漫画家まどの一哉ブログ
「(霊媒の話より)題未定」 安部公房初期短編集
「(霊媒の話より)題未定」
安部公房初期短編集
(新潮文庫)
19歳の処女作を始め、デビュー作「壁ーS・カルマ氏の犯罪」前後の未発表作を集めて作家の原型を探る。
もとより安部公房であるから伝統的な日本文学的情感はないとしても、その描写はまだまだ魅力までには至っていない気がした。安部文学の愛好者であればその端緒と文体が育まれていく経緯を楽しめるかもしれないが、そうではない私には面白さ以前の生硬さを感じて閉口した。
「(霊媒の話より)題未定」:この巻頭表題作が過度に観念的でなく、設定も面白くてよかった。サーカス暮らしを抜け出して安定を得ようと辿り着いたのが、霊媒師のふりをして住み込むというなんとも後ろめたい存在。生活の問題を離れないのが親しみやすかった。
「虚妄」:夫を捨てて別の男性の元へ…。またその相手も顧みずに語り手である自分のもとへ…。簡単に相手を変えてなにも考えていないかに見える女性の周りで、あれやこれやと膨大な憶測を積み重ねていく男の葛藤。彼らの心情に寄り添うことは全くできないが、考え過ぎることの不毛と徒労を感じる。
「キンドル氏とねこ」:未完の小品だが、巻末のこの作品のみが軽妙で読みやすく楽しい。観念的な言葉を弄ぶところは全くなく誰でも読める。多数の読者を獲得できるものへ幅が広がってきた感じだ。
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