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漫画家まどの一哉ブログ

   
カテゴリー「読書日記」の記事一覧
読書
「さすらう雨のかかし」
丸山健二 作


過疎化の波はくい止めようのないものの、穏やかに時間の過ぎ行く漁業の町「海ノ口町」。主人公のわたしは、ここで生まれここで育ち、四十過ぎの今日まで町を出てゆくこともないまま、市役所の苦情処理係を懸命に勤めていた。大豆畑のかかしは、そんなわたしをモデルに作られている。

ところがある日、主人公のわたしに瓜二つのヤクザ男が町に現れた。隣町のサーカスに、孤児院の子供たちを引率したおり、そのヤクザと間違われたのをきっかけに、わたしの中で平凡な人生が崩れ始める。堅実ではあるが、けしてさすらうことをしない人生。これでほんとうによかったのか?実は40年間自分に嘘をついてきたのではなかったか?

やがて何者かによっていたずらされるかかし。山から転げ落ちる大岩。さびれた工場跡にたむろする野犬の群れ。平凡な人生が突然揺らぎ出し、わたしはこの日常を捨てて、いよいよ町を飛び出す衝動にかられるが…。

取りかえしのつかないいら立ちにさいなまれる中年男の心情が、雨中を飛ばす車とあいまって、スリリングに描かれ、吸込まれるようにして読んだ。人生も後のほうが短いとこのあせりがよく分かるというもの。うかつにもこれまで気にはしていたが、丸山健二を読んでなかった。もう少し読んでみよう。もう少し。

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読書(mixi過去日記より)
「坑夫」
宮嶋 資夫 作


大正時代のアナキスト小説家、宮嶋 資夫(みやじま すけお)の処女小説作品。
坑夫石井金次はその攻撃的な性格から、炭鉱内でたびたび問題を引き起こしていた。彼は虐待され搾取される自身の労働環境に深い憤りを感じつつも、声を上げようともしない探鉱者仲間たちにも煮え切らない思いで、ふだんから睨む様な目つきで仲間に接し、酒をくらい、暴力をふるい、人の女房をかどわかすのだった。炭鉱内で孤立してゆく男の破滅に至るまでの心情をリアルに追った名作。

もしこの作品を労働者を描いたという褒め言葉で、プロレタリア文学の枠組みに入れてしまうとしたら、もったいない話。確かに虐げられつつも立ち上がることも出来ない、炭坑労働者の実態そのものは描かれているが、それはそのこと以上のものではなく、この作品の魅力はなんといっても主人公石井の人物造形にある。この無学で短気で、鬱屈した感情をつねに暴力に置き換える、この人物の屈折した心理がいたいほど伝わってくる。この性格設定は別に労働者に限定されるものではなく、それこそ資本家でもいいわけだから、やはりすぐれたプロレタリア文学というものは、単純に労働運動に目的化されない深みを獲得しているということでしょう。ボクは有島武郎「カインの末裔」の主人公仁右衛門、野間宏「真空地帯」の主人公木谷上等兵をおもいだしました。
次の一節は、しみじみと情景が浮かぶ夜のシーンです。

「あゝあ」と吉田は両腕をぬつとあげて、大きな溜息をしてから外に出た。山の中腹に稲妻形につけた道を、鉱石箱を背負つて登り降りする掘子の持つたカンテラが、闇の中に狐火のやうにちらついてゐた。真黒な山に周囲をかこまれた空を仰ぐと、星ばかりいかめしく光つて――静まりかへつた夜の沈黙を、どこかの坑内でかけた爆発薬(はつぱ)の響が、一時に凄まじく破つたが、響が消えると同時に死のやうな静寂に返つて来た。

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読書「素粒子」
ミシェル・ウェルベック作



ヒッピーイズムにとち狂った母親に見捨てられて育った異父兄弟ブリュノとミシェルの人生。兄ブリュノは人生のすべてを性的快楽に賭ける男。彼が選んだのは60年代以降、一部に受け継がれるニューエイジ系フリーセックスのサークルだった。
かたや弟のミシェルは分子生物学の分野で多大な業績を上げる学者となるのだが、女性との関係はかなり淡白で実りの薄い者であった。

兄ブリュノが性的快楽を追い求める姿とセックスシーンが何度もくりかえされ、自分にとってはいささか辟易だったが、やがて分子生物学者である弟ミシェルの虚無的な人生が描かれてくると、ページを閉じられなくなった。

ところどころ全く容赦のない物理・生物学の記述が混じり、その整然とした理知的な文体が、登場人物のうごめきあがく様を冷徹に描いていて引き込まれる。兄弟ふたりとも中年を過ぎて、ようやく理想の女性にめぐりあうが、その女性は二人とも非業の死を遂げ、人生とはこんな者だったのかという失望と落胆がありありと解る。しかしそれは我々にとって、ごくありふれたことである。

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読書(mixi過去日記より)
「閉ざされた城の中で語る英吉利人」
ピエール・モリオン作


ピエール・モリオンとは仮名で実はフランス暗黒文学の旗手マンディアルグの筆になる、奇想エロティック小説。
ブルターニュ地方のとある海岸から、引き潮時のみ道路を伝って往けるガムユーシュ城。招待を受けて投宿することとなった主人公は、城内で日に夜を継いで繰り広げられる性の狂乱に参加することになる。城主に命じられるがままに、破天荒で残虐な性行為に没頭する数名の女と黒人男。そのシュールな空想世界が美文によって構築されていく。 ではその一節。

 哀れなエドモンド!皆んなの顔がお前の臀を覗き込んでいた。
 誰もがお前の苦痛の一部始終を見逃すまいと、そしてお前の叫び声が咽喉をかき切られた獣の喘ぎに変わっていき、体内のおそろしいやけどで、少しずつ、お前が意識を失い、お前の肉体が生々しい屍体に似た白堊のようなふやけた外観を帯びてゆくあいだ、私たちはおまえの尻たぶの間から血と水気の混った一筋の液体が流れ出て、寝椅子の布を濡らしていくのを眺めていたのである。

てなかんじ。じつは自分はシュールや幻想文学は大好きだが、その仲間の「血と薔薇」的な残酷とエロスの世界はちょっと苦手で、薄い文庫本ながら読了するのにだいぶかかったよ。ほな、読まんかったらええやん!。
(生田耕作訳・中公文庫)

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読書(mixi過去日記より)
「王様の花嫁」
ホフマン作


海外古典幻想文学の重鎮、というかボクの大好きなE・T・A ホフマンは数編のファンタジーを書いているが、そのうちのひとつがこれ。
ホフマンの書いたファンタジーと言えば、バレエ「くるみ割り人形」として有名な「くるみ割り人形と鼠の王様」があるが、これも同様に奇妙奇天烈なお話。野菜の栽培に熱心な主人公の娘は、ある日畑で抜いた人参に嵌まった指輪を拾うが、それは野菜の精(妖怪)からの婚約指輪だった。占星術に凝った父親の進めもあって、娘は人参の王様に嫁入りしようとするが、野菜の豪華宮殿と思わされていたものは実は…云々といったストーリー。でもこの設定どこかで聞いたような気がするのは、やはり絵本や児童文学に翻案されているのでしょう。
ちなみに「くるみ割り人形」の方は子どもの頃、少年少女世界名作文学全集で読んで、なんとも不気味な印象を持ったが、齢長じて大人用を読んでみても、その印象は変わらなかった。
ちなみにホフマンの他の著作はファンタジーではなく、頭をくらくらさせる真性幻想文学であります。

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読書(mixi過去日記より)
「白鯨」
メルヴィル作

以前途中まで読んでほったらかしていたメルヴィルの「白鯨(MOBY-DICK)」読了した。
この小説、さぞや波瀾万丈の海洋冒険譚と思いきや、なんと話の半分は捕鯨業に関する蘊蓄で、しかも実際白鯨にめぐりあって格闘するのは、物語もようやく終わる第百三十三章から百三十五章だけというあんまりな構成。しかし物語部分は娯楽性たっぷり、キャラクターの書き分けもサービス満点だよ。なにより魅力的なのはその散文詩的文体であって、例えば…

●結ぼれ、捩れ、皺寄って節くれ立って、憔悴した峻酷不屈の面魂(つらだましい)、眼は廃墟の灰燼のなかになおも赤く燃える炭火のように爛々と、剛毅不撓のエイハブは澄みわたった朝の大気のなかに立ち、ひび割れた兜のような額を、空の麗しい乙女の前額に向けてかざしている。

●「跳ね出た!あそこに跳ね出た!」あたかもその測るべからざる威嚇の行為で、われとわが身を鮭のように天へ投げ上げたときの叫びだ。まことに忽然として紺碧の海原に出現し、さらに紺碧な空の輪郭に縁どられて浮彫になったため、彼の衝き揚げた水沫(みずしぶき)は、しばし氷河のように眩しさに堪えられぬほど燦々(きらきら)と光り、やがてその最初の眩い強烈さから次第次第に色を薄れさせつつ立ち迷って、谷底を渡る驟雨に似た濛々たる霧に変じていった。

クーッ、カッコイイ!僕なんか、最近流行りの小説にチャレンジしても、文体に鑑賞するところがなくてウンザリして数ページで止めてしまうことが多いが、その点こういう文章は味わいたっぷりですね。とはいっても訳文ですけどね。

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