漫画家まどの一哉ブログ
「その話は今日はやめておきましょう」 井上荒野
読書
「その話は今日はやめておきましょう」
井上荒野 作
(毎日文庫)
老夫婦は夫の怪我をきっかけに、自転車屋で知り合った青年を家政夫のかわりとして雇う。誠実に働いていた青年だったが、やがて家庭は少しずつ思わぬ危険へと滑り出してゆく。
ここに登場する青年は勤め先の自転車屋の店主を殴って職を失ったまま、確固とした未来を思い描くわけでもなく、半フリーターとして生きているが、とくべつ悪人でもない平凡な青年である。
老夫婦はゆとりある老後を送っているわけだが、この作品では隣家住人やその他登場する若者から、70歳以上の老人は生きている意味のない存在として、ことさら馬鹿にされている設定だ。
青年の意図したわけでもない軽犯罪をきっかけに、平穏な家庭が事件へと傾いていく様子はスリリングで、井上光晴を読んでいるような感触がある。
とは言っても言いようのない齟齬や不安、得体の知れない不穏な雰囲気というものではなく、青年とその悪友による悪意がはっきりとあるのだから、その意味では安心して読める作品だ。まあ、こんな若い奴はいるだろうし、順当に生きてきた老夫婦も世間に対して甘いなという感想を持ってしまった。
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