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漫画家まどの一哉ブログ

   

「ピエールとリュース」
ロマン・ロラン 作
(みすず書房・宮本正清 訳)

第一次大戦下のパリ。ドイツ軍の侵攻が迫る中、偶然出会った若き二人の絶望的な純愛を描く。

侵略を受けるフランスとしては避けることができない戦争への参加と若者たち。主人公の青年、中産階級出身のピエールもまもなく応召しなければならない運命である。
拙い模倣画を売って糧とするリュースは母親と二人暮らし。つねに目の前の生活に追われている彼女はピエールに比べてはるかに現実的な女性である。リュースに出会ってピエールは初めて生活費を稼ぐリアリズムを知る。

ピエールは本来なら中産階級の青年らしく、戦争へ突き進む国の政策やその他政治思想について侃侃諤諤の議論を仲間と繰り広げるところ。しかしリュースと出会って以来二人の時間の尊さに目覚め、緊迫する情勢をよそに自分たち以外のいっさいを顧みない極めて純粋な恋愛に日々を過ごすことになる。

この緊迫する社会情勢との対照性が作品を貫く主題であり、見えない未来のことは考えない今この瞬間こそが、逃してはならない大切な時間である。戦時下であるからこそ存在した絶望的リアリズムだと言えよう。





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「夜と灯りと」
クレメンス・マイヤー 作
(新潮クレストブックス・杵渕博樹 訳)

統一後の旧東ドイツ。ややアウトローな世界で迷いながら生きる男たち。そしてさまざまな職業の人々。短編集。

解説によると作者はドイツ文壇には珍しくアカデミズムとは無縁のブルーカラー出身。いわゆる不良少年で少年拘置所体験もあり、様々な肉体労働を経て小説家になった人。そのせいか各短編の主人公の男は本格的なマフィアではないもののコカインなど薬物は使うし、人生そのものにもなんとなく投げやりなところがある。
そこになんとなく格好良さがあって、ケンカしたり女を追いかけて旅をしているとそれだけで絵になる。これは実際そんなものなんだろうが、やや通俗的な印象があって物足りない。漫画家のつげ忠男作品に登場するアウトローたちもそういう格好良さがあるので、それと同じかもしれない。

そんな中ではアウトローではない人間が登場する後半の3編が良かった。●就職したばかりの巨大倉庫でフォークリフトを操りながら働く男の、ほのかな恋やリーダーへの親愛を描いた「通路にて」●平和な家庭生活を捨ててある娼婦を追いけけ回すことなってしまった男「君の髪はきれいだ」●過疎化した農村に残り、老いてゆく動物たちと暮らす老人「老人が動物たちを葬る」この3編は気取らない素直な味わいを感じた。


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「ガストン・ルルーの恐怖夜話」
ガストン・ルルー 作
(創元推理文庫・飯島宏 訳)

その作品が推理小説の嚆矢とされるルルー。全盛期の本格怪奇短編8編を集録。

1920年代に書かれたもの。既に本格怪奇短編としての出来栄えと風格が充分にある。あり得ない幻想的な出来事はあまり起こらず、残酷な殺人を題材にしたあくまで現実の範囲で起きる恐ろしさを描いたものが多い。

8編中5編は5人の元船乗りたちが集まって、自分が体験した身の毛もよだつ恐ろしい話を語り合うといった趣向。それはよいのだがメンバーはお互いの話に懐疑的で、信じないか馬鹿にしている様子。たしかにその仕草は演出としてアリだがやや必要以上な気がする。語り手の話が終わってからこちら(読者)が怪奇に浸る余韻を得ないうちに、すぐさまメンバーによる茶化しが始まってしまって興醒めである。ラストにこれはいらないんじゃないか。

この設定以外で書かれた巻頭「金の斧」(夫の隠された仕事の話、オチでびっくり)、巻末「火の文字」(トランプゲームを軸とした悪魔との取引)「蝋人形館」(一人深夜の蝋人形館で肝試しに挑戦)は怪奇短編の王道をゆく佳作で楽しめた。

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「死刑囚最後の日」
ユゴー 作
(光文社古典新訳文庫・小倉孝誠 訳)

まもなく断頭台の露と消える自身の毎日を綴った日記体文学。揺れ動く心と残酷な運命を描いて死刑制度の廃止を訴える。

この語り手がどういう人間でどういう罪を犯したかを一切語らぬまま、いきなり牢内で執行の日を待っているところから始まるので、最初はなかなか気持ちが入らなかった。
それでも監禁場所が手筈順に移動され死刑執行の日がじりじりと迫ってくると、リアリティと切迫感は一段と増して目が離せなくなる。作者が体験したわけでもないのにこの迫真性はたいしたものだ。そしてラストはひとこと定められた執行時間が書かれるのみ。これが心憎い。

ユゴーが若い頃の作品でもあり、死刑制度に反対する正義感から書かれているので、テーマに沿ってただ一直線に書かれた印象。揺らぎがない。
以前読んだ岩波文庫版と違って、前書き的な戯曲「ある悲劇をめぐる喜劇」と「一八三二年の序文」も併載されているが、この「一八三二年の序文」などは全くストレートな死刑制度反対論であり文学的なものではない。まるで普通だ。

それにしてもこの時代から死刑制度に対する反対と賛成の趣旨内容は、現代に至るまで全く変わっていない。実に歴史の長い問題だ。カントが制度賛成派であるのは驚いた。

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「ステパンチコヴォ村とその住人たち」
ドストエフスキー 作
(光文社古典新訳文庫 高橋知之 訳)

田舎の叔父は無類のお人好し。似非インテリのペテン師にまんまと騙され、家を乗っ取られても感謝感謝の有様。この異常事態にペテルブルクから駆けつけた甥っ子青年が出会う一癖も二癖もある居候たち。ドストエフスキーの忘れられた傑作長編。

叔父という人物がお人好しをはるかに超えて、言われるがままに自己批判を繰り返し、まわりの人間を簡単に持ち上げて讃えてしまう。ちょっと考えられない極端な人格。
そして実は劣等感の固まりながら口先だけの説教をたれながし、田舎の人々の尊敬を一身に集めてしまう似非インテリの居候ペテン師。
このいびつな二人のカップリングがこの作品の基本構造。

ペテルブルグからやってきた甥っ子の青年は物語の語り手でもあり、ペテン師と堂々対決するのかと期待したが途中からは傍観者に終始して、いっかなペテン師に罰は降らず、読者はカタルシスが得られないままモヤモヤする。
「罪と罰」の3分の1ほどの長さながら登場人物は多く、老若男女それぞれの性格設定が際立っていて楽しい。会話の応酬で話がどんどん進んで心地よく、深いテーマがあるわけではないが感情の機微が赤裸々に描かれ充分な読み応え。やっぱりうまいんだな。

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「守銭奴」
モリエール 作
(岩波文庫・鈴木力衛 訳)

あまりにケチで金のことしか頭にない父親。あろうことか息子の恋人を再婚相手に選び混乱をまきおこす。その徹底した守銭奴ぶりが愉快な喜劇作品。

モリエールを代表する人気作品だということで読んでみたが、人物がカリカチュア的に描かれ過ぎていていまひとつ興奮しなかった。金銭第一主義の人間は現実にも存在しているので、「そうそうこんなやついるよな」とリアルに思わせる方向もあったとは思うが、そうではなくひたすら戯画化しているので、わかりやすいがもの足らない。

ストーリーは父親の度を越した守銭奴ぶりと結婚話をめぐる周囲との軋轢と混乱が繰り返され、それ以外のことは起きないので単純と言えば単純だ。これも喜劇ゆえの構成だろうが、かなり本気で笑わせようとしているので致し方ない。短い会話のやり取りが多く、このテンポが舞台にメリハリをつけていると思う。
実際この父親は家族や従僕みんなに嫌われているのだが、お金を持っているので逆らうことができない。この点ではリアリズムでありブルジョアジー勃興期の社会風刺と言えるかもしれない。

若い娘に思いを寄せる高齢男性は、この間読んだ説教節でも出てきて、作中顰蹙をよんでいるのだが、ゲーテやブルックナーが有名なように実際にもそんな男性は多い。歳をとって前頭葉が緩んでいるのだ!?

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説教節「俊徳丸・小栗判官」
兵藤裕己 編注
(岩波文庫)

中世後期から江戸初期に流行った大道芸「説教節」の中から、語り継がれ今に残る名作5編を収録。

往来で演じられた大衆演芸だけにさすがにドラマティックで悲劇的。その演出もエンターテイメントの法則をはずさず、過酷な運命を生きる主人公達に感情移入して手に汗握る出来栄えとなっている。

「俊徳丸」:近鉄大阪線に俊徳道という駅があるが、この駅名は盲いた俊徳丸が八尾高安から、父親に捨てられたとも知らず天王寺へと歩いた道が由縁らしい。継母の呪いによって絶望的な人生を歩む俊徳丸。これを一人助ける乙姫の勇気が健気だ。「良きときは添はうず、悪しきときは添ふまいの契約は申さず。悪しきとき添うてこそ、夫婦とは申そうに」たった1枚のラブレターで俊徳丸に命をかける乙姫。5編中いちばんの面白さ。

「小栗判官」:毘沙門天の申し子小栗判官は、一般人をはるかに卓越したスーパーな男だが、どうも人格的には感心できない。女に関しては趣味がうるさく、挙句は大蛇の化身と契る始末。しかも物語途中で毒殺されてしまう。話を引っ張るのは妻となった照手姫で、人商人に身を売られても遊女となることを頑なに拒み、過酷な下働きに耐えながら小栗との再会を祈る。閻魔大王登場。

「山椒大夫」:これも鴎外作や東映アニメで体験した有名な話、安寿と厨子王丸である。母や乳母と4人で出かけた途中、人買いに騙されて別々の船で離されていくシーンは悲しく劇的。スーパーな人間は出てこないが、悪人に搾取される中でも幾人かの善人に助けられ、やがて母との再会を果たす。山椒大夫はそれほど個性的でもないふつうの悪人ボスといったところだった。

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「ジム・スマイリーの跳び蛙」
マーク・トウェイン傑作選
(新潮文庫・柴田元幸  訳)

小説家・エッセイスト・ジャーナリストなど多岐にわたって活躍したマーク・トウェイン。ユーモア小説を中心に集めた短編・小品集。

マーク・トウェインがここまでナンセンスで愉快な短編を書くとは知らなかった。ちょっとニンマリといったレベルではなく本気で笑える。読んでいてウキウキとして楽しい。文豪が愉快な物を書くと必ず風刺小説といった意味づけをするのは悪習である。

ほとんどの証人が事実とかけ離れた無関係な話ばかりする裁判記録。賭け事中毒の男が仕組んだ跳び蛙の高さ比べ。農業について全く無知な人間が代筆した農業新聞のトンデモ記事。経済論の執筆に集中する間にアンテナ詐欺に引っかかってゆくインテリ。などなど全編この種のユーモア短編で編集してもらっても私的にはよかった。

「盗まれた白い像」はやや中編だが象が象ならぬ怪物的な存在で、街に出てゴジラレベルの破壊の限りを尽くす。ありえないナンセンスな出来事が続き、対応する警察のほんとうの目論見がミソなのだが、もう少し短くてもいいかと思う。
「失敗に終わった行軍の個人史」も中編で、南北戦争に参加はしたが全然戦う気もなく逃げ回っていた南軍の村人たちの話。事実こんなものかもしれないが、やや冗長な気がした。

基本的にマーク・トウェインはあまり深刻ぶらず自由に空想の羽を伸ばすタイプの作風なのかな。

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「運は遺伝する」
橘玲・安藤寿康 対談
(NHK出版新書)

行動遺伝学の最新の知見に基づいて、人生や社会の多岐にわたる遺伝の影響を徹底対談。残酷だが見過ごせない事実とは。

ヒトゲノム解析テクノロジーGWAS(ジーワス)の驚異的威力。単一の遺伝子(モノジェニック)な診断ではなく、多数の遺伝子(ポリジェニック)の関わりから診断する遺伝的影響。巻頭このあたりの詳しい内容を理解することが先ず一つのハードルだが、世帯収入と大学卒業率との経済格差を反映したグラフと、同じ内容(世帯収入と大学卒業率)を純粋に遺伝子のみを調べた結果のグラフが一致するのを見せられるとさすがに驚いてしまう。

「運は遺伝する」と言うが、偶然運悪く事故に遭った人がいたとしても、その人が遺伝的に落ち着きがないとか注意力散漫だった場合、第三者はその人をそもそも運が悪いとは思わないのではないか?

遺伝率と共有環境(コントロール可能なもの)・非共有環境(コントロール不可能なもの)基本的にこの三つをあらゆる事象にあてはめて考えてゆく。一見非共有環境に見えることも、どのような社会集団・友人を選ぶかなどは自覚がなくても遺伝的な支配を受けており、多くの面で遺伝率は高いようだ。

協調性や外交性・内向性などのパーソナリティはもとより、タブー視されてきた知能や容姿まで含めて人間が遺伝子に支配されていることを考えると、「誰でも努力すれば同じように学力を上げることができる」や「犯罪を繰り返す人でも教育によって必ず更生できる」などの平等理念もそのままでは通用しない。残酷なようだがそこは直視して誰をもケアできる社会を考えるべきだと自分も思う。

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「動物農場」
ジョージ・オーウェル 作
(ハヤカワepi文庫・山形浩生 訳)

自らの奴隷状態を翻し農場主の地位を人間から奪い取った動物たち。だが楽園となるはずの農場は、しだいにリーダーであるブタの支配する独裁国へと変質してゆく。風刺文学の名作。

ふだんから寓意小説や風刺文学というものをあまり読もうとしなかった。笑うための単純な構造が見えたらつまらないし、動物を使うと児童文学の感触なのではと疑ってしまう。
ところがこの有名な作品を読み出してみると、動物たちがあまりに人間的にリアルで話の内容も痛々しく、まさに人間社会そのものの縮図で読むのも辛かった。

そもそもこの作品は社会主義革命後、その理想を離れて独裁化していくスターリン政権下のソビエトを忠実に風刺したもの。確かにそうなのだろうが、遥か時代を経た今となってみれば、この作品はソビエト批判に限定されるものではなく、一応現在民主主義国とされる体制でも同様の事態は容易に起こり得るし、今まさに起きているのではないだろうか。

それほど権力の腐敗・独裁化は共通の過程を経るものであって、この動物農場の如く住民が主体性を持たず、政治について考えることも発言することも放棄してお任せ状態にあると、容易に同じことが起きる。それが読んで身に染みる。

併載の「動物農場序文案」ではロシアがイギリスと同盟を組んで対ナチス戦線に参加したとたんに、スターリン政権批判を全くしなくなったマスコミへの作者オーウェルの憤りが読める。

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