漫画家まどの一哉ブログ
「切れた鎖」
読書
「切れた鎖」 田中慎弥 作
今をときめく田中慎弥
「不意の償い」:主人公夫婦の両親が勤めるスーパーマーケットの火事で、両親4人ともいっぺんに死んでしまうという設定は、ちょっとムリがあるんじゃないか。また幼いころから同じ団地に住み、自分達も両親と同じスーパーに勤めようとする主人公夫婦というのも強引ではなかろか。それでも主人公の妄想や幻視は、電車の中や産婦人科の前で猿や狸や蝙蝠が暗躍していておもしろかった。主人公は親が死んだ日に初めてセックスをしたことや、玄関でむりやり挿入したことが妻の妊娠につながったことをうしろめたく感じていて、そのやり場のない感情がとんでもない幻視幻想へと彼を導いていくのだが、なんでそうなるの?という気がした。
「蛹」:主人公はカブトムシで、親の代から話は始まり、幼虫時代を土中で過ごし、いよいよツノを出して地上での生活を迎えるはずが、なかなか土中から脱出できず、仲間がどんどん出て行く中で、自分だけいつまでも土中に囚われている。これはワクワクとした。
「切れた鎖」:文庫本表題作。地方都市で没落していく旧家の女三代を描いた話だが、ある意味正統な純文学の書き方なのか、現実の出口のなさに容赦がない。ところどころ目眩のような過去の時間のズレがあって暗い中にも気持ちがよかった。
この3作品に共通する作者の個性というものがわからなかったが、文体は自分にはぴったりだ。
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