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「わたし」が死ぬということの哲学」 兼本浩祐

「わたし」が死ぬということの哲学」
兼本浩祐 著
(ちくまプリマー新書)

自分の死とは自分にとってどういう現象か。広範な科学と哲学を重ねてその本質に迫る。

死の恐怖とは取りも直さず自分の意識がなくなってしまうことである。ここを基本に体や意識についてわれわれ一般読者にもなんとか解る形で生物学や精神医学のあれやこれやが繰り出されて楽しい。プリゴジンの散逸構造まで登場して驚いた。

意識の再帰性・志向性・現前性をめぐるさまざまな医学、哲学的論考の歴史はたしかに面白く、「意識があると外から見て解るか」とか「注意したから感じるのか感じるから注意が向くのか」など、人気のあったクォリアのはなしも含めて興味は尽きない。

さて問題は一つの自分が連続しているという通時的意識の所以である。じっさい意識は断続的にしか存在しない。連続しているのは身体だけなのだ。時間が途切れても「自分」は途切れなくて、最後自分が死ぬ時に「自分」の何が途切れるのか? 途切れ途切れの体験や記憶と体。これらを全部ぐるっとまとめて接着した全体が自分と考えよう。

そして接着された自分の中には体や記憶と並んで社会的な自分というものがあり、私達は生まれ育ち始めると同時に対他的な存在であって、他者が私の連続性を担保している。一人称的な自分の連続体が「わたし」なのではなくこの集合的意識のような「わたしたち」が先行しているのではないか。最終章に死への処方箋があります。

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