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漫画家まどの一哉ブログ

   

「文学入門」
伊藤 整 著
(講談社文芸文庫)

日本近代文学を中心に海外文学まで含めて、移り変わる社会を背景に文学の変遷を解説。文学芸術の本質に迫る名著。

あくまで社会的視野を失わず、舞台となる社会の変化があってこその文学の発達であって、良い意味で教科書的といっても間違いない。
明治維新以降、近代化したといってもその実旧来の封建的秩序に縛られ、人間的自由を奪われたまま産業が発達するにつれてますます追い詰められていく。そんな生き難い人間をすくい取るように作品が生まれた。どうしても社会を捨てて破滅してゆかざるを得ない芸術至上主義や私小説の発達など。この解説が理路整然としてスルスルと脳に染み込んでくる。
尾形紅葉「金色夜叉」の有名な熱海のシーン。お宮を蹴り飛ばす貫一のセリフがいわゆる芝居口調ではなく、驚くほど真に迫った口語体で感激した。

バルザックやドストエフスキーなど王道を行く近代文学にも、作家が知識階級であるための限界があって、例えば人間のエゴイズムを書いても「オデュッセイア」や「新曲」「ファウスト」などの近代以前の作品の方が、人間の残酷な行為も遠慮なく書けているのではないか。というハックスレーの文芸論は目から鱗が落ちるような思い。その点日本の私小説は気取ることなく自身の恥をさらして成立しているという視点も新鮮だった。

志賀直哉「城の崎にて」を筆頭に島木健作「赤蛙」堀辰雄「風立ちぬ」梶井基次郎「ある崖上の感情」など死を前にした自分の見た、無を前提とした世界観が、西欧のキリスト教的世界観とは全く違ったものであるという解説もおもしろい。

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「19世紀ロシア奇譚集」
(光文社古典新訳文庫・高橋知之 編・訳)
怪異・幻想文学の知られざる佳作小品を9編収録。

アレクセイ・トルストイは以前「吸血鬼」を面白く読んで、この吸血鬼とは実は感染症のことではないか?と思った記憶がある。今回の作品はいささかふざけすぎている。ソロヴィヨフ「どこから?」、アンフィテアトロフ「乗り合わせた男」この2編の幽霊譚は短いながらもでゾッとするもの。レスコフ、ツルゲーネフはさすがに面白かった。

レスコフ「白鷲ー幻想的な物語」:県知事の職権濫用を調査に向かった平凡な役人イリイチ。現地でヒーロー的な人気の若手役人ペトロヴィーチの補佐を受ける。この若手が突然死してイリイチのせいにされるが、それが邪眼によって睨んだためとのこと。この邪眼という行為がどんなものか一切説明されない。そして幽霊譚となるのだ。レスコフ作品は話が派手でも語り口は落ち着いていて安心する。

ツルゲーネフ「クララ・ミーリチ 死後」:中編小説。読者の感情を掴んで放さない動的な文体の面白さ。ドラマティックで大いに興奮した。クララという女性が類を見ない人格であり、恐ろしいまでの情念で青年アラートフを見初め、あげく彼を非難して死んでしまう。何を考えているのかさっぱりわからない。ツルゲーネフの独創的な人物造形だろうか、読んでいるほうが魔法にかけられたようだ。この女性にかかっては(しかも霊体)初心な青年アラートフの悲劇は免れない。

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「幻想の未来/文化への不満」
フロイト 著・中山元 訳
(光文社古典新訳文庫)

表題2作に加えて「モーセと一神教(抄)」フロイト晩年の代表的論文を収録。精神分析学の成果をもって宗教を批判、文化の成り立ちと問題を明らかにする。

恥ずかしながら少々聞き齧った程度しか知らないフロイト。20世紀の一般常識だったかもしれない。おそらく理解できていないだろうがさすがにおもしろかった。
「幻想の未来」で語られる、小児の寄るべなさが強い父親を求め長じては強い神を求めるという文脈で、この「寄るべなさ」という言い回しがまさにこの世に置かれた人間の心情を的確に表していて身に沁みる。自分など寄るべなくて常に不安だ。

それにしても人間の欲動(リビドー)というものはたいへんなものだ。世間を見ても欲動が人間を動かしているのはまぎれもなく実感できる。この欲動を昇華するかたちで文化・芸術が生まれるのであれば、昨今の一部野蛮な政治家やその支持者大衆がインテリを毛嫌いし、予算を削って文化をないがしろにしようとするのも納得できるというものだ。

モーセが一神教(唯一神)を作り出して、のちにユダヤ教がキリスト教に至った経緯を、幼い頃のトラウマから潜伏期を経て神経症が発露する精神分析の成果から説明するとは、なんとダイナミックな論考であろうか。それにしても幼い頃のトラウマに関して自分を省みるに、母親=世界であって過保護のためその分離ができず、そのまま大人になる経緯を失ったと思われ冷や汗が出る次第。

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「黒髪」
近松秋江 作
(青空文庫)

思いを寄せる遊女を身請けして、なんとか自分のものにしようと金や手紙を送り続ける作者。なかなか叶わない願いに身悶える渾身の私小説。「黒髪」「狂乱」「霜凍る宵」の三部作。

私小説のなかでも徹底した情痴文学の代表作ということだが、作者の心が純粋なのと情景描写などの表現が美しく、この文章だけで惚れ込んでしまう。流れるようにするすると読めて、この条件を満たしていれば内容はもとより個人的には名作である。

なんのかんの理由をつけてなかなか会おうとしない女、そして温厚なそぶりを見せるその母親。彼女たちは金だけが目的で、彼(作者)は騙されているらしいが、私はそうとは読めずにただただ彼の誠意に同情した。常識からしたら彼は馬鹿なのかもしれないが、なんとも純粋な男でストーカーまがいのことを繰り返すが笑う気になれない。

私小説というものは往々にして自身のダメっぷりを容赦無く披瀝するものだがこれには作意があって、面白く読ませるための手練手管、演出の巧拙があるものである。近松秋江でもそれはそうなのだろうが、この作品に限ってはバカのつく正直者という印象で好感をもってしまう。これも演出で自分のずるい部分は隠して好印象を狙っているのかもしれないが、あくまで作品としては上出来であり、情痴文学であろうがなんであろうが傑作だと思う。

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「神曲」煉獄篇
ダンテ 作
(河出文庫・平川祐弘 訳)

地獄めぐりを終えウェルギリウスの魂とともに煉獄を旅するダンテ。山頂の楽園を目指し、過酷な登山道をゆく。

煉獄という設定が元々あいまいでよくわからないが、天国を前にした比較的平和な世界だと考えていたら大間違いだった。地獄と負けず劣らず、今度は険峻な山登りで、途中次々と高慢・嫉妬・怠惰・貪欲などの罪業を背負った者の苦しむ姿を見ながら進むのである。一歩間違えば崖下へ落下する険しい道で、期待していた明るさというものが少しもない。またギュスターヴ・ドレの挿画が常に暗く寂しく、その印象を後押しする。

ようやく平和な山頂へ出て、先に亡くなり天女となったベアトリーチェに出会うことができるが、彼女はダンテの堕落した生き様を難詰するのである。恥入って口もきけないダンテ。いったい何をしたというのだろうか。師匠ウェルギリウスもそうだがみな一様に厳しく、そもそもキリスト教の神様は温かく愛で包んでくれる者ではなく罰を与える恐ろしい存在である。神の怒りを招かないよう謹厳をモットーに過ごさなければならない。

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「ウンラート教授」
ハインリヒ・マン 作
(岩波文庫・今井敦 訳)

堅物で強権的で「ウンラート(汚物)」とあだ名されるラート教授。酒場の歌姫に惚れ込んだ末に教師の地位を失い破滅の人生をおくる。

主人公ウンラート教授はあまりに古風で自尊心が高く、学生にも卒業後街で暮らす人々にも厳しい批判的な態度だ。街の人々がいくら彼をあだ名で呼んでいても、その実あたたかい気持ちで接しているその心情がわからず、常に肩を怒らせて生きている。反抗的な態度をとる学生にも教育者として善道に導こうとはせず、厳罰を食らわせて排除しようとする。人徳がないのだ。

酒場に出入りする生徒の現場を押さえようとして歌い手のローザに惚れ込んでしまうが、ローザを神の如くまつりあげ、周りのくだらぬ者を排斥しようとするのも彼ならではである。しかも彼女がしてほしいことには全く気づかない鈍感ぶり。この極端な人物を喜劇ではなくある種の悲劇の如く扱って話は進んでいく。やがて教職をクビになって彼女との住まいを街のギャンブラーの巣窟としてしまうが、その頃は彼も達観したものである。ここにおいて彼の教養が心の安定をもたらすのだ。終生、人格に丸みや優しさのない人間だが、こんな人生もあるというもの。

ハインリヒ・マンの筆致は弟のトーマス・マンと比べると確かに陽気で動きがあり、楽しく読める。

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「私の作家評伝」
小島信夫 著
(中公文庫)

近代文学作家16人のエピソードを追って、その生き方と作品を丹念に探る唯一無二の評伝集。

文庫本にしては大部ながら、小島信夫の文章が小説を読むように面白く、ついつい読んでしまった。徳田秋声・有島武郎・岩野泡鳴など前半に登場する作家はそのほとんどが女性関係をめぐる話題で、妻および愛人の間でどのように立ち回ったか念入りに探るといった内容だ。それにしても作家だからかどうだか、こんなにも簡単に男女の関係が次々とうまれるものか不思議な気がする。

後半になると高浜虚子・田山花袋・徳冨蘆花・正岡子規・近松秋江など女性関係を離れ作家としての生き方が前面に出てくる。なかでも啄木の破天荒で破滅的なことは群を抜いていて、早世ゆえか悲しみをさそう。子規はやはり漱石に比べるとポジティブで明るい人間のようだ。そして近松秋江は小島信夫によると稀有の作家らしく、確かに文体は美しいので近々ちゃんと読んでみようと思う。

ところで正直なところ小島信夫の小説の構成・展開・表現に渡る解読が専門家すぎてよくわからない。それは私が個人的に人間心理に疎く、気持ちのやり取りがわからないためでもあるが、人物の態度や言葉使いで実はこういう人間関係の抜き差しがあったとか言われても、ああそうなのかと思うばかりである。いい調子で読んでいてもしっかり理解して読めているわけではないのだ。

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「神曲」地獄篇
ダンテ 作
(河出文庫・平川祐弘 訳)

著者ダンテ本人が、古代ローマの詩人ウェルギリウスの魂とともに地獄をめぐる体験記。

近代文学以前の、小説という形を取らない大作を読むのは初めてだが、意外にも一大娯楽巨編といった感覚で読めた。1966年の平川祐弘訳がくだけた現代文で古典であることを気取らず、作者ダンテが目指した喜劇のスタンスを敷衍しているらしくそれがよかった。
こればかりは仕方のないことだが、徹底的にキリスト教の立場で書かれていて逆におもしろいくらいだ。マホメットでさえ地獄の底の方で体を切り刻まれて喘いでいるのだから容赦がない。

地獄を底の方へ底の方へと順番に降りていくに従い罪深い連中が手酷い劫罰をくらっていて、そのエスカレーションが楽しみだが、ストーリー的には途中危険な崩れかけた橋や断崖を渡ったり、鬼どもに騙されたり、現世で横暴を働いた連中のうらみつらみを聞いたりと、仕掛けはあれやこれやたっぷりだ。

全編詩篇ということだが、自分の理解している詩というものとかなり違っていて、叙事詩の体裁をとっているせいか改行された散文といったふうである。師匠である詩人ウェルギリウスとダンテとの上下関係がはっきりしていて、師匠はやたらえらそうである。

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「西への出口」
モーシン・ハミッド 作
(新潮クレストブックス・藤井光 訳)

内戦下の中東。しだいに広がる武装勢力の占領を避けて国外へ逃れた若い夫婦。秘密の「扉」を通って次々と国境を越える二人の心の移り行きを追う。

おそらくイスラム圏とわかるくらいで現実の国が設定されているわけではない。サイードは祈りくらいは毎日捧げる男性で、ナディアはあくまで防御用として黒いローブで全身を覆っている女性。宗教にたいしてどれくらいのスタンスでいるか大体の感触がわかる。原理主義的な勢力の支配を逃れるため難民の道を選ぶ。

「扉」とよばれるそれこそ「どこでもドア」のようなものがあって、くぐるとそこはすぐ遠い異国である。これを世界中の移民の生活を描き普遍化するための方便・トリックと思って読んでいたが、訳者あとがきでは移動中の時間は省略されていることになっている。

現代社会派小説でありながら恋愛小説でもある本作。移動して次々と変わる難民生活のなかで、二人の気持ちも揺れ動き、しだいになんとなく離れていく。多くの苦労を乗り越えてきたのにこれが結果かと思うと寂しく、自分としては嘘くさくても最後まで幸福な二人を見ていたかった。

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「巣 徳島SFアンソロジー」
なかむらあゆみ 編
(あゆみ書房)

徳島を舞台に徳島に縁のある作家が集った短編アンソロジー。S(そっと)F(ふみはずす)がテーマ。

暮らしに身近な日本幻想文学集といったふうで、SFに疎い私にとっては馴染みやすかった。どの作品もちょっと不思議なことが起こるが、慌てるでもなく日常は継続していて、この生活のリアリティがあるからこそ楽しめる仕掛けだ。

そうは言ってもなるべくならやはり文章自体に味わいがあって、行を追うだけで脳に快感をもたらしてくれるものが良い。個人的な趣味の問題もあろうが、はやりの現代文学でも表現自体はただ書いただけの感触のものも多く、この辺は贅沢な悩みか。

小山田浩子「なかみ」:セリフも地の文も区別することなく改行もなく一気に書かれているが、リズムがいいのかグルーブがあり、名演奏を聴いたような楽しさだ。
久保訓子「川面」:ここに登場するダンナというものが小動物のような不思議な生物で、バッグに入れられて移動しているのだが、ふだんは会社勤めで出張もするという謎の存在である。妻である私のちょっとしたスリリングな冒険もあるのだが、文章自体は落ち着いていて安心感があった。

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