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漫画家まどの一哉ブログ

   

「文と本と旅と」上林暁精選随筆集
上林暁 著
(中公文庫・山本善行編)

上林暁の多年にわたるエッセイの中から「文・本・旅・酒・人」をテーマに厳選して収録した味わい深い一冊。

「聖ヨハネ病院にて」周辺の数作しか読んだことは無いが、しみじみと心に残る私小説を残した上林暁。こうして随筆の数々を読んでみると、きわめて良識のある普通の人だとの印象がある。私小説家というと破滅型や自己憐憫の強い人間をふと思い浮かべるが、そんなタイプばかりでもないのは当然のこと。

したがって古書蒐集や旅の思い出など読んでいても、あまりにも普通に納得できる話ばかりで意外な面白さは無いが、それでもするすると読んでしまって心が満たされた感覚があるのは、ひとえに文章がうまいからなのかな。

ただやはり「人」をテーマに井伏鱒二や川端康成・宇野浩二など作家連との交流を描いたものは、普通には体験できないエピソードばかりなのでミーハー的な興味もあっておもしろい。作家がホテル住まいで創作に励んだり、随分リッチなものだなと思ったが、正宗白鳥会見記によると文壇が隆盛したのは菊池寛以降で、それまではみんな貧乏だったとのこと。

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「むらさきのスカートの女」
今村夏子 作
(朝日文庫)

職場でもプライベートでも「むらさきのスカートの女」の動向をひたすら追いかける語り手「黄色いカーディガンの女」。主客が混乱する不思議な味わいの異色作。

こんなケッタイな小説読んだことなかった。しかも芥川賞。
語り手はなぜか近所に住む「むらさきのスカートの女」を異常なまでにつけまわし、求人情報まで密かに与えてまんまと同じ職場に誘い込む。そうやって「むらさきのスカートの女」の仕事ぶりや同僚との会話を見ていると、彼女はあんがいまともな普通の人間であることがわかる。それよりも逆にこの女をつけまわしている語り手(黄色いカーディガンの女)のほうがずっと常識はずれの人間であることがしだいにわかってくる。

「むらさきのスカートの女」の秘密を期待して読んでいた読者の興味は変わって語り手の女の異常性に向かい、どれだけ執拗なストーカー行為をするかに注目してしまう。
しかもこの作品は、まるで作家の語り手目線であるように書かれているが、同じ職場にいる人間(黄色いカーディガンの女)が語っている設定なのだ。常に「むらさきのスカートの女」と同行していてこそわかる描写ばかりなので実際にはありえない。これが小説としてかなり奇妙な効果を生んでいて、主客があるような無いような得体の知れない作品が成立した。

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「日本の近代化と民衆思想」
安丸良夫 著
(平凡社ライブラリー)

梅岩、尊徳など近世通俗道徳から始まり、丸山教・大本教など明治期新興宗教に引き継がれた日本民衆思想。近世から近代へと民衆蜂起の思想的変遷までをたどった日本民衆史の記念碑的名著。

30代半ばに読んでおおいに感心した名著を30年ぶりに再読。さすがに面白かった。
石田梅岩や二宮尊徳の提唱するのは勤勉・倹約・正直などの通俗道徳なのに、それがなぜかくも日本社会思想史の上で重要な役割を果たしているのか。かねがね疑問だった。博打や放蕩に人間は抗えないもので、村を破滅から守るためにはこのような強力な道徳的戒めしかない。
しかし当然ながらそれらは社会構成そのものの批判には及ぶものではなく、本書後半第二編「民衆闘争の思想」で打ちこわしなど一揆の変遷でも取り上げられるが、幕藩体制以外の視点にはとうてい届かないものだった。これが限界だ。

それでも民衆は近代化へ至る過程で、けっしてなんの哲学も持たなかったわけではなく、しだいに社会を支える主体へと目覚めていったことがわかる。
ところが悲しいかな通俗道徳を旨とする近代の新興宗教は、丸山橋をはじめ天理教・大本教など、みな神道系の宗教だったため容易にの天皇制支配にからめとられてしまう。これが限界だ。

といった近代化の過程の一方の主人公であった民衆意識の変転が手に取るように分かっておもしろい。再読だがあらためて蒙を開かれる思いだった。

明治初期、生肝や生き血を取る恐ろしい耶蘇教に魂を売った新政府への反対一揆。村へ赴任した異形の警官を見るや恐怖に駆られて殺害してしまう逸話は、この著作でもっとも印象に残っていて、巻頭にあったと記憶していたが巻末だった。

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「古今奇談莠句冊(ひつじぐさ)」
都賀庭鐘 作
(江戸怪異綺想文芸大系 第二巻・国書刊行会 2001年刊)

この巻「都賀庭鐘・伊丹椿園 集」のうち、伊丹椿園は読みやすいのだが、都賀庭鐘の「莠句冊」が晦渋で手に負えず、一度諦めていたが再挑戦した。とりあえず時間をかけることにして一作のみ記す。

「莠句冊第三巻・絶間池の演義強頸の勇 衣子の智ありし話」
自分は大阪の京阪沿線出身なので、舞台の茨田郡千林や太間村などの地名に親しみを覚える。この辺りは低湿地で作中にも「水淫の地、西北の巨川を防ぎたる茨田堤が霖雨洪水に必ず壊れ、幾た築きても土を保たず」とある。

さて怪異は、とある婦人が夜中に憑かれたように大騒ぎしたり、若き姉妹が化け物にかどわかされたり、大洪水が起こったりするが、これみな狸の仕業。
大力の強頸(つよくび)と知力溢れる衣子(ころもこ)の二人はこれらの難事件を次々と解決してゆく。このコンビはキャラクターが立って面白く、シリーズ化してほしかった。

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「すべての見えない光」
アンソニー・ドーア 作
(新潮クレスト・ブックス 藤井光 訳)

博物館員の父とパリに生きる盲目の少女。ドイツ炭鉱町の孤児院で妹と生きる天才電気工学少年。戦火の中やがて二人が出会うまでの数奇な運命の物語。

ストーリーを形作る道具立が面白い。少女と大叔父が住むフランス、サン・ロマの家の秘密の屋根裏からは、電波に乗せて音楽や極秘の暗号が送られる。ドイツ工業地帯に暮らす少年は自身で修理したラジオからフランスの短波放送を聞き、兵役に就いてからは敵(フランス)の極秘無線を探り当てる旅。少女の父親は博物館員であり、希少なダイヤモンドがナチスの手に渡るのを防ぐために、フェイク含めて4つのうちの一つを託せられる。

これだけの設定があればお話はミステリアスにもスリリングにもなろうというもの。それだけにワクワクと読めるが、なにより主人公の二人が大人に成りかけている少年少女で、大戦下で人生の選択肢はわずかしかない。運命に翻弄されるまだまだ無垢な二人に心奪われ、過酷な状況での無事を祈るばかりだ。

脇を固める人物も個性的で、学校でいじめにあう鳥類学者肌の友人や、兵士として少年と行動を共にする大男の青年。何年も家から出ずに秘密の放送を送る少女の大叔父。隠されたダイヤモンドの行方を追いかけるドイツ人曹長。などなど娯楽的要素満載だが、語り口はあくまで静かで飾らず、二人と周りの人々の優しさが心地良い。戦争は残酷で悪人も登場するが、知的好奇心は二人の未来を開く。そして半分は悲しい未来。

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「人間ぎらい」
モリエール 作
(新潮文庫・内藤濯 訳)

貴族社会ではお定まりの外交辞令を否定し、誰に対しても本音で語ろうとする青年。方や憧れの未亡人は八方美人の冷徹な社交家。無謀な青年の恋の行く末は?

色恋以外にすることのない有閑階級の誰が愛を勝ち得るかの話なので、基本的に面白くなさそうだがこれが面白い。
まず主人公青年が本人に面と向かって「あなたの詩はヘタクソ」と言うことで引き起こす軋轢。常に本音で語ることによって身動きが取れなくなっていく。すべてを丸く治める友人との対比も効果的で、無駄な強がりというものがよくわかる。

次に男性陣の憧れの的。美しい未亡人が相手によって誰彼をほめそやしたり貶めたり、また女性同士の間ではかなり辛辣な毒舌合戦があったり、裏表を使い分けて社交界を泳ぎ切るワザ。本音が見えないのが主人公と対照的だ。

そうやって人間社会のいやらしさを描けるのも、社交辞令が異常に発達している貴族社会ならではであって、庶民の世界、あるいは商業の世界ではここまで戯画的なほど極端ではないと思う。
ところどころコミカルなやり取りもあって楽しくできています。

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「短くて恐ろしいフィルの時代」
ジョージ・ソーンダーズ 作
(河出文庫・岸本佐知子 訳)

横暴な君主として国内を支配するに至った男フィル。国境を接する小国に対して残酷な侵害を開始するが…。すべてありえない国土とキャラクターで描かれた戯画的寓意小説。

被害にあう小国はほんの数人しか住めないくらいの概念的な国土面積。また登場人物は各種機械部品をつなぎ合わせたような人間とは懸け離れた謎の存在。このようにかなり奇矯な、とりつきにくい設定で描かれている。
そのこと自体は別に悪くはないが、独裁者として成り上がっていくフィルや追従する役人。臆病な被害国民など、その風刺・諧謔はわかりやすいもので、ここまでの奇怪な設定でなくふつうに人間の人物を出しても充分成り立つ内容だと思う。

その証拠にいちばん面白いのは老いた大統領で、その耄碌ぶりがリアルで悲しく、こんな老人を抱える家庭は世に星の数ほどあるかしらんと思いやる次第。

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「ガルシア=マルケス中短篇傑作選」
ガブリエル・ガルシア=マルケス
(河出文庫)

マジックリアリズム開眼以前のものも含めて、マルケス各短編集より代表作を抜粋。

2019年に読んだちくま文庫「エレンディラ」と3作ほど作品がかぶるが、訳者も違うしあらためて読んでも面白い。
「純真なエレンディラと邪悪な祖母の信じがたくも痛ましい物語」:以前はそれこそマジックリアリズムの悪夢に酔いしれたが、よく読むと不思議なことはなにひとつ起こらない気がする。それより殺しても死なない邪悪な祖母の生命力が人間離れしているので、有無を言わせず現実世界から引き離される感覚だ。

「大佐に手紙は来ない」:マジックリアリズム以前のマルケスがこんなに面白いとは。軍人恩給開始の通知を待つ大佐とぜんそくを病む妻。困窮するなか唯一の資産である闘鶏用の軍鶏を売るかどうするか。二人の会話が、長年連れ添った夫婦の機微がしれて味わい深く、読み進むのが惜しいくらい良い。文庫中これがいちばん。

「この町に泥棒はいない」:空想的な夫と現実的な妻という関係はこの作品でも若い二人で再現されていて、こちらも会話がおもしろい。泥棒を犯した夫と、その軽微な犯罪の露見を協力してくいとめようとする妻。プライドだけ高い夫はまったく情けない。結局マルケスはマジック以外の人間描写がマジックより面白いというとりあえずの見立て。

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「オブジェクタム/如何様」
高山羽根子 作
(朝日文庫)

平凡なはずの日常世界に潜む過去からの謎。SF風味もあり。新鋭作家の初期短編集。

「オブジェクタム」:現代小説で子供が主役となると、どうしても親含め周りの大人たちの役どころが定番なものになってしまうきらいがあるのだけど、この作品は秘密裏に壁新聞を作っている祖父・親に虐待を受けながら果敢に生き抜く女児・表向きは俳句教室の教師である謎の男など、キャラクターがどんどん登場しておもしろかった。どうやって壁新聞を各所に貼っていたか不明。

「如何様(イカサマ)」:この作品が文章も落ち着いていて突出してよかった。戦地から復員してきた夫がどうみても別人だが、画家である夫と同じ行動を黙々と続けてやがて蒸発してしまう。この謎はなかなか解けないだろうと思わせる設定で、だんだんと夫が職業的贋作作家であった真実が明らかになるにつれ、本物と偽物の間の揺らぎこそが真実のような意味合いも見えてくるが、とくにテーマ的理解をする必要はなく楽しんで読める。

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「川端康成異相短篇集」
川端康成 作
(中公文庫)

しばしば幻想的な風味を持つ川端康成の作品から「異相」の切り口をもって選び抜いた短編集。

いわゆる幻想文学や怪奇小説というとそれなりの構造があって、例えば日常の中にふとした不思議が紛れ込むとか、非日常の方へずれていくとかが典型だ。ところが川端のそれはそうした書き方とは別の、あまり作為しないで書いたような自然さがある。
死者が登場しているのがあたりまえのようなさりげなさで、さすがに葬式の名人だけあって、生死の境が薄いせいかもしれない。

目に見える不思議さだけではなく、不思議ではないがなにかしら妙な、現実からすこし浮いているような感覚のままで書かれていて、ありえないだろうと思っていても納得してしまう。

傑作中編「死体紹介人」は登場人物が皆人生に投げやりで、身寄りなく死んだ女の葬式から始まり、その妹に別人の遺骨を都合したり、火葬場で知り合ったその別人の身内の女と懇意になったりする。いわば野放図ななりゆきで、それでも気にしない彼・彼女らの会話がぞくぞくするほど面白い。一種虚無的で異様な風味が味わえる。

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