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漫画家まどの一哉ブログ

   

「短くて恐ろしいフィルの時代」
ジョージ・ソーンダーズ 作
(河出文庫・岸本佐知子 訳)

横暴な君主として国内を支配するに至った男フィル。国境を接する小国に対して残酷な侵害を開始するが…。すべてありえない国土とキャラクターで描かれた戯画的寓意小説。

被害にあう小国はほんの数人しか住めないくらいの概念的な国土面積。また登場人物は各種機械部品をつなぎ合わせたような人間とは懸け離れた謎の存在。このようにかなり奇矯な、とりつきにくい設定で描かれている。
そのこと自体は別に悪くはないが、独裁者として成り上がっていくフィルや追従する役人。臆病な被害国民など、その風刺・諧謔はわかりやすいもので、ここまでの奇怪な設定でなくふつうに人間の人物を出しても充分成り立つ内容だと思う。

その証拠にいちばん面白いのは老いた大統領で、その耄碌ぶりがリアルで悲しく、こんな老人を抱える家庭は世に星の数ほどあるかしらんと思いやる次第。

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「ガルシア=マルケス中短篇傑作選」
ガブリエル・ガルシア=マルケス
(河出文庫)

マジックリアリズム開眼以前のものも含めて、マルケス各短編集より代表作を抜粋。

2019年に読んだちくま文庫「エレンディラ」と3作ほど作品がかぶるが、訳者も違うしあらためて読んでも面白い。
「純真なエレンディラと邪悪な祖母の信じがたくも痛ましい物語」:以前はそれこそマジックリアリズムの悪夢に酔いしれたが、よく読むと不思議なことはなにひとつ起こらない気がする。それより殺しても死なない邪悪な祖母の生命力が人間離れしているので、有無を言わせず現実世界から引き離される感覚だ。

「大佐に手紙は来ない」:マジックリアリズム以前のマルケスがこんなに面白いとは。軍人恩給開始の通知を待つ大佐とぜんそくを病む妻。困窮するなか唯一の資産である闘鶏用の軍鶏を売るかどうするか。二人の会話が、長年連れ添った夫婦の機微がしれて味わい深く、読み進むのが惜しいくらい良い。文庫中これがいちばん。

「この町に泥棒はいない」:空想的な夫と現実的な妻という関係はこの作品でも若い二人で再現されていて、こちらも会話がおもしろい。泥棒を犯した夫と、その軽微な犯罪の露見を協力してくいとめようとする妻。プライドだけ高い夫はまったく情けない。結局マルケスはマジック以外の人間描写がマジックより面白いというとりあえずの見立て。

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「オブジェクタム/如何様」
高山羽根子 作
(朝日文庫)

平凡なはずの日常世界に潜む過去からの謎。SF風味もあり。新鋭作家の初期短編集。

「オブジェクタム」:現代小説で子供が主役となると、どうしても親含め周りの大人たちの役どころが定番なものになってしまうきらいがあるのだけど、この作品は秘密裏に壁新聞を作っている祖父・親に虐待を受けながら果敢に生き抜く女児・表向きは俳句教室の教師である謎の男など、キャラクターがどんどん登場しておもしろかった。どうやって壁新聞を各所に貼っていたか不明。

「如何様(イカサマ)」:この作品が文章も落ち着いていて突出してよかった。戦地から復員してきた夫がどうみても別人だが、画家である夫と同じ行動を黙々と続けてやがて蒸発してしまう。この謎はなかなか解けないだろうと思わせる設定で、だんだんと夫が職業的贋作作家であった真実が明らかになるにつれ、本物と偽物の間の揺らぎこそが真実のような意味合いも見えてくるが、とくにテーマ的理解をする必要はなく楽しんで読める。

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「川端康成異相短篇集」
川端康成 作
(中公文庫)

しばしば幻想的な風味を持つ川端康成の作品から「異相」の切り口をもって選び抜いた短編集。

いわゆる幻想文学や怪奇小説というとそれなりの構造があって、例えば日常の中にふとした不思議が紛れ込むとか、非日常の方へずれていくとかが典型だ。ところが川端のそれはそうした書き方とは別の、あまり作為しないで書いたような自然さがある。
死者が登場しているのがあたりまえのようなさりげなさで、さすがに葬式の名人だけあって、生死の境が薄いせいかもしれない。

目に見える不思議さだけではなく、不思議ではないがなにかしら妙な、現実からすこし浮いているような感覚のままで書かれていて、ありえないだろうと思っていても納得してしまう。

傑作中編「死体紹介人」は登場人物が皆人生に投げやりで、身寄りなく死んだ女の葬式から始まり、その妹に別人の遺骨を都合したり、火葬場で知り合ったその別人の身内の女と懇意になったりする。いわば野放図ななりゆきで、それでも気にしない彼・彼女らの会話がぞくぞくするほど面白い。一種虚無的で異様な風味が味わえる。

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「宮廷の道化師たち」
アヴィグドル・ダガン 作
(集英社)2001年刊

ホロコーストの最中、ナチ司令官専属の道化師として生き延びた4人のユダヤ人。戦後イェルサレムでの邂逅までの変転と復讐のドラマ。

語り手は4人の道化師の一人、背中にコブのある元判事。彼や友人となった占星術師の若き日々と内心が静かな筆致で語られて、文章の落ち着きと品の良さに癒される。この感覚はなかなか言葉では説明できないが個人的なものかもしれない。

アクロバットや曲芸・占星術などの腕を持つ4人のナチ支配下での物語は悲劇であるが、舞台は早々に戦後へ移りイェルサレムへたどり着くまでの彷徨が描かれる。さすがにドラマチックであり、中でも妻を殺された曲芸師の復讐劇が興奮をそそる。
運命の神に操られるまま復讐のクライマックスへたどり着いた曲芸師の迷いと疑義。ここには死刑制度のはらむ問題も顔を出していて、復讐とはいえ妻を殺害した元ナチスの人間を殺すことは、自分も殺人者と同じ罪を犯すことではないのか?
そして神は人間の運命を弄んでいったいなにがしたいのか。という答えのない問いへと至る。まさに答えはないままにある種の達観を得て物語は終わる。

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「絶対製造工場」
カレル・チャペック 作
(平凡社ライブラリー)

物質の持つ質量を全てエネルギーに変える画期的な装置が発明される。だが物質の解放と同時にあらゆる物に遍在する絶対的存在(神)も解き放たれてしまう。異色奇想小説。

絶対が世界に氾濫するというと何が起きているのかわからないが、要するに神の蔓延であって、人々は無心の善意の虜となってしまう。この着想はある程度話を紡いでいくことはできると思う。また、絶対(神)が資本主義の原則を超えて工場生産を進め、世界に物が溢れ出すのもおもしろい。

しかしこれは着想を絵解きしているようなものであって、そこに終始していてはドラマとしてのふくらみは薄いままではないだろうか。主人公であったはずの発明家と事業家は途中で姿を消してしまい、だれも話を引っ張らないのだ。

そして自分たちの信ずる絶対的真理をかかげ他者の信仰を省みない人類が、次々と世界大戦の泥沼に飛び込んでいく展開。相対的視点の大切さがテーマであるにしてもやはり絵のない絵解きであり単調なものだ。小説作品としては生硬な印象で、失敗しているのではなかろうか。

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「病牀六尺」
正岡子規 著
(岩波文庫)

子規が亡くなる直前まで連載した病床エッセイ集。俳句評から絵画論を中心に、室内から見た日々移ろいゆく世界の印象。

エッセイというものは不思議なもので、日常普通のことを気負うことなく自然に書いて面白いのだから謎だ。もちろん文章技術もあるだろうが、書き手の人格の素直さなんかも大いにあるかもしれない。口述筆記というのもいいのかも。

子規が楽しんでいるのは専ら日本画で、こちらは見たこともないその作品が子規の解説によると目にしているかのように分かる。
炊飯会社を起こすべき説への賛同は合理的。炊飯器などなかった時代、個々に飯を炊くよりも誂えた方がよっぽど経済合理にかなっている。
双眼写真というメガネを使っての立体視はこのころからあったとは知らなかった。近眼の人は見えにくいらしい。などなど面白コメントも多数。

朝病状悪く、苦しくてもうこれが絶筆かと思った日も、午後から回復し、祭礼日でもあるし豆腐のご馳走に盃を挙げ愉快に過ごしたが、まだ今月15日もあることを思うと、どう暮らして良いやらさっぱりわからぬ…など愉快愉快。

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「注文の多い註文書」
小川洋子 クラフト・エヴィング商會 
(ちくま文庫)

文学作品の中に登場するこの世にないはずのものを探し出す。註文書・納品書・受領書の3編で構成される5つの物語。

小川洋子が仕立て上げた不思議な註文書のエピソード。みな面白いが素材として選ばれる作家が、順番に川端・サリンジャー・村上春樹とふだん自分があまり寄りつかないようにしている作家たちで、そのせいか冷めた気持ちで読んだ。4話目のボリス・ヴィアンは自分の趣味の範疇だが、捜しだされる古物も青く光るガラス容器のような、硬質な美意識が漂ってさすがにおしゃれである。これはクラフト・エヴィング商會のセンス。(全編美しき写真あり)

最後に内田百間の「冥途」初版落丁本が取り上げられるに及んでようやく自分がゾクゾクする世界に。なんて面白いんだこの企画!

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「ゴールドラッシュ」
柳美里 作
(新潮文庫)

パチンコチェーン店経営者の家に生まれた少年。年齢不相応な大金を自由に使い、父親に愛されないながらも後継者としての扱いを受ける。崩壊する家庭の中で、世界から孤立する少年が守ろうとしたものは? 

巨万の富を築いたパチンコ店経営者の周辺にたむろする強欲な大人たち。横浜黄金町で中華屋に集う貧しい人々。そしてついに起きる家庭内殺人事件。昔の青年漫画誌を読むようなエンターテインメイト風味がふんだんにあり、愛人や不良少年、やくざくずれや刑事など、やはり典型と言えばそのとおりの人物だ。しかも殺人事件の推移がストーリーにあるのでその面白さだけでも読めてしまう。

ところがそれとは別に主人公の少年をはじめ、理解者である黄金町のやくざくずれの男、孤児である少女など、彼らの迷いや苦闘がひしひしと迫るように描かれていて魅了される。全く典型ではない。こんな特殊な環境で育った少年の内心がよく書けるなと思う。子育てに関しては親はなにするかわからない。子は覚悟するしかない。

これがこの作品の本質であり価値であり、同時にエンタメである。こんな離れ業もあるのだ。

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「ミハイル・ブルガーコフ作品集」
(文化科学高等研究院出版局)

ウクライナ危機にあたり、緊急応援出版として企画されたウクライナの大作家ブルガーコフの作品集。2010年に発行されたものに図版(写真)を追加して再発行。本書の売り上げはウクライナ大使館へ寄付されます。

私は2010年発行の本書を当時購入していて読書日記も書いているのだが(2011.7.12)、そのことをすっかり忘れていて読み終わっても思い出さず、そのまま今回二度目の読書日記を書いた始末である。以下がそれであります。

文化科学高等研究院出版局は知らなかったが、三和酒類の冊子「iichiko」を出しているところか。もとよりブルガーコフは私の最も敬愛する作家で、迷わず購入した。

ごく短い小編をはじめ名作「モルヒネ」や「巨匠とマルガリータ」初期稿断片など。戯曲「偽善者たちのカバラ」は検閲前の版から訳出したもの。モリエールを主人公とする四幕劇でたいへん面白かった。モリエールの無神論的な作品「タルチュフ」をめぐる国王や大司教からの弾圧は、言わずもがなブルガーコフとソヴィエト連邦政府との成り行きを下敷きにしている(と思われる)。

今更だがブルガーコフ作品は戯曲も小説も会話(セリフまわし)がいきいきとしていて人間臭く、巻末「ソヴィエト連邦政府への手紙」にもあるとおり、風刺作家を自認するだけあってのこの人間描写。本書のサブタイトルも「権力への諧謔」だからね。

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