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漫画家まどの一哉ブログ

   
「大火」
読書
「大火」
里見弴
 作

花魁今紫を贔屓に通ってくるのは、向島のご隠居と資産家の息子である法科大学生の三郎だった。その日は昼間から南の大風が強く吹く日であったが、やがて半鐘が鳴りだす。5階まで上がる高い時計台から見下ろして、やあこちらは風上だから大丈夫だと安心しているうち、よもや火の手はすぐ近くまで迫っていて、楼閣の者あわてて荷物をまとめ、ついに廓外へ逃げ延びるまでを、三郎と今紫を中心に描いた短編。

里見弴はなんといってもその絶妙の語り口が魅力で、流麗でリアルで粋でしみじみとする。会話もおもわず情が移るおもしろさ。「やぶれ太鼓」という短編は、ある幇間(たいこもち)の流れ流れる浮き草のような人生の行く末を描いたはなしだが、自分はこれを読んで久保田万太郎の「末枯」を思いだした。「末枯」は、やはり落語家の流れ行く人生を、平易で美しい文体で描いた小説だ。

いまどき大正時代の花柳界や芸人を描いた小説を誰が読むだろうかとも思うし、だいたいこの日記を読んでくれている人が、里見弴や久保田万太郎を知っているとも思えない。しかも自分のようなシュール系に束ねられる漫画家が、こんな旧き東京の人情話を好んで読んでいるのも妙な具合だが、たんなる人情話ではない。その魅力はたぶん人生に対する諦観と、なによりその絶妙の文章で、平易な美文というものが自分は大好きなのである。

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