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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「眠りなき狙撃者」 ジャン=パトリック・マンシェット 作


兵隊上がりの殺し屋。仕事として殺人を重ねていると、自身も狙われる身となってしまうのか。恋人や旧友を殺されながらも、新しい殺人を重ねねばならない。いろいろな種類の銃を分解・組立て使い、いろいろな車を乗り回し、危機一髪のアクションがくり返される。

これがハードボイルドというものか、ムダの無い乾いた文体で読みやすいが、冷静な描写のせいか、読みだしたら止まらないという感じではない。だいたい主人公になにが起きようが、ああそうなのという気持ちで、この男がどうなろうが心配する理由がない。殺し屋なんだから仕方がない。
だんだんと組織の上層や黒幕が登場して事件の本質が明らかにされるが、これもまあそういう業界だからそんなもんだろうというか、あたりまえの気がする。他人の仕事の話を聞かされているワケだから、きっつい業界やなあというのがだいたいの感想である。

ところどころ気持ちのいい文章があって、北極からやってくる冷たい風が眠る主人公の家にたどりつくラストの数行が良かった。

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読書
「競売ナンバー49の叫び」 トマス・ピンチョン 作


主人公エディパは大富豪の遺産管理人に任命され、不倫相手とともに調査を開始するが、まもなく不思議な消音ラッパのマークがついた郵便切手の謎に直面する。それはアメリカ郵便事業の闇の歴史であった。

いわゆる謎解きミステリーという形式は、作者は初めから結末を知っているのにわざと小出しにしているのが不満で、わかっているのなら最初に言ってくれればいいのにと思ってしまう。この小説はそんな謎解きミステリーのフリをした小説だが、だんだんと謎のマークとかつて存在した秘密組織の正体が明らかになっていくところは面白みがある。

そんなストーリー進行の部分もあるにはあるが、文章の多くが過剰に逸脱するエピソードで占められており、それ自体はだからどうだといったものだが、文章を追う楽しさはあるので読んでしまう。ただやはりこの暴走を楽しもうと思ったら、アメリカ史や60年代カウンターカルチャーの雰囲気を知っているほうがいいのだろうが、それが書かれているから意味があるといった評価は違うだろう。カオス・万華鏡といった面白さとは別のものだ。

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読書
「百年の孤独」 G・ガルシア・マルケス 


密林を切り開いて街を育てあげた一族の6世代に渡る百年。

予言や錬金術が本気にされ、地球が丸いことも知らなかった人々がしだいに近代化されてゆく。ジプシーが外の世界からもたらす最新の科学は魔法扱いされているが、実際空飛ぶ絨毯もあったりして魔法と科学の違いは判然としない。
やがて村が街に発展して人口流入、内戦に継ぐ内戦、鉄道布設や農園開拓。労働者のデモは銃によって鎮圧され、後年大量虐殺はなかったことにされてしまう。どんなタイミングでどれだけ急速に近代化されるかによって違いはあるが、ベースとしては世界にたくさんあった近代化の物語だ。それでも社会文学ではない。

主人公の一族は、文字を操る人でなくメディアに触れる人でもなく、家畜を飼い金細工を売り戦争をやって時代の流れの中を泳いでいく。家の中では死んだジプシーはじめ代々の人間が幽霊となってうろうろしており、生きているほうも150歳くらいまで死なない。

反乱軍を率いる大佐、魔法研究家、富くじ販売などいろんな男がいるが根無し草のよう。女もいろいろで家の中をまとめて切り盛りするしっかりものの母さんもいるが、世間との交渉を拒絶する王女の末裔もいる。情に厚い娼婦や占い師。天真爛漫な野生児の超絶美少女は空中に昇天してしまう。

セリフがほとんどなく、何々はどうだったとの叙述形式で延々と物語が進んで、べったりと稠密に描かれた世界はそれこそ熱帯の風土を思い起こさせる。暑苦しさと幻想と、まさに濃厚なラテンアメリカの味わい。
代々同じ名前を持つ者が多く登場し、馴れるまではやや混乱する。

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読書
「秋風秋雨人を愁殺す」 武田泰淳 著


近代中国成立以前の革命期に鮮烈に生きて死んだ女性革命家秋瑾(しゅうきん)の評伝。
孫文の成し遂げた革命以前に多くの若者が運動に身を捧げて犠牲となっている。秋瑾もその一人。
極めて激しい性格で、運動のリーダーでありながら息の長い綿密な計画を実行するより、今すぐの直接行動を訴える人で、にっくき満人政権に対して命がけで切り込もうとしない男共は、みな卑怯者の意気地なしと罵られる。壇上に日本刀を突き刺しての演説など、迫力満点である。とてもじゃないが軟弱な男はついていけない。武田泰淳は「豪傑わらいくらいイヤなものはないな。しかも、それをうちの女房がな。ーー」とダンナをして言わしめているのが愉快。
後半は秋瑾と同じ直接行動派でありながら、身分を偽って満州政権陸軍学校の要職につき、ついにテロリズムを実行して倒れた徐錫麟の足跡を追う。

武田泰淳の筆致はけして一様な歴史叙述だけではなく、テレビ番組「逃亡者」を例にとったり、マンガ風の会話形式も使ったりと、身軽で肩肘張らず面白い。魯迅や秋瑾の故郷紹興の取材も織り交ぜながら、その後自身がおしゃれなテレビ番組に出演したときの落胆にも触れる。この身軽さが魅力だ。やはり手練の文章を追う心地よさ・小気味よさというものがないと読書体験も寂しいものになる。

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読書
「地図と領土」 ミシェル・ウエルベック 作


ウエルベックは以前「素粒子」を読んだときに、そのセックス描写の多さに辟易した記憶しか無いが、当時の読書日記を読み返してみると、登場人物の虚無的な人生に感動している。

この「地図と領土」ではそんな性的な描写はごくわずかだが、なぜか好きにはなれない。主人公は写真や具象画を手掛ける内向的な芸術家青年で、しだいに名声を得て金持ちとなり、老後は森に囲まれた広大な土地で隠遁生活を送りやがて死ぬまでの時間が、未来から振り返ったかたちで描かれている。彼がギャラリーやプレスの仕掛けによってだんだんと話題の人になっていく様子は、大きな金が動く芸術界の仕組みがよく分かる内容だがつまらなかった。どうもセレブには関心がもてない。

主人公青年は平凡な意味では常識も社会性もあっていまひとつ魅力を感じなかったが、くらべて面白かったのは本人役で登場する作者ウエルベック自身だ。
実際はそんなことはないそうだが、作中ではアイルランドの郊外に一人で暮らし、まったく自堕落で部屋は散らかりっぱなし。創作活動もせず情緒は常に不安定。この人物像こそ芸術家らしくて主人公より魅力的に描けている。しかもついには殺されてしまうという意外な展開で、定年前の憂いを含んだ刑事も登場して後半3分の1はミステリーのようである。

建築事務所の経営者だった主人公の父親が、隠遁して死を待ち望む虚無的な人間で、この父親と情緒不安定なウエルベック本人が不穏な空気を醸し出していてよかった。

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読書
「おばけずき」  泉鏡花 作

鏡花怪異小品集と副題にあるが、純粋な小説作品は少なく小文集といった内容である。いかにも鏡花ならではの怪異短編は巻頭の「夜釣」ぐらいで、他はおばけに少しふれるか、なにやら恐ろしい感じがしたくらいのものだ。「夜釣」のみが短いながらも怪談の手法をきちんと駆使して書いてあった。

小説の他にも「露宿」など関東大震災の体験を中心に身辺を描いたエッセイなどが多くあって、震災後火災を避けて公園に2泊するようすがそのままに報告される。その他ご承知のとおり人一倍の恐がりの鏡花が、自身の恐がりようもありのままに怪異を求めて旅先を漫歩するなど。だがやはり個人的には日常より非日常、ルポより空想のほうが楽しい。

それにしても鏡花の文体は多彩で独特のリズムがあって、慣れれば乗ってゆけるが、ふと気持ちを切らすととたんにつまずき始める。べつに難しい語り口ではなく、ごく平易な普段着の…といってもその普段着がイカしているからか、自分の読書力ではとうてい追いつかない。

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読書
「貸本マンガ史研究 03」 特集:辰巳ヨシヒロと劇画
貸本マンガ史研究会発行


亡くなった辰巳ヨシヒロ氏の思い出をめぐりたくさんの方の追悼と、その業績に対する評価・研究がぎっしりつまった特集号。
自分は年齢的には貸本漫画の最後期を少し経験しているが、幼かったため有名な「影」「街」などの高学年向け劇画誌は知らない。漫画の歴史を検証することにさほど興味は無いが、過去の貸本漫画の表現にもおもしろいものはたくさんあるようだ。露骨に映画のカメラワークをなぞったような表現は今見ると珍しい。

それまでの児童漫画に課せられていた勧善懲悪・希望・ユーモアなどを振り払い、作者を含む当時の労働者青年にリアルに寄添うものを目指した「劇画」という一大実験だが、実は立ち上げ当初から実質的には終わっていたかもしれない?その過程が辰巳氏本人の言葉をはじめ、各研究者の論考で明らかにされていく。

ただ辰巳さんが「さそり」などガロに短編を連作する以前の貸本漫画作品は、リアルと言っても当時人気のアクション映画などの設定で描かれているので、所詮限界があるという気はする。さいとうたかをがトップを走る所以でもある。苦悩する労働者青年のリアルというのとアクション映画のようにリアルというのはリアルの意味が違う。

追悼文の中では最後まで辰巳氏に寄添った田中聡氏の壮絶な報告が胸をうつ。また八代まさこ氏が辰巳氏のファンだったのも以外だった。つげ義春氏の追悼文の末尾に、「死によって全てが終了するのではなく魂=波動は残る…」云々とあって、実に驚いた(笑)。
つげ忠男インタビュー、「貸本時代の水木しげるの画風変遷史」川勝徳重、も面白い。

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読書
「生物から見た世界」 ユクスキュル/クリサート 著


「還世界」とは聞き慣れない用語だが、環境世界がわれわれ人間が知覚している地球環境全体だとすれば、その逆に個々の生物に固有の閉じられた世界のようなものと考えて読んだ。なるほど世界を認識するための装置は生物によってそれぞれずいぶん違っていて、認識できない範囲のことがらは世界には存在しないことになる。

われわれはつい擬人化して考えてしまいがちだが、人間の知っている環境世界をどの生物も同じように認識していて、その中でその生物なりの生きていくための技術を総動員しているわけではない。
ここではダニやウニやクラゲやハエの例があげられるが、ダニの知覚は木の枝に昇ること、動物の臭いを感知して落下すること、動物の皮膚表面を認識することのみで構成されていて、他の世界を知らない。ダニにとって世界はものすごく簡単なものとなっている。部屋に入り込んだハエの脳内にはエサと照明以外のベッドや椅子などは存在しない。また鳥にとって動いていない虫は存在しない。キリギリスの雌にとって音を遮断された状態で鳴いている雄は目の前にいても存在しない。

というようなことは知らないわけではないが、ネットなどで愉快な動物達の動画なんぞを見て笑っていると、ついつい忘れてしまう。鳥でさえ意志や感情は人間と同じだと思うが、やはり世界認識は違うのだろう。

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読書
「偶然の統計学」 デイヴィット・J・ハンド 著

絶対にあり得ないと思えるような奇跡的な偶然の出来事。これが実は人間の思い込みによる錯覚で、統計学的には案外あり得る確率であることを解説。そして様々な勘違い・思い込みの罠を分類してゆく。この種の偶然と確率について数学の素人にも解りやすく書いたものはいくつか読んだが、これはおもしろかった。

大数の法則ならぬ「超大数の法則」によれば、膨大な実例の中ではめったに起らない偶然も必ず起きる。なるほど「運」について考えれば、正規分布という言葉を知らなくてもあの山なりのグラフを思い浮かべて、中央の盛り上がったところが最も平凡な可もなく不可もない状態だとすれば、両極端に最高に運のいい人と悪い人がいる。これら極端な例は話題になるので目立つが、多くの人は平均的な事例を体験しているだけなのだ。これは「運」について自分がかねがね感じていたもの。それほど人類の数は多く、「超大数の法則」が発生している。

また「選択の法則」というものがあって、ことが起った後からならどうとでも理由付けできるということで、その際そうならなかった多くの実例を省くことができる。また実は普段から気付かないだけでよくあることを無視する。神秘的な偶然も、あたかも「運命」だったかのように事後に選択的に糸をつないで納得してしまう。運命論の正体は事後選択である。

「近いは同じ」の法則は、神秘的な偶然の一致といっても、一致の範囲が任意に広くとられていて、それくらいなら普通にあってもおかしくないものを珍しいことにしてしまう。ユングのシンクロニシティには多くこの種の実例がある。このユングや「偶然の本質」で有名なアーサー・ケストラー等のESP実験を遠慮なくニセ科学よばわりしていておもしろかった。

(年に6回以上事故が起った交差点に監視カメラを設置すると、翌年には事故は6回以下になった。ESP実験で優秀な結果を残した者を集めて、さらに実験すると2回目以降は数値が下がった。これらは実は6ばかり出たサイコロを集めて降ると、2回目は平均値が6以下になるのがあたりまえというのと同じで、最初に大きな数値を揃えれば必ずそうなる。これも「選択の法則」の一種。ナルホド!)

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読書
「差別語からはいる言語学入門」
田中克彦 著

1970年代に広がった差別語糾弾運動。これをそれまで日本語の正統的なものを決定してリードしてきた文化人・教養人などのエリート階層に対して、人民が初めて自己主張した稀なる出来事と考えるところから本書はスタートしている。時代的な理由もあろうが、この対立構造が今ひとつわからない。そんなに民衆と文化人は使う言葉が違うだろうか。線が引けるだろうか。民衆が文化人の使う言葉をまったく楽しまなかったとも思えないが…。
それはそれとして、そもそも音として意味をもっていた民衆的な日本語・ヤマトコトバに、文化教養階層がむりやり漢字を当てはめていくことにより生じる変化が、差別語の発生の問題をヌキにしても興味深い。

エッセイ風の愉快な語り口だが、あくまで言語学なので差別語の背景にある社会的要因そのものには踏み込まない。たとえば片手・片目などのカタという語は、ふたつとも揃っているソロイという概念があってこそ生まれたもので、あまり外国語にはなく、発展して片手間・片田舎など半端なものを強調するような使われ方になっているなど。
その他、オンナ・北鮮・ハゲ・屠殺・カタテオチなどいろいろ登場して、その成り立ちが明らかにされる。

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