺は飛ばし読みした。

三部に分かれる本書のうち、やはり馴染めるのは第三部「ホモ・エコノミクスの席捲」であって、たとえば大学教育をすぐさま利益に結びつく成果を目標とし、費用対効果で査定していくことの不毛さや、農業を短いスパンで利益を求めた結果、地球環境の大きなサイクルを破壊してしまう愚かさなど、ふだん見聞きする現代社会に浸透してしまったホモ・エコノミクスの災いをあらためて確認することができる。また世界的に広がる「政治嫌い」の所以についても、ホモ・エコノミクスの結果であるらしく、興味深い所見を得た。

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「世界は『関係』でできている」ー美しくも過激な量子論
カルロ・ロヴェッリ 著
(NHK出版)

量子の奇妙なふるまいの正体を新たな解釈「関係」をもって突破する。話題書「時間は存在しない」につづく目から鱗の問題作。



前作「時間は存在しない」を興奮して読んだ自分だが、同じく物理に疎い自分のような者でも安心して読める。もちろん正しく読めているとは思わないが、数式もなく、華麗なる文芸的なイメージも漂わせておもしろい。

相互作用なくして属性なし。不思議不思議な量子の世界。
量子重ね合わせが存在するとき、シュレーディンガーの猫は起きているか眠っているか(死んでいるか)の両方で、観測したとき初めてその属性が発現する。対象物は相互作用したとき、相手との関係によって初めてその属性が決まる。つまり事物は関係することによって初めて事物たるのだ。

世界は何も決まっていない量子重ね合わせの網の目の中にあって、観測者との相関が生まれた瞬間に初めて現実となる。
これは衝撃的な発見だが、この量子という極めて小さなしかし物質の本質で起きていることを、われわれを含む存在全てに敷衍してしまっていいのだろうか。世界が量子で出来ている以上いいのかもしれない。

形而上の深層を窺う必要がないし、他世界解釈も必要としない。世界は秘せられた仕組みのないフラットなものとなって現れた気がする。それでもなお世界と存在の意味を問うとしても、問いようがなく答えもないところへ来てしまった。
物理に疎い自分の書ける感想はこれくらいです。

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「悲しみの歌」遠藤周作 作
(新潮文庫)

過去に米兵捕虜の生体解剖に参加した医師。正義派ジャーナリスト。隣人愛にあふれた外人。裏表ある大学教授。新宿を舞台にさまざまな人間が絡み合う現代劇。代表作「海と毒薬」の後日編。

表舞台ではもっとも先進的で自由主義的な言動で知られるも、家庭では真逆の家父長的で旧弊依存の大学教授。落第目前の堕落した学生。戦犯が反省もなくのうのうと社会に復活していることを追求する正義感に燃えた新聞記者。まるでイエス・キリストの如く人の不幸に寄り添い愛を与え続けるフーテン外人。
面白みを増すためとはいえ、あまりにも典型的で類型的な人物ばかりが登場し、対立軸はわかりやすいもののリアリティーに欠けるのではないか。人物の内心に必然性が感じられない。物語のための安易な人格設定で失敗ではないのか?

ところが唯一具体的な人間性を感じられる人物、人体実験で戦犯となった過去を持つ勝呂医師がこの作品を成功させている。彼のみが善と悪の間で揺れ動かざるをえない人間のあり方を見せてくれる。他のすべての典型的な人物は勝呂医師の人格を際立たせるための背景のようなものだ。勝呂医師を断罪する正義漢の新聞記者や、溢れるばかりの善意で人々を助けようとする外人ガストンの存在は単純な人格ゆえに効果的である。
「はたして自分は過去の人体実験への参加を断ることができたのだろうか」勝呂医師のように答えのない問いかけを延々続けているのが人生というものだ。これが若い新聞記者には見えなかった。

人々に無償の愛を捧げて回るイエスの生まれ変わりのようなガストンは、キリスト者遠藤周作にとって一度は書いてみたい存在で、案外現実にいるかもしれない。イエスは可能なのだ。だがいずれ彼も勝呂医師と同じように善悪の間で身動きのとれない事態に直面するであろう。

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「JR上野駅公園口」
柳美里 作
(河出文庫)

高度成長期を出稼ぎ労働者として懸命に駆け抜けた男。やがて故郷相馬を捨て上野公園口でホームレスとして人生の最期を迎えようとする。

巻末にも挙げられているとおり、多くの資料と丹念な取材によって、かつての福島県相馬郡の生活や上野公園にたむろするホームレス達の人生と行く末が丹念に描かれ、ルポルタージュ小説のようにリアルだ。もちろんそのリアルな背景の上に主人公の戸惑いや悲しみが重ねられてゆく。

主人公の男性の人生は傍目から見ればよくある平凡なものだが、若き長男や苦労を共にしてきた妻の突然の死は、やはりやりきれない。理由のない理不尽な運命に弄ばれ、人生の最終期に孫娘の世話を絶って上野に舞い戻るのも、知らず知らずのうちに人生に虚無的なものを感じていたのかもしれない。

文庫解説にある天皇制の桎梏ももちろんそのとおりで、日本社会に根付いた国家と市井の人間の情緒的な関係があらわだ。
しかしそれはおくとして、この男性の人生は主体的にはこうなるしかなかった、あまり選択の余地のないもので、それもやはり万人にありきたりなものなのだろう。

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「西の魔女が死んだ」
梨木香歩 作
(新潮文庫)

学校をやめて大好きなおばあちゃんの家で暮らし始めた少女。豊かな自然とともに生きる暮らし方とともに魔女の手ほどきを受ける。

はるか5年前に「冬虫夏草」を読んで面白かったので、いつか読もうと思っていた代表作。思ったとおり余計なもののない優しい自然な文体で心地よかった。現代の家族や少女を描いても、さも典型的な単身赴任や登校拒否のようすを描写するでもなく、さりげなく背景に置くくらいで馴染みやすい。

西欧人であるおばあちゃんの洋風オーガニックな暮らし方が、なんとも気持ちよさそうで、やっぱりハーブティーはいいなとも思うが押し付けがましくなく、読者に強要するふうでもないのは、里山の自然描写が魅力的なせいでもあると思う。

少女の心理がていねいに描かれ、感情を揺さぶるラストシーンに至る仕掛けはさすがに展開がうまいなと思った。

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「運命」国木田独歩 作
(岩波文庫)

早逝した独歩が最後に出した第3短編集。自然主義にとどまることなく、豊かなストーリー性をもって人生の本質に迫る。

「武蔵野」その他の印象から、なんとなく私小説的な作品を予想していたが、表題作ほか遠慮なくドラマ性の濃い作品もあって意外な気がした。なんでも書ける作家だ。

「酒中日記」:短い作品中にこれでもかというほど次々と主人公に事件が降りかかる。母親に大金を盗られたその日に大金が入った鞄を拾うなど、やや作りすぎな印象はある。気立ての優しい主人公の運命は悲惨だが、この日記が平穏な現在から過去のことを思い出して書いているので、それがひとつのクッションとなっていた。だが結末はやはり悲しい。
「悪魔」:少年時から腕白者で宗教(耶蘇教)など信じなかった主人公だが、思いを寄せる彼女や牧師の俗物性に比べるとやはり資質が違う。群れることなく一人遊びをしているタイプであることからも彼の人生は求道的なものにならざるをえない。
「非凡なる凡人」:山気があって大志を抱く人物は多いだろうが、たいてい特別な才能もなく現実はなにも変わらない。ところがこの人物は根気と計画性だけはあって、こつこつと努力を積み上げ、ほんの少しは前進する。大成しないかもしれないが、こんな人物もおもしろいものだ。

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「世界の果てまで連れてって!…」
ブレーズ・サンドラール 作
(ちくま文庫)

第二次大戦後のパリで自由気ままで破天荒な生活を続ける老女優。そのあきれた乱脈ぶりを本人が喋って喋ってしゃべり尽くす物語。

物語の最終近くで、まぶたに刺青をされた外人部隊からの脱走兵の語るエピソードが面白かった。また前半、酒に溺れたろくでなしでありながら従軍後レジオン・ドヌール勲章をもらって帰ってくると酒場を開き、カウンター内で殺されてしまう男の話もおもしろかった。
それ以外の各章のほとんどは主人公の女優テレーズ婆ちゃんの一人語りだが、確かに常軌を逸した生活(性生活)ぶりだが、内容に興味が持てなかった。小説全体を通して絢爛豪華な饒舌体だが、この作品では邪魔な感じがした。

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