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漫画家まどの一哉ブログ

   

読書
「沈黙」ドン・デリーロ 作
(水声社)

突然の大停電に襲われた街で、とあるマンションの一部屋に集まった5人。会話ならぬばらばらの沈黙がひとりひとり訪ずれる。

飛行機の不時着事故から始まって、街は停電になり、それでもフットボールの試合をみんなでテレビ観戦しようと予定していた5人は部屋に集まった。
パニック小説かと思いきやそうではなく、突然の停電に右往左往する街の人々の様子は、後半一瞬触れられる程度で事体自体の進展はまったくない。

ほとんど部屋の中のシーンで、夫婦や友人が5人も集まっているのに、今回の状況についてあたふたと語り合ったりしない。沈黙であり、モノローグである。ただ一人物理学の若手教師である青年が憑かれたようにとうとうと、アインシュタインの言行をもとに文明世界を概観して喋っている。彼がやや異常な役割だが、あとの4人はきわめて日常的なぼんやりした思いが頭の中を行き来していて、ときどきふと人生や世の中をふりかえるばかりだ。

この静かな静かな展開を楽しめるかどうかがこの作品を受け入れる鍵だ。私にはその力はなかった。

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読書
「十蘭錬金術」久生十蘭 作
(河出文庫)

フランス、南極、樺太。海に空にさまざまな冒険実話から創作まで、ただならない事件ばかりを集めた短編集。

例えば「南極記」。「見るかぎり白一色に結晶し、白金よりも堅く厳しい大氷原のただなかで、眼をくすぐるような都雅な色彩に接しようなどとは思っていなかった。」この格調高い凛とした筆致。あくまで主知的で、抒情に流されることを笑うかのような語り口。この怜悧な眼差しでままならない社会や人生を描写されては、もう参りましたと降参して読むしかない。今さらに思う。これもまた時代を超えるエンターテイメントの完成形。

「勝負」:あの山田風太郎を唸らせた逸品とのこと。ひとりの女性をめぐる二人の男性(夫とその友人)。体躯も大きく性格も男性的な友人が最後には勝つのは、やはりなんとなく寂しい。

「プランス事件」:行方不明となったプランス判事は、地方鉄道の線路上で轢死していた。政権の闇をめぐる、あたかも下山事件を彷彿とさせるドキュメント。しだいにプランス判事が不品行な人物に仕立て上げられるところなど、まさに闇。

「海と人間の戦い」:4つの有名な海難事件のルポ。タイタニックも登場。大洋に筏やボートで投げ出されると人間は恐怖に耐え切れず正気を失うらしい。恐ろしい。

「公用方秘録二件」:安政年間。フランス使節団をもてなす側の下級武士団。主人公は動物好きのおとなしい侍の印象だが、いざフランス人公爵との西洋式決闘となったとき、意外にも熟慮と腕がある。これは興奮。

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読書
「ヴォィツェク/ダントンの死/レンツ」
ビューヒナー 作
(岩波文庫)

19世紀前半、23歳で夭折したドイツ人作家ビューヒナー。時代に先んじて時代を超えた代表的戯曲と小説。

訳者解説によると戯曲史からみれば画期的・先駆的で彗星的存在ということだが、演劇に疎い自分としてはそれはわからない。しかし3編とも話自体が起伏に富み、めまぐるしい場面転換の連続でたいへんおもしろく、セリフもいきいきとして魅力的だった。

「レンツ」:劇作家レンツ(1751-1792年)。その悲劇的な生涯の一端を描いた小説作品。山道を行く情景描写に心迫るものがあり、それが作風の特徴かと思ったが、主人公レンツが統合失調症をしだいに悪化させていく様子は医者が見ていたかのような迫真の恐ろしさ。

「ヴォィツェク」:働き者の鬘師ヴォィツェクが嫉妬のあまり愛する妻を刺し殺して池に沈めてしまうという実在の事件をモデルにした劇作。このヴォィツェクという小心な好人物が犯罪に至るまでが情けない。妻マリーが彼を愛しているだけに痛々しい。

「ダントンの死」:フランス革命に詳しくなくともワクワクと読める戯曲。基本的にはダントン一党とロベスピエール公安委員会らとの抗争だが、ダントンは虚無的で多面性のある文芸的な人格として描かれる。かといってロベスピエールが荒々しい人物というわけでもない。どちらに心情をよせてもいいが、皆かなり若々しく感じる。しかも線の細い二枚目風の印象だが実際のダントンの風貌はまるで正反対だ。

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読書
「こぼれ話、物語、笑い話」サド全集【第七巻】
(水声社)

獄中で執筆され、短編集として構想されていた艶笑小説を収録。他に構想メモや断片、蔵書目録なども。

ごく短いユーモラスなエロティック小説ばかりで、話自体は特別なものはなく、浮気に励む夫がまんまと妻に復讐されるようなネタが多いが、面白く読める。
さすがサドなのか、訳文を読んでいるだけだが脳に心地よい緊張感があり、なんといっても文章の格が違う気がする。これはたわいのない艶笑譚だからこそかえって気づくのかもしれない。

「慰み者にされた法院長」:もはや老齢の身でありながら若く魅力的な女性を妻として迎え入れることに成功した悪徳法院長。彼女や周りの人々がこの結婚を阻止しようとあの手この手で法院長を酷い目に合わせる爆笑小説。法院長がどんな目にあってもすぐ次の罠にひっかっかるのがおかしい。収録中最も長い短編。

「オクスティエルナ伯爵あるいは放蕩の危険」:併録された戯曲作品。公演を重ねるうちにしだいに好評を得たらしい。この伯爵は極悪非道な人物で最後には殺されるのだが、そのシーン自体はなく語られるだけで、カタルシスをえられないままさっさと終わってしまう。

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読書
「脳を司る脳」毛内 拡 著
(講談社ブルーバックス)

ニューロンによる情報の伝達のみが脳の働きではない。脳の隙間を埋める髄液やグリア細胞の知られざる働きを探る最新脳科学。

近頃はセロトニンやドーパミンなど、我々でもその働きをよく聞く脳内物質が、なんと間質液で満たされた脳の細胞外スペースを伝わって広がっていくとは。そこまで考えたことなかった。
この細胞外物質が金属よりも電気を蓄える能力を持っていることが縷々解説され、シナプスを介さない信号のワイヤレス伝送に役立っているのかもしれないとのこと。これもまだ謎。

IQの高い人の方が神経細胞の密度が低くシンプルで、脳の活動の度合いが低いと言われれば意外な気もするが、自分の脳が少し考えただけで悲鳴をあげてショートしそうになることを顧みれば肯ける。

グリア細胞アストロサイトがストレスから立ち直る心や、アイデアのひらめきに関係しているなど、おもしろかった。人間意識の謎に迫るかとも期待したが、そうでなくとも「こころのはたらき」には充分関与しているらしい。

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読書
「外道忍法帖」山田風太郎 作
(河出文庫)

天正遣欧施設の秘宝をめぐって繰り広げられる、由井正雪一党・天草残党・隠れキリシタン童貞女。計45人の忍者たちの凄絶なる戦いの行方やいかに!?

ひさしぶりに読んでみた山田風太郎の忍法帖シリーズ。これはそんなに長編でもないわりに、なんと各々15人ずつの忍者が3党入り乱れての秘術合戦でありいかにも多い。もう物語も後半になるとてきぱきとシステマティックに進行して、忍者も登場して術を披露するやいなや死んでいく。もう少し人数を減らして一人一人丁寧に描いてくれてもよかったかと思うが、これもひとつの実験なのか。

忍法は相変わらずの人体の一部を異様に拡張・変形させて使う、エロチックでグロテスクなものだが、着想に限界はないように思われる。もちろん作品は娯楽に徹した荒唐無稽なものだが、この忍術の奇妙奇天烈な発想は、芸術とは別のなんだか捨てがたい幻想味があって、これはこれで貴重なものだと思う。

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読書
「フランケンシュタイン」シェリー 作
(光文社古典新訳文庫)

若き科学者フランケンシュタインが生み出した人造人間。人間離れした頑健な肉体を持つ彼は、知能・感情も豊かで繊細な怪物であった。

誰もが知る怪奇幻想小説の古典。作者メアリー・シェリーがこの作品を書いたのは1817年と思いのほか古く、映画のイメージもあってもっと現代に近い時代の作品だと思っていただけに驚いた。

怪物は人間味あふれる繊細な心の持ち主であるばかりでなく、優れた知性と教養の持ち主で、これはこの悲劇の悲劇性をさらに際立たせる効果をもっている。しかも彼は肉体的にも超人である。
これだけ特異なキャラクター設定があれば、この物語の主人公はフランケンシュタイン博士であるとともに怪物でもあって、どちらも苦悩と破滅の人生を歩む筋立てだ。

怪物は神出鬼没で舞台はヨーロッパを軽く踏破するスケール。自在な物語展開に作者の発想の自由さを感じる。もとより荒唐無稽とはいえキワモノ的な驚かしではなく、怪物の人間的な悲しみに沿って読める怪奇・SFの先駆的名作だと思う。

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読書
「草薙の剣」橋本治 作
(新潮文庫)

10歳ずつ年齢の違う6人の男。その生き様を追って、戦後から現在まで続く時代全体を描いた長編。

主人公の男たちは1953年生まれから始まって10歳ずつ若くなり、最も遅く生まれた男が2003年生まれ。話は彼らの妻や両親の人生にまで及ぶので登場人物は多く、誰の話題かついて行くのがたいへんである。
高度成長からオイルショック、バブル崩壊、オウム、震災まで。大事件や話題となった不気味な殺人事件まで立ち現れるなか、読者である自分もちょうど同時進行で体験してきたことも多く、読んでいて興奮する面もある。

しかし彼らはいかにもその世代の典型として登場し、どちらかといえば下層のいかにも凡人で、どこにでもある人生を送る。彼らが地元を離れて工場やガソリンスタンドで働いたり、夫婦がくっついたり別れたりするが、これもあまりにもありきたりの冴えない話で、読んでいて不愉快になるくらいつまらない。たぶん時代全体を表現するのにこの方法は正解であろうが、だからどうしたという妙な心地ではある。

とはいえ文章はきわめて自然で、するすると頭の中に入ってくる。しかも単純で幼稚なものではなく、これも名人芸なのかもしれない。

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読書
「献灯使」多和田葉子 作
(講談社文庫)

鎖国状態となった近未来日本を描くディストピア小説。腺病質な曾孫を懸命に守り育てる頑健な曾祖父。二人に訪れる運命の「献灯使」とは?

なにかしら政府や国家といったものが見えない、ネットも自動車もなく生ぬるく薄められた文明社会で生きてゆく人々。体が弱く感受性が豊かで他に馴染まない主人公の少年にが案外たくましく、他の子供達も普通や一般性といったものと違った、それなりの個性を持っていて魅力的だ。

ディストピア社会を描く事は、多かれ少なかれ寓意や風刺を含むものだが、あからさまなそれがなく、勝手気ままに生きている人々ばかりで、自由や力強さを感じる。
老人ばかりが100歳を超えて元気で、次代を担う子供達はまるでひ弱で未発達なので、確かに衰退へ向かう国家の有り様なのだが、現在われわれを縛っている様々な社会制度が消滅していて、楽になった未来でもある。みんなで同調して頑張ってなければならないことから解放された、これこそ理想社会かもしれない。

併載の短編もやはり寓意的な近未来小説だが、「韋駄天どこまでも」が避難所で知り合った二人の女性の不思議な愛情を描いて愉快。

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読書
「プールサイド小景・静物」庄野潤三 作
(新潮文庫)

平凡な日常風景を静かに描いて、不安と崩壊の兆しを感じるリアリズム小説。

若い頃にこの文庫本を読んだ記憶では、ごく身近な日常を丁寧に描いて美しく心に迫る作風というものだったが、今読むとかなり違った印象だ。
この記憶は巻末の「静物」から来ているのだと思うが、たしかにこの日常風景は名作の筆致というものだろう。しかしただ静かな平和的な印象かといえば、逆になにか差し迫った緊迫したものを感じてしまう。それが何かは分からないが…。

「舞踏」や「プールサイド小景」などは明らかに家庭の危機を描いていて、夫の身勝手やだらしなさによって、妻の人生は暗澹たるものになっていくのだが、若い時の読書ではこの現実味はよくわかっていなかった。今読むと露骨に破滅へ向かう有様がリアルだ。著者が男性であるためか男が情けなく、夫のために狂わされる妻の悲しい心情に思い至る。

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