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漫画家まどの一哉ブログ

   

「死は存在しない」
田坂広志 著
(光文社新書)

この宇宙で起きた全ての出来事が記録されている量子真空のゼロ・ポイント・フィールド。科学と宗教の違いを超えて意識と死の真相に迫る究極の一冊。

この世界の目に見える物質も目に見えない意識も全て素粒子で構成されており、実は「エネルギーの振動」に他ならない。何もないと思われている真空も莫大なエネルギーを含んでおり、この量子真空の中のゼロポイント・フィールドに、我々の意識を含めて全宇宙で起きたことが全て記録(記憶)されている。

私たちが日常体験する不思議な出来事を解き明かし、世界の宗教が到達した真理の正体に迫るゼロ・ポイント・フィールド仮説。私が科学の素人のせいかもしれないが新鮮で面白く、この仮説だけでまとめてほしかった。

ところが後半はおおいなる宇宙意識への死後の個別意識の昇華の話で、正にスピリチュアルそのものの内容となっていく。その読後感はやはり似非科学に基づいた半宗教的な、PHP的なフナイ研究所的な感触で、物理学の「波動」という言葉が怪しい水を売るのに活用されているのと同じような気がする。
水を売っていないにしてもそのあたりは微妙なところで、著者の履歴・著作から推し量るしかないが、この新書の編集者は好意的に理解しているということだろう。

ところで死後、意識が個別的なエゴを離れしだいに平和な集合意識全体と融合していくなら、なにゆえ我々は苦労して生きているのかわからない。

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「ティンカーズ」
ポール・ハーディング 作
(白水社EXLIBRIS 小竹由美子 訳)

リビングに設えられたベッドに横たわり、老いて今にも死を迎えようとする時計修理人の男。そしてラバの曳く荷台に日用雑貨品を詰めた棚を積んで売り歩いた父親。交互するふたつの人生に行き交う思いと悲しみ。

息子ジョージと父親ハワード。二人の人生がなんども代わる代わるに語られる。ハワードの日用雑貨品の行商という仕事がそんなに大儲けできるわけもなく、長男ジョージを筆頭に4人の子供達を従えて、この結婚が失敗だったと思っている妻。ハワードは病気やケガがあったり、ふと森へでかけて帰らなかったり。彼らの人生は平凡なものだろうが、多くの思考や懊悩といったものはなくてただなんとなく続いていく気持ちというものが、ていねいに描かれるとこんなにも面白く、こころに沁み入るものなのかと感心する。

そして老いた息子ジョージは死の何時間前からカウントダウンされていく形で描かれ、ああ人が死ぬとはこんなものかという有様がリアルだ。

作者は書きたいシーンを好きに書いて、後で順序を考えて編集したという方法で仕上げたらしいが、これが良かったかも。

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「白光」
富岡多恵子 作
(新潮社・1988年)

血の繋がらないもの同士でつくる家族。壮年女性と若き男性たちで山間にひっそりと暮らす。女や男の役割から自由に生きる試みの行方は…。

語り手である島子と主催者のタマキは40代女性。そして同居する山比古とヒロシは二十歳そこそこの青年。タマキと山比古は他人だが親子というより恋人のような関係だ。
タマキはなにより説明が嫌いで、理屈立てるより直感で理解することをよしとする。このなにも説明しないという設定により、タマキがどういう信条でこの家を続けようとしているのかが曖昧になる。もしタマキの思想が言葉ではっきりと書かれていれば、その後の展開はこの思想を中心に、わかりやすい矛盾や反対が巻き起こるところだが、それではつまらないかもしれない。

この4人の共同生活は性的な営みも含むもので、その辺りはもっぱら女性側(島子)の視点で書かれているが、若き男性たちがどう思っているのかはわからない。なにより二十歳そこそこの青年男子が街へも出ずに、中年女性と付き合っている理由が判然としない。
タマキや島子のあらゆる役割的な人間の生き方、とくに女性としての役割を拒否する自由な生き方。これはさっぱりしていて気持ちのよいものだ。同年代の男性は理解がないが、若者なら付き合ってくれるというのは作品上の都合という気がする。


この暮らしも当然矛盾を含んで揺れ動くわけだが、理屈っぽくなく説明的でもなく書かれていて、この具体性がおもしろさの醍醐味だ。

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「墓の話」
高橋たか子 作
(講談社)

フランス各地で鄙びた墓所を訪ね歩いた、墓にまつわるドキュメントと創作5編。

作者はたびたびフランスを訪れ、パリを拠点にかなり遠くまで古い教会や修道院を回っているので、本書もルポルタージュ作品かと思うと、5編中3編ははれっきとした創作である。
日本人の手によるフランスを舞台としたフランス人しか出てこない小説というのはなかなか珍しいのではないか。

その感触のせいかこれらがいかにも高橋たか子作品かといわれればよくわからない。ただ本来自身の経験に寄らなくても架空の物語がいくらでも書ける人なので、こういったものもあって当然だろう。

第三話「ある小説」地方の小さな墓地を守る男が読ませてくれたある死者の自伝。第四話「自殺者のメモ帖」ある古書店で見つけた小さな冊子。2作ともここに登場する人物は、実はそれぞれ墓守の男や古書店主本人なのではないか?という終わり方。だからどうだというわけでもないが…。

第三話「ある小説」:故意ではないにせよ新婚の妻が事故死するきっかけをつくった男への、元夫の好意を装った粘着的な復讐劇。恐ろしい。
第四話「自殺者のメモ帖」:ごくたまに文通するだけの彼女は精神を病んでいて入院してしまうのだが、終始明るく溌剌としているので好感を持ってしまう。しかし現実からは遊離している。

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「湖の南」
富岡多恵子 作
(新潮社)

明治24年(1891)巡査津田三蔵がロシア皇太子に切りつけた大津事件。津田三蔵とはどんな人間だったのか。時代に翻弄された一庶民のはかない生涯を追う。

話は京阪電鉄浜大津駅となりの三井寺から始まる。琵琶湖疏水沿いのなだらかな坂道を登って三井寺へたどりつき、その境内から大津市街と琵琶湖を眺める絶景は実は、私も経験したことがあり大変良かった思い出がある。津田三蔵はここで警備にあたっていた。

その津田三蔵。出身は三重県伊賀上野で父親は藩医の身分。何を隠そう(隠すこともないが)私の父方の一族は代々伊賀上野市で暮らし、津田家と同じ藤堂家の家臣身分。(その動機で長編漫画「カゲマル伝」を描いた)津田家が味わった幕藩体制終了後の変転は、おそらく我が父方も同じようなものだったのではないかと想像して読んだ。

どうやら津田三蔵は思想犯でもなんでもなく、無口で細かいことを気にする堅物だったようで、笑って過ごせる心の余裕などはあまりなく、気持ちの行き場がないと突然狂人のようなふるまいに及ぶ。これが大津事件の正体だったようだ。

面白いのは作品の本筋である事件の話は3分の2ほどでほとんど終了し、残りは大津に暮らす作者の元へなんども届く昔近所の電気屋だった男からの妙な手紙の話題。この人生をあけすけに語る不気味な手紙をなぜ送ってくるのかわからない。
また津田三蔵に切りつけられたロシア皇太子ニコライのその後の人生にも筆は及んで、自由自在・融通無碍な書きっぷりがたいへん気持ち良く、後半は読み出したらやめられなかった。

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「わがままなやつら」
エイミー・ベンダー 作
(角川書店・管啓次郎 訳 2008年)

奇想であり荒唐無稽な出来事といかにも人間臭い女や男たち。稀有の作風で描かれる15の短編。

異形の者が多い。たとえば頭がアイロンである子供や、9つの指が鍵になっている少年。ペットショップで売られる小さな人間たち。などありえない設定ながらSFショートストーリーでもなく、静かに人間の内実が語られていくような落ちついた感触。いかにも不思議。話が不思議というのではなく、なぜこんな作品が成立するのかが不思議でならない。

シュールな感覚を面白がるより、描かれる人間たちが魅力的で目が離せない。現実的な話もある。例えば次々に狙った子持ち女性をモノにするマザーファッカーなど、嘘でありながらこんな奴がいても不思議ではない。またダサくてうざくて虐められる同級生の女子も登場。なるほど確かに男も女も人間存在の本質に迫るというほどの深刻さはないが、市井の人間風俗がよく描けていて面白い。そしてこの筆力をベースにジャガイモが人間の子供に育っていく奇妙な話を語られるのだからたまらない。

果実の名前を固体・液体・気体で造形して法外な値段をつけているフルーツショップの話が面白かった。

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「ここから世界が始まる」
カポーティ 作
(新潮文庫)

若きカポーティが残した14篇の小品を収録。まだ10代の頃の習作から始まり、やがて秀作へ結実していく様子が手に取れる。

カポーティ体験なしで読んでみたが、なんとなく大味なざっくりした感触で、話の途中で終わってみたような仕上がりは荒削りなものを感じた。若書きであることを知らずに読んでいた。

自分より社会の人間を書こうとするタイプらしく、様々な世間にうごめく人々をが登場して飽きない。100歳に届こうかという頑固者の貧しく意固地で偏屈の老婆をはじめ、孤独な女性が多く登場する。学生である女子たちも教室の中で常に孤独だ。そして黒人であったり黒人の血が混ざっていることで差別されたり、とうとう死神に出会ったりする。作者がまだ若いのに人生半ば過ぎた女たちがよく書けるなと感心する。

若くして自身やその周辺のことではなく、人間一般がこれだけ見れる、書けるということはさすがに才能であって、文庫解説にもあったが次から次へと書かずにはいられないのも仕方がない。社会を見れば材料はいくらでもあるのだ。

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「正岡子規ベースボール文集」
(岩波文庫)

まだまだ野球が珍しかった頃、その魅力にとりつかれ大いに運動した、まだ病を得る前の子規。その若く溌剌とした文章を編纂。

「今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸のうちさわぐかな」
野球自体を題に撮った句や歌はわずかだが、これがいちばんおもしろい。この時代スポーツといってもその種類はわずかで、短距離や幅跳びなど陸上競技があるばかり。子規からするとそれは単純なもので面白みに欠けるとしている。それに比べて唯一の球技であるベースボールの面白さたるや!と言う具合で元来室内的な生活を送る子規が戸外で運動しているのもやはり若いせいもあるだろう。バットはあるもののグローブはなく素手。投球は基本ワンバウンドのようだ。

野球のルールを文語にて縷々解説しているが、なかなか知らない人には伝わるまい。
「地獄に行ってもベースボール」という章にある「啼血始末」という小説(といってもセリフばかりで戯曲のようなもの)が愉快愉快。閻魔大王の前で生前の行いを確認されるわけだが、子規の弁明は脱線に次ぐ脱線でなんども鬼に注意されるありさま。やはりこの人は病苦の印象があるが、本来的には快活な明るい人だったのではなかろうか。

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「赤死病」
ジャック・ロンドン 作
(白水Uブックス・辻井栄滋 訳)

2013年恐ろしき感染症によって壊滅した人類とその文明。そしてその60年後、わずかに残された人々は新たに人類の歴史を歩み始める。

ジャック・ロンドンは静謐や内面といった要素の真逆の、世界を股にかけた動きの大きい物語を描く作家。と言う印象だが、社会的視座をもって近未来を予測したSF的なものまで書いていたとは。

語り手は病魔をくぐり抜けて残された主人公が老人となった今(2073年)、新たに育つ子供達にいかにして過去の文明と繁栄が崩壊していったかを語る。この老人が少年たちにまったく信用されてなくて、嘘つき老人として馬鹿にされている設定が悲しい。

パンデミック後の社会では崩壊した身分関係の中から少しずつ新しい部族が成長し村を作っていくが、それはまたかつてと同じように暴力や戦争を含んだ人類史を繰り返すものである。といったペシミズムと諦念。

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「無限の玄/風下の朱」
古谷田奈月 作
(ちくま文庫)

男ばかりの家族・親族で構成されたブルーグラスバンド。或る日突然死んだ父親はその後も毎日現れては何度も死んでいく。とまどう息子たちの屈折がしだいに明かされていく。

「無限の玄」:毎日蘇る死者という突飛な出来事が起きているが、表現は真面目で引き締まった風格のある文学という印象だ。幼い頃から一丸となって旅から旅へのバンド活動。しかも男ばかりという特異な設定は、まるで小説のための実験室のようであり、集中して人間を解き明かしていくことができる。なんのために父親は甦るのか。実験は始まった。
もちろんなぜ彼がこうしたか、対してなぜ相手はどう言ったかなど、その想いのひとつひとつが私に分かるわけではないが、少しずつ崩壊していく彼らの繋がりを追いかけて目が離せない。

「風下の朱」:大学の女子野球部の話でこちらは女しか出てこない。健康ということに異常に執着して、野球でありながらチームより個人の資質を優先するキャプテンのためなかなか部員が集まらない。
グラウンドや用具含めて野球をしていることの描写に臨場感があり美しい。読んでる方も汗をかく思い。キャプテンの親和性のない性格が際立っていて、対立するソフトボール部のリーダーは正反対の丸い性格。そのせいもあって、短い話だがしっかりとドラマがありクライマックスがあって興奮する。

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