忍者ブログ

漫画家まどの一哉ブログ

   

「唐宋伝奇集」上
(岩波文庫・今村与志雄 訳)

いつの間にやら夢の中へ。絶世の美女と知り合い、やがて気がついてみると…。志を持つも人は弱いものである。

浦島太朗伝説のような異世界で見た幸福の行く末。また誓い合った男女でも一度離れると心は変わってしまう現実。人間の本質に対するペシミズムが背景にある。

「妖女任氏の物語」沈 既済:任氏は妖女で荒地を屋敷に見せかけて若い男を誘惑して遊ぶが、貧しく身分の低い鄭六には何かと情けをかける。しかし所詮人間ではないので猟犬に襲われてあわれにも死んでしまう。妖女(けだもの)といっても人間以上の節義と感情があったのだ。男をたぶらかすような卑しい立場のしたたかな女でも実は善良なところがある。という話は他にもある。

「南柯の一夢」李 公佐:軒下に寝ていると国王の使いが馬車で迎えに来る。王国に暮らし美しい妻を娶り、官職に就き地方を治め、賊軍と戦い、やがて目が覚めるともとの軒下に。庭木の根本を調べてみると、大きな蟻の巣が張り巡らされていて、それは自分が夢に見た王国の姿であった。単なる夢ではなくアリの巣にいたという裏付けがあるのが面白い。

「鳴珂曲の美女」白 行簡:群を抜いた秀才である若者は前途洋々と都に出たが、娼婦李娃の虜になってしまい親からもらった全生活費を蕩尽してしまう。やがて李娃にも見放され乞食となるが、李娃は心変わりし、元来秀才であった彼を本来の道へと導くのであった。天下の逸材も女に惚れ込むやいなや出世も忘れて金を使い果たす、その極端さ。しかしそんなこともあるだろう。

拍手[0回]

PR

「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」
カール・マルクス 著
(講談社学術文庫・丘沢静也 訳)

凡庸でグロテスクな人物、ルイ・ボナパルトが皇帝にたどりつくまでを時代背景の経緯とともに綴った辛口ドキュメント。

2月革命以降のフランスの王朝派・共和派・社会主義派など議会各派をよく知っていれば、なんら戸惑うことなく読めただろうが、知識のないわたしにはかなりややこしい。それでもマルクスの筆致がエネルギッシュで快感があり読んでみたくなるのだ。憲法制定からボナパルトのクーデターまで、全ての政党各派が敗北してゆく。

金融ブルジョワジーも中産階級も小市民も支配層となれない。そんな中でボナパルトの支持母体が奴隷・詐欺師・人足・乞食などのルンペン・プロレタリアートなのが意外だ。
「ナポレオンを名乗る男が全ての栄光を取り戻してくれる」という農民の軌跡信仰によりボナパルトは皇帝となったが、かつての封建農民は今や分割地農民となり没落の一途をたどっていた。

ボナパルトの栄光と破綻をただ彼の凡庸な人格のみに帰するユゴーのような視点を否定し、階級闘争の過程で生まれてきた事情や環境を描くことがマルクスの意図だ。
訳者解説によるとボナパルトはそう凡庸な人間ではなく、権力闘争の椅子取りゲームに勝利し、民衆の幸福と貧困の根絶を目指して政策を展開したが、歴史はそれを許さなかったようだ。

拍手[0回]

「サラゴサ手稿」中 
ヤン・ポトツキ 作
(岩波文庫・畑 浩一郎 訳)

ジプシーの族長アバドロが語る波乱万丈の体験記。聞き書きの物語も交えて一癖も二癖もある人物が次々と登場。

上巻でわたしを引きつけた断頭台の下で見た夢や、霊体姉妹の話はどこへやら。貴族の出身ながら乞食グループに入って様々な体験を重ねるジプシーの族長アバドロが語り手。話が話をよんでバトンタッチされていくので、そのたびに主役も変わり複雑この上ないが面白いことは面白い。

なかでもロケ・ブスケロスなる人物は類まれなるキャラクターで、希代のお節介と言おうか世話焼きと言おうか、人の人生にズカズカ踏み込んでその行く末を強引に操ってしまう。こんな脇役初めて見た。わたしが間違って期待した怪奇幻想シーンもときどきはある。しかしこの作品の最高潮となる全てが絡み合った止まらない傑作は、このあとに続く下巻であるらしいのでおおいに期待しよう。

拍手[1回]

「黄金仮面の王」
マルセル・シュオッブ 作
(河出文庫・大濱甫/多田智満子/垂野創一郎/西崎憲 訳)

ポーの衣鉢を継ぎ、世界に先んじて描かれた珠玉の幻想文学短編。ボルヘス、澁澤龍彦、倉橋由美子 等に影響を与えた。

耽美幻想文学の王道を行くようないかにも典型的な短編。詩的表現の美しさ、ふんだんに溢れるイメージ。ストーリー性を好む読者には一見苦手かな?と思わせつつも、いたって読みやすいものもある。表題作や「ペスト」などは、やはりポーの「赤い死の仮面」を彷彿とさせてしまう。

西崎憲氏の解説によると、今まで豪華本でしか触れることができなかったシュオッブが、ようやく手に取りやすい文庫になったとのことだが、装幀に凝った豪華本で出したい気持ちは当然という作風だ。これこそ趣味の世界であって多言は無用。王様も海賊も革命家も貧民も牧神も料理人の大将も出てくるぞ。

拍手[0回]

「大いなる遺産」下
ディケンズ 
(河出文庫・佐々木徹 訳)

遺産を引き継ぎジェントルマンとして悠々暮らすピップ。だがその遺産はとんでもない曰く付きのものだった。風雲急を告げる人生。その結末は?

奇抜な設定と周到なドラマ展開にしてやられた。ディケンズの罠に引っかかった。少年ピップはだんだん大人への階段を登るわけだが、登場する大人が特殊すぎてまったく安心できない。破壊された結婚式以降男性への復讐に燃える老女。そのために利用された若き養女。できるなら関わりたくなかった囚人も再登場してピップの人生は撹乱される。

しかしストーリーが終盤へ近づくにつれ、「実は父親だった」「実は娘だった」などの肉親関係が明らかになってゆくところは、エンターテイメントの基本形に忠実だ。だからといって誰も幸せにならない。平凡な小物に混じって、詐欺師や人殺しなどのほんとうの悪人もいれば裏表のないいいやつもいる。さすがディケンズの実力なのか、物語が大きく膨らんで名作となった。

拍手[0回]

「大いなる遺産」上
ディケンズ 作
(河出文庫・佐々木徹 訳)

鍛冶屋で暮らす少年ピップ。逃亡中の囚人に脅される秘密の事件から始まり、隠棲する富豪夫人の相手をした結果莫大な遺産を相続。一大ドラマの前半。

読めば面白いことはわかっていながら、なんとなく後回しにしてきたディケンズの長編。ただならぬ設定と事件で初めからめっぽう面白い。とくに時間の止まった埃まみれの屋敷でひっそりと暮らす老女とその養女である高慢な美少女。この異常な空間と人々はなんだろうか。

この老女がピップ少年をジェントルマンへと引き上げ、舞台はロンドンへ。さらに一癖も二癖もある人物が登場するが、多くは凡庸で浅はかで意気地ない悲しき人間たちだ。これでなくては物語は面白くならない。そして不気味なのは相変わらず脱走した囚人の影がまとい着くところ。後編へ。

拍手[0回]

「わたし」が死ぬということの哲学」
兼本浩祐 著
(ちくまプリマー新書)

自分の死とは自分にとってどういう現象か。広範な科学と哲学を重ねてその本質に迫る。

死の恐怖とは取りも直さず自分の意識がなくなってしまうことである。ここを基本に体や意識についてわれわれ一般読者にもなんとか解る形で生物学や精神医学のあれやこれやが繰り出されて楽しい。プリゴジンの散逸構造まで登場して驚いた。

意識の再帰性・志向性・現前性をめぐるさまざまな医学、哲学的論考の歴史はたしかに面白く、「意識があると外から見て解るか」とか「注意したから感じるのか感じるから注意が向くのか」など、人気のあったクォリアのはなしも含めて興味は尽きない。

さて問題は一つの自分が連続しているという通時的意識の所以である。じっさい意識は断続的にしか存在しない。連続しているのは身体だけなのだ。時間が途切れても「自分」は途切れなくて、最後自分が死ぬ時に「自分」の何が途切れるのか? 途切れ途切れの体験や記憶と体。これらを全部ぐるっとまとめて接着した全体が自分と考えよう。

そして接着された自分の中には体や記憶と並んで社会的な自分というものがあり、私達は生まれ育ち始めると同時に対他的な存在であって、他者が私の連続性を担保している。一人称的な自分の連続体が「わたし」なのではなくこの集合的意識のような「わたしたち」が先行しているのではないか。最終章に死への処方箋があります。

拍手[0回]

「腐ってゆく魔術師」
アポリネール 作
(青銅社 1978年・窪田般彌 訳)

現代詩の先駆者でありながら散文の魔術師。アポリネールの傑作幻想小説。

悪魔と人間の女性の間に生まれた魔術師メルランは、湖底の女王の策略にかかってまんまと墓石の下へ葬られる。彼の肉体は腐りゆくも、その魂は土の中で生きていた。忽然と姿を消したメルランを探して、蛇やひきがえる、梟やドルイド僧たちがやってくる。中でも蛇の子供たちの可愛さたるや!

アポリネールは幻想・耽美でシュールレアレスティックな世界を描きつつも、どこか明るく楽しさがあって大好きな詩人だ。この作品も当然練達の魅力的な詩的表現で編まれていて、完全に理解できるかといわれるとさすがに自分には無理だが、全体としては読みやすく、土の中でひとり呟く魔術師のゆくへに興味津々であります。

拍手[0回]

「海うそ」
梨木香歩 作
(岩波現代文庫)

南九州の遅島で人文地理学研究者が見た大自然と修験道の姿。今や失われてしまった世界をひたすら歩く。

舞台となった遅島が架空の島であることを全く感じさせない。同じ山中を行くにしても、以前読んだ「冬虫夏草」にあった楽しさとは違う熾烈なリアリズムがあった。わたしが自然の中の暮らしに遠いせいか、うかつにもこの話が戦前が舞台であることに気づかなかった。島に伝わる過去の信仰生活や廃仏毀釈の爪跡などを追っているのでなおさらだ。

最終章で50年後の現代社会が出てくるが、山は削られ新しい道路が通り、リゾート地として開発されるようすが対比される。この残念な結果はいかにも現代資本主義の浅はかさそのままだが、このラストがなくてもよい。また婚約者との悲しい思い出もなくてもよい。架空の民俗学文献として充分楽しめる。

拍手[0回]

「誠実な詐欺師」
トーベ・ヤンソン 作
(筑摩書房・冨原眞弓 訳)

数字に明るく冷静で合理的な女性カトリ。彼女が性格的に正反対の絵本作家アンナの元で暮らすのはある計画があった。ムーミン以降に書かれた長編コレクション。

口数も少なく感情をあらわにしない、経理に強く世の商売人たちの嘘を見破る。付近の子供たちからは魔女と囃される。かつてこんな性格の女性主人公が小説の世界にいただろうか。怜悧そのもので常人離れしているため、読者の共感を呼ぶこともない。そして芸術的才能もないのだ。

そんな彼女と対称的なのが年長の女性絵本作家アンナである。忠実な自然描写と花柄のウサギを描いて人気だが、金銭には執着がなく、ファンタジーの世界に生きているような人間。カトリは弟と犬と共にアンナの家に住み込むことになるが、これは実は冷酷なストーリーである。トーベ・ヤンソンはムーミンにおいてただのメルヘンを書いていたわけではない。

周りの人間からカモにされていても気づかないアンナ。この絵本作家の経理状態を徹底的に正し、収支を適正な状態にしていくカトリ。アンナはカトリの存在を喜んでいるわけではなく、肌の合わない女にこれまでの自分の生活をどんどん否定されていくことを耐えねばならない。そしてカトリには彼女なりの幸福のための計画があった…。

拍手[0回]

  
カレンダー
05 2026/06 07
S M T W T F S
1 2 4 6
7 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
フリーエリア

「世の終りのためのお伽噺」
アックスストア
「洞窟ゲーム」
アックスストア 西遊
「西遊」
amazon ヨドバシ.com
アックス75号
アックスストア

祭り前

秘密諜報家
最新コメント
[08/13 筒井ヒロミ]
[02/24 おんちみどり]
[05/10 まどの]
[05/10 西野空男]
[01/19 斎藤潤一郎]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
madonokazuya
性別:
非公開
自己紹介:
漫画家
バーコード
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
カウンター
カウンター
フリーエリア
Copyright ©  -- まどの一哉 「絵空事ノート」 --  All Rights Reserved

Design by CriCri / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]