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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「オデッサ物語」
イサーク・バーベリ 作

ソビエト連邦黎明期。黒海に面するウクライナの地方都市オデッサに育った作者が、当時のユダヤ人社会を舞台に語る短編物語集。伝説のギャング「ベーニャ・クリク」を主人公にした数編と、作者自身の少年時代をふりかえる自伝的小説などで構成される。この自伝的小説がおもしろかった。

多人種社会であるオデッサで結束固く生きるユダヤ人ゲットーの様子。彼らはひっそりと暮らし、めったに他地域を出歩かないので、物語は大自然とは無縁の薄暗い室内的な印象で推移する。なりわい一筋の頑固で誇り高い男たちの中で秀才として育ち、上位の学校教育を受けようとする少年時代の作者。ユダヤ人社会が差別的テロリズムの犠牲となって死者が出るといった過酷な現実の中で、常に大きな空想を抱いたまま大人になっていく。おお、これぞ芸術家。

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読書
「城壁/星」
小島信夫 作


小島信夫の戦争小説集。戦争体験を描くといってもいろいろな局面があるだろうが、小島信夫の場合なにかしら夢の中のような、切迫感のない不思議なものとなっている。敗色濃厚、もしくはすでに敗戦そして引き上げという時期のものが多いせいか、戦闘のリアリズムが過ぎ去った後の茫漠とした落ち着かない時間が流れている。

表題作「城塞」などは、あるはずの城塞が一夜のうちに忽然と姿を消しているという直球のシュールレアリズムであるが、そうでなくてもどことなく超現実的なあじわいがあって、整合性のない出来事がふとした拍子にまぎれこんでいて、素知らぬ顔をしているような作品がある。自分は「大地」にそれを感じた。この絶妙とも言える感触がどこまで意図されているのか掴めないところが小島信夫の魅力だ。

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読書
「ピンフォールドの試練」
イーヴリン・ウォー 作

小説家ピンフォールドは転地療養のため海路セイロンへ旅立ったが、客船に乗り込むやいなや自身の船室から奇怪な会話が聞こえるのだった。それは自分への誹謗中傷でありさらには危害を加えようとするもの。これは部屋の配管からのノイズがそう聞こえるのか、あるいはどこかの放送が電波の漏れによって響いているのか。船室の中で自分に関する大騒ぎを聞いて、思い切って廊下へ出ると誰もいない静かな夜だったりする。だんだんエスカレートする悪人達との脳内会話は船を降りた後でも続くのだった。

おそらく薬の過剰摂取による幻聴であろうと思いながら読んでいても、脳内の悪人と戦うという異常でスリリングな展開なので引き込まれる。人間存在の深層をえぐったわけでも人生の悲哀を綴ったわけでもないのだが、かと言って簡単な娯楽としてできているわけではない。文章のうまさ、上品さによるものだと思うが訳文を読んでいるだけなのではっきり断定はできない。軽々とした名作文学といった感触のウォーの世界。

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読書
「國語元年」
井上ひさし 作

明治7年の東京。学務局官吏南郷清之輔は全国話し言葉の統一案を作成するよう命じられる。清之輔邸に暮らす家族や使用人達の使う方言は様々。長州弁・鹿児島弁、江戸山ノ手言葉や下町言葉、南部遠野弁、羽州米沢弁、会津弁に大阪河内弁、名古屋弁に京都弁が入り乱れるなか繰り広げられるドタバタコメディー。

戯曲を読むと目の前で役者の演技を見ているわけではないので、どうしても潤いの部分がなく、骨組みだけを読む硬い印象を持ってしまう。とはいうもののこの話はコメディーのせいか、仕掛けが分かりやすく出来ており、どちらかといえば骨組みだけで進行している気もする。実際舞台を観れば笑ってしまうだろう。

ところが登場する大阪出身の女が使う河内弁が、男でも使わない乱暴で下品なもので、大阪北河内郡出身の自分としては読んでいて非常に不愉快だった。井上ひさしは山形出身なので東北地方の言葉は遠野弁・米沢弁・会津弁など、自分なんかには区別がつかないほどこだわる一方、大阪河内弁などのリアリティは気にならないのかもしれない。これは残念だった。

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読書
「ヴォルテール、ただいま参上!」
ハンス=ヨアヒム・シェートリヒ 作

18世紀の啓蒙思想家ヴォルテールとプロイセンの国王フリードリヒ二世の長年に渡る交流と反発を事実に基づいて順に構成した史書的創作。17歳年長のヴォルテールを崇拝する若きフリードリヒの手紙から始まって、ヴォルテールと才媛エミリー・ド・シャトレとの生活、プロイセンでのヴォルテールの数々の困難とフリードリヒとの決裂までを資料そのままに再現。

本の帯には爆笑の連続とあるが、まったくそんなことはない。ヴォルテールを偉大な啓蒙思想家ゆえに学者然とした紳士的な人物と思っていれば、その実際の行動の落差に大笑いするかもしれないが、ヴォルテールが嫌味で辛辣な批評家で金に執着する一筋縄ではいかない曲者であることを知っていれば、この作品で描かれているのはいつものヴォルテールそのままである。

フリードリヒのほうは文化芸術を愛する青年で、最初は王位継承を嫌がっていたが、国王となって権力を手にするやいなや戦争による領土拡張と大量殺人をくりかえすのは人の性(さが)のようなもので、これくらいの文武両道は珍しくはなかろう。

フリードリヒに尊敬されて人の下にも置かない扱いをされているヴォルテールを、「虎の前足で撫でられているようなもの」とした表現がおもしろかった。

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読書
「天使の恥部」
マヌエル・プイグ 作


奔放な男性遍歴をくり返す世界的な絶世の美女である大女優、故郷ブエノスアイレスを離れメキシコの病院で癌を治療中の女、氷河期に入った未来の地球で患者の性欲処理とデータ収集の服務に着く女性。この3人の物語が入れ替わりながら何度も登場するが、この構成が途中まで判然としなかった。
いずれの女性も現れるであろう理想の男性に思いを馳せていて、結果失意を味わうことになる。また離れて暮らす娘への感情というモチーフがよく出てくる。

大女優の話は奇想天外なエンターテイメントの部分を含むが、入院中の女のほうはひたすら友人や恋人との会話に終始し、その内容は男女間の問題やアルゼンチンの政治的動向に関するもの。これらはやや冗長に感じた。

がぜん面白いのは未来社会で性的な任務に励む女W218の話で、実はスパイである理想の男性LKJSとのめぐりあいとかけひき。そのスリリングな展開。この話でようやくある年齢に達すると相手の心の中を読めるようになる女という設定がいきてくる。
終盤極地の収容所で伝え聞く、離れた娘に会いに行くため氷上で消えて戦火の都会に天使となって現れた女の逸話が、聖なるものの顕現を描いていて、そういうのは大好きだ。

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読書
「宇宙飛行士オモン・ラー」
ヴィクトル・ペレーヴィン 作


アメリカのアポロ計画に対抗して始まったソビエトの月面着陸計画。月の裏側目指して同志たちとともに飛び立つ青年宇宙飛行士オモン。彼らが搭乗するロケットはなんと人の手で1段目2段目を切り離し次々と犠牲となって落ちてゆくシステムだ。そしてオモンが乗り込む月面探査機ルノホートはペダル式なのだった。

憧れて入った航空学校やモスクワでの訓練の不条理ぶりなど、自分好みのアイロニカルなナンセンス小説という味わいであったが、途中同僚飛行士が譫妄状態で語った輪廻テストなるものの記録から、なにもかもが曖昧なまま進み幻想文学の雰囲気が漂ってくる。この輪廻テストの箇所は独立した作品としても扱われるらしいが、この中編の中でちょっと異常なボリュームで差し込まれていて、古代エジプト王国の思い出など幻覚の記述ながら目の離せない語り口。このまま不思議な宇宙旅行へと連れ去られてしまう感覚だ。

さて有為な若者たちのカミカゼ的犠牲によって主人公オモンがたどりついた月世界には、あっとおどろく国家的秘密があったがここはネタバレ。これぞまさしく現代の世界名作文学。

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読書
「ブロディーの報告書」
ホルヘ・ルイス・ボルヘス 作

再読。ボルヘスはなにが苦手かと言うと、解説にもあったとおりその再話者・注解者としての話法であって、お話の中に浸り切ってしまいたい読者としてはその楽しさがないところだ。いわゆる衒学的な手触りはこの方法ならではのものかもしれないが、快楽の種類が自分の好みとはちょっと違う。

この短編集はそういった「伝奇集」や「不死の人」と違って、オーソドックスな小説の方法で書かれていて、南米の荒くれ者・無法者のやらかしをいろいろと描いて愉快だ。ただそれでもどこかで話者ボルヘスが語っていますという、一歩引いたような感覚を感じてしまうが、これはたぶん自分の思い込みであろう。

「マルコ福音書」という作品が恐ろしいオハナシ。

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読書
「ラテンアメリカ怪談集」
J・L・ボルヘス 他

怪談にも定番の設定あって、家庭教師が担当したのは実は恐ろしい子供、古の中国皇帝の座をめぐる魔術物語、初めて入った古書店で出会う魔法の書、など何度か目にした気がするが、いくらでも面白いものはある。

ライネス「吸血鬼」:ホラー映画の主役に選ばれた古い屋敷に住む貴族の末裔が、じつはほんとの吸血鬼だという話で、笑えるように書いてはいないが、全体を一つのコメディとして読んでもさしつかえないと思う。
カサレス「大空の陰謀」:カサレスは以前「脱獄計画」という作品を面白く読んだが、この作品もそれと同じく幻想的な設定ながら、話を追うおもしろさはエンターテイメントのノリがある。これは並行宇宙を行ったり来たりするお話。
インベル「魔法の書」:途切れなく描かれた意味をなさないアルファベットの羅列が、ふとした糸口を見つけると意味を追って読める。つい油断して目を離すとまた意味を失ってしまう。これは新鮮な着想。

コルタサルはいつもそんなには感じない。それよりボルヘスはどうしても文を追う楽しさがなくて苦手。

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読書
「桜の園」
チェーホフ 作

故郷の邸宅と桜の園を手放すことになった没落貴族夫人を主人公に、娘達と弟や使用人・知人達との最後の日を描いた名作。

主人公のラネーフスカヤ夫人が故郷の家に帰ってきてから、翌日買い取られた家を手放して旅立つまでが一直線に進む。ストーリー上の作為的な変化がないのだが、これも無為無策の夫人とその弟を描く上では納得できる展開だ。友人の実業家が早急に土地を別荘用に貸して運用することを勧めるも、ぼんやりとしたまま本気で手を打とうとしない。この現実的な実業家とのんきな浮世離れした貴族達とのやりとりが迫真のおもしろさ。
夫人「じゃ、どうすればよろしいの?ちゃんと教えてくださいな」
実業家「毎日毎日お教えしてるじゃないですか。それも同じことを…」
夫人「でも別荘に別荘族なんて、低級なのよねえ、悪いけど…」
この辺りの会話がさもありなんだよ。貴族に会ったことないけど。

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