漫画家まどの一哉ブログ
読書
「カロカイン」 カリン・ボイエ 作
1940年に書かれた近未来小説。核戦争後、徹底した監視と密告による管理体制をもって築き上げられた全体主義国家その名も「世界国家」。人々は個人としての幸福を放棄し、すべて国家の繁栄に身を捧げる事で人生をまっとうする。こどもたちも早くに親の手から取り上げられ、児童キャンプ・青年キャンプで国家の為の兵隊として教育されるのだ。
化学者である主人公は効果抜群の自白剤「カロカイン」を完成させ、公安警察に喜んで採用される事となった。自発的犠牲奉仕団の成員が告発によって「カロカイン」の実験台となり、内心の不平不満や迷い・困惑をだらだらと話しだす。法は改正され、国民は堕落した事を考えただけで処罰される事となり、こうして健全な国民のみによる完璧な国家体制ができあがった。
しかし「カロカイン」の作用は、主人公や人々に自己の本心を目覚めさせるという予想外の効果を生んだ。物語のクライマックスで主人公の妻は語る。我々の育てた子どもたちは明らかに我々の性格を併せ持った我々のもので、国家のものではない。同時に子どもたちはだれのものでもない本人自身の個性を持って生きている。我々は国家によらないほんとうの共同体(ゲマインシャフト)を実は求めているのではないか。
最後は他国による侵略によって主人公は捉えられてしまい、「カロカイン」政策の行方とゲマインシャフトの獲得はわからないままだ。ただし最終ページに添付された検察官の意見書によると、主人公はこの小説を書いたことによって国家の監視下におかれ、この手記(小説)自体は危険文書として管理されているというオチがついていた。
ナチスもスターリンも実際に見た作者カリン・ボイエ。これも初期SF作品というか古典的ディストピア小説だが、基本的には構成自体に初めからネタバレを含まざるを得ないので、このわざとらしさが気になるようでは完読はむりであろう。神意の如く国家を信じる主人公と内心に隠された迷いという設定で、読者はどうしても作為を感じてしまう。そこは作者の腕のみせどころで、単純な寓意に終わらない人間の描写あってこそ、近未来設定が生きてくるというものだ。むつかしいところだ。 (カリン・ボイエ:スウェーデンを代表する国民的女流詩人。1900〜1941)