漫画家まどの一哉ブログ
読書
「日本の悪霊」 高橋和巳 作
60年代、過激派として略取殺人事件を引き起こし逃亡中の男。そして特攻隊の生き残りである独身の刑事。この二人を主人公に話は本格的な刑事ドラマのように展開する。
エンターテイメントではないが、新聞が読めれば誰でも読めるわかりやすい書き方で書かれている社会派小説。実際ドラマとしてよくできていて、じっくりと話を追って行ける。ところどころやや冗長だが、そこが人間社会に対する問題意識なのだから仕方がない。
暗く虚無的だが社会に対する大きな屈折を抱いて生きている二人の設定は、通俗小説としても魅力たっぷりだが、この二人が社会に翻弄されて疑義を投げつけるありさまは、通俗を超えて確かなテーマを浮かび上がらせる。ラストへ近づくにつれ、絶対的なものであるはずの善悪でさえも、上位の者の都合によって簡単に曲げられてしまう真実が明らかになり、ああ彼らの虚無はここにあったのかと思い知る。
文庫新刊では小林坩堝の解説が出色の出来だ。
「日本の悪霊」 高橋和巳 作
60年代、過激派として略取殺人事件を引き起こし逃亡中の男。そして特攻隊の生き残りである独身の刑事。この二人を主人公に話は本格的な刑事ドラマのように展開する。
エンターテイメントではないが、新聞が読めれば誰でも読めるわかりやすい書き方で書かれている社会派小説。実際ドラマとしてよくできていて、じっくりと話を追って行ける。ところどころやや冗長だが、そこが人間社会に対する問題意識なのだから仕方がない。
暗く虚無的だが社会に対する大きな屈折を抱いて生きている二人の設定は、通俗小説としても魅力たっぷりだが、この二人が社会に翻弄されて疑義を投げつけるありさまは、通俗を超えて確かなテーマを浮かび上がらせる。ラストへ近づくにつれ、絶対的なものであるはずの善悪でさえも、上位の者の都合によって簡単に曲げられてしまう真実が明らかになり、ああ彼らの虚無はここにあったのかと思い知る。
文庫新刊では小林坩堝の解説が出色の出来だ。
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読書
「風土記の世界」三浦佑之 著
たまには古代史もよかやろ。
713年、律令政府の命令によって各国で書かれたはずの風土記は、実際には提出まで年月をかけてうやむやになっており、現在確認されているものは「常陸国風土記」「出雲国風土記」「播磨国風土記」「豊後国風土記」「肥前国風土記」とその他逸文だけのようだ。それぞれの風土記がその成立年代によって、律令政府と「日本書紀」の影響をどれだけ受けているか、意識しているかが違う。
その風土記の中からヤマトタケルを中心とした天皇の動きや、地名由来の神話などを紹介。古代史に疎い自分でも神話は楽しく読める。特に出雲は律令政府にまつろわない固有の神話をもっている土地柄で、日本海を行き来する独自の文化圏が面白い。
「古事記」と「日本書紀」の違いについては著者独自の視点で紹介されていて、そもそもの定説とされているものを知らなくても勉強になったのかもしれない…。
「風土記の世界」三浦佑之 著
たまには古代史もよかやろ。
713年、律令政府の命令によって各国で書かれたはずの風土記は、実際には提出まで年月をかけてうやむやになっており、現在確認されているものは「常陸国風土記」「出雲国風土記」「播磨国風土記」「豊後国風土記」「肥前国風土記」とその他逸文だけのようだ。それぞれの風土記がその成立年代によって、律令政府と「日本書紀」の影響をどれだけ受けているか、意識しているかが違う。
その風土記の中からヤマトタケルを中心とした天皇の動きや、地名由来の神話などを紹介。古代史に疎い自分でも神話は楽しく読める。特に出雲は律令政府にまつろわない固有の神話をもっている土地柄で、日本海を行き来する独自の文化圏が面白い。
「古事記」と「日本書紀」の違いについては著者独自の視点で紹介されていて、そもそもの定説とされているものを知らなくても勉強になったのかもしれない…。
読書
「ロシア革命」破局の8か月
池田嘉郎 著
ソビエト文学読むならもうちょっとロシア革命について知らないとな。というわけで、二月革命から十月革命へ至る間の破局の8か月を学習。ガキの頃レーニン伝を読んでうっすら得た知識以外何も知らないに等しい自分だが、なるほど勝利したボリシェヴィキ目線の歴史著述ではない、崩壊した臨時政府の内幕とはこういうものだったのか。順序立てて書いてあるのは解りやすいが、正直各政党の誰それのポジションなど、ノートに書きつけながらちゃんと勉強しないとわからないな。
これだけ趣旨の違う政党が集まった連立内閣の運営がたいへんなのは仕方がない。対外的には戦争を遂行しながら、資本家及び民衆の意向にも配慮しなければならないという離れ業。結局最終的にはレーニンの強権的な手段にたどり着くが、その世界初の社会主義国が出来るまでのゴタゴタの8か月は、現代の我々の感覚でも理解出来る政治の世界だと感じた。この後のプロレタリアート独裁が想像もつかない世界。
ナボコフの父親や「蒼ざめた馬」のロープシンが出てくる。
「ロシア革命」破局の8か月
池田嘉郎 著
ソビエト文学読むならもうちょっとロシア革命について知らないとな。というわけで、二月革命から十月革命へ至る間の破局の8か月を学習。ガキの頃レーニン伝を読んでうっすら得た知識以外何も知らないに等しい自分だが、なるほど勝利したボリシェヴィキ目線の歴史著述ではない、崩壊した臨時政府の内幕とはこういうものだったのか。順序立てて書いてあるのは解りやすいが、正直各政党の誰それのポジションなど、ノートに書きつけながらちゃんと勉強しないとわからないな。
これだけ趣旨の違う政党が集まった連立内閣の運営がたいへんなのは仕方がない。対外的には戦争を遂行しながら、資本家及び民衆の意向にも配慮しなければならないという離れ業。結局最終的にはレーニンの強権的な手段にたどり着くが、その世界初の社会主義国が出来るまでのゴタゴタの8か月は、現代の我々の感覚でも理解出来る政治の世界だと感じた。この後のプロレタリアート独裁が想像もつかない世界。
ナボコフの父親や「蒼ざめた馬」のロープシンが出てくる。
読書
「地獄変相奏鳴曲」大西巨人 作
第一楽章から第三楽章まではずいぶん前に書かれたものである。戦後日本人民党の細胞として、鏡山県の一地方で部落差別問題や再軍備反対の学園闘争に地道かつ誠実に取り組む主人公の姿を描く。しごく真面目でまっとうな内容であり、たとえば党中央と末端の細胞との齟齬や矛盾を取り上げるようなところはない。
第四楽章は近年(1988年)書かれたもので、作者をモデルとする夫婦が故郷鏡山県まで死ぬために出かける道行きの物語である。家を出てバスや電車を乗り継いで東京駅から新幹線に乗り組むまでの時刻表から進行状況まで綿密に書かれ、また列車が目的地に到着するまでに主人公が読書したり思い出したりした文献の内容が次々と紹介される。これが日本古典から漱石やジンメルまで多岐にわたり、めまぐるしく脳が刺激されて楽しい。
大西巨人の必要以上に堅苦しく精密で粘着質の文章は、美しい文体などとは無縁の実に奇天烈なもので、小説としてはルール違反であり邪道ではないかと思うが、大げさななりふりの割に大変わかりやすく楽しいので、やはりこれは小説なのだなあと思う。以上素人意見。
「地獄変相奏鳴曲」大西巨人 作
第一楽章から第三楽章まではずいぶん前に書かれたものである。戦後日本人民党の細胞として、鏡山県の一地方で部落差別問題や再軍備反対の学園闘争に地道かつ誠実に取り組む主人公の姿を描く。しごく真面目でまっとうな内容であり、たとえば党中央と末端の細胞との齟齬や矛盾を取り上げるようなところはない。
第四楽章は近年(1988年)書かれたもので、作者をモデルとする夫婦が故郷鏡山県まで死ぬために出かける道行きの物語である。家を出てバスや電車を乗り継いで東京駅から新幹線に乗り組むまでの時刻表から進行状況まで綿密に書かれ、また列車が目的地に到着するまでに主人公が読書したり思い出したりした文献の内容が次々と紹介される。これが日本古典から漱石やジンメルまで多岐にわたり、めまぐるしく脳が刺激されて楽しい。
大西巨人の必要以上に堅苦しく精密で粘着質の文章は、美しい文体などとは無縁の実に奇天烈なもので、小説としてはルール違反であり邪道ではないかと思うが、大げさななりふりの割に大変わかりやすく楽しいので、やはりこれは小説なのだなあと思う。以上素人意見。
読書
「夜と霧の隅で」北杜夫 作
「夜と霧の隅で」:第二次大戦下、敗北間近のナチスドイツ。回復不能な患者たちをガス室へ送り込む政策に翻弄される精神病院が舞台。少しでも抵抗しようと無謀な回復治療に走る医師やユダヤ女性を妻に持つ日本人患者の悲劇。
実に恐ろしい世界。味わいはあまりない文章だが、かえって冷酷な恐怖が身に迫る。唯一の日本人患者が次第に精神が混乱していき、妄想と現実の間を段階的に行きつ戻りつしているのがリアルでやりきれない。
「霊媒のいる町」:とある町で行われる心霊実験に参加できることになった二人の研究者。実験は納得できない奇妙なもの。その後先に町をうろうろして無為な時間を過ごす。
この短編集の中ではこれが一番面白かった。心霊実験にもこの町にもさして積極的な興味を示すわけでもない二人の男の、ややアンニュイな会話が絶妙。実験自体のシーンは少なく、そのシーンを挟んで町をふらついたり開店前の酒場で無理やり酒を飲んだりする、どうでも良さが心地よい。
「夜と霧の隅で」北杜夫 作
「夜と霧の隅で」:第二次大戦下、敗北間近のナチスドイツ。回復不能な患者たちをガス室へ送り込む政策に翻弄される精神病院が舞台。少しでも抵抗しようと無謀な回復治療に走る医師やユダヤ女性を妻に持つ日本人患者の悲劇。
実に恐ろしい世界。味わいはあまりない文章だが、かえって冷酷な恐怖が身に迫る。唯一の日本人患者が次第に精神が混乱していき、妄想と現実の間を段階的に行きつ戻りつしているのがリアルでやりきれない。
「霊媒のいる町」:とある町で行われる心霊実験に参加できることになった二人の研究者。実験は納得できない奇妙なもの。その後先に町をうろうろして無為な時間を過ごす。
この短編集の中ではこれが一番面白かった。心霊実験にもこの町にもさして積極的な興味を示すわけでもない二人の男の、ややアンニュイな会話が絶妙。実験自体のシーンは少なく、そのシーンを挟んで町をふらついたり開店前の酒場で無理やり酒を飲んだりする、どうでも良さが心地よい。
読書
「貧乏サヴァラン」森茉莉 著
食べることと料理が大好きな森茉莉の食に関するエッセイ。
久しぶりに森茉莉を読んだが、やはりハズレのない面白さ。ごくふつうの食材も絢爛豪華なご馳走に思えてしまう饒舌な文体。これがまたユーモラスで間違ってもグルメを気取ったところへ行かないのが楽しい。基本的に貧乏なのが理由だろうけど、貧乏な中でもこだわるだけこだわって食通を貫き通すのだ。愉快愉快。
すごく平たく言えば、本当にあった愉快な話のようなギャグエッセイのスタンスなのかもしれない。しかし文章が才気に溢れていて、とても読み捨てにできるようなものではなく、それでいてちっとも難しくない。これこそ絶品と呼ばれるべきものではありませんか。
夜は楽しくて眠れないけど、何が楽しいのか一向に不明と言ってるのがおかしい。
「貧乏サヴァラン」森茉莉 著
食べることと料理が大好きな森茉莉の食に関するエッセイ。
久しぶりに森茉莉を読んだが、やはりハズレのない面白さ。ごくふつうの食材も絢爛豪華なご馳走に思えてしまう饒舌な文体。これがまたユーモラスで間違ってもグルメを気取ったところへ行かないのが楽しい。基本的に貧乏なのが理由だろうけど、貧乏な中でもこだわるだけこだわって食通を貫き通すのだ。愉快愉快。
すごく平たく言えば、本当にあった愉快な話のようなギャグエッセイのスタンスなのかもしれない。しかし文章が才気に溢れていて、とても読み捨てにできるようなものではなく、それでいてちっとも難しくない。これこそ絶品と呼ばれるべきものではありませんか。
夜は楽しくて眠れないけど、何が楽しいのか一向に不明と言ってるのがおかしい。
読書
「サイコパス」中野信子 著
興味本位で人を殺してみて何とも思わない学生の事件など、ああサイコパスかな…と思っていたので、興味本位で購入。
「殺人や詐欺を犯して平然としている。人の悲しみや苦しみに対する共感性がない。平気で嘘をついて、それがバレても何とも思わない。言うことが平気でコロコロ変わる。外交的で派手で魅力的で人をたらしこむ。」こういう典型的なサイコパスに出会ったことはないが、嘘つきなら誰でも何人か体験しているかもしれない。
著者は脳科学者。扁桃体の活動が低い・扁桃体と前頭前皮質の結びつきが弱いなど、脳科学の発達によりサイコパスの原因の一端が見えてきた。もちろん環境その他社会的要因もある。それより自分が若い頃に比べて精神分析や心理学の位置が低下し、脳科学に席を譲っている実感が、やっぱりそうなんかなあと再確認できる。
人類の歴史の中で常に数パーセントの割合で残ってきたサイコパス。その戦争や過酷な生存競争を戦い抜く役割がなんとも皮肉なものだ。
「サイコパス」中野信子 著
興味本位で人を殺してみて何とも思わない学生の事件など、ああサイコパスかな…と思っていたので、興味本位で購入。
「殺人や詐欺を犯して平然としている。人の悲しみや苦しみに対する共感性がない。平気で嘘をついて、それがバレても何とも思わない。言うことが平気でコロコロ変わる。外交的で派手で魅力的で人をたらしこむ。」こういう典型的なサイコパスに出会ったことはないが、嘘つきなら誰でも何人か体験しているかもしれない。
著者は脳科学者。扁桃体の活動が低い・扁桃体と前頭前皮質の結びつきが弱いなど、脳科学の発達によりサイコパスの原因の一端が見えてきた。もちろん環境その他社会的要因もある。それより自分が若い頃に比べて精神分析や心理学の位置が低下し、脳科学に席を譲っている実感が、やっぱりそうなんかなあと再確認できる。
人類の歴史の中で常に数パーセントの割合で残ってきたサイコパス。その戦争や過酷な生存競争を戦い抜く役割がなんとも皮肉なものだ。
読書
「シベリヤの旅」チェーホフ 作
サハリンへ旅を続けるチェーホフが途中経験したシベリヤ横断の記録。ただし旅程前半。もちろんシベリヤ鉄道敷設以前の馬車の旅で、全編ただただ悪路悪路の連続である。ちょっとやそっとの悪天候ならものともしない行軍だが、柔らかいベッドで休息が取れるわけでもないのだ。これが何日も続くのだから、文学者もタフなものだ。
その他この時期に書かれた短編が面白く、この地方の過酷な大自然と何もない暮らしぶり。たくましく生きていくと言えばそうだが、その実大いなる虚無が人々の心の奥底に流れているのではないか。何を望んでもかなうものはないので何も望まない。ただ黙々と生きて死ぬだけのことだ。あまりに自然が大きく手強く、虚無に支配されて生涯は終わってしまうのだから。
「シベリヤの旅」チェーホフ 作
サハリンへ旅を続けるチェーホフが途中経験したシベリヤ横断の記録。ただし旅程前半。もちろんシベリヤ鉄道敷設以前の馬車の旅で、全編ただただ悪路悪路の連続である。ちょっとやそっとの悪天候ならものともしない行軍だが、柔らかいベッドで休息が取れるわけでもないのだ。これが何日も続くのだから、文学者もタフなものだ。
その他この時期に書かれた短編が面白く、この地方の過酷な大自然と何もない暮らしぶり。たくましく生きていくと言えばそうだが、その実大いなる虚無が人々の心の奥底に流れているのではないか。何を望んでもかなうものはないので何も望まない。ただ黙々と生きて死ぬだけのことだ。あまりに自然が大きく手強く、虚無に支配されて生涯は終わってしまうのだから。
読書
「大和路・信濃路」堀辰雄 作
以前「風立ちぬ」を読んで、そのあまりの美しさに世界文学だ!と思ったもので、このエッセイ集にも期待したが、やはり小説作品のような磨き抜かれた文体ではなく、普通の文章だった。普通というのもなんだが、作者の実体験がたちどころに伝わる文章だった。芥川龍之介や室生犀星に私淑するところを読むと、作者の世代的ポジションがわかって面白い。いずれも好きな作家の周辺なので、好みというものかもしれない。
軽井沢をうろうろ、大和路をうろうろ、信濃路をうろうろとするが、これもいたって普通の観察日記であるが、読んでいるこちら側に知識がない。もちろん構想中の作品について並行してぼんやりと考えている。また更級日記・伊勢物語など古典に親しみながら、これも構想中の作品について考えている。創作の秘密公開のような内容である。そして読んでいるこちら側に古典の知識がないのである。
「大和路・信濃路」堀辰雄 作
以前「風立ちぬ」を読んで、そのあまりの美しさに世界文学だ!と思ったもので、このエッセイ集にも期待したが、やはり小説作品のような磨き抜かれた文体ではなく、普通の文章だった。普通というのもなんだが、作者の実体験がたちどころに伝わる文章だった。芥川龍之介や室生犀星に私淑するところを読むと、作者の世代的ポジションがわかって面白い。いずれも好きな作家の周辺なので、好みというものかもしれない。
軽井沢をうろうろ、大和路をうろうろ、信濃路をうろうろとするが、これもいたって普通の観察日記であるが、読んでいるこちら側に知識がない。もちろん構想中の作品について並行してぼんやりと考えている。また更級日記・伊勢物語など古典に親しみながら、これも構想中の作品について考えている。創作の秘密公開のような内容である。そして読んでいるこちら側に古典の知識がないのである。
読書
「ことばの食卓」武田百合子 作
1981から83年にかけて書かれたエッセイ。食べ物の思い出について書かれたものが中心だが、それ以外にいつもどおりサーカスやお花見などあちこち出かけた見聞記も楽しい。まずいオムレツ専門店の話が愉快。自分などは高度成長期以前の暮らしをうっすら覚えている世代だが、少し上の世代の作家の思い出など読むとよりよくわかる。生活の中の細かい品々は女性作家の方がよく記録していると思う。
巻頭の枇杷の話のみ亡くなった武田泰淳が登場するが哀切が漂う。
「向かい合って食べていた人は、見ることも聴くことも触ることもできない「物」となって消え失せ、私だけ残って食べ続けているのですが__納得がいかず、ふと、あたりを見回してしまう。」
さみしいねえ…。
「ことばの食卓」武田百合子 作
1981から83年にかけて書かれたエッセイ。食べ物の思い出について書かれたものが中心だが、それ以外にいつもどおりサーカスやお花見などあちこち出かけた見聞記も楽しい。まずいオムレツ専門店の話が愉快。自分などは高度成長期以前の暮らしをうっすら覚えている世代だが、少し上の世代の作家の思い出など読むとよりよくわかる。生活の中の細かい品々は女性作家の方がよく記録していると思う。
巻頭の枇杷の話のみ亡くなった武田泰淳が登場するが哀切が漂う。
「向かい合って食べていた人は、見ることも聴くことも触ることもできない「物」となって消え失せ、私だけ残って食べ続けているのですが__納得がいかず、ふと、あたりを見回してしまう。」
さみしいねえ…。