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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「天使の美酒/消えちゃった」コッパード 作

文庫本の売り文句は怪奇・綺想の幻想文学とされているが全くそんな感じは受けなかった。むしろ解説にもあるように詩情あふれる短編で、組み立ても自由でなりゆきのまま。ほのかに漂う無常感がいい味を出している。

「マーティンじいさん」:最後に墓地に埋められた者が先輩亡者のいいなりにならなければならない。そんな言い伝えを信じるマーティンじいさん。死んだ我が娘がその墓地で最後の死者で、今後死んだ者は新しい別の墓地に葬られることになってしまった。永遠に下僕とされる亡き娘の身を案じるじいさんはだんだんおかしくなっていく。
「天国の鐘を鳴らせ」:農家の生まれながら少年の頃より演劇に異常な興味を抱く主人公。本ばかり読んで育ち、家を出て役者の道を歩み始めるも、不慮の事故で足が不自由になり演説家に転向。宗教アジテーターとして弁舌をふるい人々をひきつけてゆく。やがてそれも虚しく流浪の身となり、死んでいった恋人を想う毎日だった。

どの短編も極端な破滅に向かうわけではなく、さりとてハッピーエンドではない小さな不幸や寂しさが、読み終えて逆に落ち着く。

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読書
「ボズのスケッチ」(上・下)ディケンズ 作

ディケンズが作家デビューに至ったごく初期の短編集。
ファルス及びコメディといった作品で、読んでいて迫るものはない。格好よくあろうとしてとんだ失敗に終わる上流階級未満の人々を戯画的に描いて、面白くなくはないが、ちょっと無害すぎるので実は全編は読まなかった。
それよりこの短編集発刊のために書き下ろされた、上下巻巻末の短編「黒いヴェールの婦人」「大酒飲みの死」がファルスでなく、死と破滅といった人間の闇の部分を描いた傑作で実にコクがある。読んでよかった。さすがにディケンズだ。

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読書
「ある奴隷少女に起こった出来事」
ハリエット・アン・ジェイコブズ 著

1800年代奴隷制度のアメリカ。幼くして白人医師の奴隷となり、性的虐待を受けながらも、7年間の屋根裏での潜伏や北部への密航など、苦難を乗り越えて自由を手に入れるまでの人生を綴った自伝。

いわゆる小説ではないし、ルポルタージュとしても文章的な技術があるわけではないので、読み物としては平易すぎる文体がつまらないし、話の強弱もないので読みにくいが、内容が熾烈なのでどうなることやらとの思いで読んでしまった。とは言っても特に残酷な描写があるわけではないが、人間が売り買いされるという制度の異常さを思い知ることができる。自らと家族の解放を目指して戦い続ける若き作者。白人からの手のひらを返したような甘言に絶対騙されないのは、さすが人間がどこまで卑劣になれるか分かっている。

文学畑の人でないのに翻訳と発表を成し遂げた訳者の方に敬意を表する。

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読書
「深夜の人/結婚者の手記」室生犀星 作

29歳で結婚した犀星。その新婚時代をふりかえるが、新生活があまりに真面目で緊張しており、これではちょっと二人とも息がつまる感じだ。また妻の過去や動向がいちいち気になり落ち着かない様子である。妻が郷里から連れてきた愛犬クロにも嫉妬するくらいで、そんな自分を自分で嫌悪して作品化しているのだから、文学者の妻となるのも大変なものである。
この愛犬クロが仔を産んで気分が荒れているのを、犀星は狂犬病の疑いを持って見ており、妻にそれが通じないと癇癪を起こして愛蔵の焼き物を叩き割り、クロを故郷へ引き取らせるに至る経緯はまことに奥さんがかわいそうで、家庭を持ったばかりとはいえ、まだまだ修養が足りないといったところか。

赤ちゃんが生まれた4日後に関東大震災にあっているのは大変だ。
高利貸しのことを隠語でアイス(氷菓子)と言っているのが面白い。本人の前でも言う。

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読書
「英国諜報員アシェンデン」サマセット・モーム 作

現実に諜報員の仕事をしていたモームが、自身の体験をもとに書いたスパイ小説の鏑矢。
訳者の技術もあるかもしれないが、実に読みやすくサラサラと進む心地よい文章。実体験をなぞったものなので、スパイ小説だからといって作為的な仕掛けがないのがいい。第1次大戦下、ドイツとの情報戦の最中で敵に身を売る者、調べもせずに報告をよこす者、暗殺の相手を間違える者、商用でロシアを訪れ革命に巻き込まれる者など悲喜劇が相次ぐ。

異色なのはスパイの動向から離れた短編「英国大使」。上流階級で教養も高く資産もある英国大使が、場末のホールを転々とする曲芸師の女に惚れ込んでしまい、わずかの間だがその尻を追いかけて行くエピソード。結局は自身にふさわしい知的な女性と結婚し、エリートとしての人生を歩み始めるが、それでも心の奥底では何もかも捨ててあの踊り子と旅をして暮らすのが本心だったと涙ながらに語る。これはいい。

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読書
「冬虫夏草」梨木香歩 作

本当は「家守綺譚」の方を先に読んでおくべきその続編。ちょっと昔の日本。主人公の作家は山裾の亡き友人宅に独居し、自然の只中で様々な小動物や妖怪、亡霊と共に暮らしている。優秀なる愛犬ゴローが行方不明になり、その後を追って鈴鹿山系目指して八方街道を奥へ奥へと旅する物語。山間に暮らす素朴な人々、そして天狗・河童・龍の化身やイワナの夫婦など、人間ならざる有象無象との出会いを描いた幻夢譚である。

ややもすれば孤独な主人公と移り行く自然の中で、ある種漂泊の虚無的な雰囲気を想像してしまうが、案外そんなことはなく肯定的で実に楽しい世界となっている。人と妖怪の間を生きる連中や小動物が可愛くて愉快だ。文章も古風な趣があるが基本的には現代文で、現代人でもすんなり入って行けるようになっております。最後に愛犬ゴローに邂逅するところは感動的。

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読書
「ハイファに戻って/太陽の男たち」ガッサーン・カナファーニー 作

第二次世界大戦後パレスチナがイスラエルに占領されていった時代を戦ったアラブの代表的作家の短編集。どの短編も面白く、はっとさせる展開や物語の構成に語り部としての腕がある。もちろん容易ならざる状況が作品の土台を支えているにせよ、それだけでは傑作にはならない。やはり表題作2編が名作だ。

「太陽の男たち」:水を運ぶ空のタンクの中に隠れてクェートヘ密入国しようとする3人の男たち。仲介人に金を払っても騙されて終わってしまう危険もある中、最も危険な方法を選ぶまでの経緯を一人ずつ書きおこし、いよいよ運転手の提案に乗って焦熱地獄の中をタンク内に隠れて関門を潜り抜けようとするスリリングな展開。悲劇の後、運転手の困惑で終わるところが見事。

「ハイファに戻って」:どのようにパレスチナ住民が突然住処から追い立てられ、親子は離れ離れになり、ユダヤ人が入植し、抵抗運動が始まったか。知らなかったことが小説の形でわかる。ユダヤ人として育てられた息子に20年ぶりに会ったアラブ人の夫婦の当惑と絶望。祖国とは何か?という問いが発せられるが、簡単な答えなどない。

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読書
「ジャンキー」ウィリアム・バローズ 作

やはり「裸のランチ」を読んでから読むべきだったかな?バロウズの初期自伝的長編。ビートニクと呼ばれる界隈が比較的苦手であまりピンとこないのだが、これはしっかりとしたルポとして読める話だった。クインシーやコクトーなど自身の中毒ぶりを縷々振り返った作品はあるが、売買行為のあれやこれやまで含めて描いたものは他にあまり知らない。もちろんエンターテイメントとしては巷に溢れているだろうが、そういうキャラクター化した人間描写ではない小説であります。

なんども止めようと思って事実止めてはいても、時間が経つとまたやってしまうという繰り返し。辞める時の苦しさはある程度書かれているが、また始める時はさほどの葛藤もないのが不思議だ。全編場所を変えてのこの繰り返しで、あまり起伏もなくペターっとした構成だが、克明な事実描写につられ、また実質的に自伝なのでそんなものかと思って読んだ。

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読書
「文明は〈見えない世界〉がつくる」松井孝典 

磁力・引力・粒子など、人類が〈見えない世界〉の正体を順番に解き明かして文明を築き上げてきた過程を辿る科学史。

一般人でも楽しめるように書かれた科学エッセイはいろいろ読んだが、どうしてもアインシュタインの相対性理論までがなんとか理解できる範囲で、素粒子や不確定性原理となるとだんだん怪しくなり、超弦理論(超ひも理論)となるとやはりついていけない。これを裏付ける数学も数式を使わない形で解説されているとはいえ、自分にはお手上げである。

数多存在するらしい宇宙の中で「我々の存在する宇宙はなぜこの宇宙なのか」という問いと新たな人間原理に関しては過去にも読んだことがある。これも近年の課題であり、ホモサピエンスが外界を脳内にイメージして内部モデルをつくる能力を持ったことにより、他の類人猿から優位に立ったような話も最近耳にする。そして人間界における環境・資源・情報爆発の問題へと話は展開してゆき、この辺りはエントロピーの解説と共に繰り広げられるが、わかりやすいものである。しかしだんだん退屈になっていく。

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読書
「まっぷたつの子爵」カルヴィーノ 

著者の初期寓意小説。
トルコ軍との戦闘で被弾し、体全体がまっぷたつに分かれてしまった子爵。懸命の手術の結果右半分だけの姿となって村へ帰ってくるが、彼は良心を失った悪意の塊となっており、権威に物を言わせて悪事を働きまくるのであった。するとしばらくして、密かに治療され一命をとりとめた左半身が村へ帰還し、反対に彼は善意の塊であって、この二人の対立に村は混乱するのだった。

「不在の騎士」につながるナンセンスな設定を生かした寓意小説。悪意と善意が対照的だが、あまりにも潔癖な善意が必ずしも村人に受け入れられるとは限らないのが面白い。モラルの両面を風刺していると読めるが、解説によると当時のイタリアの内戦状態(同民族同士の殺し合い)を想定しているらしい。
いずれにしてもとっても楽しいお話。

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