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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「工場」小山田浩子 作
(新潮文庫)

ひとつの街に匹敵する巨大工場。与えれた仕事はシュレッダー、文字校正、コケ観察など…どこか納得できないまま繰り返される不思議な日常。

大きなくくりでカフカ的と言ってしまえばそれでもいいんだけど、この微妙な違和感をおもしろく描くにはやはり技が必要で、この作者の場合すごく読み易い日常感たっぷりの素直な文体がいいのだろうと思う。

大きな河をまたいでバスが走る、住宅もショップもあちこちに点在する巨大工場。併催の作品でも職場のリアルがあれこれと繰り出されるが、こういう日常はこのありえないほどの大工場という設定に放り込むと、たちどころに逆転して謎めいてくる。
やってる仕事は大きな流れの中のごく末端の不毛感漂うもので、それでも繰り返される毎日はありがちな我々の労働現場に他ならず、おなじみの倦怠感はあるのだが、河をまたぐ大きな橋まで歩いてそこにしか生息しない真っ黒な鳥の群れを見たりすると、異世界に投げ込まれていることに気づくという按配だ。

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読書
「鷗外先生」永井荷風 著
(中公文庫)

師と仰ぐ森鴎外の歴史小説と死語の顕彰について。愛した向島・玉の井ほか浅草などの街の変遷。若いころの文壇デビューや上田敏との交流を描く「書かでもの記」など荷風随筆集。

娘の森茉莉が初めからしっかり計画したままに書かれていて面白さに欠けると評する鷗外。後期の歴史ものについて「渋江抽斎」など確かに大衆ウケはしないだろうがその魅力を解説。いかに歴史そのままに書いたにせよ、朝露に濡れる蜘蛛の糸などのちょっとした描写をはさむなど、鷗外の文章が魅力溢れるものになるのは当たり前な気がする。

「玉の井見物の記」「寺じまの記」など路地をウロウロ歩いて、二階家の女たちからチョイトチョイトと声をかけられお茶だけ飲んで帰るが、路地の別れ角に「ぬけられます」の灯りが見えるなど、寺じまとは我々にはおなじみ滝田ゆう「寺島町奇譚」の舞台である。「寺島町奇譚」と「濹東綺譚」についてはたぶん誰か書いていると思う(知らんけど)。

「書かでもの記」:歌舞伎座座付き作者目指して下働きにはげむ様子など意外な感がある。広津柳浪へ弟子入り志願の顛末。上田敏は若手である荷風への友情など、けして偉ぶらない実にいい人だ。
別に文庫巻末では谷崎潤一郎・正宗白鳥の自作への評価について、多大なる感謝を掲載。老いて孤独に暮らす荷風の晩年を迎える心情がありありとわかる。しかし正宗白鳥と同い年である。

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読書
「旅に出る時ほほえみを」
ナターリヤ・ソコローワ 作
(白水Uブックス)

体内に人工血液が流れる金属怪獣その名も「17P」。開発者を乗せて地底深く突き進み地下世界の組成・構造を明らかにする。しかし国家は文化・芸術を支配する俗悪なる独裁体制へと向かっていた。1965年発表のソビエトSF。

登場人物で固有名詞で語られるのは若き女性ルサールカのみであり、あとは「見習工」「総裁」「作家」などと呼ばれ、主人公に至っては「人間」である。
怪獣は言葉を話すように設計されている心やさしきいい奴である。この金属怪獣の仕組みについてはあまり細かいメカニズムには触れずに、ナンセンスな風合いを楽しみながら読める。独裁政権の成立により文化人や研究者が迫害されるディストピア小説ながら、とぼけた味わいがちょうど良くて楽しい。とは言ってもいたって悲しい話。

ソビエトでの作品なので労働運動を弾圧しようとする資本主義独裁国家の恐ろしさが風刺されているのだが、実際は当時のソビエト政権自体が悪しきそれだったわけで、この辺の文化政策的事情はよくわからない。俗流独裁政権がインテリゲンチャを嫌うのは昨今の本邦と同じ。

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読書
「トートロジー考」内島すみれ漫画評論集
内島すみれ 著
(北冬書房)
つげ義春・つげ忠男・菅野修・うらたじゅん等、「ガロ」「夜行」の作家を論じた本格的な漫画評論集。おそらく漫画評論史に残る記念碑的一冊。

ここで取り上げられた作家・作品のほとんどを知っており、また記憶しているので楽しく読むことができた。
巻頭「つげ義春論」の中の「夜が掴む」で主人公の男性を掴みに来る夜が、じつはこの男性自身ではないかとの指摘に気づかされるものがあった。なるほど幻想や妄想は明らかに脳の作用であるならば、それは必ず自身由来のものであって、これこそが螺旋でありトートロジーではあるまいか。人生は常に螺旋的なものではないだろうか。

北川由紀子は4作しか発表しなかったが自分の好きな作家で、こうやって解読されてみると、語られていること自体はわかりやすくある種典型的な言葉で語られているが、その生と死のテーマを読むよりも作品からにじみ出る風合い・固有の時間が魅力的で、漫画の楽しさはそこにある。評論されてみると案外多くの作品がありがちなセリフやテーマを使っている印象があるが、作品解読の第一歩はそうなるものかもしれない。
男性性・女性性とそのシンボルに注目した読み解きは著者の一貫した姿勢で、多くの作家にその印を発見することができる。ここにも案外典型的で類型的な縛りがあるが、漫画家といえどもこれは逃れられない自動的な作用である。

安部慎一は完成された私漫画の周辺に、まさに安部慎一的なものを描き散らした作家であるから、作品を越えて自分がある。平面的な作画によるリアリティのなさはそんなところから来ているのかもしれない。しかしそれが効果的で、もし劇画的な立体感があれば筑豊漫画などつまらないものになっただろう。

菅野修は作品数が多いので追っていくのもたいへんだが、ストーリーを組むこととは別に無意識にあることが自然に出てくる稀有な作家なので、著者の手によって補足されるとそこが明らかになって面白い。特に「筋子」はあの混沌が順に解かれていって、あらてめてゾッとする内容である。

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読書
「フラッシュ」或る伝記
ヴァージニア・ウルフ 作
(白水Uブックス)

詩人エリザベス・バレットの波乱の人生を共に生きた愛犬、コッカー・スパニエルの「フラッシュ」。彼の眼を通して語られる犬と彼女の心通う物語。

詩に疎い私はエリザベス・バレット・ブラウニングも夫のロバート・ブラウニングも知らなかった。犬を飼ったこともないが、動物と人間の心がひとつになっていく様子が、もちろん作家がそう書いているのだが心温まる。本来なら野山を駆け巡りたい若きフラッシュが、ロンドンの薄暗きバレット嬢の寝室で暮らすことになるや、戸外への関心を失って主人の心に寄り添っていくのが、なんと健気なやつかと哀れみを誘う。

やはりフラッシュが裏心なくかわいいので、直接詩人の伝記を読まされるよりは楽しく読める。作者はほんとうは詩人の伝記を書きたかったようだが、この動物小説ならではの楽しさが貴重だ。

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読書
「アカシアは花咲く」デボラ・フォーゲル 作
(松籟社)

モンタージュの手法で書かれた独自のイディッシュ文学。ポストシュルレアリスムの実践。きらめくモダニズムの世界。日本翻訳大賞作品。

小説といえばそうだが、詩魂なき私としてもとりあえず散文詩として把握する。散文芸術。
誰か主人公が街を歩くわけではなく、ひたすら作者の視点で世界が描写される。ショーウインドウ・マネキン・トルソー・コンクリート・アスファルト。この道具立てと立体的な構成はまるで未来派のようだが、モザイク的な方法で組み合わされた一連の散文を追って、意味をつかんでいくことは正確には難しく、イメージに浸って絵画的な世界を味わうことも、そう簡単にはいかない容赦のなさがある。

唐突なコラージュは一見シュルレアリスムのようだが、確かに全く違うもので、作家の人間性を離れたもっと叙事的な感覚だ。
少し慣れてくるとけして難しいものではなく、我々の人生を構成する有機物や無機物の物質性を丁寧に噛み砕いて、ひとつひとつ人生を確認していく。この感触、この肌感覚に慣れれば楽しめるかもしれないが、かなり好悪が分かれるかもしれない。


「鉄の魂。平行に走る幸せなレールの魂。ネジとバネが痛々しく作動する上にある、集中して澄んだ、素晴らしい機械の魂。鉄の魂を持つ人間は、生の柔らかくてあやふやな風景を突っ切って進み、運命の暑苦しい諸事に巻き込まれることはない。」
「この金属製のざわめきは、物質のメランコリックなブロンズのうえに襞を作って横たわっていた。ビロードの観照的な黒の上に、そしてテラコッタ製の商標のついた物思いにふける物質のうえに。」

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読書
「三四郎」夏目漱石 作
(新潮文庫)

前期三部作の一つめ。

主人公三四郎は受け身な性格とはいえ、あまりにもぼんやりしている印象だ。地方から出てきて始めて東京の文物・風俗に出会い、大いに驚いた旨は書かれているが、そこから能動的に考えてみることはしない性格のようだ。
人から意見を求められても、何も感じなかった・どうとも思わなかったということが多いが、それはたぶんよく分からなかったということだろう。
しかし当時希少な東京大学への新入生、しかも文学部でありながら絵画を見ても音楽を聴いてもよくわからないといったとぼけた感覚でいいのだろうか?もう少し文化的な分野についてこう思う、こうしたいといった知的好奇心はないのだろうか?

主人公がとりわけ内省的でもなく、近代日本社会の矛盾を問題意識にもしていないので、軽快でポップな青春小説といった趣がある。センテンスが短く軽快な弾むような読書感。時代を忘れてまるで現代の学生だと思って読んでも違和感はないと思う。

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読書
「連邦区マドリード」
J.J.アルマス・マルセロ
(水声社)

ポロックを真似る画家「私」のまわりに徘徊する夢破れた人々。一流の映画監督を目指して挫折する男。人々の運命を操る伝説の大佐。うねるように繰り返すマドリードの悪夢。

主人公の「私」をはじめ、画家、音楽家、映画監督、踊り子など。登場する多くの芸術家は皆一流を夢見ているが花ひらかずに終わる。なかでも自作映画の主役を依頼しようとスティーブ・マックィーンに会いに行ったり、作品の映画化を画策してポール・ボウルズに会いにいっては断られ、全て挫折する男。妻にも逃げられ酒と薬に溺れて齢を重ねるこの男が作品の色調を決めていている。いい味がある。

結局男は全員小物であり、全てにおいて失敗するのである。女は魅力的な女ばかりだが、するりと男を乗り換えて世渡りを繰り返していて男たちの手には負えない。結局、語り手の「私」と映画に挫折した男の妄想と執念を延々聞かされているのだ。

匂うような、まといつくような、汗かきのねっとりとした文体で、同じことがこれでもかと繰り返し描写され、長編でありながらほとんど物語が進行することはない。巻き起こることは全て伝説の男の仕組んだ運命の操作だとするも、裏付けがあるわけでもなく、不思議なことが描かれているのはそれだけなのに、作品全体から発酵する空気と舌触りはまるで幻想文学の味わいであるという不思議な作品。

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読書
「水車小屋攻撃」エミール・ゾラ 作
(岩波文庫)

短編作家としても屈指の面白さを持つゾラ。変幻自在の自由な作風の中から選りすぐりの8編を収録。

光文社古典新訳文庫でも読んだが、ゾラはなにが面白いか知っている作家。飽きさせない。人間模様を描くのに展開の妙味を外さない。

「水車小屋攻撃」:「風車小屋だより」ならぬ「水車小屋攻撃」。タイトルから想像つかなかったが、普仏世相時に臨時にフランス軍の前線基地とされた農家の悲惨な物語。危うく危機を脱して主人公たちが助かるのか?と思いきや戦争とゾラは容赦がない。

「ジャック・ダムール」:戦死扱いにされていた男が帰ってきても居所がない。このあいだ読んだルドゥレダの「ダイヤモンド広場」でもそうだったが、なぜ男は勇んで戦争に参加したがるのか?帰って来た主人公がしだいに諦念に至るところが切ない。

「一夜の愛のために」:窓辺の淑女に恋焦がれる純朴な青年。途中までは内気なあまりに恋愛を理想化しすぎる青年のよくある話だが、彼女と知り合ってからは一転サディスティックで異常な世界へ突入。さすがに素朴な者にそのままでは平和は訪れない。

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読書
「消えた心臓/マグヌス伯爵」
M.R. ジェイムズ 作
(光文社古典新訳文庫)

イギリス怪奇小説の本流を行く古典短編集。

「物語そのものは、さして価値のあるものではない」と作者のジェイムズ自身が紹介しているが、もちろん気軽に楽しんで読むもので、作者も本業ではなく余技として書いているゆえの謙遜であろう。

それはそれでよいが怪奇小説の出来は、怪異自体をどこまで具体的に書くかによって決まるところがあり、書きすぎるとどうしてもしらけてしまう。
この作家の場合そこはギリギリの部分があって、悪魔的なやつの仕業で異変が起きるのだが、その悪魔的なやつ(モンスター)は闇に潜むように黒い毛むくじゃらの痩せこけた姿を垣間見せたりする。ここがやや残念なところで、はっきり見えないまま終わるところはまだ許せるが、そのモンスターがいるという怪異の理由自体がつまらないと思う。
悪魔はいてもいいが何が悪魔かわからない。あるいは人間の心理的な作用で出現してしまう。といったほうが迫真性を感じる。ここは多分に趣味的なものだが仕方がない。人間の外にある悪魔の仕業にしてしまうところが幼稚な感じがして、それなら宇宙人だってかまわないわけだから。もっともそこを楽しむのがエンターテイメントだといえばそうなので、要は出来不出来と読む側の都合だけなのかもしれない。

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