漫画家まどの一哉ブログ
読書
「脱獄計画」 アドルフォ・ビオイ・カサレス 作
この作家、ブエノスアイレスで若くしてかのボルヘスの薫陶を受けたとなれば、当然眼も眩むような幻想性が期待されるところだ。
フランス領のとある大西洋上の島。そこは島全体が監獄で3つの島に別れており、1つはそこで働く住人の島、ひとつは囚人が自由に動き回っている島、もうひとつ悪魔島と呼ばれる小さな島に責任者である総督が政治犯3人とともに住んでいた。主人公は役人としてこの総督の元に赴任するが、悪魔島へ立ち入る事は禁止されている。この設定だけで既に浮世離れしているが、クライマックスまでは静かに静かに、謎が膨らむ形で進行する。もっとも主人公の恋人や赴任命令を下した一族の長との葛藤等も描かれているから、現実に生きる人間を描く側面も忘れられてはいない。 しかしうわさによると悪魔島では総督が岩肌や家の壁を迷彩色に塗り分け、部屋の中まで迷彩に塗ってあるというではないか。これはどういう意味なのだろう。はたして総督は既に狂気の人なのだろうか?
主人公が何度か密かに悪魔島への侵入をくりかえすうち、ついに物語は急転する。悪魔島ただひとつの住居には天井のない5つの部屋に割り振られた監獄があり、その壁は赤や青や黄色に塗り分けられている。そして反対側の壁は一面の鏡。その5部屋の中央の部屋に脳手術をほどこされて、もはや正常な感覚を失った総督がいた。この島ではドクターモローの島の如く、まさに悪魔的な脳手術がおこなわれていたのだ。施術により5感が共通の感覚となってしまった囚人たちにとって、迷彩による視覚は果てのない遠景を現すのだった。視覚以外にも全ての感覚が混然となり遠方へ去ってしまった囚人たち。やがて彼らは幽かに触れるような謎の手によって次々と絞殺されてしまう。はたしてどうなるのでしょう。なんと不思議であることでしょう。