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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「三島由紀夫 悲劇への欲動」佐藤秀明 著
(岩波新書)

「前意味論的欲動」をキー概念として、三島に生得的に存在する破滅的衝動を追う。平和な家庭人にたどりついた果ての自決はなぜなされたのか?

私にとって日本三大気色悪い作家である谷崎・川端・三島。今回著者が設定した「前意味論的欲動」とは言葉以前に生まれ持つ感覚で、三島の場合「身を挺することによって自身が悲劇的なものとなる」衝動に支配されている。そしてこの欲動を抑えながらなんとか社会と折り合っていく人生となる。
しかしこういった欲動は三島に限らず、作家・芸術家にはなにかしらあるものではないだろうか。言葉以前のものなのではっきり特定できないだろうが、なにか得体の知れないものが作品中に現れているときは、この欲動の仕業かもしれない。それがアブノーマルでなければ本人でも気付かないことに…。

それにしても著者が順に作品を追っていくように、三島は欲動をコントロールして、ボディビルにも励み、だんだん社会人・家庭人として一般性のある作品を完成させてきたのに、あげくの果てにあの衝撃的な自死を選ばねばならなかったところが恐ろしい。

そして以前からぼんやりとは感じていたが、三島にとっての天皇とは政治的なものではなくまた現実の天皇個人でもなくひたすら美学的な存在で、彼の自己都合でこしらえられた架空の象徴のような気がする。本文にもあるとおり忠誠行為があることが忠義の対象を規定する閉じた構造なので、まさしくこれは「前意味論的欲動」でしか近寄れない話なのかもしれない。

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読書
「サンソン回想録」オノレ・ド・バルザック 作
(国書刊行会)

代々死刑執行人を務めるサンソン一族の誠意と苦闘の歴史を、歴史資料をもとにバルザックならではの筆致でドラマティックに綴った一冊。

サンソン家のみならず他国の死刑執行人のエピソードも含めて、一人称のルポルタージュ小説から老若男女入り乱れるドラマまで、バラエティい豊かな構成。
作品の背景には、現代に先んじて少しも劣らないバルザックの死刑廃止論があり、また死刑執行人に対する差別意識を告発する問題意識も。主人公サンソンではなくバルザック本人の語りかと勘違いしたくらい熱を帯びる。それだけに最初の数章は真面目な社会派小説といったやや堅苦しい印象を受けた。
しかしいろんな物語が混じった作品であるので、いかにもバルザック人間喜劇の面白さそのものといったドラマもある。

「アンリ・サンソンの手稿」:若きアンリがいよいよ父親の仕事を継いで受刑者への拷問・処刑に臨むエピソード。同じく執行人の家に生まれながら反死刑を貫こうとする恋人マーガレットとの確執・苦悶、両家両親の期待などドラマ立て要素たっぷりで遠慮なく劇的なこの話がいちばん面白い。
「山の女王ビビアーナ」:イタリアの死刑執行人ジェルマノのエピソード。人々の恨みと復讐をかう死刑執行人をあえて強気でやりとおすジェルマノだが、山中の行路でさらわれ山の女王ビビアーナの拷問を受ける。市民社会を離れ、まるで劇画のような派手な設定とアクションが展開されて娯楽性たっぷり。

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読書
「突囲表演」残雪 作
(河出文庫)

謎の女「X女子」をめぐる人々の常軌を逸した動向を追う長編小説。はたして彼女はそれまでの伝統的な習俗を破壊する進んだ女性なのか?「Q男子」との不倫関係はほんとうにあったのか?

悪夢の中をさまよって出られない他の残雪作品と比べると読みやすい。息がつげる。これならついていけるとスルスル読み進むが、なんだか極端な人間ばかり登場して、どこへ行くのやらわからないし何処へも行かない。

文庫本にして500ページ(改行なし)の長編ながら、謎の女「X女子」とその周辺の男子や女子の性生活をめぐって、いろんな噂や調査が入り乱れるといった内容から一歩も出ないスケールの小ささ。

多くの女性が自分の女としての魅力に自信を持っている一方で、腑抜けのように「X女子」に付き従う男たち。秩序を紊乱する異端分子として現れた彼女だが、最終的には進歩派として街を代表する人間にされてしまう。このカリカチュア的な展開も実は社会風刺として読むべきなのだろうか?大いなるナンセンス小説といえばそうだが、単純に風刺小説と捉えてしまっては面白くない。言葉の無駄遣いこそが芸術の醍醐味である。さすが残雪、意味のある散文で不毛さの構築に容赦がない。

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「寝台特急 黄色い矢」
ヴィクトル・ペレーヴィン
 作
(群像社)
ロシアの人気作家ペレーヴィンの90年代に書かれた短編を収録。ソビエト崩壊後の混迷するロシア社会が生んだ傑作集。

以前読んだ「宇宙飛行士オモン・ラー」がたいへん面白かったので購入。短い中にも出来事の進展がはっきりあって退屈しない。しかし全てすっきり理解できるほど単純なものではない。

「水晶の世界」:ボリシェヴィキ蜂起時のペテルブルグ。馬に乗って夜の市中を警戒に当たる二人の前にいろんな問題ある人物が現れる。構成としてはいちばんわかりやすい作品。二人の心の慰めは使用する薬物である。
「ミドルネーム」:夜の街を彷徨する娼婦たちと不思議な殺人事件。カルト組織のバスに乗せられて危機一髪のスリリングな展開があるが、実は彼女たちのほんとうの性別の問題を含む。内容が溢れすぎている。
「黄色い矢」:けっして止まらない長蛇の特急列車のなかで生活する人々。列車はまるでひとつの街のようだが、やはりロシアそのものなのだろうか。

どの短編も綺想あふれる作品でけっこうオチがあるが、だからといってすんなり納得できるところがないので、作者に引っぱられたまま帰れないで終わる感覚。

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「オルノーコ・美しい浮気女」
アフラ・ベイン 作
(岩波文庫)

17世紀。イギリス初の女性職業作家によって書かれたドキュメンタリー小説2編。

謎の作家アフラ・ベイン。まさか1600年代に書かれた作品だとは。すでにイギリス文学というものは確立していたのか、読んだかぎりでは充分よくできた普通の小説である。実録小説という体裁で、作者がじっさい見聞きした様子を作者自身も登場して書かれているが、実際はこれも面白くするための企画だったようだ。

「美しい浮気女」:主人公の尼僧は全くのエゴイストでひどい人間だが、彼女の夫である大公は、殺されかけても愛を失わないある意味依存的な一途さが健気だ。
「オルノーコ」:知力・体力・勇気ともに常人をはるかに上回るコロニーの黒人オルノーコ。スリリングなストーリー展開は引き込まれて読んでしまうが、一転平和なエピソード紹介になってみたり、かと思えば激烈な死に様など、二転三転する作品だが後味は悪くない。

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読書
「白い病」カレル・チャペック 作
(岩波文庫)

大戦を目前に広がるパンデミック。唯一の治療法を武器に、戦争へ突入しようとする軍人・武器商人と対決するひとりの医師。彼は貧しい者の味方だった。チャペック晩年の名作戯曲。

社会に対する風刺や批判などの明確な意図を持って構成された作品は、どうしても熟れない生硬な印象になりがちで、チャペック作品もそれを感じないことはないのだが、そこをわかっていてもさすがに面白い。戦争をあおって儲けようとする社会の上級階級はいかにもな立場でわかりやすいが、実際の姿だから納得ができる。戯画化されているわけではないのだ。

登場する正義感あふれる医師の理想主義は、われわれの時代の平和運動の皮切りである。各国が武器を捨てて歩み寄る夢は未だ実現しない。チャペックが取り上げたこの時代に始まるやいなや平和運動は限界に達していた。このあと何年かかるか長い長い幾世代もの平和への戦いがこの作品で始まった。

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読書
「聖伝」シュテファン・ツヴァイク 作
(幻戯書房)

ツヴァイクの残した旧約聖書を原典に書いた「聖伝」5編のうち3編を収録。聖人の苦闘をいきいきと描いて現代社会をも問い返す力作。

「埋められた燭台」:ローマにひっそりと暮らすユダヤ人たち。侵略者に奪われた聖なる燭台の行方をこの目で確かめるため旅立つ7人の老人。そしてその記録を持ち帰るため同行する1人の少年。この魅力的な設定だけでもう物語の渦に巻き込まれてしまう。まさに作者ツヴァイクの人気作家としての腕だが、かと言って丁々発止の冒険が描かれるわけではなく、あくまで聖なるものと共にあろうとする信仰厚き人々の変転を追っていく。

やがて同行した少年は老人となり、侵略者から戻されて祖国の権力者の手に渡った燭台を追いかけるが、「自分を生かしておいた神の意志がなにかあるはず」と信じて皇帝に立ち向かって行く。この老人の行動が実にスリリングで、エンターテイメント的なところはまったくないにもかかわらず、目を離すことができない。いや仕掛けは十分エンターテイメント的なのだが、それに気がつかないほど内容が迫真的。これが信仰だ。

マイノリティとして生きる人々の心の支えとは言え、聖なる物にそこまでこだわることが正しいのかどうかは、考えてしまうところだが、理由を問いただすものではなく、どんな伝統社会にも大切なものはあるのだ。

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読書
「幻想小説とは何か」三島由紀夫怪異小品
(平凡社ライブラリー)

東雅夫編集の文豪怪異小品シリーズ。評論・手紙をメインに掌編小説まで。三島にとっての幻想文学を追ってゆく。

巻末の論考「小説とは何か」を中心に、百間・牧野信一・足穂の解説など、一度は目にしたことのあるおなじみの見解だが読むのは楽しい。それより僅か数編ではあるが巻頭の小品小説が抜群におもしろく、これだけでもこの本は買って良かった気がする。(ただし私の中では三島・川端・谷崎は日本三大気色悪い作家である)

対談・書評の章では澁澤龍彦との交流と、その偏愛が手紙のやり取りを中心に掲載されているが、まさに澁澤絶賛である。たしかに澁澤は貴重な存在ではあるが、幻想文学趣味と言っても人それぞれ。個人的にはさほど耽美である必要はなく、ましてや「血と薔薇」的なものになると痛々しくてやや苦手だ。サドよりもホフマンやポーに親しみを感じる。

「小説とは何か」にも語られるとおり、やはり小説というのは言葉の芸術で、画像がなく全ては言葉で成り立っているというのは恐ろしいことだ。
三島のいう小説の定義とは(一)言語表現による最終完結性を持ち、(ニ)その作品内部のすべての事象はいかほどファクトと似ていても、ファクトと異なる次元に属するものである。
これこれ!読者を「別次元へ案内する努力」!小説は現実や内心を離れて初めて芸術として生まれるもので、優れた作品や作家はむやみに尊敬してしまう。

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読書
「朝露の主たち」ジャック・ルーマン 作
(作品社)

カリブ海の新興国ハイチ。迷信と対立に染まった旧村。水飢饉の危機を合理的知見と和解・協力によって打開すべく奮闘する青年の物語。

ハイチ文学の父と呼ばれるジャック・ルーマンが、わずか37歳で他界する1944年に完成させた代表作。解説にもあるとおり極めて単純な筋立てで、ドラマとしてはセオリーから全くはみ出していない。
過去の殺人事件をきっかけにいがみ合う村人2派の間で恋に落ちる主人公青年と彼女。頑固な父親とやさしい母親。住民の支配と利権を目論む権力者。水不足にあっても俗信に頼るしかない頑迷な村人たちの中にあって、新たな泉の探索と水路開発に奮闘する青年の格闘。などなど、まるで連続テレビドラマを見るようなわかりやすさで、やや物足りない気はする。しかしそんなものと思って読めば話はきっちりと進むので楽しんで読むことはできる。

案外予想していたハッピーエンドではなかったが、ひとつの大きな悲しみが村人の幸せを呼ぶという悲劇。

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読書
「侍女の物語」
マーガレット・アトウッド 作
(ハヤカワepi文庫)

キリスト教原理主義者に乗っ取られたアメリカ。女性は全ての人格を奪われ、主人公は子孫を残すための機械としてある屋敷に配属される。果たして逃亡は可能なのか?恐怖のディストピア小説。

近未来SFの分類に入るかもしれないが、長編でありながらストーリー展開で読ませるものではなく、時系列も組み換えながら暗黒世界の様子をひとつひとつ丁寧に描いてゆく。
女性は名前を奪われ男性の付属品としての呼び名が与えられる。本を読むことも文章を書くことも禁止。その女性の中にもカーストがあり、地域の支配人男性の屋敷を統括する妻、そして支配人の子を産むための侍女、下働きの便利女、女たちを教育する小母。などである。

この女性に対する差別的・非人間的な扱いは、SF的な発想を用意しなくてもごく身近な現代社会から容易に類推できるものなので、遊び抜きのリアリティがあり、絶望感がただならない。
密かに進む反体制的な動きがスリリングな興奮と緊張を増してゆくが、一気にストーリーが動き出すといった仕掛けはなく、そこが作品全体の凄みとなっている。

オーウェル「1984年」、ハクスリー「すばらしい新世界」、ザミャーチン「われら」(そして先日読んだ笙野頼子「水晶内制度」も)。まだまだ私が知らないだけで、ディストピア小説の名作というものがあるものだ。

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