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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「カインの末裔/クララの出家」 有島武郎 作


「カインの末裔」
:かなり以前に読んで強い印象があったものを再読。
北海道の厳しくも美しい情景描写が実に味わい深く、こういう文章が自分の数少ない現代文学体験ではなかなか得られない。1917年、ちょうど100年前の作品であるが全く色褪せない、時代性を超越した名作だ。

主人公は暴力的な大男で、しょっちゅう怒っていて悪戦苦闘しているが世の中と相い入れるところがなく軋轢が増すばかりでいよいよ破滅へと向かっていく。いわゆる言葉を操る人間が出てこないから人物が内省をしない。知的解釈をしている人間を描くところがなく、悪人だけを丁寧に描いて人間の有様を思い知らされる。
作者はエリートとも言える裕福な階層なのに、よくこんな野蛮で暴力的な人間を描けたものだ。有島は「自然と格闘して支配することに暗く、人間社会と融和していく術に疎い_この主人公は自分のことを書いたもの」だそうだが、それゆえのこの説得力なのか。ならば我らもカインの末裔である。

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読書
「白夜/おかしな人間の夢」ドストエフスキー 作


「白夜」
:他の作品でも感じたが、ドストエフスキーというのはリアリズムではない。往来でいきなりあった二人が話し始めるのだが、自身の自意識の内容を文学的表現を駆使して1ページくらいにわたって滔々と語る。すると相手もまた同じように1ページ分くらい喋る。リアリズムでいうと普通こんな会話ってないよね。まるで舞台劇を見ているようなわざとらしい表現なのだが、この作品の場合内容が主人公の単なる自意識過剰ではないし、面白いので楽しく読める。悲劇だけど清々しいラスト。

「おかしな人間の夢」:夢の中で魂は宇宙空間を飛び、もう一つの地球へ到着。そこでは自然・宇宙と一体となった邪心のない人々が暮らすユートピアだった。ところが悲しいかなやがて彼らも嘘を知り、科学を知り、我々と同じ苦悩を知るのだった。
宇宙との一体感を理想とする宗教的境地は人類の理想としてよく語られるところ。面白いのはユートピアが南国であり、水木しげる的楽園であるところ。やはり冬を越さなければならない土地では楽園はムリだ。

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読書
「桶物語・書物戦争」 スウィフト 作

父親から遺言とともに上着を譲り受けた三兄弟。遺言書に曰くこの上着は長く大切に守り、いささかなりとも手を加えることがあってはならない。当初厳格に父親の言いつけを守り、かの上着を着込んで社会に勇躍しようとしていた兄弟たちであるが、めまぐるしく変わる世の流行を無視していては、とても社交界に分け入って行くことはできず、なんのかんのと理由をつけてモールや襟章など次々と手を加え、上着はあらぬ姿となってしまった。

やがて長男は出世、頭角を現し人々の長となってありえないルールを強要。次男は頑なに本来の父親の言いつけを守ることに帰り、三男は新しい教えの実行者となってナンセンスな修行に励む。

これらはすべて当時18世紀初頭の英国宗教に対する風刺であり、上着こそは新約聖書そのもの。長男はローマ旧教、次男はイギリス国教、三男は清教徒の役割である。本文を読んだだけでは現代の我々にはそんなことはわからないし、解説されたところでなるほどと膝を打って快哉を叫ぶわけでもないが、文章自体がこれでもかというほどの愉快な嫌味の連続で面白くて仕方がない。今日いうところの小説とはだいぶ趣が違うが、スウィフトという人が天性の風刺家であるばかりでなく発想豊かな人であることがわかる。

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読書
「白魔」アーサー・マッケン 作

マッケンという作家は幻想文学の作家ではあるのだが、どちらかというとファンタジーの部類と思う。この「白魔」も以前読んだものもそうだが、何か不思議な世界、神秘的な世界へだんだん入り込んでいく。それは暗い森を抜けて山を登りどんどん進んでいくと、妖精やニンフなどが現れ神々しい光に包まれた世界へ到達して法悦を得るような筋立てで、そこまでは一直線な感じである。いわば幻想に対してちょっと野放図な書き方で、現実世界との緊張感に欠ける趣がある。水木しげるの貸本伝奇ロマンシリーズようなものである。

ところが併録の「生活のかけら」という作品は、最終的には古代のロマンに傾くのだが、それまでは若い夫婦の実生活のやりくりが実に細かく書いてあって、なんだマッケンこういう作品も書けるのか、やればできるじゃんという感想だ。

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読書
「透明人間」 H.G.ウェルズ 作

ウェルズはSFと言っても怪奇幻想小説のような手触りがあるので読みやすい。ポーやスティーブンソンからの流れで楽しめる。

誰でも知ってる「透明人間」だが、透明人間の悲しみ・悲哀とでも名付けるべき話で、主人公の自業自得とはいえ、透明のまま生きていくことの辛さ、悪事を働かざるをえない境遇が悲しい。彼は特別善人でも悪人でもないが、捕まらないためには盗みや暴力に及ばざるをえないのだった。

不思議で特異な設定で話が始まるわけだが、面白くするためにストーリーを過度に膨らませないところがいいんじゃないか。リアリズムに配慮しながら進んでいくので飽きずに読めるのだと思う。

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読書
「ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯」

やはり16世紀半ばともなると作者不明の作品もあるのか。当時のスペインで爆発的な人気を博した小説。

貧しい生まれ育ちの少年ラーサロは、口減らしの為なのか盲目の説教師の手を引く役となって独り立ちする。ところがこの説教師や次に仕えた坊さんも、ものすごいケチでラーサロはなかなか満足な食事が与えられず、主人の持つ一切れのパンを手に入れるため日夜権謀術数を駆使しなくてはならない。この食料取得計画が物語のほとんどで、大人を出し抜いていくのが楽しい。何しろ最初に盲目の説教師に仕えた段階で、「悪魔よりちょっとばかり利巧でなくちゃならん」という人生の基本的な態度を覚えたのだから。その後もろくな主人に巡り合えないまでも賢く立ち回る生き様は、まさに当時のスペインのみならず人間世界に共通のもの。このリアリズムが人気の秘密だろう。

悪名高き免罪符売りに仕えて、売るためのインチキ芝居を目の当たりにするのが面白い。彼はますます一筋縄ではいかない世間の成り立ちを知ったわけだ。

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読書
「ドウエル教授の首」
アレクサンドル・ベリャーエフ 作

怪奇SFの世界。死者の首を体から分離してチューブ類につなぎ、栄養を送り込んで生かしておく技術を開発したドウエル教授。功名心にかられた弟子の教授によって殺されて自身が首だけの存在となってしまう。弟子の教授はさらに人体実験を重ね、ついには別人の胴体をつなぎ合わせた人間を作りだすが…。

読み始めるとまもなくドウエル教授の首が出現。首の登場に至るまでの恐ろしい雰囲気づくりなどはなく、アッケラカンとしていて文章も簡単。凝ったところは全くないのが意外だった。

もう少し哲学的な見解や風刺的な視点など首に語らせるか、怪奇耽美的なイメージの横溢などがほしかったが、舞台は研究室を飛び出してうら若き善男善女が追いつ追われつ肉弾戦のスペクタクルを繰り広げるなど、事件中心のストーリー展開になってしまい、昔のエンターテイメントの基本形なのかも知れないが、これではせっかくの設定がもったいない。首だけとなった男の悲哀だけでよかったのに…。

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読書
「シュルレアリスム宣言・溶ける魚」アンドレ・ブルトン 作

ブルトンという人はシュルレアリスム運動を指導した人だけに、いささか論理的で硬直したイメージを抱いていたがまるで違った。この宣言も真っ先に熱気が伝わってくるなにかヤケクソで書かれたようなものだった。
「溶ける魚」は散文詩と言ってもいいような小文集で、まさにシュルレアリスムの王道を行く言葉のつながりだが、自動筆記と言っても作者には才能があるわけで、小文の展開や落とし方などはおそらく作為しなくてもそれこそ自動的に面白くなってしまう。自動筆記も誰がやっても名作になるわけではないのがよくわかる。

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読書
「悪童日記」 アゴタ・クリストフ 作

ついに読んだぞ、人気の「悪童日記」。子供を主人公にした話がなんとなく苦手で遠ざけていたが、こいつら(双子の主人公)頭が良くて大人以上にしたたかで、子供らしいピュアなところが全くなくてよかった。劣悪な環境に放置され、良い子でいなさいという圧力もない場合、こうやって生きる知恵を育んでいくのかもしれない。周りにヤクザ(組織暴力)な人たちがいればたちどころにそのやり方を学ぶだろう。

ハンガリーの地方都市が、ナチスドイツによる支配からソビエトによる支配へと激変する状態で、大人たちが混乱と絶望の中にいるのだからただ事ではないのだ。
さればこそ、この日記で少年たちが基本としている「第三者が納得出来る客観的事実のみを書く」といった姿勢は、単に著述の形式にとどまらず、この環境で生き残っていくための世界把握の基本姿勢でもあるのだろう。

何が事実かを把握することは傷みを伴うことであり、この双子がひたすら試練に耐える練習を繰り返したのはそのためである。そうでないと大人でもすぐ騙される。

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読書
「はるかな星」ロベルト・ボラーニョ 作

アジェンデ政権の時代。とある詩の創作サークルに不思議な男がやってきた。背が高く人当たりも良く、女子学生にもてていたが目の奥底には冷たい光。この男が後のピノチェト軍政下に名前を変えて、飛行機を操って空に詩を書く人気者となって現れる。だが男は実はサイコパスで死体写真の展示会を開くだけでなく、実際に起きた殺人事件に関わっていた。

このサークルに通っていた若き詩人を語り手とし、謎の飛行詩人の後を追う。ピノチェト軍政下となって主人公も友人も祖国チリを捨てて国外に亡命。同じように多くの詩人がフランスやイタリア・スペインなどに逃げ延びた。その数名のエピソードも挟まれる。中でもスペインに移り住んだ両腕のない詩人の街頭パフォーマンスを気に入った画家マリスカルが、自身が作成したバルセロナパラリンピックのマスコット・ペトラの役を依頼する話が面白い。激変するチリ社会を捨てて詩人達はどう生きたか。

後半、スペインで暮らしていた主人公の元へ、チリの敏腕刑事だった探偵が現れるところから、話は殺人犯である飛行詩人追跡へと戻っていく。
ミステリーではないが、社会派サスペンスのようなリアリズムの骨格をしっかり持っている作風で、必要以上に感情に流れず内面的でもない描写が心地よく、緊張感を持って読めた。

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