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漫画家まどの一哉ブログ

   
読書
「それはあくまで偶然です」と迷信の統計学
ジェフリー・S・ローゼンタール 著
(早川書房)

ついつい意味を見いだしがちな運・不運。しかしそれは単なる偶然に過ぎず、隠された意味はなにもないことを縷々解き明かす統計学エッセイ。

自分は数学が苦手なくせに運や偶然を扱った統計学の読み物があるとどうしても買ってしまう。人生の数奇な巡り合わせや不思議な偶然等、ついついその理由を考えてしまいそうになるが、実はそうではなく、たまたまそんなこともあることを裏付けてくれるのが統計学だ。自分の人生から神秘的な運命論を取り除きたい。

個人的には、世界中にこれだけ多くの人間がいれば、中にはとてもラッキーな人もアンラッキーなひともごくわずかいて、それはすごく目立つもの。可もなく不可もない出来事が真ん中にあるきれいな山の形をしたグラフのままだろうと思って生きている。
たしかに運不運とは別の不思議な体験もあるが、それらは現在科学的に未踏なだけであって、やがて解明されるであろうと思う。

この著書は「運の罠」をキーワードに、散弾銃効果・特大の的・下手な鉄砲も…など、運に関して特別視される出来事のあれこれをチェック。「P値(有意確率)」を計算して、出来事が真実か、たまたまそうなっただけか解き明かしてゆく。
かなり気楽に読めるエッセイだった。

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読書
「ルイブニコフ二等大尉」クプリーン短篇集
(群像社)

1900年代初頭に活躍したロシア人作家。生活者への徹底した観察と実体験が生み出す慈しみ溢れる物語。

解説によると作者クプーリンはエネルギッシュで荒々しい性格。ジャーナリストの仕事に大いに健筆をふるった作家で、内省的なタイプではなく、市井の人々の只中に飛び込み、実際に多くの仕事を体験して丁寧に伝える作風。人物や風景描写が言葉豊かでみずみずしく、たっぷりの情感が味わえる。

「ルイブニコフ二等大尉」:大手新聞の人気コラムニストは、のんきで気のいいルイブニコフ二等大尉の東洋人的な顔立ちを見ただけで、日本人のスパイであることを確信するのだが、それがあまりにも大雑把な判断で二流記者ぶりが現れていておもしろい。

「サーカスにて」:主人公のプロレスラーが病を得て、熱や目まいにうなされる時の感覚が手を替え品を替え描かれる。ベッドが揺れだしたり、天井が遠のいたり近づいたり、夢の中で花崗岩の塊を剥がしては積み上げ、実際に息が吸えなくなって死を覚悟するなど、自由自在な筆力を感じる。

「ざくろ石の腕輪」:長年にわたって手紙を送りつけるストーカーであるが、最後に明らかになったその男はほんとうにピュアな恋心を抱いて死んでいった悪意なき人物だった。という美談仕立てだが、遠くから女を理想化して眺めているだけが美しい恋だろうか?実際生活をともにして汚い面も見て幻滅もした上で、築きあげていく方が本当の恋愛ではなかろうか。

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読書
「それから」夏目漱石 作
(新潮文庫)

前期三部作2作目。高等遊民として結婚もせず日々を送る主人公。友人夫婦との再会を機にその妻への想いが再燃する。旧道徳を顧みず、自己の思いに正直に突き進む男の行方は?

途中まではいかにも親の援助に頼って働かない男の、緊張感のない社会観・人生観が披瀝され、のんきなものだなあという感想であるが、元友人であり現在人妻である女性への再燃する恋と決意と行動が切迫してくるにつれ、俄然目が離せなくなる。

5年前に自分の本心に無意識で蓋をし彼女を友人男性に譲ったのだが、5年経った今になって気付いたその想いを打ち明けるとは、彼女にとって何と残酷なことか。だったら何故あの時!?という設定がドラマを作る。しかしけっして恋愛ドラマではない。
クライマックスで彼女へ直接想いを打ち明けるシーンは見事なもので、緊張とほとばしる激情、彼女の懸命な抑制、突然溢れる涙。この二人の心の動きは実に迫真的な興奮をそそる。よく書けるものだと感心した。

後日、訪ねるわけにはいかなくなった彼女の家の周りを、矢も楯もたまらず日に何度も何度も彷徨する気持ちもよくわかる。情けないが冷静ではいられずこんな行動になってしまうと思う。
ラストの電車の車窓から赤い色を追いかけるシーンは、すでに心の平静を失っていて、狂気に寄り添うただならない心境だ。破滅かもしれないところを匂わせたまま話は終わってしまう…。

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読書
「法王庁の抜け穴」アンドレ・ジイド 作
(岩波文庫)

ローマ法王幽閉の噂は真実か?暗躍する秘密結社。動機なき殺人。捨て身のクリスチャン。めくるめく展開する上質のエンターテイメント。

密かに幽閉された法王を救出するため資金の拠出を募る。この極秘に進む詐欺案件を企む連中はほんとうの悪人。そして体良く騙されて動き回る純朴なキリスト教徒たち。かたや動機もなく気まぐれで人を殺してしまう遊民的青年。
この善と悪の対比に加えて、無神論者だったが奇跡体験により熱心な信者となる男。小説家ではあるがその実凡庸な貴族。などなど様々にキャラクターの立ったドラマで、ストーリーはそれほど進行しないが登場人物の面白さで読まされてしまう。

小説家の煩悶も凡人の域を出ないし、反対に意味なき殺人を犯してしまう青年の過剰な自意識も現実の前では簡単に打ち砕かれてしまう。プロの詐欺師たちはさすがにしたたかだが案外陥穽もある。

ジイドは言わずと知れた世界文学作家だが、バルザックのごとく人間観察が鋭くておもしろいエンターテイメントが書ける人。書けない人も多くいるから。

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読書
「夢みる人びと」七つのゴシック物語2
イサク・ディネセン 作
(白水Uブックス)

手を替え品を替え、夢の中にいるような楽しさ。物語性が濃く、ストーリにあっとおどろく仕掛けがある。上質の味わいを持つ幻想文学。

この本の上巻にあたる「ピサへの道」七つのゴシック物語1を読んだのが2013年の10月で、いつか下巻を読むつもりでなんと7年以上経ってしまった。

「エルシノーアの一夜」:幽霊譚。土地のサロンでは中心となる聡明な姉妹だが、人生の体験はとぼしいまま高齢を迎える。かたや美麗の弟は若きうちに出奔して海賊となったあげくに死んでしまう。ストーリーを繋ぐのは家を守り続けたばあやだが、幽霊出現後登場しなくなるのが残念だ。

「夢みる人びと」:甲板上で語られる思い出話。その話の中で語り手以外の人間がさらに語りだすので、逸話が何種類も重なって出てくる。この方法もオムニバス作品のようで効果的だが、実は逸話はみなつながっていて、核となる女性は実は同一人物。何度も名前を変えて複数の人生を生きる女。ストーリーは大いに冒険と格闘とクライマックスがあり娯楽性に惜しみがない。最後にまた甲板上にもどり、おちついて物語全体を概観できる仕掛け。

「詩人」:才能ある若手詩人のパトロンとなるのはいいが、老齢ながら若い女と結婚して、若き男女の人生をコントロールしようとする人物。この思い上がりが悲劇の原因だが、どんな悲劇に落ち着くのか最後まで目が離せない。女はインテリではないが異常な人格なので、何をしでかすかわからないスリリングな雰囲気がある。

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読書
「マスク」菊池寛 作
(文春文庫)

100年前、スペイン風の猛威に怯える作家と世の中を描いた表題作ほか、コロナ禍の現代に問う死と病の短編集。

菊池寛も少しは読んでいたが、あらためて読んでみて面白さに感服した。まさに短編の名手。世間をよく見ていて、書斎の中にいない人だ。時代物の設定でも、のっぴきならない人の世をしみじみと感じる。

「神の如く弱し」:去勢だけは張るが、裏切られても理不尽な目にあっても始めから負けている立場で、けして相手を責めない優しすぎる男。人のことは笑えない…。
「簡単な死去」:ふだん社内で孤立しているため、突然の病死にも哀悼してもらえない孤独な男。親戚つきあいもなく通夜も嫌われている。こんな人間もじつはたくさんいる。
「忠直卿行状記」:これは代表作。つねにちやほやと特別扱いされて育ち、対等な人間の交わりを経験できない若殿様のそれゆえの乱行を描く。世に暴君と言われる者は多いが、自覚のあるなしにせよ実はこのタイプかもしれない。
「仇討禁止令」:大義のためとはいえ、実は自分が父親を討った犯人であることを隠しながら、その子供達と親しく過ごさねばならない。共感性羞恥のある自分にはこの種の設定は読み進めるのが辛かった。
「私の日常道徳」:誰に対しても公平で対等、親しさによる相応の距離の取り方など。人間を肩書きや損得抜きで見ているからこそ、これら短編が書けるのがよくわかる。

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読書
「地下鉄道」コルソン・ホワイトヘッド 作
(ハヤカワepi文庫)

奴隷制度真っ只中の19世紀南部アメリカ。秘密の地下鉄道に乗って北部へと逃亡を続ける少女の逃走劇。

解説によるともともと「地下鉄道」というのは逃亡奴隷のための救援ネットワークを示す隠語である。作者はそれを意図して実際の鉄道と読み替えて物語の骨格としたわけだが、この設定が空想的でおもしろく、ただの社会派小説が幻想小説風味をプラスされて脹らみのあるものとなっている。
しかし奴隷制度下の黒人の扱いはあまりに非人道的でひどいもので、やはりそのリアリズムが空想的鉄道の設定を超えて作品を圧倒している。地下鉄道と言っても既に終わりかけの切れ切れのもので逃走は容易ではない。
州を跨ぐだけで黒人への制度はまるで違っているところが極端だが、事実はどうだったんだろうか。

二転三転・波乱万丈のストーリーなので、つられて読み進むことはできるが、文章自体は平凡で鑑賞できるものは感じなかった。2~3行読んだだけで脳内に電流が走るといったところがなく、ほとんど興奮せずに読んでしまった。

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読書
「ロサンゼルスへの道」ジョン・ファンテ 作
(未知谷)

自身をモデルに書かれた若き作家志望の青年の独白。過剰な自意識を圧倒的な饒舌体で描く。作者死後発見されたシリーズ第1弾。

安アパートに母・妹と暮らす青年バンディーニ。下町暮らしでただひとり読書家でインテリ。職を転々としたあげく魚の缶詰工場で悪臭にまみれながらいやいや働いている。

あまりにも高すぎるプライド。休むことなく繰り出される大量の減らず口。これがまさに真正減らず口というほどにひどいもので実に不毛の極み。長編ながら本文のほとんどが、過大な妄想と空回りする膨大な雑念で埋め尽くされる。世界文学多しといえどこんな登場人物にはなかなか出会えない。

主人公は自分のような天才がこんな下町に埋もれていることへの怨念と屈折があるが、寡黙に文学への研鑽を積むというのではなく、脳内の鬱屈はすべてまわりへ発散。考えることはなんの現実味もなく、成功した未来の空想と身の回りの瑣末なこだわりばかり。思考の無駄を積み重ねる毎日だ。
これでは人生はまったく前へ進まないが、しかしその妄想エネルギーはすさまじく、これがもっと有意な方向に注がれればしだいに人生は開けるであろう。なす術はなく思いばかりが重なっていく。これが青春だ。

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読書
「髪結いの芸術家」レスコフ作品集2
(群像社)

19世紀後半に活躍したロシアの物語作家レスコフの短編集。

はっきりとストーリーがあり、その行方にハラハラする組み立て。短編らしいオチのある作品もあるが、なかなかどんでん返しやハッピーエンドに持っていかないところがリアリズムか。誰それから伝え聞いたほんとうの話。作者になり代わってその誰それ本人が語る実話。という体裁をとるのも読者の気をひくひとつの手法である。

「哨兵」:人道的には溺れ掛けている人間を救うのが当たり前だが、持ち場を離れてはいけない哨兵の立場。法を犯して人命を救助したために罰を受けることが、キリスト教的にも是とされるという現実を突きつけて終わってしまう。心の問題として満足するしかないという悲しい限界は、作者の問題定義なのだろうか。
「ジャンリス夫人の霊魂」:実在した人物を登場させるのも演出的効果なのかもしれない。ただし霊体となっている。この霊魂の勧めるままに朗読した文章がヤマで、そのあと急転直下で話は終わる。盲目の女性が触って勘違いしたのは下ネタなのかな?
「髪結いの芸術家」:天才メークアップアーチストと舞台女優の悲恋。雇い主の伯爵の品の無さと暴力性が生む悲劇。最後は物語の外へ出て、その悲しい思い出を語る元女優の現在が描写される。こういう二重構造もよくあるが、作品を落ち着いたものにしてくれる。

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読書
「現代の英雄」レールモントフ 作
(光文社古典新訳文庫)

26歳で決闘死した熱血の英雄レールモントフ。カフカスを行く若き軍人ペチョーリンを主人公に短編5作で構成された著者の代表作。

長いものも短いものも惜しげなくドラマがあり、クセのある人物が多く登場。喜怒哀楽も盛んに、しっかり山場もあるおもしろさ。情景や人物の描写も一歩突っ込んだ情熱がある。
主人公ペチョーリンは社交界をはじめとして世のすべてに虚無を感じ、学問にも戦争にも幻滅し、そんな自分を不幸な人間と思っている男。才は立つが誠実さに欠けるところ大いにある印象だ。

「ベラ」:ロシア人は基本的にカフカス人を馬鹿にしているので、土地の女ベラを愛人としたペチョーリンの本心は遊びだと思う。比類なき名馬を乗りこなす荒くれ者や馬欲しさに姉を売る弟など、問題人物多数登場。
「公爵令嬢メリー」:作品の中核をなす中編。ペチョーリンは社交界の中心となり公爵令嬢の気をひくが、本気で令嬢を愛しているわけではない。またかつての妻だった女性とも情を深めるという、要するに二股である。やはり誠実さ感じないが、けっきょく周囲の人間に引きずられているのではないか。もっと誠実に朴訥に人を愛し、我が道を行けば良いではないか。
「タマーニ」:貧しい浜辺の家に宿を借り、盲目の少年や謎の小娘そして船でやってくる小悪党の悪事にまきこまれる。短いながらも人物が個性的で非日常を味わえる。
「運命論者」:ロシアンルーレットでたまたま不発だったことが、運命の存在を証明するという理屈が、一読して理解できない。

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