漫画家まどの一哉ブログ
「家霊」 岡本かの子
「家霊」
岡本かの子 作
(ハルキ文庫)
さまざまな人生のひとつひとつを美しく照らし出す、魔法のような珠玉の短編4編。
ここまで華麗に彫琢された引き締まった文章は、なるほど作者かの子の短歌から引き継がれているのか。驚くほどの意外な修飾の連鎖に息を呑む。めったに読めない言葉の芸術を体験できる。
「鮨」:秀才だが食べ物に対する許容範囲が狭く痩せていく子ども。この男の子を救うべく母親が手ずから鮨をにぎって、ようやく卵も魚も食べられるように…。こういう繊細で特殊な少年を、作者はどうやって創作したのか。不思議な気がする。
「家霊」:ナマズやスッポンを食わせる店。零落した彫金師が、ツケも払わずに夜な夜などじょう汁を注文する。「あのーー注文のーーご飯付きのどじょう汁はまだでーー」このセリフ大好き。彫金の動作説明は身の引き締まる美しさ。
「見るものに無限を感じさせる天体の軌道のような弧線を描いて上下する老人の槌の手は、しかしながら、鏨(たがね)の手にまで届こうとする一刹那に、定まった距離でぴたりと止まる。」
「娘」:スカルボートを操る肉体派の娘。彼女を慕う腹違いのおもちゃやお菓子に夢中の少年。このコンビが楽しい。
「室子は頬を撫でても、胸の皮膚を撫でても、小麦色の肌の上へ、うすい脂が、グリスリンのように滲み出ているのを、掌で知り、たった一夜の中にも、こんなに肉体の新陳代謝の激しい自分を、まるで海驢(あしか)のようだと思った。」
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