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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「左利き」レスコフ作品集1
(群像者)

1880年代に相次いで書かれたロシアの作家レスコフの短編集。ジャーナリストの目で見抜かれた民衆のしたたかな人生。

先に作品集2を読んで面白かったので1も読んだ。クセのある人間ばかり登場する濃厚な作品群。そして彼らの人生にふりかかる劇的な運命。いかにも短編小説。

「じゃこう牛」:本書中半分のページを占める中編。じゃこう牛とあだ名される主人公は、偏屈で無礼者だが誠実で弱者を思いやる修道僧の男。儀礼的なマナーや上下関係、エゴイズムとは無縁の風来坊のような暮らしで、どこでどうしているのやら神出鬼没である。この人物造形が実に魅力的で目が離せない。そして彼の人生が敗北に終わることも悲しい。

「ニヒリストとの旅」:急進主義者・革命家をニヒリストと呼んで、おおいに偏見の目で見ているのがおかしい。しかし勘違いされる側はたまったものではない。

「老いたる天才」:金持ちのくせに人から安易に金を借りて返さない。そんないいかげんな人間はたしかにいつの世にもいるよね。最後の最後にいかにギャフンと言わせるか。

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読書
「庭」小山田浩子 作
(新潮文庫)

ふとしたはずみに日常がちょっとずれて不思議なことが顔を出す。様々な異世界を様々な方法で描いた15の短篇集。解説吉田知子。

解説で吉田知子は日常が嫌いで家族小説が苦手と言っていたが、これはまさに我が意を得たりという心地だ。ところがこの短編集の中には現代の平均的な若い家族のなにげない日常が、これでもかというばかりに続く作品がいくつかあり、そこは我慢して読んでいくと、なんとかラストでグラグラっと非日常が出現して救われる。ただこういう最後に不思議な非日常というパターンが多い気がした。

「名犬」:温泉旅行と実家の両親のようすなどが連続し、続いて露天風呂のばあさんたちの会話へと進み、どこが名犬かと思っていると、後半ようやく犬を飼うことになる。この回りくどい展開がおもしろく、他にも話が2段階・3段階とステップしてゆくものがあった気がする。

「庭声」:時代は近代。友人宅に風来坊の父親が中国人の女を連れて帰ってきて、変な小屋を建てた庭には鶴が平然と住み着いていたりするのだが、始めから架空の日常と幻想的なイメージに包まれた作品でこれがいちばんよかった。

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読書
「19世紀イタリア怪奇幻想短篇集」
(光文社古典新訳文庫)

今まであまりなかった19世紀のイタリア幻想文学アンソロジー。幽霊譚や心理小説・寓意小説まで様々。本邦初訳。

「黒のビショップ」アッリーゴ・ボイト:チェスの駒が黒と白であることを利用して、名人である白人と秀才の黒人とのチェス対戦を描く。まだまだ黒人への偏見が強い社会で優秀な黒人をとりあげるが社会派的な作品ではない。黒人トムの異様に研ぎ澄まされた心理が鬼気に迫って悪夢的な迫力がある。

「夢遊病の一症例」ルイージ・カプアーナ:警察本部に努める主人公が、真夜中に自覚のないまま書いたある事件の報告書。これが実際の事件の予知夢となっている。夢遊病が巻き起こすいざこざと、推理サスペンスを混ぜ合わせた二重仕掛けの構成。全体が病的心理学の症例報告の形を取っていて不気味だ。

「死後の告解」レミージョ・ゼーナ:深夜、何者かに操られるように向かった先で、死んだばかりの人間の最後の告解を聞く。それだけの話だが派手な着想がない分、暗く静かで落ち着いた雰囲気があって良い。

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読書
「狭き門」ジッド 作
(新潮文庫)

言わずと知れた世界名作文学。

あまり知らなかったジッドをもう少し読んでみるべく、代表作を手にとってみたが後半ほぼ挫折したようなものだった。このアリサという女性の信仰と恋愛のジレンマは容易には理解できない。

この二人は遠距離という条件はあるものの、もう少し日常的な平凡な触れ合いを重ねてみるべきだと思う。二人にとって至高の愛を思いつめるから、それが天上への愛との相克になるのではないだろうか。キリスト教での神への忠誠がそんなにも排中的なものなのかはわからないが、アリサはそもそもが修道院に入る以外方法がないタイプの人間だろう。文庫本巻末の石川淳の跋文にもあるとおり、ジッドの生家である「プロテスタントの風丰(ふうぼう)」あらわす性格で、苦しむことこそ神への忠誠である。

彼女は自分の存在が恋人ジェロームの信仰を邪魔するものと思いつめてしまうが、やはりこの狂信こそが真の宗教なのか。神から脅迫を受けて人生をスタートさせたようなものである。あまりに狭い、狭き狭き門である。

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読書
「それはあくまで偶然です」と迷信の統計学
ジェフリー・S・ローゼンタール 著
(早川書房)

ついつい意味を見いだしがちな運・不運。しかしそれは単なる偶然に過ぎず、隠された意味はなにもないことを縷々解き明かす統計学エッセイ。

自分は数学が苦手なくせに運や偶然を扱った統計学の読み物があるとどうしても買ってしまう。人生の数奇な巡り合わせや不思議な偶然等、ついついその理由を考えてしまいそうになるが、実はそうではなく、たまたまそんなこともあることを裏付けてくれるのが統計学だ。自分の人生から神秘的な運命論を取り除きたい。

個人的には、世界中にこれだけ多くの人間がいれば、中にはとてもラッキーな人もアンラッキーなひともごくわずかいて、それはすごく目立つもの。可もなく不可もない出来事が真ん中にあるきれいな山の形をしたグラフのままだろうと思って生きている。
たしかに運不運とは別の不思議な体験もあるが、それらは現在科学的に未踏なだけであって、やがて解明されるであろうと思う。

この著書は「運の罠」をキーワードに、散弾銃効果・特大の的・下手な鉄砲も…など、運に関して特別視される出来事のあれこれをチェック。「P値(有意確率)」を計算して、出来事が真実か、たまたまそうなっただけか解き明かしてゆく。
かなり気楽に読めるエッセイだった。

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読書
「ルイブニコフ二等大尉」クプリーン短篇集
(群像社)

1900年代初頭に活躍したロシア人作家。生活者への徹底した観察と実体験が生み出す慈しみ溢れる物語。

解説によると作者クプーリンはエネルギッシュで荒々しい性格。ジャーナリストの仕事に大いに健筆をふるった作家で、内省的なタイプではなく、市井の人々の只中に飛び込み、実際に多くの仕事を体験して丁寧に伝える作風。人物や風景描写が言葉豊かでみずみずしく、たっぷりの情感が味わえる。

「ルイブニコフ二等大尉」:大手新聞の人気コラムニストは、のんきで気のいいルイブニコフ二等大尉の東洋人的な顔立ちを見ただけで、日本人のスパイであることを確信するのだが、それがあまりにも大雑把な判断で二流記者ぶりが現れていておもしろい。

「サーカスにて」:主人公のプロレスラーが病を得て、熱や目まいにうなされる時の感覚が手を替え品を替え描かれる。ベッドが揺れだしたり、天井が遠のいたり近づいたり、夢の中で花崗岩の塊を剥がしては積み上げ、実際に息が吸えなくなって死を覚悟するなど、自由自在な筆力を感じる。

「ざくろ石の腕輪」:長年にわたって手紙を送りつけるストーカーであるが、最後に明らかになったその男はほんとうにピュアな恋心を抱いて死んでいった悪意なき人物だった。という美談仕立てだが、遠くから女を理想化して眺めているだけが美しい恋だろうか?実際生活をともにして汚い面も見て幻滅もした上で、築きあげていく方が本当の恋愛ではなかろうか。

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読書
「それから」夏目漱石 作
(新潮文庫)

前期三部作2作目。高等遊民として結婚もせず日々を送る主人公。友人夫婦との再会を機にその妻への想いが再燃する。旧道徳を顧みず、自己の思いに正直に突き進む男の行方は?

途中まではいかにも親の援助に頼って働かない男の、緊張感のない社会観・人生観が披瀝され、のんきなものだなあという感想であるが、元友人であり現在人妻である女性への再燃する恋と決意と行動が切迫してくるにつれ、俄然目が離せなくなる。

5年前に自分の本心に無意識で蓋をし彼女を友人男性に譲ったのだが、5年経った今になって気付いたその想いを打ち明けるとは、彼女にとって何と残酷なことか。だったら何故あの時!?という設定がドラマを作る。しかしけっして恋愛ドラマではない。
クライマックスで彼女へ直接想いを打ち明けるシーンは見事なもので、緊張とほとばしる激情、彼女の懸命な抑制、突然溢れる涙。この二人の心の動きは実に迫真的な興奮をそそる。よく書けるものだと感心した。

後日、訪ねるわけにはいかなくなった彼女の家の周りを、矢も楯もたまらず日に何度も何度も彷徨する気持ちもよくわかる。情けないが冷静ではいられずこんな行動になってしまうと思う。
ラストの電車の車窓から赤い色を追いかけるシーンは、すでに心の平静を失っていて、狂気に寄り添うただならない心境だ。破滅かもしれないところを匂わせたまま話は終わってしまう…。

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読書
「法王庁の抜け穴」アンドレ・ジイド 作
(岩波文庫)

ローマ法王幽閉の噂は真実か?暗躍する秘密結社。動機なき殺人。捨て身のクリスチャン。めくるめく展開する上質のエンターテイメント。

密かに幽閉された法王を救出するため資金の拠出を募る。この極秘に進む詐欺案件を企む連中はほんとうの悪人。そして体良く騙されて動き回る純朴なキリスト教徒たち。かたや動機もなく気まぐれで人を殺してしまう遊民的青年。
この善と悪の対比に加えて、無神論者だったが奇跡体験により熱心な信者となる男。小説家ではあるがその実凡庸な貴族。などなど様々にキャラクターの立ったドラマで、ストーリーはそれほど進行しないが登場人物の面白さで読まされてしまう。

小説家の煩悶も凡人の域を出ないし、反対に意味なき殺人を犯してしまう青年の過剰な自意識も現実の前では簡単に打ち砕かれてしまう。プロの詐欺師たちはさすがにしたたかだが案外陥穽もある。

ジイドは言わずと知れた世界文学作家だが、バルザックのごとく人間観察が鋭くておもしろいエンターテイメントが書ける人。書けない人も多くいるから。

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読書
「夢みる人びと」七つのゴシック物語2
イサク・ディネセン 作
(白水Uブックス)

手を替え品を替え、夢の中にいるような楽しさ。物語性が濃く、ストーリにあっとおどろく仕掛けがある。上質の味わいを持つ幻想文学。

この本の上巻にあたる「ピサへの道」七つのゴシック物語1を読んだのが2013年の10月で、いつか下巻を読むつもりでなんと7年以上経ってしまった。

「エルシノーアの一夜」:幽霊譚。土地のサロンでは中心となる聡明な姉妹だが、人生の体験はとぼしいまま高齢を迎える。かたや美麗の弟は若きうちに出奔して海賊となったあげくに死んでしまう。ストーリーを繋ぐのは家を守り続けたばあやだが、幽霊出現後登場しなくなるのが残念だ。

「夢みる人びと」:甲板上で語られる思い出話。その話の中で語り手以外の人間がさらに語りだすので、逸話が何種類も重なって出てくる。この方法もオムニバス作品のようで効果的だが、実は逸話はみなつながっていて、核となる女性は実は同一人物。何度も名前を変えて複数の人生を生きる女。ストーリーは大いに冒険と格闘とクライマックスがあり娯楽性に惜しみがない。最後にまた甲板上にもどり、おちついて物語全体を概観できる仕掛け。

「詩人」:才能ある若手詩人のパトロンとなるのはいいが、老齢ながら若い女と結婚して、若き男女の人生をコントロールしようとする人物。この思い上がりが悲劇の原因だが、どんな悲劇に落ち着くのか最後まで目が離せない。女はインテリではないが異常な人格なので、何をしでかすかわからないスリリングな雰囲気がある。

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読書
「マスク」菊池寛 作
(文春文庫)

100年前、スペイン風の猛威に怯える作家と世の中を描いた表題作ほか、コロナ禍の現代に問う死と病の短編集。

菊池寛も少しは読んでいたが、あらためて読んでみて面白さに感服した。まさに短編の名手。世間をよく見ていて、書斎の中にいない人だ。時代物の設定でも、のっぴきならない人の世をしみじみと感じる。

「神の如く弱し」:去勢だけは張るが、裏切られても理不尽な目にあっても始めから負けている立場で、けして相手を責めない優しすぎる男。人のことは笑えない…。
「簡単な死去」:ふだん社内で孤立しているため、突然の病死にも哀悼してもらえない孤独な男。親戚つきあいもなく通夜も嫌われている。こんな人間もじつはたくさんいる。
「忠直卿行状記」:これは代表作。つねにちやほやと特別扱いされて育ち、対等な人間の交わりを経験できない若殿様のそれゆえの乱行を描く。世に暴君と言われる者は多いが、自覚のあるなしにせよ実はこのタイプかもしれない。
「仇討禁止令」:大義のためとはいえ、実は自分が父親を討った犯人であることを隠しながら、その子供達と親しく過ごさねばならない。共感性羞恥のある自分にはこの種の設定は読み進めるのが辛かった。
「私の日常道徳」:誰に対しても公平で対等、親しさによる相応の距離の取り方など。人間を肩書きや損得抜きで見ているからこそ、これら短編が書けるのがよくわかる。

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